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刹那、らんだまいず!  作者: めらめら
第3章 ヨグ=ソトースの影
12/36

吸血姫裂花

「ふしゅしゅしゅ。さあ小僧、椎茸を喰え~~!!」

「ひぎゃあああああああああああああああ~~!」

 体育館裏に響いた雨の絶叫。

 地面に転げた紅顔の美少年の裸身めがけて、ヌメヌメとした宇宙椎茸の群れが一斉に飛びかかってきた。


 だが、その時、


 ごおおおおおおお……

 

 上空から響いてくる轟音。

 

「ぬ……! あれは、昆虫忍法!」

 雨少年と対峙した宇宙椎茸の主、怪忍者アミガサ粘菌斎が思わず空を見上げた。

 彼ら『甲賀朧谷衆』の首領、空我弦之助が変身を果たした巨大クワガタと、突如地底から現れたメカカブトムシが学園の上空でドッグファイトを演じている。

 そして経緯はわからぬが、手傷を負った弦之助の身体が、学園の裏山向かって墜落していくのだ。


「まさか! 弦之助がやられるなど!」

 狼狽する粘菌斎。


「ぴちゅちゅ?」

 主の動揺を察したか? 椎茸どもの動きが一瞬止まった。


 そして、次の瞬間。


 ぼおお!


 何が起こったのだ? 雨を取り巻いていた椎茸の群れから、真っ赤な炎が吹き上がると、


「ぐきゃきゃ~~~!」

 椎茸たちが悲鳴を上げながら次々に焼けこげ、膨れ上がり、爆ぜていく!


「何者!」

 驚きの声を上げ、樫の杖を構えて雨の方を向いた粘菌斎。

 雨と粘菌斎の間を割って立っていたのは、銀色の総髪を靡かせた着流しの老人。


 冥条獄閻斎だった。


「少年、今じゃ、逃げよ!」

 雨の前に立ち、粘菌斎を厳しく睨みながら、老人は少年にそう言った。


「理事長先生! ありがとう!」

 そう答えて、転がるように椎茸たちから逃げ出す雨少年。


「はん、今度は老いぼれが相手か! うぬには何を喰らわせてやろうかの!」

 獄閻斎を睨んで不気味に嗤うアミガサ粘菌斎に、


「老いぼれは、お互いさまじゃ。このキノコじじいが!」

 着流しの老人もまた日本刀を構えて不敵にそう言い放った。


「生憎じゃが、わしは好き嫌い無し! 何でも食えるぞ!」

 『花殺め』を光らせて油断なく粘菌斎を牽制しながら、獄閻斎もまた学園の上空、弦之助と琉詩葉の落ち行く先を見遣って一人呟いた。


「琉詩葉……! 勝ったのか?」


  #


 ずずずう……。


 学園の裏手に広がった広大な聖ヶ丘の雑木林。

 普段は野鳥の声と虫の音ばかりの閑静なその山向かって、轟音をあげて墜落してくる巨大な影があった。

 巨大甲虫に変化した空我弦之助と、その角の先端にしがみついた琉詩葉。

 そして、弦之助の巨体に繋がれた琉詩葉の使徒『プルートウ・改』である。

 バリバリと樹木を薙ぎ倒しながら山間に墜落してきた弦之助の巨体。


「おわあ!」

 弦之助にしがみついた琉詩葉は、墜落のショックで角先から跳ね飛ばされると、地面に叩きつけられて、そのまま林に転がった。


「あ()つつ……」

 日の落ちかけた林の中、落ち葉の敷き詰められた地面からどうにか半身をおこした琉詩葉。


「昆虫忍者か……。すげー怪獣だったけど、あれだけやっつければ、もう動けないでしょ……ん?」

 そう呟きながら琉詩葉は、自分の尻の下でモゾモゾ動く何かに気づいた。


「わーー! ノコタンごめん! 死んでない?」

「ぴきゅ~……」

 落下のショックで地面に放り出された琉詩葉のペットが、彼女の尻の下で押しつぶされて、目を回していたのだ。

 強打した全身の痛みに耐えながら、なんとかその場をどいた琉詩葉。

 地面のつちのこを拾い上げて胸元に押し込めた彼女が、立ち上がろうとしてふと、墜落したクワガタムシの方を向くと……


「うおわ!」

 琉詩葉は驚きの声を上げた。


「ぐ……ぎ……ぎ……」

 ずるり、ずるり。

 木々を断ち割って、地面を這いながら、なおも琉詩葉に迫ってくるのは頭部を破損した巨大クワガタの弦之助。

 だが見ろ。そのクワガタムシの巨体が金色の光に包まれて、みるみる縮んでいきながら、元の人間の姿に戻って行く。


「ぐぐぐ……小娘が、あんな技を……」

 琉詩葉の必殺技『ダークレギオン・フルバースト』に左眼を貫かれ頭部を破壊されながら、それでも驚くべき事に弦之助は生きていた。

 そして見ろ。破壊されたはずの彼の左眼と頭蓋に生じたピンク色の肉芽組織。肉芽は見る見る膨れて盛り上がると、忍者の創を覆い、もとの姿に再生していくではないか。

 恐るべきは忍者の業よ。昆虫の生命力をその身に宿した甲賀衆の首領は、常人ならば絶命を免れないよう大傷を負っても、なお、その命と行動力を失うことは無いのである。

 だが、流石の弦之助も先ほど琉詩葉から被った技のダメージは甚大。己が忍者(パワー)の大半を頭部の再生に費やした弦之助の肉体は、昆虫の姿を保てずに、元の人の姿へと戻ったのだ。

 そして今再び、怒りに燃える目で琉詩葉を睨むと、背中の忍者刀『蜥蜴丸』を抜き放ち彼女に切りかかろうとしている!


「まずい……!」

 琉詩葉は狼狽した。

 必殺技『ダーク・レギオン』は、クワガタ相手に先程打ち尽くしてしまいチャージにはあと数時間かかる。

 最強の使徒『プルートウ』も空中戦と墜落で被ったダメージが甚大。再び動けるようになるには冥条屋敷でのメンテナンスと充電が必要だ。

 『召蠱大冥杖』を用いた冥条流杖術で応戦しようにも、先ほどの空中戦で弦之助の赤熱鞭に右肩を貫かれて、右手の自由がきかない!


「くるな……! くるな……!」

 地面に尻もちをついたまま、錫杖を振り回して必死で弦之助から後ずさる琉詩葉だったが、


「問答無用! 子供たりとて、容赦せぬ!」

 今まさに、琉詩葉に襲いかからんとする弦之助。


 だが、その時。


「だめよ弦之助。それ以上あの()を傷つけたら……」

 弦之助の背中から鈴を振るような声が聞こえて、


 ずぶり。


 次の瞬間、忍者の左胸から黒装束を切り裂いて、夕日を受けて紅く煌めく、鋭い刃が飛び出した。


「うぐあああ!」

 鮮血溢れる左胸を抑えて地面に倒れこんだ弦之助。


「ご苦労さま。弦之助」

 倒れた弦之助の背後から、そう、夕闇に冷たく響く女の声。

 女が、刃で、忍者の背中から彼の心臓を刺し貫いたのだ。


「うそ!」

 声の主を向いた琉詩葉もまた、驚きの声を上げた。

 見覚えのある顔だった。

 クヌギやケヤキの間から血の様に差し込んだ夕日に長い黒髪を濡らして、立っていたのは一人の少女。

 漆黒のセーラー服、切れ長の目、黒珠の瞳、白い肌、真っ赤な唇、人形のような貌。


 裂花(れっか)だった。


 弦之助を冷たく見下ろした彼女がその右手に握っていたのは、忍者の返り血で真っ赤に染まった、水晶製の一振りの短刀。


「おまえ……! まさか、まさか!」

 裂花を振り向いた弦之助の目が、驚愕に見開かれた。


「ごめんなさいね。あなたが術を用いれば、琉詩葉ちゃんが出てくることは分っていた。私、彼女と二人きりになりたかったの。だから……」

 淡々とそう言って、裂花は再び短刀を構えると、弦之助むかって滑るように歩いてきた。


「おのれ! おのれぇ!」

 左胸を抑えてどうにか立ち上がった玄之助が、裂花に忍者刀を向ける。

 だが、どうしたことだろう。琉詩葉に頭部を割られても、なんなく再生を果たした弦之助の肉体だったが、いつまでたっても裂花に刺された胸の創がふさがり、流血が収まる様子がまるでない。


「うう……」

 血を失い過ぎたか? 弦之助の足はふらつき、裂花に向けられた刃の切っ先は既に震えておぼつかない。


「無駄よ。私の『破邪の晶剣』に刺し貫かれたら。いかな再生力を持った人外の肉体も、もう二度と、元には戻らない……」

 冷たくそう言い放った美貌の少女に、


「がああ! 我らを謀ったな! すきすま(・・・・)ぁ!」

 怒りで我を忘れたか、そう叫びながら捨て鉢で裂花に切りかかった弦之助。


 だが、


 しぱん。


 白刃一閃。


 弦之助の喉元めがけて、夕日に煌めく少女の晶剣が奔った。


「あなたの仕事は、終わり。さようなら弦之助……私のいい人(・・・)

 弦之助の懐に飛び込んだ裂花が婀娜に嗤って忍者の耳元でそう囁くと……


 ずるん。


 次の瞬間、怒りと無念に歪んだ弦之助の頭部が胴体を離れて、そのままゴロリと地面に落ちた。


 ごおおお……


 途端、その体から吹き上がった青黒い炎に焼かれ、崩れ、灰燼に帰してゆく忍者の肉体。

 おお。己が業前一つで異形の暗殺者集団『甲賀朧谷衆』を率いた首領。超絶の昆虫忍法を用いて地上最強の忍者とうたわれた空我弦之助も、学園に身を潜めた意外な伏兵、謎めいた美少女の水晶刃の前に、ついに斃れてその命を散らしたのである。


「琉詩葉ちゃん……」

 忍者を討ち果たした裂花が、今度は琉詩葉の方を向いた。

 その表情は、弦之助を殺めた刻とは一転、優し気にも見える貌だった。


「裂花ちゃん、一体、何してんのさ、こんな処で……?」

 裂花が演じた修羅場に動転。震える足で必死に立ち上がろうとする琉詩葉だったが、墜落で全身を打ったダメージと、目の前で起こったあまりの惨事に頭が混乱して、体が言うことを聞かない!


「かわいそうに、怪我したのね……でも大丈夫」

 倒れた琉詩葉に歩み寄った裂花が、彼女のブレザーを脱がして、血に染まった琉詩葉のワイシャツに貌を寄せると……


「私が、吸って(・・・)あげる」

 そう言って、


 しゅらん。


 水晶の短刀で琉詩葉のワイシャツを引き裂くと、


 ちゅ。


 おもむろに、自身の朱をさしたような唇を、剥き出しになった琉詩葉の右肩の(きず)に……押し当てたのだ!


「な……な……!」

 裂花の突如の奇行に慌てふためいた琉詩葉が、必死で彼女を振り払おうとするが、裂花の細い両腕がその外見からは想像もできないような強い力で琉詩葉を抑え込み、離さない。


「ぃいぅう!」

 琉詩葉の半身が、痛みで弓なりになった。

 血染めの肩に貌をうずめて、裂花の花弁(はなびら)の様な唇が、琉詩葉の創に吸いつくと流れ出る血を啜り始めたのだ。


「ぅう……! ああ!」

 裂花にがしりと抑えつけられたまま、苦悶の表情で肩を吸われるままだった琉詩葉が、突如、くぐもった悲鳴をあげた。

 裂花の冷ややかな舌先が、琉詩葉の創口をベロベロと舐めまわしながら、琉詩葉の(なか)に、這入ってくる!

 そして……


「ひ……ひぃゃぁ……」

 自身の身体(からだ)に起こった異変に気づき、琉詩葉の顔が、恐怖と混乱に引き攣った。

 創の痛みが、薄れていくのだ。

 いや、それだけではなかった。

 裂花に吸われ、その真っ赤な舌で舐めまわされた創口からぞわぞわと全身に広がっていく、異様な感覚。


 だるいような、痺れるような、快感だった。


 なおも必死で裂花に抗い、彼女を振り解こうとする琉詩葉だったが、腕に、力が入らない。

 体が、痺れて、力が、抜けていく……


「どう、気持ちいいでしょ? 琉詩葉ちゃん……」

 裂花が、創から貌を離すと、口の端に付いた琉詩葉の血を真っ赤な舌でチロリと舐めまわしながら、人形の様に整ったその貌を淫らに歪ませて琉詩葉に囁いた。


「ふふ、私のくちづけ(・・・・)を受けると、みんな、そうなっちゃうの……。いいわ、もっと気持ちよくしてあげる……」

 琉詩葉の紅髪を真っ白な指先でいやらしく撫でまわしながら、彼女の耳元でそう言う裂花に、


「あなたは……何者なの? なんで、こんなこと……」

 その身を引き裂く恐怖と快楽に息を荒げながら、引き攣った声で裂花にそう訊く琉詩葉。


「私は裂花(れっか)。狭間に咲く花。この世に陰影(かげ)をもたらす者。そして琉詩葉ちゃん、あなたもまた狭間に蒔かれた種。私の、大切な、子供……」 

 そう答えるなり裂花は身動き取れない琉詩葉の上半身を抱き起こすと、上気して汗ばんだ彼女の首筋に、ゆっくりと、やさしく、唇をつけた。


 そして、


 つぷん。


「ふぎいいぃい!」

 琉詩葉が、首筋を貫く苦痛に、声にならない悲鳴を上げた。

 裂花の口から真っ白に伸びた鋭い犬歯が、琉詩葉の頸をゆっくりと噛み裂きながら、琉詩葉の()に、潜り込んできたのだ。

 だが、先程肩を吸われた時と同じだった。苦痛と恥辱に紅髪を震わせて、その両目から涙を流しながらも、琉詩葉は、裂花に抗うことができなかった。

 首筋から再び全身に広がっていく、もどかしいような、むずかゆいような、言いようもなく昏い快楽。


「ん……! んぅぁ……あぁはぁああぁああ…………!」

 刻々昏さを深めていく夕暮れの山中で、裂花に押し倒された琉詩葉は、彼女にされるがまま、ただ陶酔の呻きを漏らすしかなかった。

 

 虚ろに見開かれた琉詩葉の眼前に、深紅の闇が降りてきた。
















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