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第88話 移行の時間

前回までのライブ配信。


アイリスは剣闘士筆頭のマクシミリアスとの特別試合で気絶し敗北する。


試合後アイリスは診察室に向かった。今夜想定される暗殺集団『蜂』との戦いに向けてドゥミトスというカトーの護衛と待ち合わせをしているためだった。アイリスは他の剣闘士に絡まれたりしながらも怪我人の止血などの処置を手伝う。


診察室をあとにしたアイリスは、更衣室でラデュケによって美しく着飾らせてもらうことになる。ただし、その姿で自身を『ボク』と呼称することを禁止されるのだった。

 ドアを開け廊下に出ると、ドゥミトスさんが壁にもたれ掛かっていた。

 1時間くらい前と同じ格好だ。


「お待たせしました」


「ほう」


 彼は壁から背中を離すと目を見開いた。


「見違えたな。これならローマで1番の令嬢と言っても差し支えない。先ほど筆頭と死闘を繰り広げていたとは想像だに出来ないだろうな」


「ありがとうございます。ラデュケさんのお陰です。あと、長い間待ってくださってありがとうございました」


「ふっ。それでは向かいますか、お嬢様」


 冗談も言うんだなと彼への認識を改める。

 コメントでも驚かれていた。

 意外と接しやすい人なのかも知れない。


 ボク、いや私たちは出口へと向かった。


 円形闘技場(コロッセウム)の出口はたくさんある。

 アーチ型になっている箇所全てが出入り口だ。

 その出入り口の中で、道に面していない場所に出た。


「皇宮までは親衛隊のエレディアス隊長が連れて行く。知らない人物ではないのだろう?」


「はい」


 エレディアスさんなのか。

 最後に会ったのは討伐軍から帰ってきて襲われたあとだったかな。


「皇宮に入ってからは親衛隊に従え。襲撃によりこちらが不利になった場合はその限りではないがな」


 襲撃。

 暗殺集団の『蜂』による襲撃のことだ。

 忘れてた訳じゃないけど、改めて聞くと身が引き締まる。


「それからお前はフィリッパという名前で扱われる。フィリップス様の妹君の名だ。年齢は16歳。大人しい性格と聞く」


 フィリップスさんって妹いたんだ。


「フィリッパですね。分かりました」


 彼は頷いた。


 ≫フィリップスの妹がフィリッパ?≫

 ≫ローマの女性名は家名の最後をaにしただけ≫

 ≫マジか。適当だなw≫

 ≫ユリアとかユリウス家の女性名だからなw≫


「居たな」


 ドゥミトスさんの視線を辿ると、鎧を着たエレディアスさんと、1、2メートル離れたところに4人の鎧を着た人たちが居た。

 見渡せば他にも同じ鎧を着ている人たちがいる。

 円形闘技場(コロッセウム)の警備だろうか。


 彼らに近づいていく。

 私は服が服なので、しずしずと歩いて近づいていった。

 ただ、近づいてもエレディアスさんが私を見たまま反応しない。


「エレディアス隊長」


 ドゥミトスさんが彼を呼んだ。

 それでも反応がない。

 近くに居た兵士が彼の前に出て「隊長が失礼いたしました!」と直立不動になった。

 それで初めてエレディアスさんが我に返る。


「――ドゥミトス様、失礼いたしました」


「今より職務を(まっと)うして貰えれば問題ない」


 ドゥミトスさんはそれだけ言うと去っていった。

 私は彼の背中に「ありがとうございました」と声を掛ける。


「それでは皇宮までお連れします。フィリッパ様」


「よろしくお願いしますね」


 にこやかに応じてみた。


 ≫周りからすげえ見られてるなw≫

 ≫美人を脳に焼き付けたくなる気持ちも分かる≫

 ≫写真も動画もない世の中だしな≫

 ≫だが、俺らにはスクショがある!≫

 ≫一人称視点だから意味ないがなw≫


 確かに足を止めてこっちを見ている人たちが多い。

 私は精一杯の気品さを演じる。

 見られるのはあまり好きじゃないんだけど。


 でも、皇居までは短い距離だしなんとかなるかな。

 ただ、坂があるのでこの格好だと少しつらい。


 エレディアスさんが私の目の前に来る。

 手が届くくらいの距離だ。

 彼が号令を掛けると、他の4人は私の横と背後を守るように配置についた。

 この隊列で進むらしい。


「エレディアスさん、お久しぶりです。聞いているかも知れませんが、私は『彼ら』が近くに居れば正確に場所まで分かります。その際はお伝えするのでお願いしますね」


 小声で彼にだけ伝わるように話した。


「驚いたな。本当にキミか」


 彼は歩みを一瞬だけ遅らせて私に近づいた。


「はい。慣れない姿で申し訳ありません」


「あまりにも……。いや――」


「いや? なんですか?」


「なんでもない忘れてくれ。しかし、これは不味いことになるな」


「不味いこと?」


「キミが皇宮に来ることが皇子のお耳に入ってしまってね。直々にお出迎えされるそうだ」


「お出迎えって私をですか?」


「ああ。闘技大会の午後の部を欠席してまでもキミを出迎えることを優先した」


「私を優先ですか……」


 面倒なことになりそうな気がする。


「――ところで『ボク』は止めたのかい?」


「はい。私も少し思うところがあって」


「それがいい。皇子の前で言ってたときは正気を疑ったからな」


 ≫正気を疑うw 基地外ってやつかw≫

 ≫基地外って懐かしい文字列だなおいw≫

 ≫なんでや! ボクっ娘かわいいやろ!≫

 ≫ローマもまだまだだなw≫

 ≫日本がHENTAI先進国すぎるのではw≫


 ――エレディアスさんに正気を疑われてた!

 言われなかっただけで周りにもそう思われてたかもと思うと叫びだしたくなってくる。

 本当に『ボク』は止めようと心に誓った。

 心の中でも『私』であることを強く意識しよう。


 その後は、特別試合のことなどを話した。

 彼は私の護衛の任務があったので、試合は見られなかったらしい。


 ちなみに彼もマクシミリアスさんと模擬試合をしたことがあるそうだ。

 何もさせて貰えず完敗したとのことだった。


 話してる内に皇宮の前に到着する。

 門が開き、中に案内された。


 私は懐かしさを感じながら、エレディアスさんに着いていった。

 ここから脱出した夜のことを思い出す。

 包帯兵になれと言われたときも来たんだっけ。


 しばらく歩いていくと、小走りに向かってくる人物が居た。

 第一皇子だ。


「アーネス殿下。フィリッパ様をお連れしました」


「待ちわび――」


 彼は私の顔を見るとそのまま固まった。

 口を僅かに開けて、心臓の上に手を置く。

 少し呼吸も荒い。


「だ、大丈夫ですか?」


 挨拶より前に思わず声を掛けてしまう。

 周りもすぐに駆け寄る。


「心配ない」


 彼は片手を広げ周りを制止させた。


「そなたの美しさに驚いてしまっただけだ」


 えーと。

 返す言葉が思いつかないんですけど。


 ≫大げさだなw≫

 ≫いや、皇子ってアイリスに惚れてただろ?≫

 ≫トクンってやつか!≫

 ≫それヒロイン側の効果音(オノマトペ)だからw≫

 ≫つまり皇子はヒロインか!≫


「私のようなものにありがとうございます。アーネス殿下」


 照れながら感謝してしまった。


「そなたには私自身もそうだがローマも救われた。そう自分を卑下(ひげ)するものではない」


「ありがとうございます」


「午前の『姿』も素晴らしいものであったしな」


「ありがとうございます」


 言葉が思いつかないのでありがとうbotみたいになってる。

 微笑んで誤魔化すしかない。

 これ以上はまずい。


「是非、あの午前の話も聞いてみたい。午後にあれ以上が見られるとも思えないしな。――ネストル。フィリッパを我が邸宅(ドムス)に招き入れたい。問題はないだろう?」


「はっ。早速用意いたします。殿下」


 え? え?

 アーネス皇子の邸宅?

 聞いてた話と違うんですけど。

 でも、ボク、いや私に断る権限なんてない。


 そもそも、アーネス皇子はどこまで今回の事情について知ってるんだろうか。

 一応、私がフィリッパとして振る舞っていることと、闘技大会の話はぼかしてくれているので知ってはいるんだろうけど。


 私はそのまま皇子の邸宅に連れて行かれることになった。


 皇子と分かれて彼の邸宅に入る。

 言うまでもなく立派だ。

 石像や大きく鮮やかな絵などが飾られている。


 大きな部屋だ。

 真ん中に池があり、その真上の天井に四角の天窓があって空が見えていた。

 ガラスはなさそうなので、雨が振ったら池に降り注ぐんだろう。


 皇妃と会った邸宅と似た作りだな。

 第二皇子の家と違うのが多少気になる。


 真昼なこともあり、日の光が水面の一部に当たりキラキラと光っている。

 他の光源はないのでそこ以外は暗かった。


 応接間に通されると、立体的な絵や空が描かれていて広く感じる。

 ただ、照明はランタンのみなのでかなり暗い。

 私は椅子に座るように言われて皇子を待った。


 待つ間、空間把握して家の中の様子を確かめる。

 特に怪しい動きはなかった。

 武装している護衛などもエレディアスさん以外はいない。


 皇子が入ってくるのが分かったので私は立ち上がった。


「この度はお招きいただきありがとうございます」


「そう改まらなくてもよい」


 座るように促され、年若いお手伝いさんが低いテーブルにお茶を置いた。


 たぶん麦茶かな。

 立ち振る舞いを教えて貰うために訪れたメテルスさんの家でも飲ませてもらった。

 麦茶はローマで一般的らしい。


 私と皇子の前にお茶を置くと彼女は去っていった。

 応接間に居るのは、私、アーネス皇子、エレディアスさんだけだ。 


「反乱軍の残党に狙われてるらしいな」


 皇子が最初に切り出したのは、今の状況の確認だった。

 私が狙われていることは知っているのか。

 残党ではないので少し嘘は混じってるけど。


「はい。気にかけていただきありがとうございます」


「命の恩人を気にかけるのは当然であろう」


「そ、そうなのですか」


 ダメだ。

 どう返せばいいのかが分からない。

 こういう会話は苦手だ。


「あの助けられたときも思ったが、本日の試合で確信した。そなたこそ女神ミネルウァの生まれ変わりであると」


 ミネルウァはアテナのローマ神話での名前だ。

 野営地でもそう呼ばれてた気がする。


「こ、光栄です。本日の試合は間違いなく敗北でしたので、ミネルウァ様の生まれ変わりというのは恐れ多くはありますが……」


「女の身でマクシミリアスとあれほどの戦いをしておきながら随分と慎み深いのだな。エレディアス、お前はあの試合を見てどう思った?」


「申し訳ありません。私は職務のため、試合を拝見することが(かな)いませんでした」


「それは残念だ。あのマクシミリアスに攻撃を与えてみせ、兜を吹き飛ばしたからな。あのようなことは初めて見た」


「『不殺』相手にそれほどの戦いを行いましたか。殿下の興奮醒めやらぬ様子も分かる気がいたします」


「気付かれていたのだな。まこと、素晴らしい戦いであった」


「拝見できず残念です」


「その上、本人を目の前にしてみればこの美しさであろう。2つの最高の出来事が1人によってもたらされたのだ。興奮しない訳にもいくまい」


「左様でございましたか」


 持ち上げられすぎて居場所がない。


「あれほどの強さを如何にして身につけたのだ?」


 皇子が私に話を振ってきた。


「全て養成所の先生方や仲間たちのお陰です」


 これは本当にそう思う。

 私1人ならとっくに死んでた。

 もし、生きながらえたとしても悲惨な状況になっていただろう。


「変わらず慎み深いのだな」


「――殿下。ご歓談(かんだん)の最中、失礼いたします」


 ドアの外から男の声がした。


「どうした?」


「はっ。皇妃の使いとしてユミルが来ております。急用とのことです」


 ――ユミルさん。

 皇妃の裏の顔も知っていそうな執事風の男。

 彼自身は悪い人間には見えないけど、皇妃の言うことには疑問の余地なく従っているように見える。


「なぜユミルが……」


 皇子が呟いた。

 ボクは警戒モードになっている。

 空間把握を使うと、玄関を入った場所に男が1人立っているのが分かった。

 確かに彼のようだ。


「安心して欲しい。もう母上には君の指1本にすら触れさせはしない」


 私の表情の変化に気が付いたのか、皇子が言った。

 今回のことに皇妃が関係してそうなことは知らないように見えるから、私が討伐軍に参加させられたことを言っているんだろう。


「ありがとうございます」


 ちゃんと感謝の言葉を述べたいのに言葉遣いが分からなくてありがとうbotになってしまう。

 同時にユミルさんが来た理由を考えていた。

 経緯は分からないけど、彼の目的は私の存在を確認することだろう。


「すぐに向かうと伝えてくれ」


 彼はドアの外に向かって話し、腕を組むとすぐに「少し外す」と言って出て行った。


 バタン。


「――キミはどう考える?」


 皇子が出て行くと同時に、エレディアスさんが話しかけてきた。


「私がここに居るかどうかの確認でしょうね。どこから情報を得たのか分かりませんけど」


 ≫丁寧語です。私もそう思います≫

 ≫丁寧語氏、居たのかw≫

 ≫割といますよ笑≫


「情報が漏れたのは親衛隊(ウチ)からかも知れない。皇妃と近い人物も多いからね」


「親衛隊から情報が漏れた可能性があると? その可能性ってみんなが知ってることですか」


「ああ、皇妃に話が漏れるのは少し考えれば分かるだろう。どうしてそんなことを聞くんだい」


「いえ、それならカトー議員は情報が漏れることを戦略に折り込んでるんじゃないかと思いまして」


 ≫カトーへの信頼がすごい≫

 ≫性格以外なw≫


「戦略に折り込んでる、というのは?」


「親衛隊が知るレベルの話は皇妃にも漏れる。カトー議員はそれを前提に戦略を立てた、ということですね」


 ≫なるほど≫

 ≫アイリスってこんなに頭良かったっけ?≫

 ≫おいw≫

 ≫地頭は元々良さげ。戦場で開花したんでは≫


「なるほど分かった。しかし、ここに居るはずの人物はフィリッパ様だ。親衛隊の中でもそうなっている。どうしてユミルが来る?」


「それを答える前に1つ確認したいことがあります。アーネス皇子が闘技大会に訪れることって仕事ですか?」


「公務ではないよ。ただ、派閥のこともあるので重要な行事ではあるね」


「皇子とフィリッパ様の関係は親しいものですか?」


「親しくはないと思う。少なくとも俺が皇子の護衛を任されるようになってからはお目にかかってないし」


「ありがとうございます。それらを踏まえて、皇子が重要な行事をキャンセルしてまでフィリッパ様を家に招き入れる。この行動に違和感はありませんか?」


「――あるね」


 ここに居るのがフィリッパさんではなく私と推測をしてもおかしくないんじゃないだろうか。

 あっ。

 1つ面白いことを思いついた。


「エレディアスさん。私って前と比べて別人に見えます?」


「見えるよ。顔立ちは化粧分の違いしかないが、立ち振る舞いや雰囲気が違う」


「そうですか。ありがとうございます」


 となると問題になるのは声くらいか。

 少し高めの余所行きの声を意識すればそれもクリアできるだろう。


 フィリッパさんの年齢は16歳だっけ。

 あとは彼女が使う一人称と、彼女とユミルさんがどのくらいの期間会ってないかだ。


「フィリッパとしてユミルさんに挨拶だけしてみようと思います。どう思います?」


「いや、止めておいた方がいいね」


「――どうしてですか?」


 いきなり否定されたので少し腹が立った。


「理由は言いにくいんだが、キミの容姿が良すぎる。噂にならない方がおかしいレベルだ。一方、フィリッパ様の容姿についての噂は聞かない。もちろん、キミの容姿に関しては俺の主観に基づく話だけどね」


「つまりエレディアスさんは私が好みだと」


「な、なにを! どうしてそこだけ拾い上げるかな、キミは」


「し、静かにお願いします。でもすみません。案をいきなり否定されたので意地悪してしまいました」


「勘弁してくれ……」


 あれ?

 エレディアスさんって少しチャラい感じだと思ってたけど、この手のやり取りが苦手なんだろうか。


 ≫小悪魔じみてきたなw≫


「ごめんなさい。でも、そうなると打つ手がないですね。何か思いつきます?」


 ボクは左目に手のひらを向けた。

 視聴者にも質問しているというハンドサインだ。


 ≫質問か。久しぶりだな≫

 ≫おら、打つ手考えるぞ!≫


「そもそも打つ手を考える必要があるのか? あのカトー議員が戦略を考えてるんだろう?」


「そうですね。でも、戦略の枠組みの中で、出来る限りのことをしたいんです。受け身だけではなく主導権をとれるなら取りたいです。私の中では闘技と同じです」


 話していると自分の考えがはっきりしてきた。


 こちらが受け身だと相手が主導権を握り、攻めることだけに集中できるのでいろいろ手を打ってくる。

 その考えをトレースして守らないといけない。


 マクシミリアスさんのように経験豊富で、技術も高ければ守り通すことも可能だろう。

 でも、私には無理だ。

 何もかもが足りていない。


「闘技と同じ?」


「エレディアスさんは自分より強い相手を戦うとき、どうしますか? 守りを固めます?」


「かなりの格下でもない限り守りは破られる。隙だけは作らず、とにかく動いて多彩なパターンで攻めることになるな」


「よかったです。私と同じです。その応用ですね」


「戦いの応用か。そう言われると分からなくはないが……」


 ≫丁寧語です。整理しましょう≫


 丁寧語さんがカトー議員の考えている戦略をコメントで整理し始めた。


 カトー議員が考えているのは、夕方まで私がどこにいるか敵に分からせないようにすることだと言う。


 それで敵の戦力を集中させない。


 ただ、今のままだとアーネス皇子の邸宅に私が居ることが確定してしまう。

 そうなると敵の戦力が皇宮に集中することになる。


 『蜂』の全戦力は把握できていない。

 内部に皇妃という敵も居る。

 この状況で戦力を集中させることは不確定なことが多くなる。


 今、鍵になっているのはユミルさんだ。

 彼から私がここに居るという情報を伝わらないようにしたい。


 その方法は4つあるとのことだった。

 ユミルさんに勘違いさせる。

 この邸宅に夕方まで留まって貰う。

 話さないことを約束する。

 口封じをしてしまう。


 この中では、勘違いさせるしか手がない。

 他はリスクが大きすぎる。


 よって、丁寧語さんは私がフィリッパとしてユミルさんに挨拶するという案に賛成だそうだ。


 ≫でも、美人すぎてバレるんだろ?w≫

 ≫ヴェールを着けてみたらいかがでしょう?≫

 ≫花嫁が顔の前に着けるシースルーの布です≫

 ≫ヴェールはそちらのローマにもあるはずです≫


 ヴェールか。

 確かに顔は隠れるな。


「やっぱり、私がフィリッパとして挨拶します」


「……本気か?」


「顔はヴェールで隠します。ただ、私は持っていません。代用できるものでもいいので借りる必要があります」


「ヴェールか。確かに顔はそれで隠せるか。あと、言いにくいが身体も隠す必要があるだろう?」


「身体ですか?」


「その、16歳にしてはいろいろ目立つだろう」


「――エレディアスさんのエッチ」


「おい!」


「というのは冗談で、その辺は今日だけ誤魔化せれば目的を果たせるので今のままでも問題ないかと」


 ≫完全に遊んでるなw≫

 ≫小悪魔ムーヴw≫

 ≫なんかアイリスちゃんが言うとえちぃな≫

 ≫アイリスのことが好みとバレた男の末路よ≫

 ≫えちぃはフィルタリングされてないのかw≫


 しまった。

 余計な冗談言わなきゃよかった……。


「――分かった。俺はヴェールに使えそうな生地を借りてくればいいんだね?」


「はい。お願いできますか」


「枠組みの中でベストを尽くすんだろ。当然やるさ」


 エレディアスさんはそう言うとドアの外に出た。

 すぐに戻ってくる。


「何か忘れ物ですか?」


「いや、頼んできた。いつも話をする女中がいるからな。キミがヴェールを着けるにしても誰かに頼んだ方がいいだろう」


 そこまで気を回してくれたのか。


「さすがですね。確かに枠組みの中で出来うる限りのことをしてます」


「確かに気持ちのいいものだね。悪くない」


 女中の彼女はすぐにヴェールの代わりになる生地を持ってきてくれて、かなり緊張しながらも綺麗に着けてくれた。

 頭から被るタイプだ。


 彼女に感謝を伝えると、すぐに応接間から去っていく。


「いつユミルに挨拶するつもり?」


「皇子がユミルさんを見送った直後ですね。皇子にフィリッパ様とユミルさんが最後に会ったのがいつか聞きたいので」


「見送った後? 遅くないか?」


「ユミルさんがまだ邸宅に居る内に出て行くので大丈夫です。様子は今も魔術で確認しています」


「魔術? ああ、風の魔術の応用か。そこまで分かるなんて精度高いな」


 私たちはその時が来るのを応接間でじっと待つのだった。

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