幻魔電波大戦
「あ……あたしが、『冥府門業滅十魔王』……!?」
突如戦場に割って入った学園の後輩、山桜ゆすらが琉詩葉の前に突き付けた奇怪な巻物。
記された名前のあまりの怪しさと、自分自身の名が載っているという驚愕の事実に、琉詩葉はアングリ口を開けたまま、しばしその場で固まった。
「琉詩葉先輩、驚くのも無理ないわ。でも今は私を信じて。何よりも先に、あの混沌の荊と、大月教授を封じなければ!」
先ほどキルシエと名乗った桃色の髪のゆすら。
彼女は琉詩葉にそう言うと再び、中秋の夜空を雄々しく旋回していく宇宙光子帆船『オーディーン』の姿を、キッと仰いだ。
「バルグル! 何をやってるの、早く荊を撃ちなさい!」
帆船を指さして、桃髪を揺らしながらそう叫んだ彼女に、
「うるせぇキルシエ! 言われなくても分ってるよ!」
そう上空の帆船から男の声が響くと、
ドン! ドン! ドン!
船体の砲門から、校庭で蠢く荊の塊むかって、再び大砲の一斉射撃が始まった。
だがどうしたことか。砲弾は緑の燐光を瞬かせた荊の海に、次々と着弾しつつもそのうねりに飲み込まれ、荊そのものはまるで無傷なのだ。そして、
しゅるるるるる……
見ろ。荊が、まるで今、上空の帆船に『気づいた』かのように、その蔓を縒り合すと、幾本もの蛇体のような腕を形成して、『オーディーン』めがけてその手を伸ばしていく!
「あーダメ! バルグル、回避! 回避! 回避ーーー!」
地上ではゆすらが桃髪を震わせて必死で帆船に号令するも……!
「『回避』だって? ……ンーな、まだるっこしいこと、やってられっかぁ~~~!」
そう、帆船から怒号が響いてくるなり、
ぼきん。
「ああ!」
何が起きた? 琉詩葉は目を瞠る。
『オーディーン』の船首から雄々しく伸びた船首檣が、その根元からボキリと折れると……
ぶちぶちぶちぶち。
繋がれた無数のリギンを引き千切りながら、船首の前方をかき回すように、夜空で大きく、振り回されたのだ!
「うぎゃーーー! わ、私の『オーディーン』がーーー!」
地上で悲鳴を上げるゆすらの背中越しに、
「ひ……人が!」
琉詩葉は目を凝らしながら船首を仰いで、驚愕の声を漏らした。
「どるら! どるら! どるら! 特攻じゃああああ!」
船首でそう叫びながら、折れた船首檣の根元を両手に抱え上げているのは、見ろ、一人の男だったのだ。
地上から距離が遠くて、その顔は定かではないが、月光を背にして男が身にまとっているのは、真っ黒なロングコート。
そして月光を反射しながらキラキラと輝いているのは、まるでライオンの様に雄々しく逆巻いた金色の蓬髪だった。
「どりゃーーーー!」
ぼこん。ぼこん。男が振り回す船首檣の棒先が、『オーディーン』向かって伸び上がっていく荊の腕を、次々に打ち払い、絡めとっていく、その度に……
ばさり。ばさり。リギンに引っ張られ、巻き取られていく光子帆船の銀色の月光帆たち。
セイルが、次々にマストから引き千切られて、無残に風に舞っていくと、
ひゅーーーん……
浮力を失った『オーディーン』の船体が、校庭めがけて落下してくる。
「いけない先輩! 逃げてーー!」
琉詩葉にそう叫んで一目散に逃げ出すゆすらと、
「もう滅茶苦茶じゃーん!」
琉詩葉もまた意識不明のせつなを背負って、必死でその場から駆け出した。
ずずずうぅ……
校庭の真ん中、蠢く荊の塊に『オーディーン』の船体が激突すると、次の瞬間!
どかーーーーーーーん!!!!!
船が真っ赤な炎を噴き上げて大爆発。校庭は爆炎に包まれた。
「あ痛つつつつ……、もう、一体どうなってんのよ~~!」
間一髪で爆炎を逃れた琉詩葉とせつな。煤だらけの顔をこすりながら涙目の琉詩葉がそう言うと、
「私の船……! 私の『オーディーン』! まだローンがたっぷり残ってるのにぃ!」
琉詩葉のことなどまるで目に入っていないかのように、ゆすらが無念の叫びをあげると、炎の向こうをキッと睨んだ。
「どうしてくれんのよ! これから何処に寝泊まりするのさ!? バルグルーーーー!」
紅蓮の炎めがけて、怒りの声を上げるゆすらに、
「うっせぇなぁ、細けーこと抜かすねい! キルシエ!」
そう、野太い男の声が返ってくると、
「船なんて、また借金して買えばいーんだよ! てゆーか、これで賞金ゲットだろ?」
見ろ。鬱陶しげにそう言いながら炎の中から姿を現したのは、先ほど光子帆船の船首で大暴れしていたロングコートの男だった。
炎から立ち現われたのに、その体は全く無傷。革製の黒いコート。ライオンのような金色の蓬髪。その顔には、斜め真一文字の刀傷。まるで獣のような獰猛な面構えをした、長身の壮漢だった。
「まったく、どこまで生活力のない男なのよ! それに……」
ゆすらが忌々しげに、男に向かってそう言うと、
「まだ終わってないわよ! バルグル!」
再び炎の向こうを向いてそう叫ぶ。
「あん?」
バルグルと呼ばれた男もまた、炎を向くと、
ずるるるる……
「あああ!」
炎の中で起こった怪異に、琉詩葉もまた目を剥いた。
なんということだ。船から噴きあがった灼熱の炎に包まれながらもなお、荊は燃え尽きていなかった。
逆に燃え立つ炎を吸込みながら、再び、というか、さっき以上の猛烈な勢いで増え、茂りながら、校庭に『何か』に容を形成していくではないか。
「あーもー埒があかない! バルグル、うちらも一旦退却よ! 戦陣を立て直さないと!」
苛立った声でそういうキルシエ。
「退却って……でもどこに?」
訝しげに首を傾げる長身の壮漢には答えず、
「先輩! というわけで、おうちに匿ってもらっていいですか!?」
ゆすらが、琉詩葉の方を向くと、ニヘッと笑ってそう言った。
#
「……とゆーのが三日前、あれから起こった事」
琉詩葉の生家、大邸宅『冥条屋敷』大広間。
布団の上で愕然とする如月せつなに向かって、死んだ目の琉詩葉が事の顛末を語り終えた。
「け、結局、コータとエナはどうなったんだ……。それに『冥界の炎』? 『冥府門業滅十魔王』って、一体……」
自分が昏倒している間に起こったあまりの怪事に、せつなは( ゜д゜)ポカーンだった。
「そこから先は、私が説明します、せつな先輩!」
せつなが声の方を向くと、がらりと襖を開けて入ってきたのは桃色の髪の少女。
せつなも思い出した。一年A組の『山桜ゆすら』。たしか、学園の『ゆるキャラグランプリ』優勝者。
美術部ではコータの後輩、風紀委員ではエナの後輩。もともと地味目の、目立たない子だと思っていたのに……
「にゃっにゃににゃにゃにゃんにゃな! にぇにゅにゃ~~~!」
彼女の肩には蝙蝠の羽を生やした黒い子猫。背中の毛を逆立たせて、せつなに何か鳴き立てている、
せつなも覚えていた。甲賀衆の焔だ。
「ゆすら、教えてくれ、お前たちは一体、何のために戦ってるんだ? それにコータは、エナは、無事なのか!」
切羽詰まった顔で彼女に尋ねるせつなに、
「『ゆすら』はこの世界で活動するための仮の名、先輩、私の真名は『キルシエ』。『見霽かすキルシエ』です……!」
そう答えてから、『キルシエ』は続けた。
「わかりました。せつな先輩も、既にこの事件に巻き込まれた『探索者』の一人。教えます。『魔王衆』とは、『冥界の炎』とは、そもそもこの世界とは、『学園』とは、如何にして創られたのか、その秘密を……!」
「ああ、頼む!」
出鱈目尽くしのこの物語の世界設定が、今ようやく明らかに!
せつなは布団から身を乗り出して、キルシエの話を一言も聞き漏らすまいと、彼女の貌を見据えた。
#
「遠い昔、遥か銀河の彼方で、十個の『キー』が創られました」
彼女が話し始めた。
「エントロピーの法則を無視して異界から膨大なエネルギーを自由に引き出すことのできる『キー』は、この宇宙を統べる偉大なる超知性体集団『十氏族』に与えられたのです。
彼らは無敵を誇った『キー』の力でそれぞれの『銀河領域』を治めました。
でも全ては罠だった。『影の世界』では十個の『キー』を操る、一つの指輪が創られたのです。
指輪の主はこの世界とは本来関わりのないはずだった『影の世界』を統べる者。私たちは『冥王』と呼んでいました。
気の遠くなるような時間をかけ、ただ重力のみを用いてこの宇宙に『キー』を錬成したヤツは、『影の世界』から『一つの指輪』を使ってこの世界に干渉を始めたの。
冥王を、この宇宙の敵と認めた『十氏族』は彼の軍団と戦うため、あらゆる並行世界の中から、『キー』を正しく操ることのできる『適正者』を探し出し、戦いへと導きました。
その『適正者』が私たち、『冥府門業滅十魔王』だったのです!
天照らすルクス、吸血姫裂花、炎浄院慧那、破界拳シャルル、闇吹雪く鳴亜、獣神将バルグル、宇宙忍者☆焔、そこの先輩、蟲愛ずる琉詩葉、そして『あの男』、大月教授……!
それぞれに超絶の秘術で各界を統べていた『ロード』たちが、一つ所に集い、私と共に闘ったのです。そう! この私、見霽かすキルシエの、旗の下!!!!!!!!!!」
「あ、あーうー……」
せつなの目が宙を泳いだ。
何を言っているのか、さっぱり解らなかったのだ。
「先輩、戦いは熾烈を極めました!!」
キルシエが畳みかける。
「『一つの指輪』がこの宇宙に顕現させた『冥府門』から現われた八十垓体を超える蝕宙昆虫軍団『ドレッド・バガー』が私たちに襲いかかったのです。
私たちも第十二世代航宙一等軍艦『ドゥラエモフ』百億隻の大艦隊を率いて勇敢に闘いました。
やがて、戦火は『十氏族』の治める『領域』を超え、全銀河に広がっていった……。
邪宗門『グランドオーダー・オブ・オリエンタル・トワイライト』の魔屍導師達が錬成した『シュバルツァイス・ファウスト』が私たちの頼もしい武器になりました。
宇宙超弦連合の盟主『ベアード』の私設軍隊『ゲシュペンスト』や、超時遍在獣性『牙一族』、真死法調停者『ネオノミコス』、邪導戒律執行機械『ミートボールマシーン』もこの戦いに加わりました。
銀河の中心にある暗黒監獄から解き放たれた破星黒龍『アンカラゴン』、宇宙土蜘蛛一族『シェロブの眷属』も私たちに味方したわ。
そして『ブラックホール・モーター』を駆動系に用いたアストロノミカル・ユニット・ロボ『バスター・アルティメス』の完成が、戦況を逆転させたのです。
蝕宙昆虫軍団を駆逐した私たち『業滅十魔王』は、ついに『冥府門』に辿り着き、『キー』の『パワー』を逆用して『冥府門』を封じようとしました。
でも、敵軍はまだ最強の戦力を温存していた。
『冥府門』から立ち現われたのは、一騎が宇宙戦艦『ドゥラエモフ』十億隻に比するといわれる黒皇馬『スレイプニル』を駆る冥王親衛騎団『ザ・ナイン』。
前宇宙の巨大怨霊惑星『ヨミ』を蛹として羽化した魔眩蝶プレトリアスの人喰い麟粉。
高次元からアクセスした相手に片端から浸潤同化して、爆発的に増殖する精神寄生系吸血凌辱魔『グリューン』の超恒星系捕食網。
『影の国』一恒河沙の臣兵が、互いに殺しあって、最後まで生き残った12の人外魔将『魔影剣十二獄将』。
そして、彼ら『十二獄将』すら容易く捻りつぶす敵軍の最終兵器、食銀河猛獣『ジェノサイド・ライガー』!!!!!
そんな強敵どもが私たちの前に次々と立ちはだかったの!」
「う、うわ~!」
英単語とか覚えるのが嫌いなせつなは、頭を抱えた。
彼のシナプスがパニックでパチパチした。
「何度聞いても、わかんないよね……」
傍らの琉詩葉が、死んだ目でせつなを見遣った。
「でもまあ、なんだかんだ言って最後は私たちが勝ったわ!」
キルシエが、終盤はあっさり流した。
「死闘の末、敵将は総て斃れ、敵軍は『影の世界』に押し戻され、『冥府門』は封印されこの宇宙から消え去りました。
私と仲間たちは敵軍を封じた英雄『超時調界永劫夢幻覇者・冥府門業滅十魔王』として全宇宙に名を残し『キー』を自らの体に封印すると、それぞれの住む並行世界に帰って行きました。でも……」
キルシエが、忌々しげに貌を曇らせ、桃色の髪を揺らしながらこう続けた。
「真の恐怖の種は、その時、既に蒔かれていたのです……!!!!」




