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妖かし探訪記  作者: けせらせら
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 マンションに帰り着くその少し手前、橋の欄干でぼんやりと川を眺める芽夢の姿があった。

「花守さん、何してるの?」

 美空が声をかける。

「あなたを待っていたんですよ」すぐに芽夢が答える。

「私を?」

「話は終わったんですか?」

「話? ああ、芳恵さんのこと? うん、ちゃんと話してきた」

 芽夢には予め芳恵に話すことを伝えてあった。

「あなたはつくづくお節介が好きですね」

 呆れたように芽夢は言った。

「どこがお節介なの?」

「私たちは百花のメンバーを見つければいいだけです。イタズラ書きだってこれで終わるんですから放っておけばいいじゃありませんか」

「ちゃんとケジメはつけたほうがいいと思って」

「ケジメ? そんなことを彼女に伝えて何のケジメになるのですか?」

「安心させてあげたいでしょ。ずっと心配してたんだろうし」

「親切ですね」

「そんな皮肉言わないでよ」

「皮肉のつもりではありませんけどね。しかし、今回はずいぶん自然に彼の『妖かし化』を解きましたね。さすがに自分が何をしたのかはわかってきましたか?」

「それは……まだ」

「すでにあなたは4人の『妖かし化』を解いています。それなのに自分が何をしているかわかっていないというのですか? もしかして私をからかってます?」

「ち、違うよ。本当によくわからないんだよ」

「深見茂はあなたのことを見たと言っていました」

「あれは夢の中の話だよ」

 芽夢は小さくチッと舌打ちを打った。

「では、杉村美波についてはどうですか? 見つける手段が思いつきましたか?」

「あれは……まだ」

「深見茂のように誘い出すことが出来るといいのですが……それにはさすがに情報が少なすぎますね」

「美波さんの情報、あの後はやっぱり何もないの?」

「さっき、杉村美波らしき姿が見かけられていた神社に行ってきました」

「花守さん一人で? 誘ってくれれば良かったのに」

「あなたは早乙女芳恵に経緯を説明することで頭がいっぱいだったではありませんか。それに二人がかりでやらなきゃいけないようなことでもありません」

「それで? 何かあったの?」

「絵馬を見つけました」

「絵馬?」

「彼女が残したものだと思われます」

「何か書かれていたの?」

「絵馬には願い事を書くものと相場は決まっています」

「だから、美波さんの願いごとって何?」

「『消えてしまいますように』と」

「え? 何?」

 思わず聞き返した。

「何ですか?」

「それが願いなの?」

「そのようです。わざわざ絵馬に書くようなことでもないと思いますけどね」

 つまらなそうに芽夢は言った。

「消えてしまいたい……そんな願いを書くなんて、何があったんだろう? いなくなってしまいたい。私もそんなふうに思ったことがあったなぁ」

「そう珍しいことではないでしょう。長い人生、そんなふうに思ったことがある人は少なくはないんじゃありませんか。絵馬に書く人は少ないでしょうが、若い頃には誰でも通る道です」

「花守さんも?」

「いいえ、私は思いません」

 芽夢はきっぱりと言い切った。「いなくなってしまいたいなんて言うのは、自己否定であり自分の行動に自信のない人間の思うことです。私は自分を否定するのは嫌いです。自分の行動を後悔しないことをモットーとしています」

 確かに芽夢らしい言い方だ。しかし、それは少し不思議な感じがした。それはまるで逆の意味にも聞こえるような気がしたからだ。だが、それを指摘することは得にはならないような気がした。

「そもそも美波さんはここで何をしようとしてたんだろう?」

「それは百花の活動だったのでは?」

「うん、それはそうなんだけど、それ以外の理由があったんじゃないかな」

「それ以外?」

「でも、今まで見つかった人たちは皆、なにかしら理由があったでしょ」

「なるほど。川北集人は母親と暮らすため、新堀智は知り合ったイジメにあっていた少女を助けるため、高木文枝は犬たちの魂と暮らすため、深見茂は自分の絵で商店街の活性化を助けたいと考えたため。彼らは『妖かし化』することで自分たちの夢に近づこうとしていたと言えるかもしれません。つまり、その考えからすると杉村美波にも何か理由があるというのですね?」

「違う……かな?」

 芽夢に冷静に分析されると、途端に自信がなくなってくる。

「いえ、そう考えることは自然かもしれませんね。しかし、彼女のデータにそのような理由はありませんでした」

「ホントに?」

「疑うのですか? 彼女に関する資料を何度も読んでみましたが、彼女には夢を感じられるようなもの……いえ、感情が表に出たようなものは見つからなかったのです」

「そうじゃなくて。ただ、データに存在していても、そこから美波さんの気持ちを汲み取れているとは限らないでしょ」


「つまりは私が見落としていると? あなたなら杉村美波の気持ちがわかるのですか?」

「ち、違うよ。そんなこと言ってるつもりはないよ。でも、誰だって気持ちの全てを理解出来るなんてことありえないでしょ」

 美空は慌てて否定した。

「……まあ、たしかに」

 少し不満そうではあったが、芽夢は静かに答えた。「では、杉村美波は今、どこで何をしていると考えているのですか?」

「うーん」

 と美空は少し考えてから答えた。「人って……結局、人と関わらないと生きていけないんじゃないかな」

「あなたの倫理観ですか?」

「違うよ。美波さんのことだよ」

「それはどういう意味ですか? わかるように話してください」

「美波さんも自分の存在を消したいと思っても、誰かとつながっていたいんじゃないかな」

「誰かと?」

「たぶん、大切な誰かと」

「ふむ」

 芽夢は少しうつむき何かを思い出したような顔をした。「つまりその大切な誰かが、あの雑誌の記事のなかの一人かもしれないということですか」

「それがわかれば美波さんを見つけられるかもしれないよね」

「そう……ですね」

 そう言いながらも芽夢は少し浮かない顔をしている。

「どうかした?」

「奇妙だと思いませんか?」

「何が?」

「『妖かし化』した皆さんのことですよ。なぜ、『妖かし』の力を得たというのにその力をもっと違うことに使わないのでしょう?」

「どういうこと?」

「もし魔法が使えたら……子供の頃、こんなことを考えませんでしたか?」

 唐突な話しに美空はまごついた。

「思った……かも」

「彼らは家庭や社会に対して問題を抱えてそのために『妖かし化』したと思われます。しかし、それだけの力を持ちながら、彼らがやったことといえばあまりに幼稚です。川北隼人は両親と暮らすことに力を使い、新堀智はイジメから目を反らすために少女の目と口を封じました。高木文枝は思い出の中の動物たちと暮らし、深見茂は商店街のために絵を描いた。彼らが不満を抱えているのならば、もっと力を復讐のために使おうとするのではないでしょうか。けれど、彼らはそうはしなかった」

「何が言いたいの?」

 芽夢が何を言い出したのか美空にはわからなかった。

「憶えていますか? 栢野綾女の言葉では、『妖かし化』とは妖力の強い妖かしの影響を受けたということですよね?」

「あ……うん、そんなこと言ってた」

「では、彼らは誰の影響を受けたのでしょう?」

「誰の?」

 確かに芽夢の言うとおりだ。彼らが『妖かし化』したということは、その原因となった妖かしがいたということだ。

「それもまた栢野綾女は知っているのかもしれません」

「綾女さんが?」

「だからこそ一条家は百花のことを知りながら手を出さなかった。誰かを傷つける存在ではないと知っていたから。もちろん根拠はありません」

 根拠はないと言いながら、芽夢はそれを確信しているように見えた。


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