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第67話 伝授じゃなくて伝受

 戦いが終わって捕虜の収容も終わった頃、ボクはカウダ隊長の部屋に戻らせてもらった。


 ボクの護衛として、鉄壁のヘルディウスさんと前にボクや副隊長に絡んできた6人の中の3人がいる。

 彼らは今、部屋の外にいるはずだ。


 奴隷のボクに、正規軍の兵士4人が護衛につくということに驚かされた。

 個人個人が奴隷のボクに良くしてくれるのはまだ分かるけど、軍として大切に扱うこともあるのか。


 剣奴としても、食事はもちろん広いお風呂は使えるしマッサージまでしてもらえる。

 誰かがローマの奴隷は日本のサラリーマンと同じとコメントしていたような気がするけど、理解が足りない気がした。


 今回のシャザードさんが起こしたこの戦いは奴隷の反乱だ。

 日本にいた頃の奴隷のイメージを引きずったままだとこの戦いを理解できない気がする。


 奴隷のことはともかく、正規軍の兵士たちはこれから捕虜の収容施設の増築をするらしい。

 軍隊なのに建築が仕事みたいだなと思った。

 それこそ、彼らの方が奴隷より働いている気がする。


 ――考えるのはあとでいいか。

 せっかく配信で相談できる機会ができたんだから生かさないと。

 まずは陣営監督官の補佐に誘われたことを相談しよう。


「早速ですが相談があります。ボクが軍の補佐みたいな役割に着くというのはどう思います? この話を受けるとなると、みなさん頼りになってしまいます」


 ≫その前に少しいいですか?≫


「はい、なんでしょう?」


 ≫どうした丁寧語氏?≫

 ≫アイリスさんに確認したいことがあります≫


 丁寧語さんの話は、ボク自身の意志でローマに積極的に味方していくことになるけど、それでいいのかということだった。


 今までは、権限もなかった。

 戦局を変えたと言っても生き残るという目的のためだと言い訳もできた。


 でも、ボクが軍の補佐となると状況が変わる。

 ボクの言葉が人を殺し、ローマを勝利に導くかも知れない。

 それはシャザードさんの目的を大きく(くじ)かせることになる。


 客観的に見ると、ボクはローマに対して悪感情を持って当然で、反乱軍に入っていてもおかしくないと状況とのことだった。


 確かに皇妃に騙されたり、死んで当然の戦いをさせられたり、女の身1つで戦場に送られたり散々だもんな。

 いや、男だけど!


「不思議なことにローマに対して悪い感情は全くありません。もちろん皇妃には腹を立てています。あとミカエルも嫌いです。彼には助けられているので憎むところまではいっていませんけど」


 そう話すといろいろなコメントが流れていった。

 優しいとか甘いとか心が広いとかが多いように感じる。


「こっちでは一番養成所が好きですし、それはマリカとかルキヴィス先生みたいな良くしてくれる人がいるからです。ローマ軍でも良くしてくれる人たちがいるので、ボクはローマ軍以外に味方しようとは思ってません」


 ≫反乱軍が正しくてもか?≫


「ボクの中では正しいかどうかの優先順位は低いです。ですので大事な人が居る側をとりたいです」


 ≫女っぽい価値観だなw≫


 お、男だし!


「――そうかも知れませんけど、だからこそ視聴者さんたちも大事に思ってます。これからもよろしくお願いします」


 ボクがそう言うと、しばらくコメントのテンションが高かった。

 それが落ち着いてから結論を話す。


「将来的にもローマに肩入れし続けるかどうかは分かりません。でも、この戦いではローマ軍に味方します」


 ≫真面目に考えてくれてありがとうございます≫

 ≫助けになるか分からんが俺らは着いてくぜ≫


 その他のコメントも賛成意見だった。

 もしかしたら否定的な意見はフィルタリングされてるのかも知れないけど。


「ありがとうございます。こういうことを話す機会がないのでよかったです」


 ≫補佐の話ですけど受けるなら張り付きますよ≫

 ≫丁寧語氏!?≫

 ≫何やってる人なんだよ。無職じゃないだろ?≫

 ≫今日からしばらく有給取ってたりします≫

 ≫ただのガチ勢だったw≫


 丁寧語さんになぜ有給とったのか聞いたら、昨日無責任にアドバイスしたことを悔やんでいるらしい。

 仕事には影響ないとのことだった。


 ≫それで補佐はどうする?≫


「そうですね。選択や言動の責任はボクが持つという形でよければ受けようと思ってます」


 言葉にすると身が引き締まる。

 丁寧語さんが言うとおり、戦争というものに自分から関わりにいくというのは重い行為かも知れない。


 その後、ボクはコメントが見えなくなったときの対処なども聞いていった。

 配信が切れたりすることもないとは限らない。


 コメントとやり取りしていくと、ボクは本当に何も分かってないことがよく分かった。

 基本中の基本である戦略や戦術についても分かってない。


 戦略は、目的を果たすまでのロジックを組み立て、それを実現可能なところまで落とし込むことらしい。

 全体的な設計図ってことだろうか?


 戦術は、実際の戦闘行為や作戦行動での兵士・武器・兵器・物資などの具体的な活用術とのことだった。

 これは現場の作業という感じで理解しておく。


 ちゃんと理解してるか自信がないと話すと、今は大まかに違いが分かればそれでいいと言われた。

 ただ、今後はコメントの中で戦略や戦術という単語を遠慮せずに使っていくとのことだ。


 そうして、話は現状のことに変わっていく。


 戦略面で今起きてるのは、ローマ軍側はテンプレ戦略で反乱軍を鎮圧しようとしている。

 反乱軍側はそのテンプレ戦略を研究した上でその隙をついているらしい。


 そして、反乱軍側の動きを台無しにしているのがボクという形らしかった。


 戦略ではそういう台無しにされた失敗も想定するものだけど、次により大きなリスクをとる必要が出てくる。

 何度か失敗すると、修正不可能になって戦略自体が失敗する。


 現状、反乱軍の戦略上の邪魔者はボクだ。

 何をするか分からない上に、力が大きすぎて戦略が修正しにくい。

 そうなるとボクを排除するのが早い。


 もちろん、ボクの行動を想定して戦略を練り直すという手段もあるみたいだけど、都度想定外の行動を取ってるので戦略を立てにくいとのことだった。


 その上で、ボクを排除する方法として考えられるのは、暗殺するか、第六席をぶつけて何も出来ないように縛り付けておくからしい。


「お陰さまで状況は分かってきました。確かに反乱軍にとってボクは邪魔ですね。それを踏まえてボクが補佐するためには、どういう方向の助言をすればいいと思いますか?」


 ≫戦略についてあまり考える必要はありません≫

 ≫戦いになったとき敵の目的を考えてください≫

 ≫敵の目的は分かる範囲のものでいいです≫

 ≫その目的を邪魔する戦術をとります≫


 その後、丁寧語さんは今朝の戦いでの実例を挙げてくれた。


 今朝、空から敵を発見したとき丸太をたくさん持っていた。

 このことから、野営地の壁に丸太を立てかけ、騎兵隊を乗り込ませるという目的が予測できたとする。


 こんなときは野営地に近づく前に丸太を放棄させてしまうような戦術をとる。

 それが目的を邪魔するということらしい。


 ≫反乱軍の戦略を作っている者は切れ者です≫

 ≫一度見せた戦術や魔術は対応を練ってきます≫

 ≫旋風の魔術は対策されている恐れがあります≫

 ≫そのことを念頭に置いておいてください≫


「――分かりました」


 ≫あれを対策ってどうやるんだよ?w≫

 ≫思いつくのは乱戦に持ち込むことですね≫

 ≫ローマ軍の兵士を盾にする訳です≫


 旋風の魔術を使いにくくする訳か。

 ボクが味方に危害を与えられない人間なのはバレてるだろうし。


 ≫反乱軍が使える戦術がかなり限定されるな≫

 ≫そうですね≫

 ≫現状、反乱軍は地の利以外全て劣るはずです≫

 ≫今のままではまともな戦術が使えません≫

 ≫主にアイリスさんが原因です≫

 ≫やはり排除が最優先ですかね≫


「怖いですね。でも、話を聞いてると確かにボクを殺してしまうのが手っ取り早い気がします。反乱軍が絶対勝たないといけない状況で、1人を殺して成功の確率が上がるならそうしない方が不思議です」


 ≫自分のことなのに冷静に言うなあw≫

 ≫俺も殺すしかない気がしてきた≫

 ≫反乱軍がアイリスを仲間にする展開はない?≫

 ≫どうやって仲間にするんだよ?≫

 ≫捕虜にして仲間にするくらいだろ≫

 ≫第六席を使ったのはそれが目的かもな≫


 なるほど。

 それなら第六席が手加減していたのも頷ける。

 なにかシャザードさんの影が見えるかも。

 この戦略だけ甘い気がする。


 そうなると、大きな戦略・戦術を描いてるのはシャザードさんとは別の人間――第9位のセルムさんと戦っているときに話しに出てきた『ウチの軍師様』かも知れない。

 そして、一部だけシャザードさんが関わってる。


「殺しにくるとしたらいつの可能性が高いですか?」


 心の中で標的が決まってしまったので、出した声が変わっていた。


 ≫可能性が高いのは今晩でしょうね≫

 ≫今晩かよ!≫

 ≫更に手駒を全て使う可能性すらあります≫

 ≫全ての手駒って?≫

 ≫捕虜全てと彼らの味方のここの奴隷ですね≫


 捕虜は千人を超えるはずだ。

 奴隷もかなりの数になる。

 反乱軍の味方になっている数は予想できないけど。


 外ならともかく、野営地の中だと千人以上の対処は厳しい。


「陣営監督官に相談してみます」


 ≫それがいいでしょうね≫

 ≫アイリスさんならどういう手で防ぎますか?≫


 目的はボクの暗殺。

 ボクが寝ているときに殺すのが簡単だろう。

 それが失敗したときのために、捕虜に武器を持たせて建物を囲むのもいいかも知れない。


「まず、ボクが部屋に入ったという情報だけを流します。ボクは部屋に入る振りだけして別の場所で休みます。部屋のある建物には誰も入れず、暗殺に来た捕虜や奴隷たちを罠に掛ける、みたいな感じですか?」


 ≫それもいいですね≫

 ≫それも? 丁寧語氏は別の考えなのか?≫

 ≫私の場合、捕虜と奴隷を接触させません≫


 接触させない?

 あっ、そういうことか。

 丁寧語さんの考えは、最初から捕虜と奴隷を接触させないことで捕虜を脱走させないということだと思う。


 さすがに奴隷の協力なしで捕虜たちがすぐに脱走というのは難しい。

 脱走できなければボクを殺せるのは反乱軍に味方をしている奴隷だけということに――いや違うか。


 そもそも奴隷にボクを殺すという命令が伝わなければ何も起こらない。

 命令を知っているのは今日捕えられた捕虜だけだ。


「奴隷に脱走を手伝わせないこと。そして、そもそもの命令が捕虜から奴隷に伝わらないようにしてしまうということですか?」


 ≫その通りです≫

 ≫ただどこかで命令が伝わるかも知れません≫

 ≫アイリスさんの案と併用が良いと思います≫


 丁寧語さん以外からも案が出た。


 捕虜に本当にボクを狙ってるか吐かせるとか、誰が指揮してるのかを吐かせるとか、反乱軍の目的を吐かせるとか。

 吐かせるの好きですね……。


「ありがとうございました。もう1つ相談に乗ってもらえますか? もちろん、暗殺への対応策は早めに陣営監督官に話した方がいいとは分かってるんですけど、どうしても気になって」


 ボクは、第六席がアドバイスしてくれた『握り』と『重心』について相談した。

 しばらくコメントは混沌としていて、何を信じたらいいか分からない状況になっていく。


 でも、『アイリスの命が掛かってるからな』『聞きかじった知識だけのコメントは控えろよ』『試合とか私闘で使えた話が前提な』というコメントで様子が変わり始める。


 ――いや、私闘って。


 いまいち状況が掴み切れてないけど、この系の話もボクの知らない何かがあるのかも知れないなと思った。


 落ち着いてきた後のコメントの話だと、『握り』は人によって考え方がいろいろあるらしい。

 武器の形状でも違うし、流派によっても異なる。

 最終的には人によっても違うし、剣の振り方によっても変わる奥が深く繊細なものみたいだった。


 ≫テニスでも握り方は豊富にあるからな≫

 ≫ドラムも派閥によって握り方変わるぞ≫


 そ、そうなんだ。

 握り方だけで分野ごとにバリエーションあるなんて人類すごいな。


 ボクの『握り』を見せて欲しいと言われたので、ナイフの(つか)を握って左目に見せる。

 すると、さすがにこの握り方じゃ突っ込まれるとコメントされた。


 ボクのこの全ての指でとにかく柄を握るやり方は『ベタ握り』『クソ握り』と呼ばれるものらしい。


 竹や巻藁を切るときにはこのベタ握りをすることもあるけど、少なくとも日本の剣術では悪しき例とされるものだそうだ。


 手をマメだらけにして頑張ったのにそうなのか。


 ≫グラディウスの場合は突き刺す主体だろ?≫

 ≫ベタ握りでもいいんじゃ?≫


「突くのと切るのとでは違うんですか?」


 切る場合は、遠心力や第三種テコを使うことが多い。

 なので小指側を使うか、親指と人差し指の間にある水掻きっぽい部分を使うことが多いのだとか。


 剣道などでは小指を中心に握りそこを生かすことが基本らしい。


 えーと、剣道は遠心力を使うってことだろうか?

 あと、第三種テコが分からない。

 なにか、ボクが立ち入ってはいけない世界な気がしてきた……。


「すみません。ボクには難しすぎました」


 ≫おい、ドン引きされてるぞw≫

 ≫初心者だし基本のやり方だけでいいかもな≫

 ≫初心者? 絶対俺より強いぞ?w≫

 ≫真剣で対戦できる時点で俺らより強いな≫

 ≫強いのと上手いのは違うし≫

 ≫今の強さを邪魔しない基本がいいな≫


 剣道や剣術好きがこんなに見てくれているなんて思ってなかった。

 でも、考えてみたらボクは剣闘士だ。

 日本で実際に剣で戦うシーンなんて見られないから興味を惹いているのかも知れない。


 ≫別のところで話して結果だけ伝えようぜ≫

 ≫分かった≫

 ≫賛成≫

 ≫まとめサイトに公開グループ貼っとくわ≫


 こういうやり取りに慣れているのか手際がいいな。


「理解力が低くてすみません。助かります。よろしくお願いします」


 ≫次は重心だっけ?≫


「はい」


 ≫これも私見のある人多そうだからなw≫

 ≫また激論になるぞw≫


「え゛っ」


 ≫反応が面白いw≫

 ≫さっきのがよっぽどだったんだろうなw≫

 ≫素人にも簡単に説明できる奴いねーがー≫


 しばらく『マダー』『ハードル上げすぎたなw』みたいな煽りっぽいコメントや、『組織の中の重要な人物?』『それ重鎮』『結構前に引退したプロレスラー?』『それ獣神』みたいなボケとツッコミのコメントだけが流れていた。


 ≫ウチに10回通ったら教える基本でいいか?≫


 そんな中、真面目そうなコメントが目に入ってきた。


「それはありがたいですけど、いいんですか? 貴重なお話なんじゃ?」


 ≫最初の頃から見させてもらってるからな≫

 ≫武術は少しできる。それ以外はさっぱりだが≫


 話を聞いていくと、ミカエルに襲われたときの脱出方法やローマ市街で腕を捕まれたとき、3人の巨人たちと戦ったときに対複数相手の位置どりを教えてくれた人だった。


 同じ人物だったとは……。

 かなりの恩人なんですけど。


 何故、そんな早くから配信を見てくれていたのか聞いたら、知人の漫画家に教えてもらったとのことだった。


 その漫画家の人はネット上の面白い事に目がなくて、円形闘技場(コロッセウム)でキマイラリベリと戦っていたボクを見つけてすぐに連絡してきたらしい。


 この配信にたどり着くまでにも、いろいろとあるんだなあ。


 時間がないということで、その武術家さんはすぐに重心の基本をコメントし始めた。


 まず、重心のイメージを教えてもらった。


 例えば、折れやすいけど縦にだけは強い真っ直ぐの棒があるとする。

 その棒が地面から伸びている。

 この棒の先端でも支えられる身体全体のバランスがとれる1点がある。


 この点は身体の内部にあるかも知れないし、身体の外にあるかも知れない。

 ただ、どこかに必ず存在する。

 それが重心らしい。


 でも、身体の外に重心があるというのはイメージしにくいな。

 でも、例えばドーナツだったらあの穴のどこかに重心があるということでいいのだろうか?


「なんとなくですけどイメージは掴めました」


 ボクがそう言うと次の話に移る。


 武術の場合、重心そのものより例えに出した『棒』の方を意識することが重要らしい。

 この棒のことを『重心線』と呼ぶことにすると言われた。


 更には重心線のことだけ覚えていれば重心は忘れても良いとまで言われる。


「分かりました。重心線が本命なんですね」


 まずはその重心線の根元がどこにあるかという話になった。

 重心線の根元というのは地面にある。

 そして、その地面の特定の範囲にある。

 その範囲は、つま先と踵で作られる図形らしい。


 ≫自分の足下を見てくれ≫


 ボクが言われるままに足下を見ようとすると、胸が邪魔で見えなかった。

 鎧は鎖かたびらなので、胸の形は潰されていない。


 ≫くそっ、エロコメントが送信できないw≫

 ≫やっぱりセクハラコメントは警告になるなw≫

 ≫カイデー≫

 ≫カイデーならいけるぞ!≫

 ≫カイデー!≫

 ≫カイデー! カイデー!≫


 カイデーはデカいのギョーカイ用語だろうか?

 ダムが決壊するように謎のカイデーコメントが溢れた。

 たまってた、ってやつなのかな?


 ≫すまない。配慮が足りなかったな≫


「いえ、慣れてるので大丈夫ですから。それで、こうすればいいですか?」


 ボクは胸を右腕で押さえながら、お辞儀をするようにして足下を見た。


 ≫ああ。足の間の台形を支持基底面と言う≫


 確かにつま先と踵で台形が出来ている。


 ≫この面のどこかに重心線の根元がくる≫

 ≫人が2本足で安定して立つには必ずそうなる≫


 この足下の台形の中のどこかに重心線が伸びているということか。

 今まで意識したことなかったな。


「ここまでは理解しました」


 ≫では、重心線の場所を移動させてみてくれ≫


 移動?

 ボクは上半身だけを右にスライドさせた。

 視線は右足に移る。


 ≫そうだな≫

 ≫すでにある程度重心線は意識できると思う≫

 ≫次は元に戻って60度のお辞儀をして欲しい≫


 え?

 ボクは言われた通り上半身を真ん中に戻してから、60度くらいになるくらいにお辞儀をする。


 ≫こういう動作でも重心線は変わる≫

 ≫今、重心線は両つま先を結んだ真ん中にある≫


 言われてみるとその位置に体重の中心があるように思えた。

 いつの間にか踵浮いてるし。


 ≫人は片腕を前に出すだけで重心線が変わる≫

 ≫身体の形が少し変われば重心線も移動する≫

 ≫察知能力が低い内は実感は湧かないだろうが≫


「察知能力を高めるにはどうすればいいんですか?」


 ≫日常的に意識することだ≫


「ありがとうございます。なるべく普段から意識するようにします」


 こんな感じで少しずつ時間を掛けて教えてもらった。


 結局のところは、重心線が身体の中を通り股の下から出てることだけ気にすればいいらしい。

 それなら戦い中でも意識できそうだ。


 あと重心線を身体に納めるために、もう1つコツを教えてもらった。

 簡単にいうと外部から少し押されたらすぐに足を踏み出すようにするというものだった。


 これも理屈としては想像以上に細かい。


 人は二本足で立っているときに倒れないようにコントロールしている機能があるという。

 運動学という分野では、これを立位姿勢制御(りついしせいせいぎょ)と呼んでいるらしい。


 人が倒れないようにするためには主に3つの方法がある。

 1、足首の力で耐える。

 2、お尻を重りにしてバランスを取る。

 3,足を踏み出して新しく支持基底面を作る。


 手を真っ直ぐ前に出すときも、無意識でお尻を逆側に動かしてバランスを取るという。


 そして、何も考えてないと、人はまず足首やお尻で耐えてから、最後に足を踏み出す。

 普段はこれで問題ないけど、戦いとなると話は変わる。


 体重が軽いボクなんかが、攻撃を受けたときに足首やお尻で耐えると、筋肉の硬直が起きたり不十分な体勢になってしまう。

 そうなると、次の行動に移れないようになるらしい。


 あっ、ボクが連続攻撃に弱かったのはこの辺りが理由なのかな?


 だから、外からの力に対してはすぐに足を踏み出すように意識するのがいいとのことだった。


 具体的には支持基底面を狭くすることと、両足で踏ん張らないように心がけて置くことと言われた。


 その心がけですぐに足を踏み出すように癖をつけておけば自然にこの動きになるという。


 話としては理解できたけど、こんなに理論立ってるとは思わなかった。

 しかもこれは、武術家さんの流派の基本で、他のところでは別の方法論や理屈があるという。

 ――気が遠くなるな。


「まとめると、重心線が身体の中にあるように意識して、攻撃などを受けたらすぐに足を踏み出すように普段から心がけておく、ということでいいんですか?」


 ≫ああ、パーフェクトだ≫


「あはは。そう言われると、気が楽になりますね。武術家さん、ありがとうございました。いろいろ試してみます」


 ≫武術家さんw≫

 ≫まあ、配信で呼ぶには分かりやすいかw≫

 ≫いや、でもこれ柳生系の浮身(うきみ)っぽいな?≫


 柳生って時代劇とかの?


 剣術にしても戦術・戦略にしても現代日本に伝わってきてる貴重な知識を教えてもらっている気がする。

 もちろん基本だけだと思うけど、無知なボクからしてみると本当に助かっている。


 生き残ることが一番大事だけど、成果を配信でちゃんと見せていければいいなとも思うのだった。

次話は来週くらいに更新したいと思ってます。

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[良い点] 武術家さんwww
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