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第78話 特別試合

前回までのライブ配信。


アイリスはセーラと共にローマに戻ってきて親衛隊に守られながら捕虜の搬送に付き添う。途中、反乱軍の残党と魔術の反応を持つ得体の知れない集団に襲われたが、アイリスはこれを撃退した。


しかし、残党の凶刃からフィリップス首席副官を守ったナッタが致命傷を負う。アイリスはセーラからヒントを得てナットの致命傷を治療することに成功した。


その後、搬送を終えたアイリスが養成所に戻ってくるとマリカに出迎えられる。再会の喜びもつかの間、アイリスはマリカの身体全体に魔術の反応があるのに気付くのだった。


※活動報告に『シャザードの反乱編完了まで(~第77話)のキャラクター紹介』を投稿しました。読まなくてもストーリーを追うのに問題ないので、必要に応じて参照してもらえると幸いです

[神の因子編]


 ローマに帰ってきてから3日経っていた。

 昨日、凱旋式やパレードも終わり、今朝より剣闘士の訓練が再開になる。


「アイリスって前より女らしくなってない?」


 ――は?

 マリカに言われて呆気(あっけ)にとられた。


「ど、どういうとこが?」


 女らしくしてるつもりも、する予定もない。


「んー、なんか仕草とか? あ、言っとくけど悪い意味じゃないからね。昨日も綺麗で女神様みたいだったし」


 昨日とは凱旋パレードのときのことだろう。

 ローマ的なカーテンみたいなヒダがたっぷり入ったシルクのドレスを着て、御神輿(おみこし)に乗せられた。


 月桂樹(げっけいじゅ)の冠まで付けて高いところからみんなに手を振って、まるで自分が女優になってるみたいだった。

 シルクの柔らかくて肌触りがすべすべな高級感も相まって、勘違いしそうになり怖くなった。


 メテルスさんのところで気品ある女性の立ち振る舞いとかも教わったし。


 でも、一番の原因は討伐軍に参加したことだと思う。

 10日間くらい男だけの環境だったからな……。


 環境によって仕草が変わるというのは身近な人物で経験がある。


 妹の澄夏(すみか)だ。

 女子校に通い始めて、仕草から女の子っぽさが少し消えていたことを思い出す。

 その逆のことがボクにも起きていたのかも。

 ジェンダーロールだっけ?


 あと、昨日から養成所のお風呂が再開したのでマリカと一緒に入った。

 右目だけだけど、マリカの全裸を初めて見た。

 でも、もっと近くで見たいとか目に焼き付けたいみたいな欲望は湧かなかった。


 確かに見ちゃいけないものを見ている背徳感で少しドキドキはしたけど、それだけだったんだよな。

 男の部分が抜け落ちてきてるんだろうか?


「どうしたの? 準備できてるんでしょ? 行こ行こ!」


「う、うん」


 帰ってきた最初の日に、マリカの身体が魔術の反応で淡く光っていることは伝えた。

 でも、思い当たることはないらしい。


 謎だ。


 視聴者のコメントでは、ローマの神々と人との間に生まれたか、その子孫なんじゃないかという説があった。

 ローマ神話ではよくある話だという。

 それなら可能性はあるかも知れない。


「早く早く!」


 マリカはやる気に満ちあふれている。

 久しぶりの訓練ってのもあるけど、たぶんボクがあの剣闘士筆頭『不殺』のマクシミリアスさんと戦うことになったというのも大きいんだと思う。


 戦うと言っても、特別試合だ。

 公式な闘技じゃない。

 (はか)ったのはカトー司令官改めカトー議員だ。


 彼は「このような細い娘で、しかも剣闘士の訓練生が戦況を変えられる訳ないだろう! 隊長たちをたぶらかしたに違いない」と拳を握り締めて熱弁していた。


 さらに「筆頭と戦わせて化けの皮を剥いでやろう。パレードで目立たせてから恥を掻かせよう。ひゃっひゃ!」みたいに煽って皇妃派の議員たちもそれに賛同した形になってる。


 演技で言ってるとは知らされているのに、どう見ても素でボクを煽りに来ててイラッとした。


 しかも、何か話すごとに「ともあれ、アイリス訓練生の化けの皮を剥ぐべきである!」みたいなオマージュを入れていた。

 絶対本気で楽しんでたと思う、あの人。

 配信見てた視聴者にはウケてたけど。


 あと、ボクは一時的に奴隷ではなくなっている。

 英雄が奴隷ではマズいということで功績を認める形で解放奴隷になった。

 ただ、ボクの活躍の事実が怪しいということになれば奴隷に戻るらしい。


 あとは、セーラさんの処刑も正式に決まった。

 処刑は特別試合のある闘技大会の午前中に行われる。

 猛獣に襲わせることになるだろうとの話だった。


「やっぱり、人少ないね」


 外に出てマリカがつぶやく。

 確かに人がまばらだ。

 前に練習してたときは、隣が気になるくらいだったのに。


 それだけ養成所から反乱軍への参加者が多かったんだろう。

 シャザードさんはこの養成所出身だし。


 見渡すと、いつも練習していた木陰の傍にルキヴィス先生やクルストゥス先生、あとカエソーさんたちが居た。

 ルキヴィス先生とゲオルギウスさんが何か話している。


「おはようございます」


 挨拶すると皆がそれぞれ返してくれる。

 ボクは昨日全員と会ってるから朝の挨拶だけだ。


「ひ、久しぶり」


 マリカは先生たちに会うのは久しぶりだ。

 少し緊張してる様子でルキヴィス先生に挨拶していた。


「そうだな。元気にしてたか?」


「う、うん。そっちは?」


「元気すぎて思わず哲学しそうになるところだったぜ」


「何それ? 暇だったってこと」


「ああ。残念ながらルキヴィス哲学は生まれなかったがな」


「――相変わらずみたいで安心した」


 ≫解説すると興ざめですが『スコレー』ですね≫

 ≫何かを生み出す余裕ある時間という意味です≫

 ≫元はギリシア哲学を生んだ余暇を指します≫

 ≫ああ、それでルキヴィス哲学かw≫

 ≫スクールの語源という話もありますね≫

 ≫マリカちゃんをすこれ!≫

 ≫なんですか『すこれ』って≫


 スコレーは分からないけど『すこれ』は分かる。

 好きになれ、のネットスラングみたいな感じだ。

 ――あれ?

 なんかボクって頭悪い?


 その後、皆で少し話していたらボクの話に移った。


 皆と言っても、カエソーさんは興味なさそうに木剣(ぼっけん)の振りを確認してたけど。

 そういえば、養成所では昨日まで木剣にも触れなかったんだよな。


「アイリスがどのくらい強くなったか見てみたくない?」


 マリカがそんな提案をしたので、ボクとカエソーさんが魔術なしで試合を行うことになった。

 ルキヴィス先生が、「俺がやった方がいいと思うぞ?」と提案してたけどカエソーさんはそれを断る。


 カエソーさんの剣闘士の順位を聞いたら61位とゲオルギウスさんが教えてくれた。

 なるほど。

 ボクは戦う前のスイッチが入った。


「ボクは楯なしでもいいですか?」


「好きにしろ」


 場所は移さず、その場にスペースを空けて試合が始まる。


 剣闘士の楯は、ローマ軍の持っている身体を隠すような楯と比べるとずいぶん小さい。

 前腕の長さくらいだ。


 カエソーさんはその楯を中心にガッシリと構えている。

 でも、力みはなくリラックスしているな。


 ボクは木剣を両手で持ちながら剣先を地面に向けていた。

 木剣と言っても重い。

 胸の重さをちゃんと感じるためにも木剣は力を入れて持ちたくない。


「始めてくれ」


 ルキヴィス先生の合図と共に、カエソーさんが前に出てくる。

 そして楯を突き出してきた。


 遅い。

 ボクは楯を突き出すための神経の電子を見てから半歩だけ下がった。

 目前で楯は勢いを失う。


 うん、動きは見切れてるし、ちゃんと胸の揺れは感じられている。


 カエソーさんは楯の陰から木剣を突きだしてきた。

 これも完全に見切っていた。

 それに突きそのものが雑だ。

 ボクは左に半歩ずれてから自分の木剣を重心線の前に設置した。


 設置した剣がカエソーさんの突きを上方に滑らせていき、彼の体勢を崩す。

 そのまま懐に入る形になった。

 すぐに真下から剣先をカエソーさんの顎に軽く当てる。


「勝負あったな」


 ルキヴィス先生が宣言した。

 そのまま、場は静まりかえっている。

 ボクは木剣を降ろしカエソーさんから離れた。


「――おいおいおいおい。何が起きたって言うんだよ? アイリスってほとんど動いてなかっただろ?」


 ゲオルギウスさんがボクを見る。

 彼の声が震えていた。


「私も全く分からなかった。気付いたらカエソーの傍にいて顎に剣を当ててたってことくらいしか」


「――ルキヴィス。解説をお願いできますか? 私にも何がなんだか」


「ああ」


 クルストゥス先生の言葉にルキヴィス先生は応えた。

 続けてボクの動作を解説していた。

 一瞬のことなのに寸分違わず解説できるのはさすがだ。


「まあ、カエソーの動きを見切って最小限の動きで倒したってだけなんだがな。話しには聞いていたが、とんでもなく成長したな。それにシャザードに勝ったって話も聞いたしな」


「シャザードって第五席だったあの『切断』のシャザードさん? 戦ったのも勝ったのも聞いてないけど?」


 マリカが大きな声を出す。


「そうなんだが、あまり公にはしない方がいいな。アイリスがシャザードの信者とかに狙われるのは嫌だろう?」


「――分かった。気をつける」


「えーと、ボクは勝ったとは思ってません。たぶん、彼も後先考えなければまだ動けてたと思いますし」


「マジかよ。少なくとも互角ってことじゃねえか。そりゃカエソーも子供扱いされるわ」


 ゲオルギウスさんが呟いた。

 そのカエソーさんを見ると、ものすごい形相で宙を睨んでいる。

 小刻みに腕が震えていたので手を見てみた。

 握りつぶす勢いで木剣の柄を握っている。


「おい」


 そのカエソーさんが、顔だけをルキヴィス先生に向けた。


「俺を強くしろ」


 ――もしかして先生に剣を教えてと頼んでるんだろうか?

 先生を見下ろしているので、とても人にモノを頼む態度には見えないんだけど。


「ちょっと! それが人にモノを頼む態度?」


 マリカが声をあげる。

 ただ、ルキヴィス先生はカエソーさんを見て薄く笑った。


「それは好都合だ。辛い選択になるが俺の指示には従えるのか?」


「強くなれるんだろうな?」


「もちろんだ。繰り返すが辛い選択になる。本当にいいのか?」


「どうでもいい」


「ふっ、決まりだな。アイリス。戦ってカエソーの弱点がいろいろ見えただろ。指導してやれ」


 ――は?

 いや、ちょっと待ってボクがカエソーさんに指導ってどういう。


「ふざけてるのか?」


「本気も本気さ。辛い選択になると忠告しただろう。撤回するか?」


 カエソーさんはあからさまに機嫌が悪くなった。

 そのまま黙っている。


「すみません。ボクの方は特別試合に向けてどうしたらいいんですか?」


「勝ちたいのか、ただ全力で戦えればいいのかによって変わるな」


「特別試合ってなんだ?」


 ゲオルギウスさんがボクに聞いてきた。

 マリカにはすでに話してるけど、普通の剣闘士である彼にも話していいものなんだろうか?

 どう応えようか迷っていると、クルストゥス先生と目が合う。


「ああ、今日、公布(こうふ)されはずなので話しても大丈夫ですよ。期日も決まりました。一週間後です」


「いっ、一週間後。そんなに近いんですね。ありがとうございます」


 ショックを受けながらも先生にお礼を言う。

 それからゲオルギウスさんたちに特別試合の意味を説明した。

 付け足すように、その特別試合をボクとマクシミリアスさんとで行うことを話す。


「なんかすげえことになってんな? なんでまたそんなことになったんだ?」


「反乱の不満を逸らすためだと思います。でも、せっかくなので勝つつもりで試合します」


 ボクはルキヴィス先生に向き合った。


「分かった、と言いたいところだが時間がなさすぎるな。まずは剣で俺に勝つところからか」


 『まず』でルキヴィス先生に勝つとか……。

 敷居高すぎやしませんか?


「アイリス闘士! フィリップス議員がお見えになられているぞ」


 突然、養成所の職員の人から声を掛けられた。


「あ、はい。今、行きます!」


「――フィリップス議員ですか?」


 クルストゥス先生がすぐに聞いてきた。


「あ、説明は私がしておくから」


「ありがと」


 説明はマリカがしてくれるみたいなのですぐに場所を移動する。


 それにしても、フィリップス議員とかフィリップスさんというのは4日経つけど(いま)だに慣れない。

 ずっと首席副官と呼んでたからなあ。


 あと、フィリップスさんみたいな貴族が何回も養成所まで足を運ぶのは、ナッタさんが自分を庇ったことに責任を感じているからだと思う。

 もちろん、本人はそんな言い方はしてないけど、なんとなく分かった。


 ボクはそんなことを考えながら場所を移して、来賓用の部屋に向かう。


 部屋に入るとそこには意外な人物が居た。

 セーラさんだ。

 初めてみる礼儀正しそうな見知らぬ女性と一緒に居る。


「驚いたか?」


 楽しそうに笑うフィリップスさんに、女性が意外そうな顔を向けていた。


「彼女が獣による処刑を受けることは知っての通りだ。それまでアイリス、お前のところである程度戦えるようにして貰いたい」


 それは思いも寄らない話だった。


 ただ、すぐにボク自身が巨人と戦うことになったことを思い出してしまう。


「剣は持たせないが、皮の防具と盾は身につけさせる。さすがに無抵抗だと同情の声が大きくなるからな」


「えーと、1つ質問があります」


「質問? ――悪い予感しかしないな。まあいい、言ってみろ」


「はい。ありがとうございます」


 ボクは息を吸ってから、もう1度口を開けた。


「猛獣は倒してしまってもいいんですよね?」


 そう言ってしまって覚悟が決まる。

 頭の片隅で有名なフラグっぽいセリフだなと思いながらも、セーラさんがどうやったら猛獣に勝てるのかを考え始めてしまっていた。

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