第76話 帰途
前回までのライブ配信。
ローマ軍は足元に使われた氷の魔術により、反乱軍にいつ敗北してもおかしくない状況になっていた。
一方、決戦の加勢に向かうアイリスは炎を吐く怪物に襲われる。炎を防ぎ切ったアイリスは意識を失いながらも、怪物からは逃れることができた。
意識を取り戻したアイリスはローマ軍の加勢に駆けつけ、氷の魔術を無効化することに成功する。ローマ軍は持ち直し援軍も加わることで逆転勝利となった。最後にアイリスは反乱軍の軍師を捕らえ、疲労の限界で意識を失うのだった。
ボクが目覚めたとき、どこかの室内にいた。
薄暗い。
夜? と思ったけど、よく考えたら窓がないんだっけ。
「起きたか」
感情のない声が向けられる。
レンさんだ。
「はい。付いててくださったんですか? ありがとうございます。どのくらい寝てました?」
身体を起こそうとすると、まだ鎧を着ていた。
「正確には分からないが4時間くらいだ」
≫今、そっちの時間で午後5時です≫
≫カクギス氏との約束が迫ってます≫
丁寧語さんがすぐにコメントをくれる。
それにしても、カクギスさんとの約束……?
――あっ!
ケライノを日没まで見ててくれるって約束か!
10月の5時は函館ならすぐに日没時間だ。
≫ローマの日没ってそんなに早いのか?≫
≫緯度的には函館と同じらしいからな≫
≫函館って日没早いのか≫
≫冬は極に近い方が早い≫
目覚めたばかりなのに結構コメントがあるな。
真っ黒の画面でも待っててくれたんだろうか。
頭の片隅で考えながら起きあがり、すぐにドアに向かった。
「――どこへ行く?」
「レンさんも戦ったカクギスさんのところです。頼みごとをしていまして」
彼はすっと立ち上がった。
一緒に来るつもりなのが分かる。
「怪我人は安静にしててください。カクギスさんとはもう仲良くしてるので危険はありません。それより、反乱軍との戦いはどうなりました?」
「勝ったようだ」
「それはよかったです。陣営監督官や首席副官がどこにいるか分かります?」
「いや」
「そうですか。すぐに戻ってくるので待っててください」
そう言いながら建物から出た。
空は紅と藍色のグラデーションになっている。
日没が近い。
慌てて、陣営監督官たちが会議をよくしている建物に向かった。
ボクは陣営監督官の補佐として護衛に通してもらい、建物に入る。
すると、陣営監督官、首席副官、メテルス副官の他、重要な人たちが揃っていた。
心配してくれたことを含め、いろいろと話しかけられたけど、それを全て後回しにしてもらう。
そして、ケライノと戦って倒したもののその場に置いてきたことを伝えた。
ケライノがユーピテルに仕えてるのではないかという予想も付け足し、放置すると天罰があるかもしれないと話す。
「確かにアルゴナウタイの伝承のひとつの説としてありますね。虹の女神イリス様が、『ユーピテル様に仕えるハルピュイアを斬ってはいけない』と諭す一幕です」
淡々と言うメテルス副官。
く、詳しいな。
このことを視聴者の人がコメントで教えてくれた訳か。
続けてメテルス副官が言った。
「それにしてもよく知っていましたね。騎士でも知らない者は多いと思いますよ」
ボクに向けられたその言葉には「たまたまです」と応えておいた。
≫このおっちゃん神話マニアなのか?≫
≫ローマ神話は上流階級の教養の1つですから≫
≫今の欧州でもそうみたいですけどね≫
≫古典文学や芸術を理解するためには必要です≫
≫マジか! 俺もローマ神話学ばないと!≫
「しかし大丈夫なのか? そのハルピュイアのケライノを倒してしまったんだろう?」
首席副官が腕を組みながら言った。
「起きたことは仕方ありません。しっかりとローマ軍の問題として対処しましょう」
陣営監督官が応える。
その後の簡単な話し合いの結果、ケライノを回復させるために野営地に連れてきても良いことになった。
ありがたい。
正直なところ、ケライノに野営地で暴れられると困るので連れて来るかどうか迷っていた。
でも、そういうことなら甘えさせてもらおう。
時間がないと断ってすぐに外に出る。
担架の代わりに板を欲しいと言うと、ドアでもなんでも持って行けと言われたので、突風の魔術で吹き飛ばして持って行くことにした。
楯を背負ってドアに乗り、川沿いに進んでいく。
平らなドアで飛ぶのは意外と難しい。
それでも、なんとか日が沈む前にカクギスさんを見つけることができた。
走れメロスの気分だ。
そういえば、あの話って時代背景はローマだったりするのかな?
いや、王様出てくるしローマのような建造物のイメージはないからもっと昔か。
「ずいぶんと掛かったな」
ドアから降りるとカクギスさんが話しかけてくる。
隣に一見すると美少年な少女と馬も居る。
「ギリギリですみません。意識失ってました」
まだ倒れているケライノに意識を向ける。
彼女の全身に魔術の反応があった。
「それならよく間に合ったと言うべきか。片は付いたのか?」
「おかげさまでなんとか。軍師も捕まえることが出来ました」
「ほお、セーラを捕らえたか」
「セーラさんという名前なんですか?」
「シャザードに倣って俺もそう呼んでいただけだがな」
「そうでしたか。ところで、隣の方を紹介してもらえますか?」
隣の少女に視線を向ける。
でも、彼女には顔を反らされた。
「すまんな。これは困った娘でな。自分より強い相手じゃないと教えを請えないそうだ」
強い相手?
教え?
ボクが何かを教えるってことだよね?
「教える? どんなことをですか?」
「お主に女としての振る舞いなどを教えて貰おうと思ってな。どう教えていいか分からず困り果てていたところだ。頼みごとというのもそれだ」
女性の振る舞いを、ボクが教える、だと?
もっとちゃんとした人が教えて貰った方がいいんじゃ?
ああ、でも強い人にじゃないと教わりたくないのか。
彼女はカクギスさんに剣術を教わってるだろうし、それに勝てる女性っていないのかも。
「話は分かりました。でも、ボクはどうして避けられているんでしょう?」
「お主が自分より強いかどうか分からないからだそうだ。お主の戦いは見ていたし、レベルの違いは分かっておるはずなのだがな。勝負はやってみるまで分からないと我が儘を言われている」
「常日頃、おとう様が言ってることではないですか!」
彼女は思わず声を出してしまったというように、顔を背けて口を閉じる。
声も言葉遣いもそんなに男っぽくはない。
少年と言っても通じる範疇ではあるけれど。
その後、ボクがまだ訓練生で養成所から出られないことを理由に、女性の振る舞いは教えるのは難しいと話した。
「くっくっく」
「どうしたんですか?」
「シャザードが負けたのが訓練生というのが愉快でな。ともかく、早く上がってこい。お主ならパロスなどすぐだろう?」
「はい、頑張ります。ところでカクギスさんはローマに帰っても大丈夫なんですか?」
「大丈夫、とは?」
「カクギスさんは反乱軍に居たわけじゃないですか。それでローマから裏切り者呼ばわりされないのかなと」
「問題あるまい。そもそも俺は反乱軍ではないし、奴らにも仲間ではないと周知させた。手を出したのも、お主とあの青年だけだ。青年とは話がついている。あとはお主が黙ってくれれば元通りな訳だ」
そう言いながらニカッという笑顔を向けてくる。
「分かりました。黙ってます」
それから、反乱軍の軍師――セーラさんに男が近づくと顔が蒼白になり震えて動けなくなることを聞かせて貰った。
ひょっとして野営地の方では今、大変なことになってるんじゃ?
話が一通り終わり、ケライノをドアの上に乗せる。
血などは出てない。
その後、ローマまで馬で帰るという2人にお礼を言ってボクも野営地まで戻る。
戻る頃には真っ暗になっていた。
野営地に着くと陣営監督官や首席副官にケライノを連れてきたことを報告する。
そのついでに反乱軍の軍師――セーラさんのことを聞いてみると、やっぱり扱いに困っているようだった。
今は反乱軍を裏切った30半ばの人が中心になって納めているらしい。
セーラさんのことを最初に教えてくれた人だ。
あの人、すっかりここに馴染んでるんだな。
「彼女のことはボクに任せて貰えませんか?」
休みたいけど、ボクにしか出来ないならやるしかない。
まずはトイレに行く。
我慢していたのか、結構長かった気がする。
トイレに連れていかなかったらどうなっていたんだろう?
その後、ボクの部屋に連れてくる。
レンさんが建物の外に居たけど、セーラさんの事情を話して部屋には入らないで貰った。
ケライノも部屋のベッドまで運んで貰う。
部屋にはボク、セーラさん、ケライノの3人が居るという状況になった。
ただ、隣の部屋や屋外には、兵士やレンさんに待機して貰っている。
「この部屋にはボクとケライノとセーラさんだけです。他の人は入ってきません。拘束を解くことは出来ませんけど、自由にしててください」
セーラさんと言ったときに少し反応したような気がしたけど、気のせいかな?
ボクはベッドに横たわっているケライノの身体を拭いていった。
怪我はもう治っているみたいで、翼も少しずつ伸びてきている。
暗闇に光るケライノの魔術の灯火はとても幻想的だ。
翼が淡い光と共に成長していき、植物の成長を早回しで見ているような感覚だった。
ふと気づくと、セーラさんもそれを見ていた。
彼女も成長していく翼を不思議だと思っているんだろうか?
不思議な共有感覚のまま時間が過ぎていった。
戦場でも感じたこの感じ。
出会う場所が違っていたら、と思ってしまう。
いつの間にか、セーラさんが眠っていたようなので布を掛けておいた。
聞いた話からするとボクよりは年上なはずだ。
ローマに戻れば処刑されることはほぼ決まっている。
彼女もそれは分かっているだろう。
境遇やそこから脱出しようとしたことに同情しない訳じゃないけど、多くの人を戦争に巻き込んだことも確かだ。
ボクには善悪なんて判断できない。
でも、ローマに戻るまでは一緒にいようと決めた。
それから何時間か経過する。
ミシッ。
ケライノが起きたのか、物音がした。
翼は復活している。
目が合った。
左目も見えているようだ。
本当に一晩でここまで回復したのか。
魔術の反応はかなり小さいけど。
そんな呑気な感想を抱いているボクに比べて、ケライノは警戒態勢だ。
「おはようございます。ケライノさん」
「お前はイリス――いや、アイリスだったね。ここはどこだい?」
「ローマ軍の野営地です。貴女が意識を失ったので、ベッドで寝てもらってました」
怖くはない。
ケライノの魔術がまだ本調子じゃないのもあって、何をしてきても問題ない気がしてる。
「ふん。その余裕が気に入らないねえ。あたしをどうするつもりだい?」
「どうもしません。出て行きたいなら出て行ってもらって大丈夫です」
ボクは、ドアを見てケライノの前から立ち退いた。
陣営監督官と首席副官の許可はとってある。
ケライノが出て行っても手を出さないように、兵士たちにも伝えてあった。
「じゃあ遠慮なく出て行くよ。……もしかしてそこに居るのは、いけすかない小娘かい?」
いけすかない小娘?
ボク以外にはセーラさんしかいない。
ケライノが反乱軍にいるときに彼女をそう呼んでいたのか。
セーラさんはケライノの問いに応えることなく、ただ虚空を見ていた。
「ふん。気味が悪いね」
そのまま、ベッドから足を降ろし出て行こうとする。
部屋の中に、下半身が鳥の女性がいるというのはとても違和感があった。
「ドアを出ると兵士がいるので驚かないでください。話はしてあります。右にもう1つドアがあるのでそこから外に出ることができます」
ケライノがボクを見る。
「――お前。あたしを助けたのはどうしてだい?」
「貴女がユーピテル様の関係者という話があるからです」
「そうかい。ならユーピテル様にお前を懲らしめるように言おうかねえ」
ケライノがニヤッと笑った。
「――判断はお任せします」
「ふん。もっと無様な姿を晒したらどうだい? 面白くない人間だねえ」
そう言いながらクックックと笑っている。
ボクもつられるように笑った。
≫これが女子トークってやつかw≫
≫怖ぇ≫
≫女子トークはもっと怖いから≫
≫え? どういうこと……?≫
その後、外の兵士にドアを開けてもらってケライノを見送る。
「お前、虹の女神のことはどう思ってるんだい?」
ボクの横を通り過ぎてから、そんなことを言われた。
治った目を見開き、ボクを見てくる。
「虹の女神のことを知ったのが一月前なので正直なところよく分かってません。知ったとき、アイリスって虹の女神だったんだと思いました」
「――そういうことかい。それが本当ならここの妃に気をつけるんだね」
「ここの妃……?」
≫ケライノをけしかけたのが皇妃ってことかと≫
なっ!
いや、驚くほどでもないか。
皇妃とケライノを繋ぐ鍵は、ボクを襲ってきたあの怪物だ。
あの怪物のことをレンさんは心当たりがあると言っていた。
皇妃があの怪物と繋がっていてボクにケライノをけしかけたのなら話が繋がる。
そして、ケライノがボクを殺せなかったので、あの怪物はボクを襲った。
「貴重な情報をありがとうございます」
頭を下げる。
彼女は振り返りもせずに出て行った。
その後、セーラさんと2人になる。
彼女をトイレに連れて行った帰り道、南門側がなにやら騒がしくなっていた。
近くの兵士に話を聞く。
すると、新しい司令官の率いた援軍が到着したと教えてくれた。
その司令官は、このままシャザードさんたち反乱軍に占拠されていた街に入る予定らしい。
「街に入るってどういうことですか? もう反乱軍に占拠されてないとか?」
ボクが聞くと、彼は隣にいるセーラさんを気にしながらも話してくれた。
反乱軍の残党は、昨晩の内に地中海へと脱出したらしい。
脱出の方法は、海の表面を凍らせてローマ海軍の船を動けなくし、その間に船の間をすり抜けていったとのことだった。
話している最中、セーラさんを見てみたけどなんの反応もない。
安心くらいしてもいいようなものだけど。
部屋に戻ってからしばらくすると、誰かが隣の部屋に入ってきた。
すぐに空間把握すると3人いる。
背格好に覚えはない。
「アイリス補佐と反乱軍指導者の捕虜はいるか?」
部屋の外から声が聞こえた。
今までにない改まった声の掛けられ方だ。
もしかして新しい司令官の関係者だろうか?
「2人ともいます」
少しやりとりして、部屋に入ってきて貰う。
真ん中に細身の男が1人、両脇に2人。
両脇の2人はかなり強そうだ。
戦って勝てるだろうか?
そんなことを思っていると、内1人に睨まれた。
「新しく司令官として来たカトーだ。お前がアイリスでいいんだな」
「はい。アイリスです。こういうときの礼儀とか知らないので失礼をしているかも知れませんが」
≫加藤?≫
≫カトーだろw ローマ人の名前だ≫
≫有名所では「カルタゴ滅ぶべし」な人とかな≫
カトー司令官は30代後半くらいだろうか。
一見穏やかだけど、ツリ目で目が鋭い。
でも細身で全く強そうじゃなかった。
「確かに礼儀は大事だな。まあ皇帝陛下の前に出るときまでに最低限は身につけさせるから安心しろ」
「――皇帝陛下、ですか?」
「ちょっと英雄が必要になってな」
え、英雄?
≫ローマ市民の不満を反らすためでしょうね≫
≫そのためにアイリスさんを英雄に祭り上げる≫
なるほど、反乱の不満を反らすには別のことに目を向けさせるってことか。
でもよりによってボクか。
包帯兵で女性でしかも剣奴。
ローマとして英雄にしていいのかな?
あと、皇妃に殺されそうになるほど嫌われていることが分かった上で言ってるんだろうか?
「カトー司令官はボクのことをどの程度まで把握して英雄にしようとしています?」
ボクが言うと彼はニチャアと怖い顔になった。
次にフフンと訳知り顔になってボクを見つめる。
「皇妃は出し抜く。その後は向こうの出方次第だな」
ボクと皇妃のことは把握してるのか。
誰に聞いたんだろう?
野営地に着いてから知った話だとすると、首席副官かな?
ここで皇妃とボクについて知っているのは首席副官とレンさんくらいだと思う。
「辞退することは出来ますか?」
「代案が出せればな」
「代案、ですか? 陣営監督官や首席副官を英雄とするんじゃいけないんでしょうか?」
「当然、あの2人にも踊って貰うさ。だが英雄としては何もかもが足りていない。そもそも彼らは直接的に戦況を変えていないだろう。そうだよな、反乱軍のセーラ」
突然、司令官がセーラさんに呼び掛けた。
彼女は反応しない。
「オレの顔を忘れたか? よく見てみろ。お前の国を奪ったカトーだよ。いつか思い知らせるんだろ?」
カトー司令官はその場から動かずにセーラさんの顔をのぞき込む。
そういえば、セーラさんは有名な司令官と戦って負けたんだっけ?
カトー司令官のことだったのか。
「……カトー」
呟いただけの声。
透明感のある声だと思った。
ボクが聞いたセーラさんの初めての声だ。
「思い出したか?」
それには何も応えない。
司令官はコメカミの辺りを指で掻いた。
「まあオレのことなぞいいか。セーラ。今回の反乱についてだが、この化け物に対してどうすれば負けずに済んだと思ってる? お前のことだから考えてるんだろ」
カトー司令官と一瞬目が合った。
もしかして化け物ってボクのこと?
いきなり失礼すぎやしないだろうか。
「ケライノなら負けることはないという算段だったんだろ? アイリスがケライノを退ける可能性も考えておくべきだったとは思うか?」
セーラさんは黙ってはいるものの、口を開きかけてまた閉じた。
表情は虚ろなままだ。
「アイリス。お前が逆の立場ならどうした?」
「ボ、ボクですか? セーラさんの立場で討伐軍と戦ってたらってことですよね?」
「もちろんだ」
いきなり振られて慌てたけど、頭は反乱軍の立場ならどうすればいいかを考えはじめていた。
籠城――は難しいか。
ローマ軍って囲んで攻めるの得意みたいだし。
戦いの中でいくつかあった分岐点や、反乱軍が持っていた援軍、ケライノ、カクギスさんなどの使えそうな戦力を思い出す。
決戦の前に、ローマ海軍にだけ勝利して逃げるという選択肢もあっただろう。
――でも、そんなのは終わった後だから言えることだ。
「残念ながら思いつきません」
ボクは顔を上げてそう言った。
よく考えたら、初めて会うカトー司令官に余計なことを話しても仕方がない。
「賢明な答えだな。しかしそれならアイリス包帯兵はやはり英雄ということになってしまうな。どうしようもなかったと当人も認めたということだからな。よっ、さすが英雄様!」
心底嬉しそうな笑みをボクに向ける。
絶対、この人って性格悪い。
その後、彼らは去った。
カトー司令官はこの後、反乱軍が占領していた街を視察し、必要があれば復興するらしい。
南門で兵士に聞いた通りだ。
最後に「ローマには残党がいるらしいから気をつけろ」と言われた。
その言葉に対して「襲ってきたら全員捕らえます」と返しておく。
そう言いながら、剣闘士第9位のセルムさんのことを思い出していた。
彼はまだローマにいるはずだ。
シャザードさんたちが逃げた今、彼はどう動くんだろう?
シャザードさんの臣下のように付き従いながら、いないところでは呼び捨てにしてたくらいだから、あまり尊敬はしてないのかも知れない。
今、セルムさんと戦ったら勝てるだろうか?
身体の奥底からアドレナリンが出るのを感じた。
翌日、ボクたちはローマに戻ることになり、ボクとセーラさんは2人で馬車に乗った。
これは捕虜としてはかなりの特別待遇らしい。
彼女は反乱の首謀者として凱旋式に出席させるため、大事に扱われている。
揺れと騒音の激しい馬車の中、ボクとセーラさんは斜めに向かい合って黙っていた。
馬車の揺れと音がひどい理由についてはコメントで流れてきた。
ゴムが南米産なのでまだ欧州に伝わってないことと、バネとかで振動を吸収するサスペンションのような部品がないかららしい。
ローマの道がひたすら真っ直ぐなのは、このことが理由の1つという説もあるとのことだ。
そんな感じで、帰りはずっとセーラさんに付き添ってボクたちはローマに帰ってきたのだった。




