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マンダリンは小物だが特技にだけは自信がある

作者: 瀬嵐しるん


「そんな馬鹿な! 今まで百発百中だったのに!?」


グリーンシティ警察署の捜査部に、若い女の叫び声が響いた。


女は捜査官のマンダリン。

詐欺事件特捜班のエースだ。


彼女の勘は鋭く、これと睨んだ人間が犯人じゃなかったことは一度もない。


ところが、お得意の勘で今日捕まえた男は、詐欺犯ではなかった。


事情聴取のためと任意同行を願い、身元を確かめてみたら……

なんと、全国警察組織の総本山であるセントラルシティ警察庁の警視正だったのである。


その結果、警察署の上層部が被害者である警視正に土下座した上、まだ明るい時間帯だというのに、そのまま馴染の料亭で接待宴会になだれ込んだのであった。


宴はつつがなく進行され、現在は署長とその取り巻きによる腹踊りが披露されている。

古式ゆかしい芸は彼らの十八番。

しかも署長たちは無駄にリズム感が良いため、誰が見ても面白い。


「うわっはっははは!」接待されている警視正は涙を流して笑っている。



一方、誤認逮捕ならぬ誤認連行をしたマンダリンは末席で正座させられていた。

お酌を強要されるよりよほどマシなので、本人的には構わない。

だが、その胸中は荒れている。


『おかしい。わたしの勘がずっと、こいつは詐欺犯だと告げている!』



その夜のこと。

宴会の最後まで正座させられた挙句、酒の一滴、刺身の一切れすら食べさせてもらえなかったマンダリンは、馴染みの屋台で憂さ晴らしをしていた。


「オヤジさん、聞いてよぉ~」


「はいはい、聞いてるよ~」


すっかり夜も更け、他にお客はいない。

残っているのはくだを巻くマンダリン一人きり。


酔客に慣れ切ったオヤジは、はいはいと返事をしつつも、おでんの仕込みに余念がない。


「え~、全然聞いてないじゃん~」


「聞いてるってばよ~。ほら、おでんもちゃんと仕込んどかないと、お嬢ちゃんの好きな大根が硬いままだったら嫌だろ~?」


「うーん、そりゃ嫌だけどさ~」


「ほらほら、余りもんだけどスジ肉のサービスだ。

ゆっくり食いな」


「わーい、ありがとー」


すっかり酔っぱらったマンダリンには、スジ肉でも噛み締めて黙ってろ、という皮肉も通じない。

とりあえずニコニコと肉を頬張り静かになった客に、オヤジはホッとした。



「もうラストオーダーは済んでしまったかしら?」


そこへ、地方都市の屋台にはまったく不釣り合いな、ゴージャスな美女が現れた。


「いらっしゃい! まだ大丈夫ですよ。

何にしましょうか」


「そうね。冷を一杯。

それから……美味しそうなおでんね。

適当に盛り合わせてもらえるかしら」


「はい、少々お待ちを」



「あーら、いいお出汁。

若干、硬くなり過ぎた卵が、これはこれでオツなものね。

辛子、追加してくださる?」


美女は辛そうな卵を頬張り、冷をグッと喉に流し込む。


「あー美味しい! 同じ屋台でも、ここは静かで空気もいいから、余計美味しい!

もちろん、オヤジさんの腕がいいからだけど」


「お気遣いなく」


「いやだ、渋いオヤジが謙虚だなんて、魅力マシマシよ!」


「お客さん、俺、ホストじゃ無いんで、気の利いた返しは勘弁してください」


「ふふふ、困らせたいわけじゃないの、ごめんなさいね。

ところで、このお嬢さんは……潰れてるわね。

何かあったのかしら?」


「なんか仕事でうまく行かなかったみたいで。

一生懸命やれば、毎回報われるってわけでもないでしょうしねえ」


「あらまあ、お気の毒ねえ」


美女は謎めいた微笑みを浮かべた。



「は! 寝過ごした!?」


レースカーテン越しの陽光を感じ、マンダリンは飛び起きる。

しかし、そこは見慣れた安アパートではなく、超高級ホテルのVIPルームみたいな部屋だった。

もちろん泊ったことは無いが、殺人未遂事件捜査の応援に駆り出されて部屋に入ったことがある。

ちょうど、これと同じだった。

というか、この辺で一番のホテルのVIPルームそのものだ。

マンダリンの顔色は真っ青になる。


「ま、まさか、屋台で酔っ払って気が大きくなって、一泊で手取りの二か月分が飛んでいく部屋に泊まってしまった、とか!?」


ありえない。もしそうだとしたら、今年いっぱい水だけ飲んで暮らさねば……。


涙にくれるマンダリン。

その時、部屋の扉が開いた。


「あら、目が覚めたかしら。

おはよう! 二日酔いは大丈夫?

お味噌汁とか青汁、それとも他に何かいる?」


「あ、あなたは!?」


「ああ、初めましてだわね。

昨夜、あなたと同じ屋台で飲んだ者よ。

あなたが潰れてたので、わたしの部屋に連れてきたの」


酔っぱらって潰れた常連の客を、行きずりの客が連れ帰るなんて、常識的には考えられない。

しかし、屋台のオヤジも人の子。

今月の収支はちょっとヤバかった。

そんなところに、二人分の飲み食い代に、たっぷり色を付けて支払うような太っ腹な客が現れたのだ。


その行きずり客が、常連客を拉致……いや、親切に介抱しつつ連れ去……いや、連れて帰るのを黙って見ていたとしても、責められないかもしれない。

オヤジの判断を擁護するとしたら、常連客が警察官であり、そこそこの武芸を嗜んでいると知っていた事実をあげるべきだろう。

余程でない限りは自分で対応できるはずだ。

オヤジは心の内で、万一のことがあれば罪に問われても証言しようと覚悟を決めていた。



さて、勘は鋭いが根は素直なマンダリンは、初対面の美女に感謝した。


「そ、それはご迷惑を。ありがとうございました」


「大したことはしてないわ。

ただ、ありがたいと思うなら、ちょっと、私のお願い聞いてくださる?」


美女があまりにも妖艶に微笑むので、マンダリンは戦慄した。


「あ、あの……カラダで返せとかそういう……?」


美女はカラカラと笑う。


「ある意味そうだけど、あなたが想像しているようなコトじゃないわ。

安心して」


「……」


「ふふ、わたしはこういう者よ」


美女の身分証を見せられたマンダリンは、食い入るようにそれを見つめた。


「セントラルシティ警察庁の警視長! 特別捜査室長!

あの怪しい警視正より上の方……」


「あなたは詐欺犯に鼻が利くと報告が上がっているマンダリン巡査部長で間違いないわね」


「はい、そうです」


「あなたから見ても、あの男はクロなのね?」


「はい、絶対クロです。

たとえ警視正だとしても、わたしの勘がクロを主張しています!

間違っているならクビでもいいんです。

でも、上司たちが全員、取り調べをしないと断言していて……」


「仕方ないことだけど、肝の小さい男ばかりで嫌になるわ。

私が手配したチームの調査結果でも、ヤツはクロよ。

だけど、尻尾を掴むのは容易じゃない」


「その調査結果を表に出せば……」


「ヤツは、次期警視総監の娘を落として婚約してるわ。

無垢なお嬢様は騙されて、結婚に向けて一直線よ」


「え? そんな後ろ盾まで得たら、最強詐欺師じゃないですか」


「そうなの。

結婚が成れば、上層の人間たちが自身可愛さに後戻りできず、多大な迷惑が周囲に及ぼされること必至なのよ。

……まあ、ついでに上層部刷新を目論む人たちも……ああ、これはあなたには関係ない話ね」


美女は微笑み、マンダリンは聞こえませんでしたという顔をする。




美女配下の調査結果によれば、警視正は詐欺組織に取り込まれ、多額の報酬を得て、お偉いさんの娘を狙った。

つまりは結婚詐欺を働いている最中である。


「合法的に警視正を始末する手はないんですか?

合法でなくてもよければ、行きずりの女性と心中とか?」


自分の勘が認められなかった恨みもあり、マンダリンは犯人に容赦ない。


「いきなり始末する発想は嫌いじゃないわ。

そして心中はベタだけど、抹殺するには悪くないわね」


「偽装心中なら、わたしやります?」


「駄目よ。あなたには表向き、地方の一捜査官でいてもらわないと都合が悪いもの。

調査によれば、あなたの詐欺師発見の能力は百発百中。

警察庁の大切な人材よ」


マンダリンはジーンとした。

今まで、まぐれだの自慢するなだの、散々、男性上司にくさされてきたのだ。

手柄も横取りされ放題で、腹の立つことばかりだったのだ。


「ところで、都合とは?」


「隠れ蓑は必要でしょう?」


「つーことは、わたしは表向きの仕事と併せて、裏仕事でこき使われる未来確定ですか?」


「裏仕事は三百六十五日あるわけじゃないから安心して?」


「三百六十四日の予感しかしません」


「あら、やっぱり勘がいいわね。

でも、悪いようにはしないから。

裏仕事の報酬は今の給与のざっと十倍。

しかも特別ルートで支給されるから無税よ」


無税で十倍の報酬。

ぜったい、ヤバいことくらいはマンダリンにもわかる。


「……お断りすることは?」


「もちろん、出来ないわ」


相手は野郎じゃないが、コノヤローとマンダリンは思った。

相手の方が偉いから逆らえない。

これじゃ気に入らない上司たちと一緒である。


だが、実際、逆らえない。

これはもう、相手より弱い動物に生まれついたせいだ。

個人の責任ではない。

マンダリンは責任感を放棄した。


「で、無理心中はどうするんです?」


「それはまたいつか」


「またいつか?」


「ヤツは単なる捨て駒よ。

詐欺組織にとっても、私たち警察にとってもね。

今は泳がせて、もっと奥にいる大物に近づかないと、いたちごっこになる」


「ヤツは捨て駒……アハ、アハハハハハ」


「どうしたの、急に」


「だって、わたしみたいな下っ端警察官だって時と場合によっては捨て駒じゃないですか。

悪いやつも、悪いやつに立ち向かってる人も、どっちも捨て駒って……」


「否定できない事実よね。

基本、生き物は単体で生きていけないもの。

群れの中の歪みは、群れの中の弱い場所で解消される。

悪いことをやった本人が対価を払うとは限らないのは、悔しいけどよくあることなのよ」


「でも、黙っていたら、悪いやつばかりがいい思いをする」


「そういうことね」


「わたし、やります! 微力を尽くします!

善良な小物の心意気で戦います!」


「頼もしいのか頼もしくないのか、よくわからないけど期待してるわ」




こうして新しい上司を持ったマンダリンは、詐欺師嗅ぎわけの特技を最大限に使って陰ながら活躍した。


ちなみに、通りすがりの客に常連客を連れ去らせた咎により、おでん屋台のオヤジは連絡場所の提供者として協力を余儀なくされる。

ただし、謝礼は十分に支払われたので、やがてオヤジは長年の夢だった喫茶店を開く。

しかし、常連客の要望により、メニューにはおでんも加えることになってしまった。


屋台だった時には、隅っこでこそこそ話をしていた美女警視長と下っ端マンダリンであるが、オヤジが城を構えた途端、個室を要求してきた。

家賃は払うというので仕方なく同意したオヤジだが、常に関係者の出入りがあるため安全が守られ、治安が良くおでんが美味しい喫茶店として、それなりに流行ったのである。



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