みそラーメンはうたかたの……
「遅っせえなぁ。何やってるんだよ、あいつ……」
空は高くて日は出ているのに、時折思い出したようにパラパラと冷たい雨の降ってくる、おかしな天気の十月の日曜日だった。
もう正午をまわった若葉台の駅舎の前で、俺がブツクサそう言いながら、待ち合わせているあいつの到着を待っていると、
みつけた。みつけた。とうとう会えた!
「コータさん! こんなところにいたのね! ああ、これで、ようやく……」
背中から、どこかで聞いたような声が話しかけてきて、俺が振り返ると、
「あ……」
俺は一瞬たじろいだ。
「コータさん……」
涙交じりの声で、俺にそう話しかけてきたのは、いつかどこかで会っただろうか?
華奢な体つきをした、一人の、女の子だった。高校生くらいだろうか。
身につけているのは、確か近所の学校の制服。紺色のブレザー。なんていう学校だったけ。
真っ先に目にとまったのはツインテールに結えられた真っ黒な長い髪。
そして、眼鏡ごしにジっと俺を見つめるその目にも、なぜだか涙を滲ませているのだ。
「えーと、あの、どっかで会った事……あります?」
俺はドギマギしながら彼女にそう尋ねる。
女の子と言葉を交わすなんて、何年ぶりだろう。
でもおかしいな。彼女の方は、俺を知っているみたいだ。
彼女の顔、名前、思い出せそうで、思い出せない。
私の顔、忘れてる?
私は少しガッカリした。
まあ、仕方ないか。最初に『アレ』が起きたのは、もうずいぶん昔の事だし。
それに、そうか、『この格好』で会った事、まだ一度もなかったっけ……
「ひどいわ、コータさん、私の顔、忘れちゃったの?」
少女がちょっと頬をふくらませて、俺にそう言うと、
くるん。
首を傾げる俺の目の前で身を翻して、踊る様に軽やかな足取りで一回転した。すると、
「あ!」
俺は思わず声をあげた。
少女が着ていたのは、浅黄色をしたワンピース。さっきまで学校の制服だったのに。
ツインテールにまとめられていた髪も、いつのまにかほどけていて、今はサラサラと長い髪が秋風に靡いているのだ。
俺は、やっと思い出した。
「エナ! 久しぶりっていうか……どうしたんだよ! こんなとこで!」
思い出した。彼女の顔。彼女の名前。
でも、覚えているのはそれだけだった。
ずいぶん昔に会った事がある気がするのだが、いったい、いつ、どこで?
それに……。俺は目頭が熱くなってきた。
胸の内に、何だか、熱いような、痛いような、なにか千切れそうな激しい『思い』が湧きあがってくるのだが、一体なぜなのだろう。
「コータさん。ずいぶん探した。ずっと……会いたかった! さ。行きましょう」
俺の問いには答えずに、ハンカチを取り出したエナが、自分の涙を拭うと、そう言って俺に笑いかけた。
いや、行くって、どこに?
戸惑う俺。
それに、今日は、あいつと、жжжと二人で、立川シネマシティの『パシリム』IMAX4DD爆音上映会を見に行く予定なのだ。
あいつをすっぽかして、勝手に、どこかに行くわけにはいかない。
「うーん……」
俺が、無邪気に笑うエナの前で、どうしたものかと腕組みをして呻っていると、
「くすくす……」
「何アレ……」
俺は気付いた。
駅前を行き来していく通行人たちの誰も彼もが、怪しげな顔で俺の方を振り返るのだ。
「何あの二人? 援交?」
「きもーい……」
なかには、あからさまに馬鹿にしたような目で俺達を見ながら、そう言って通り過ぎて行く中高生たちもいる。
……そうだよな。
どう見ても、そういう風にしか見えない光景だよな。
俺は何とも情けなく、居心地の悪い気分になってきた。
今の言葉。きこえているぞ。
私はイラッとする。
鬱陶しい連中だ。私の炎で、消し炭にしてやろうか。
何も知らないクソカスどもめ。
コータさんは見た目じゃなくて、中身がいーんだよ!
まあ、もっとも……
私はあらためて、コータさんの格好を見かえす。
ブクブクに太った身体。
着ているのは、骸骨だかゾンビだかのイラストがあしらわれた、パツンパツンの黒いTシャツ。
背中にしょっているのは、一体何が入っているのか、パンパンに膨れ上がった黄色いリュックサック。
初めて会った時は、全く気にも留めなかったけど、たしかにこの格好で一緒に『お出かけ』というのも、なんだか色々大変だ。
そうだ、いいことを考えた。
「いいのよ。気にしないで、コータさん」
私は目の前でオドオドしているコータさんに、そう言って笑いかける。
「でも……ひとつ、お願いがあるの」
私はそう言ってコータさんの瞳を覗きこむ。コータさんの頭を覗きこむ。
「自分が『高校生』だった時の事、ちょっと思い出してみて!」
彼の『高校時代』のイメージが欲しかった。
今の私と釣り合う姿になってもらえば、一緒にお出かけしても、誰も文句は言ってこないだろう。
ところが……
「うーー! 高校生……!」
コータさんが、きまりの悪そうな顔。
私は彼の頭を覗く。
「あ……あえ?」
私は少しうろたえる。
彼の頭の中が、真っ白。
それに、何か、必死で過去に広がった思い出したくないモノを、押さえこんでいるみたいだった。
そ、そういうことか……。
私は首を振る。
まあ、いいや。気を取り直して。
「ごめんなさいコータさん! じゃあ、『中学生』の時でいいから! ちょっと、目を閉じていて!」
沈んだ顔のコータさんに、私がそう言うと、
「中学生……」
俺は少しホッとして、エナに言われるままに目を閉じた。
中学校、中学校。思い出すなあ、市立多摩中学校のこと。
いつも学校帰りにあいつらと地区会館でモンハンしたり、夜の神社の境内でダラダラしゃべったり、花火をしたりしてたっけ……。
しばらくすると……
「いいよ。目を開けて!」
そう言われて俺が目を開けると。
「エナ……!」
「えへへ。お待たせ、コータくん!」
俺の前に立っていたのは、クラスメートの炎浄院エナだった。
長い髪をツインテールにゆわえて、眼鏡を光らせたいつもの彼女だ。
「あれ?」
俺は首を傾げる。
エナ、さっき見た時より、少し背が小さくなったような?
それはお互いさまなのだ。
コータくん、中学生の時はこんなだったんだ。
いいわ。さっきよりもだいぶスマートだし、ツンツンした髪の毛も格好いい……
「さ。行こう! コータくん!」
エナが俺の手をとってクスリと笑った。
「今日は、あたしに、お昼を御馳走してくれる約束だったじゃない!」
そうだ。確かに今日はエナと約束してたっけ。
夏休みの宿題を見せてもらったお礼に、こいつに昼飯をおごる約束だった。
「ああ。行こうぜエナ!」
俺はエナと歩きだす。
さっきまで、ここで誰か『他のヤツ』を待っていた気がするのだが、たぶん気のせいだ。
そうは言っても……俺は歩きながら腕ぐみして考える。
財布の中身を思い出す。俺の小遣いでは、あまり高い店には入れないし、そもそも女の子が、エナが、どんなものが好きで、どんな店が嬉しいのか、考えた事もなかった。
ふだんクラスの連中とは、一緒に買い喰いはしても、お店で飯を食うなんて、めったにないしなあ……
ワクワク。コータくん、どこに連れて行ってくれるのだろう。
そうだ、思いついた。
俺はポンと手を打った。
「エナ、ラーメンにしよう! ラーメン食いに行こうぜ!」
『あの店』のラーメンなら、エナに1、2杯おごっても、俺の財布は安全だ!
「ラーメン……」
あたしは、ヘロヘロとテンションが下がって、怒りさえ込み上げてきた。
ようやく出会えて、初めてのデートなのに、よりによってラーメンだと!
「ほれ、着いたぞエナ。この店は、お昼時でもすぐ入れるんだ!」
コータくんの背中を睨むあたしを気にもしないで、彼が一軒の古びたラーメン屋の前で立ち止まる。
『味の万国博 闇野川圧勝軒』
「ふう……まあ、仕方ないか」
あたしは溜息をついて首をふる。
あいつがおごってくれると言うんだし、まあラーメンでもいいか。
コータくんがお店の引き戸をあける。あたしは彼について、お店に入っていく。
「おっちゃん! おれ、味噌ラーメン!」
「じゃあ、あたしも、ソレ!」
カウンターに座ってマスターに注文するコータくん。あたしもつられて同じもの。
「この店はなエナ、醤油ラーメン、塩ラーメン、味噌ラーメン、坦々麺、オロチョンラーメン、博多ラーメン、くまモンラーメン、喜多方ラーメン、富山ダークマター、木曽ラーメン、徳島ラーメン、燕三条背脂ラーメンと、一店で豊富なラーメンバリエーションが味わえるのが売りなんだ。それでいて、どのラーメンも、そこそこうまいんだ!」
うーん……。
ラーメンには全く興味が無いのだけれど、それって、なんて言うか、『こだわり』の無いお店なのでは?
「なかでも、おすすめは『味噌ラーメン』だな。味噌味が旨すぎて舌にビリビリくるし、野菜炒めも沢山のっていて、お得なんだ!」
なんだか、コータくんの味覚が信用できなくなってきた。
そうこうしているうちに、
「へい、味噌二丁、おまち!」
カウンターにラーメンが到着した。
「いっただっきまーす!」
「いただきます……」
ずるずるずる。
カウンターで二人並んで、一緒にラーメンを啜りあげる。
たしかに……。
味噌味が強烈だ。
おまけに化学調味料がドバドバ入っているのだろう。本当に舌がビリビリ痺れる。
野菜炒めが沢山のっているのはいいが、沢山すぎて麺が食べられない。
おまけに野菜炒めを食べてる内に、その下の細麺のラーメンが、ブヨブヨに伸びてきて丼からあふれそうだ。
でも……
美味しかった。
こんなラーメンなのに、コータと並んで食べてるだけで、お腹の中が、胸の中がジンワリと暖かくなってきて、なんだか、いくらでも食べられそうなのだ。
コータを見つけた時と同じように、再び我慢できなくなって、ポロっと、目から涙が零れた。
紫の稲妻が閃く真空の世界。
時折虚無から浮かび上がってあたしを捕えようとする巨大な軟体動物たち。
恨みに満ちた死霊が彷徨い、闇蟲たちの這いまわる暗黒の森。
絶えまなく鼻を突く硝煙の臭い。
路地のそこかしこに転がった焼かれた骸。
もう、あれから何年たつのだろう、無限にも思える長さの間、彼の魂をさがして漂い、彷徨ってきた地獄の様な世界の数々。
そんな狂った記憶もみんな、彼と一緒にラーメンを、一緒にご飯を食べているだけで、すべて報われて、救われたような気持ちになってくる。
「な、美味いだろ!」
隣のコータが、あたしを向いてニカッと笑う。
「うん……」
あたしは、小さくうなずく。
ラーメン。コータの好きなラーメン。
あたしも、色々『調べて』みようかな。
もっと美味しいラーメン屋さんが、みつかるかもしれない……。
「ごっそーさん!」
「ごちそうさまでした……」
結局スープまで全部飲んでしまってから、二人でお店を出た。
「コータくん。ごちそうさま! さ、次はどのお店に行く?」
「おいおい、連食かよ! ちょっとまってくれ!」
慌てて財布の中身を検めるコータくんに、
「冗談、冗談!」
あたしはそう答えて笑う。
このまま夕方まで、ショッピングセンターを見て回ったり、公園で色々お話をしてから帰ろう。
それから、あたしにも、彼にも、新しい『家』を準備しないと……。
ボンヤリそんなことを考えながら、コータくんと一緒に歩いていた。
でも、その時だった。
ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ……!
突然、頭の上から、なにか恐ろしい吠え声のようなものが聞こえて来た。
「あの声は!」
俺は空を見上げる。
すると。バリン!
信じられない。大きな軋んだ音と共に、これまで雲ひとつ無かった青空に、赤黒い、亀裂の様なものが走っていく。
「空が……『割れる』! それにあの声は、間違いないжжж」
そうだ、俺は急に何かを思い出した。
あの声! 青葉台で待ち合わせていたあいつの声だ!
「うあああああ!」
まただ! また『アレ』が始まった!
あたしは空を見上げて怒りの声を上げる。
一体何度めだろう。どうして何度も、あたしの作った『領域』を壊して、この世界をかきまわそうとする!?
コータとあたしを、引き裂こうとする!?
「聞こえる……! あいつが苦しんでいる! あいつが、助けを呼んでいる!」
コータの声に、彼の方を向くと……!
ああ! だめ!
彼の姿が、会った時のあの姿に戻って行きながら、その胸からは真っ赤な血が、止めどなく溢れだし、その体がぼんやりと揺らぎ、薄らぎ、消えかかっていく!
「だめよ! コータ!」
あたしは背中から彼の肩を抱く。
念じる。彼はこの『領域』の者。このあたしのもの。すると、
やった。彼の姿がハッキリとした影を取り戻して、その格好は、さっきまで一緒にラーメンを食べていた、ツンツン頭の中学生。
でも……
「エナ! そうだ、俺、なんでお前と一緒に居るんだ? だって、俺、あの時……!」
コータが愕然とした表情であたしの顔を覗き込む。
『アレ』の事を、思い出しかけている!
だめだ。そんな記憶、コータには要らない。あたしにも、要らない。
理由、理由……。あたしは慌てて考えを巡らす。
コータをずっとここに、あたしのもとに引き留めておく、何か理由を作らないと!
「ま……『魔法』だよコータくん。魔法を使ったの!」
「魔法……!」
つられて呟く彼の頭から、矢継ぎ早に彼自身の色々な『イメージ』が湧きあがって来るのを感じた。
『魔法』、『指輪』、『魔法の指輪』……『一つの指輪』……!
『復活』、『黄泉がえり』、『冥界』……『冥王』……『魔王』……『九人の魔王』……!
丁度いいや、このイメージを『使って』しまえ。『九人の魔王』……あたしは、『十人目』だ。
コータくんの頭でも、これなら解ってくれるはず。
「そうだよ、コータくん」
あたしはこの『領域』を統制していた自分の『力』を可視化する。
ぼおお。あたしとコータの周りで囲んで、冷たく光る緑の炎が燃え立った。
「ずっと秘密にしてきたけれど、あたしは……銀河領域を統べる『ロード』だったの。あたしは『魔王』。『冥府門業滅十魔王』の一人、炎浄院エナ!」
あたしはコータの前に立って、高らかにそう名乗った。
「コータくん……」
エナがペタリと俺の手をとって、俺の顔を真っ直ぐに覗きこむ。
「秘密にしていてごめんなさいね、コータくん。たしかにあなたは、三日前に交通事故で一度死んだ」
あたしはコータに語りかける。
「だから私が『魔王』の『力』であなたを蘇らせた。来るべき『冥府大戦』にむけて、あなたの協力が必要なの! あなたが必要なの! だってあたし……」
あたしはコータの手を、しっかりと握る。
「あなたが八世前、まだ織田信長だった頃から、ずっと、ずっと、あなたのことが……!」
「うううう……」
俺は混乱する。
エナと、俺に、そんな『秘密』があったなんて!
感じる。感じる。
コータくんの頭の中で、彼の記憶が、『自己認識』が書き変えられていく。
いいぞ。いいぞ。あたしはコータの手を握りながら笑う。
コータはもう、どこにも行かせない。誰にも渡さない。
でも、その時だった。
「エナちゃん。ありがとう。『理由』をくれたのね!」
あたしの頭の中に、聞き覚えのない、鈴を振る様な澄みきった女の声が響いて来て、
ごおおお。
「うそ!」
あたしは目の前で起きている事が信じられなかった。
あたしとコータを取り囲んでチロチロ緑にくすぶっていたあたしの『力』が、突然、あたしの『制御』を離れて、激しく燃え上がり始めたのだ。
「ずっと待っていたわ。あなたが『他者』のイメージを使ってこの領域を改変する刻がくるのを……。これで私も、『彼』と一緒に、あなたの『世界』に『介在』できる」
炎の向こうゆらめく影が、あたしに向かってそう言った。
さっきの女の声だった。
「だめだ! くるな!」
あたしは首を振って必死で影に叫んだ。
影が話すその声に、何かとても嫌な思い出があった気がしたのだ。
「エナちゃん。その『力』はあなたの手には余るわ」
うるさい。そんなの知ったことか。
「その『力』、私なら、正しく使える……。私は『主』に謁見して、世界に『影』をもたらすの……」
意味のわからないことを言うな。
この『力』はあたしだけのもの。
他の誰にも使えはしない。
奪えるはずなどない。
でも、次の瞬間には、
「エナ。お前は、『魔王衆』としての立場を忘れ、『十氏族』の『掟』を破った! よって、お前から『魔王』の力を奪い、この『階梯』で永遠の罰を与える!」
炎の向こうの女の声が、男の声に、子供の声に、しわがれた老人の声に、いくつにも分かれて行く。
そして、炎の向こうに立つ影が、いつのまにか何人にも分かれていって、六人、七人、八人、……『九人』!
うそだ! 茶番だ! なにを白々しいことを。
ギリリ。あたしは歯噛みする。
コータとは別の、あたしの『力』を乱す忌々しい何者かが、あたしの『設定』を逆手にとって、この『領域』まで侵入してきたのだ。
「逃げよう! コータ!」
あたしはコータを引っぱる。
「エナ! 逃げることは出来ないぞ!」
「お前が、どれほど高い砦を築き、どれほど深い迷宮に逃れても!」
「我等は、私は絶対にお前を捕えて、お前の盗み去った『力』をこの手に取り戻す!」
炎のむこうから『やつら』の声。
「エナ! 待ってくれ。どこに行くんだ! 放せよ! 『あいつ』が俺を呼んでいるんだ!」
だめだよコータ。もう絶対に離さない。
コータはあたしの道標。
混乱と惨苦で満たされた、あの恐ろしい『世界』から、あたしを隔てて守ってくれる、たった一人の、大事な男。
「影界潜行!」
あたしは足元にさす影に向ってそう叫ぶ。
ずずずずず……
影が地面に広がって、あたしとコータの体が、闇に沈んでいく。
ここがダメでも、あたしの『領域』に、あたしの足元に広がる深淵に底は無い。
もっと潜ろう。もっと深く。
より遠くまで。さらなる暗がりまで。
「何でもないよ。大丈夫。大丈夫だから! コータ! さあ行こう」
あたしはコータの手を引きながら、必死に闇をかきわける。
あたしは、もうずっと昔の記憶を手繰る。
イメージする。まだあたしが『こんなふう』では無かった頃。
コータくんと出会う前にあたしが住んでいた街、通っていた学校の光景を。
ああ。見えて来た。闇の中。ゆらめく緑の炎に包まれながら……
あたしとコータの眼下にボンヤリと浮びあがってくる、おとぎの国の、お城みたいなシルエット。
お城の周りに、『庭』が広がり、裏手にはこんもりとした山が盛り上がって、ザワザワと雑木林が生え茂っていく。
そうだ。いい感じだ。ここにしよう。今日から『ここ』で、コータと暮らそう。
『城壁』を築いて、『兵隊』を作って、あたしとコータを邪魔するヤツを絶対に寄せ付けない、二人だけの、『お城』……
「あれは、いったい……」
俺は、暗闇を引き裂くようにして広がっていく光景に目を見張る。
間違いない。俺の住んでいるあの街の景色。でも、あの建物はいったい……
初めて見るはずなのに、どこか懐かしい、中世の城の様な姿の……学校!?
「さあ、見えて来たよ」
あたしは彼の顔を見る。彼の手を引きながら、まだ目の前の光景に呆然としている彼に、そう言って微笑みかける。
「着いたよ、コータくん……。ほら、『学園』だよ!」




