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刹那、らんだまいず!  作者: めらめら
第4章 魔王たちの宴 
14/36

死闘京王電鉄

 一方その頃。


 来るべき近未来。昭和89年。


  しゅっぽ しゅっぽ しゅっぽ しゅっぽ しゅっぽ……


 夜だ。煌々たる街の灯を背にして青黒いシルエットを浮立たせた、帝都東京を横断する大鉄橋『新京王線(しんけいおうせん)』。その鉄橋の軌道を、猛然として黒煙を噴き上げながら走っていく、巨大な車影があった。

 警視庁鉄道警察隊の誇る首都圏警護の要。装甲蒸気機関車『震電(しんでん)』の雄姿である。

 黒光りした車体を軋ませながら爆走していくこの機関車の、貨物車両の屋根の上。その上に、叩きつける風にマントをはためかせながら、牽引車めざし駆ける人影、ひた走る孤影が見える。

 らん! 雲間から貌をのぞかせた青白い満月の光が、黒マントの男を妖しく照らし出す。

 ……これはいかなる理由か?

 男の顔を覆っているのは、何かを嘲笑うかの様な不気味な人相を象った奇怪な鉄面。

 笑い仮面である。


「これまでだ! 『怪人シュラウド』!」

 仮面が駆けて向かう先。おお見ろ。その先にもまた人影がある。

 『震電』の牽引車に辿りついた鉄仮面を待ち受けていたのは、詰襟の警邏服にサーベルを携え、右手には小形回転式拳銃を構えた一人の女だった。齢は、二十半ば。

 警視庁公安(ゼロ)課の警部補、嵐堂鳴亜(らんどうメイア)だ。スレンダーな身体に黒髪ショート。切れ長の目がちょっとグッとくる美人である。


「目標ヲ捕捉。確保! 確保!」

 鉄仮面の背後からは、その鉄腕に小銃を生やした機巧(からくり)刑事達が迫ってくる。


「今度こそ逃げ場はないぞ! おとなしく、お縄につけ『シュラウド』! ………いや! 『大月(おおつき)教授』!」

 メイアはそう叫ぶと鉄仮面の顔面に、はっしと狙いを定めて拳銃の引き金を引いた。


 ばきゅーん!


 メイアの放った弾丸が、仮面のこめかみの蝶番を撃ちぬく。

 

 すると、ぱかん!


 宙に舞った鉄仮面の下からのぞいたのは、つやつやとした禿頭に気力を滾らせた、怪しげな初老の紳士の顔だった。

 あらゆる並行世界に遍在し、いかがわしい犯罪を企てる超時空変質者、大月教授である。

 魔境のアルカトラズ、くまがや刑務所から首尾よく脱走を果たし、ここ多摩市まで逃げのびてきたのだ。


「ふはははははは! よくぞ見破った、メイア君!」

 大月教授が黒マントをパタパタさせながら怪しく笑う。


「当然だ! 平日の昼間っから、通学路や公園を徘徊してる怪しい鉄仮面がいるって通報が後を絶たないんだ! お(めー)しかいねーだろ!」

 怒りに燃えるメイアが、大月教授向かって叫んだ。


「なかなかの推理だな。だが、鬼ごっこもここまでにしよう。私は行くところ(・・・・・)があるんだ」

 そう言って不敵に笑う教授に、


「観念しろ! 教授!」

 教授に詰め寄るメイア。

 だが、教授は口の端をニタリと歪めると、右手を差し出して、その指をパチリと鳴らした。

 

  とたん、がこん!


 軋んだ音をたてて『震電』と貨車の連結器が外れた。教授が念動力(サイコキネシス)を用いたのだ。

 単騎、暴走していく轟龍。貨車に置き去りにされる機巧刑事達。

 メイアと教授は、ただ二人『震電』のデッキに残された。


「ふはははは! 観念するのは君の方だよ、メイア君!」

 腰に下げたモーゼル・ミリタリーをメイア向けて構えた教授が、舌なめずりをして彼女に迫る!


「さあ、それはどうかしら?」

 冷たく笑うメイア。


 バチン!


 突如頭上から、投光機の強烈な照射光が教授を捕えた。


「なにぃ!」

 驚いて空を仰ぐ教授。

 見ろ。教授とメイアの頭上を、帝都東京の上空を悠然と泳ぐのは、警視庁航空隊の擁する巨大警備飛行船『おおわし』の雄姿である。


  ひゅーん ひゅーん ひゅーん……


 その『おおわし』から、次々と京王線めがけて落下してくるのは、ジェットパックを背負った幾人もの空挺隊員たちだ。

 警視庁特殊部隊『ロケット決死隊』の隊員たちが、教授を捕えるべく『震電』に降下してきたのだ。


「おのれ、ちょこざいな!」

 そう叫んで教授が、己が黒マントをバッサと脱ぎ捨てた。


 にょろにょろにょろ~~……


 なんということか!

 マントの下にあったのは、教授の体から生えた無数の蛸足状の触手である。

 その蛸足の先端には、これまた何挺ものモーゼル・ミリタリーが握られていたのだ。


 ばきゅーん! ばきゅーん! ばきゅーん!


 『震電』に降下する端から、次々と教授の凶弾に斃れていくロケット決死隊の隊員たち。


「次は貴様だ! メイア!」

 勝ち誇った顔でメイアに狙いを定める教授。


 ばきゅーん!


 教授の放った必殺の銃弾が、メイアの左胸に命中した。


「うっ!」

 メイアが一瞬よろめく。

 だが、なぜだ。彼女は斃れない。

 その整った口元に、きゅううと冷たい笑みを浮かべて、なおも教授に向かって歩みを止めぬメイアの不思議。

 はらり。メイアが外套を脱ぎ捨てた。

 おお見ろ。彼女の半身を包んでいたのは、月光に照らされ妖しく煌めく白銀の帷子(かたびら)

 特殊合金ミスリルの鎖で編まれた、地上最強の防護服であった。


「その帷子は………! まさか! きさま伊賀者!?」

 驚愕する教授。


「私を、ただの婦警と侮ったな? 教授!」

 伊賀島ヶ原衆の末裔、嵐堂メイアは、そう言ってニタリと嗤うなり艶かしくその身をよじった。


 しゅらんっ!


 これはいかなることか?

 脱ぎ捨てられた外套の内側から、何かが飛び出してきた。

 注射器、メス、剪刀、鉗子、鉤爪、開創器など、一体この場で何に使うのか、目を疑うような器具の数々である。

 月光を反射して空を舞う奇怪な医療器具。これは妖術や呪いの類か。

 いや、よく見れば器具には微細な鋼の糸が繋がれていた。糸はメイアの纏う帷子に結えられ、彼女の身のうねりに応じて、注射器、無数のメス、剪刀、鋏が宙を舞っていたのだ。


「ゲルマン忍法、『疾風怒濤シュツルム・ウント・ドランク』!」

 メイアが叫んだ。


  しゅしゅしゅしゅしゅ!


 教授に迫る刃の群れ。

 モーゼル・ミリタリーを構えた教授の蛸足が、幾閃ものメスによって、次々と切り落とされていく。


「きゃははははははははははははは! 殺さなければ、何をしてもよいとのお達しだ! たっぷりとぶっこませてもらうぞ~! 教授!」

 巨大な注射器を手にしたメイアが、眼をギラギラさせながらサディスティックに笑った。


「くけけけ! 気に入ったぞメイア! だが、ぶっこむのは私の方だ!」

 教授は不気味に笑ってカッとその目を見開いた。


  ぐりゅん。


「ああ!」

 突然、メイアが何かに足を取られて転倒した。

 なんということか。メイアのメスに切り落とされて、『震電』のデッキに撒き散らされた蛸足が、いつのまにか彼女の下に這い寄ると、その両脚を縛り上げたのだ!


「あぁははははぁ! さ~どうするぅ? 婦警さあぁぁぁぁん!!」

 興奮した教授が蛸足を再生させながら、メイアに迫ってくる。


 にょろにょろにょろ~~


 なんということだ。身動きの取れないメイアに向かって、教授が新たに生やした蛸足を巻きつけ、彼女を空中に逆さ吊りにしたのだ。


「ふうぅぅぅぅあぁ!!」

 全身をヌラヌラとした触手にまさぐられ、おぞましさに硬直するメイア。


「あははははぁ! いいザマだな、たっぷり可愛がってやるぞ! だがその前に………!」

 教授が、懐から取り出した巨大な魔法の指輪を蛸足にはめると、指輪をメイアに向けるなり、こう唱えた。


「私好みに『チューン』してやる! マージマジ・マジーロ!」


 ぽんっ!


 メイアの体が白い煙に包まれる。

 これは何たる趣向か? 煙が晴れた時、触手に繋がれていたのは、まだ未成年の少女の姿。

 メイアの身体が、中学二年生当時のそれに逆戻りしているのだ!

 ご丁寧にセーラー服も着ている!


「どわ~~~! 何よこれー!」

 スカートを押さえながら悲鳴を上げるメイア。


「あははははぁ! さあ! イタズラしちゃうぞ~~~!」

 教授が(´Д`;)ハアハアしながら、JCとなったメイアの全身にさらなる触手を伸ばしてきた。

 あぶないメイア! だがその時だ。


 ぼかーーん!


 突如、爆走する『震電』の動輪で何かが爆発した。バランスを失い、脱線する装甲蒸気機関車。

 大月教授が撃ち落とした『ロケット決死隊』のジェットパックが、車輪に巻き込まれ暴発したのだ。


「なにぃ!」

 不測の事態に教授の蛸足のいましめが緩むと、


「隙ありぃ!」

 咄嗟に隠し持ったメスで触手を切り裂いて、メイアが教授に飛びかかった。

 傾き行く巨大機関車の上で、教授とメイアの組んず解れつの死闘が始まった。


 だが見ろ。二人を乗せた『震電』の暴走は止まらない。

 脱線した機関車が、そのまま高架を飛び出して市街に落下しようとしている!

 大惨事の危機。

 だがしかし、その時だ。中学生になったメイア(14)が、そのか細い左腕にはめられた腕時計型の通信機をかざして、こう叫んだのだ。


「アストロトレヰン、モードB!」

 すると、


「了解、あすとろとれゐん、もーどB!」

 蒸気機関車『震電』の中央制御電脳『アストロトレヰン』が、通信機ごしにメイアの指令を復誦した。

 そして、次の瞬間、


 ぎがごごぎ。


 高架から飛び出した『震電』が、奇怪な駆動音と共に、外部装甲板を展開させていく。

 見ろ、その胴体の左右から飛び出したのは銀色の二重デルタ翼。機体の後尾には垂直尾翼。三角状に配備された巨大なメインエンジン。メイアの指令を受けた『震電』が巨大機関車の態を解くと、スペースシャトルを思わせる航空機へと変形したのだ。


 ごーーーーーーーー!


 間一髪、墜落を免れて水平飛行に移行する『震電』。


「やってくれたな教授! さあ、第2ラウンドだ!」

 猛り立つメイアが、再びその両手にメスを構える。

 対する教授は脱線の時に頭を打って、ショックで目を回してシャトルの鼻先にへばっている。

 確保のチャンスだ! メイアは嗜虐の笑みを浮かべつつ、『震電』の鼻先向かって跳躍しようとした。

 だが待て、シャトルの様子がおかしい。


「ぴーーー! メイアサマ、石炭ガ足リマセン! ドコカ開ケタ場所ヲサガシテ、不時着シマス!」

 メイアに打診する『アストロトレヰン』。

 『震電』の高度が、徐々に下がっていくのだ。


「開けた場所ってどこに? あ………あれは、まさか!」

 驚愕するメイア。『震電』の向かう先に見えるのは、かつて彼女が通っていた、私立聖痕十文字学園だったのだ。


「何だ、あれ!」

「何よ、あれ!」

「何じゃ、あれ!」


 その学園の校庭で、焔と対峙したせつなとエナ。

 彼らに向かって、空から巨大な鉄塊が突っ込んできた。


「避けろ! エナ! 来るんだ!」

 せつなは地面から跳び上がって、エナの手を引き再び駆け出した。


「おのれ逃すか!」

 せつなとエナに追いすがる焔。その時だ。


 ずずずずずずずずずずずずずずう!


 彼らの前に突っ込んできた『震電』が両者の間を割って焔の行く手を阻んだ。


「一体、なんなんだよ!」

 驚愕するせつなの前に、航空機の機上から校庭に降り立つJCが一人。メイアだ。


「げ! メイア! なんでここに!?」

 せつなの顔が恐怖で歪む。


「お前……まさか探偵! こんな場所に潜伏してたのか!」

 メイアが、思わぬ『獲物』との邂逅に目を輝かせた。


  がき!


 メイアはせつなに飛びかかると、瞬く間に、得意の合気術で彼の左腕をギリギリと絞めあげた。


「うぎゃあああ! ちょまっちょまっ! 今はそんな事してる場合じゃ……ふぐあぁ!」

 せつなが激痛で悲鳴をあげる。


「ふぅうぅぅ! いつもウゼーんだよ! 探偵風情がちょこまかしゃしゃり出やがって! おとなしくお縄につけよぉぉ!」

 せつなの悲鳴にビックンビックンと身体を反応させながら、メイアは嗜虐の悦びに口の端を歪めた。


  かじっ


 メイアがせつなの耳に口を寄せると、彼の耳たぶをカプカプ甘噛みした。


  ぎらん!!!!!! 


 その時だ。エナの瞳が、灼炎に輝いた。


  がばっ!


 エナが、メイアの腕からせつなを、ものすごい怪力で無理やりもぎ取ったのだ。

 ぼごっ! せつなの腕がおかしな方向に折れ曲がる。


「どぎゃ~~~~~~~~!」

 泣き叫ぶせつな。だがエナは意に介さず、片腕でせつなの襟首を締めあげて、そのまま宙に持ち上げた。


「如月くぅぅぅぅぅん! 夕霞さんといい、この女といい、風紀委員のあたしの前で、おイタが過ぎるんじゃないのぉ……!」

 せつなを絞め上げたままエナはそう言うと、今度はメイアの方を向いた。


「あのねぇあなた……どこの女か知らないけど、うちの生徒に変なことされたら、あたしの面子が立たないのよぉ!」

 エナは、おだやかに微笑みながら、ツインテールを震わせてメイアにそう言った。

 ぐりっ! 彼女の白い指がせつなの喉にめり込む。


「エナ………ちょまっ! ちょまっ! 痛い! 痛い~~~~! グブッ」

 口から血泡を吹きながら必死で弁解するせつな。彼の意識が薄れかけてきた。


「こらこらこら~! 民間人が、乱暴なことしたらだめー!」

 べりっ! メイアが、エナから彼を引き剥がした。


「うぶぐうぅううぅぅうう!」

 お昼に食べたカツサンドを撒き散らしながら校庭に倒れ込むせつな。


「『炎浄院エナ』か……。『探偵』に略取されたと通報を受けてコイツを追いかけてたのに。こんなところでイチャコラしてたのか!」

 メイアは卑猥な笑みを浮かべてエナを眺めまわしながら、校庭に転がったせつなの背中をスクールローファーでムギュッと踏みつけた。


「この豚野郎に入れ上げてるのか知らないけど、探偵は、私のつかいッパなの! よろしくね! なえタン!」

 メイアが、勝手に変なあだなをつけて、エナの体をはぎゅはぎゅした。

 公安(ゼロ)課では、これが挨拶がわりなのだ。


  ごおおおおおおお!


 校庭に瘴気が立ち込め、血を孕む風が吹いた。


「頃す……! 頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃すす頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す頃す……!」

 エナが、穏やかな笑みを貌に貼りつかせたまま、何かの念仏を唱えだした。


「もうやめてくれ~~~~~~~!!」

 せつなは、恐怖でちょい漏れしていた。


 だがその時だ。


 にょろにょろにょろ~~

 

 『震電』の機上から、今度は蛸足が伸びてきて……!


「ふははははは! ()()ぁぁぁぁつ!!」

 目を覚ました大月教授が、今度はその触手をエナに巻き付けて彼女を空中に持ち上げた。


「どわ~~~! 何よこれ~~~!」

 エナが悲鳴を上げる。


「大月教授! なんでここに!」

 戸惑うせつな。


「しまった! 教授! 忘れてた!」

 教授確保の任務を思い出したメイアが、再びメスを握って教授を睨む。


 そして、その時。


「みつけたぞ、せつな! 覚悟ーー!」

 『震電』の機体を跳び超えて、今度は、忍者少女、焔がせつなに迫ってきた。


「も……もう、訳がわかんねーよぉーー!」

 せつなが、頭を抱えながら悲鳴を上げた。


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