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第55話 ローマ軍

 豪華な鎧を着た男がボクを見てくる。

 敵意のようなものを向けてくる彼の視線にボクは頭を(かし)げた。


 ≫なんだあいつ≫

 ≫お偉いさんなんだろ≫

 ≫どうして睨んでくるんだ?≫


 ボクは彼の視線を避けて早足で歩いていく。

 すると身体の向きまで変えてボクを見てくる。


 更に早足になる。

 見てくる。

 走り出す。


 そして、目的の隊の近くまでたどり着いたとき、彼が近づいてきた。


「おい」


 ボクの肩に手を触れようとしたので、その手も避ける。


「おい、ふざけるな」


 言われてボクは初めて彼に向き合った。

 身長はボクより頭1つ分くらい大きい。

 近寄られると、かなり見上げることになる。


「何かご用ですか?」


 歳は20代前半くらいだろうか?

 一旦、ボクから目を逸らしてすぐに睨んでくる。


「――失礼な奴だな。これだから女は」


 ≫いきなりなんだこいつ≫

 ≫偉そう≫


「申し訳ございません、首席副官」


 ボクが属する隊の隊長らしき人が出てきた。

 浅黒い肌に深い皺がある。

 満面の笑顔が特徴的だなと思った。

 そこまで歳をとってるようには見えないから30代くらいだろうか?


 彼はボクの目の前で背を向けて立った。

 首席副官の視線を(さえぎ)る形だ。

 守ってくれてるんだろうか?


 ≫これがケントゥリオか!≫

 ≫ケントなんとかって?≫

 ≫ローマ軍団の百人隊長のことだな≫

 ≫どうして分かった?≫

 ≫兜の上の羽が横向きについてるだろ≫


 確かに兜に派手な扇形の羽が付いていた。

 他の兵士も全員が扇形の羽をつけている。

 ただ、普通の兵士の羽はニワトリみたいに縦向きっぽい。


 隊長の羽が横向きなのは後ろから分かり易いようにかな?


 ≫で、首席副官って何? 偉いの?≫


 コメントではその書き込みを切っ掛けにして、首席副官がローマ軍の何に当たるか議論が始まった。

 ボクはそっちに頭を使う余裕はないので、以後の書き込みはスルーことにする。


 ただ、首席というくらいだから偉い人なのは間違いないんだろう。

 それなら、ボクを敵意のある視線で見てきたのにも何か理由があるのかも知れないと思い直す。

 あからさまに避けたのは不味かったかも。


 ――謝っておこう。


「は、はじめまして。包帯兵として配属されることになったアイリスです」


 ボクは隊長らしき人の後ろから一歩出て、恐る恐る2人を見た。

 視線がボクに集中する。


「さっきは避けるようなことをしてすみませんでした」


 首席副官の彼の表情を盗み見てみた。

 不機嫌そうなまま表情が変わらない。


「俺は隊長のカウダ、だ。どうしてあんなことしたんだ?」


 顎を親指でさすりながら聞いてくる。


「じっと見られるのが苦手で、思わず逃げてしまいました」


「そんな理由でか?」


「つまらない理由ですみません」


「分かってると思うが、二度とするなよ?」


「もちろんです」


「首席副官。以上のようです。いかがいたしますか?」


 カウダ隊長は首席副官に真っ直ぐ向かう。


「――ふん」


 鼻だけ鳴らして首席副官は後ろを向き、元居た場所に戻っていった。


「寛大な処理、ありがとうございます」


 隊長がその彼の背中に声を掛ける。


「え、えーと?」


 ボクは何が起こったのか分からなかったけど、なんんとなく許して貰えたのだと気付いた。


「はぁ」


 何事もなく事が収まったからか、カウダ隊長がため息をつく。


「ありがとうございます。来たばかりで迷惑を掛けてしまって」


「まったくだ。若い女が来るっていうから覚悟はしてたが、トラブルの匂いしかしねえな」


「匂い? 来た早々トラブルを起こしてしまったからですか?」


「それもあるが……」


 隊長がボクを見てまたため息をつく。


「身体の線が出ないマント、それになるべく顔の隠れる兜を借りてこい」


 ≫確かに男だけの軍隊におoぱいは問題だな≫

 ≫飢えた狼の中に子羊か≫

 ≫なんだその伏せ字と気付きにくい伏せ字w≫

 ≫フィルタ回避に辞書登録した≫


「――マントはどこで借りてくればいいですか?」


「城門から出たあとに副隊長に案内させる」


 ボクはその副隊長の姿を確認しようと隊を見渡した。

 結構な人数の人にボクは見られていたので、視線に圧力に怯んでしまう。


「副隊長なら最後尾(さいこうび)にいるからここからは見えないぞ」


「そうなんですね、ありがとうございます」


 ボクが副隊長を探しているのがよく分かったなと思いつつ、最後尾を見ようと背伸びした。

 でも、多少視線が高くなったくらいで見えるはずもない。


「あとで引き合わせるから、まずは俺の隣に並べ」


「はい」


 言われた通り、ボクはカウダ隊長に着いていき隣に並んだ。

 ボクが並ぶときに、兵士の人が少し詰めて場所を空けてくれる。


「ありがとうございます」


 小声でお礼を言いながら彼を見て驚いた。


 なんと言ったらいいのか、ホルンのような渦巻き状の楽器を肩に担いでいる。

 鉄のような色の金属で出来ていた。

 管はやけに細く見える。


 ≫なんだこの楽器?≫

 ≫体に蛇巻き付けてるみたいだな≫

 ≫たぶんコルヌという楽器だ≫


 楽器を持っていた彼と目が合う。


 兜があるので顔が全部見えるかけじゃないけど、端正な顔立ちだった。

 目も鼻も、そして輪郭も鋭角な印象で冷たさすら感じる。

 ただ目に力はなくボクを興味なさげに見ていた。


 彼はそのまま正面を向く。

 ボクも正面を向いた。


 しばらく待っていると、他の隊の包帯兵らしき人たちがやってきたところで号令が掛かった。

 同時にラッパのような音が鳴り響く。

 音は低い音から高い音にすっと移行した。

 隣の人からもそのプォーという音が聞こえる。


 ≫コルヌって音程変えられるんだな≫


 そんなコメントが目に入った。

 あ、首席副官の議論は終わってたのか。

 ともあれ、確か低い音から高い音に変わるのは前進の合図と習っている。

 この楽器で鳴らすとは思わなかったけど。


 ボクは周りに合わせて前進して行った。

 いよいよ始まったという感じがして、少しだけ緊張する。

 そして城門を通り、ローマの外に出た。


 ≫これがローマの外か≫

 ≫ローマ市の外な≫


 城壁の外は、なだらかな下り坂になっていて景色がよく見えた。

 自然が広がってると想像してたけど、そんなことはなく街道の周りには建物が立ち並び、畑も見える。


 ≫意外に建物あるな≫

 ≫それより兵の数やばくね?≫


 コメントの通り、空いているスペースにずらーっと並ぶ人、人、人。


 ≫何人いるか見当もつかないな≫

 ≫コミケかよw≫

 ≫騎兵隊が結構いるな≫


 馬を探すと、確かに馬に乗った兵の集団がいる。


 ≫(あぶみ)があるかどうか見たいですね≫

 ≫良い視点だな≫

 ≫その漢字なんて読むんだ?≫

 ≫あぶみ。馬に乗った人が足を掛ける器具≫

 ≫中国で発明されたチート武具だな≫


 チート武具?

 鐙が馬の背から垂れ下がったブランコみたいな道具というのは分かる。

 でも、それが武具というのがピンとこなかった。

 馬の背に登るための道具だと思ってたし。


 それからボクが居る隊も一度指定の場所に並んでから、配給される水を貰うために解散となった。


 解散のあとに、化膿して腫れていた隊の人の怪我を治したりもした。

 その治療に感謝されたりもして少しだけ隊の人に受け入れられたような気がする。


 そのあと、ボクは副隊長と共にマントと顔が隠れる兜を借りに向かった。


「聞いていいかな? 治療の腕がいいみたいだけど、なんでウチ来ることになったの?」


 副隊長がニコニコしながら聞いてきた。

 正直に言ってしまってもいいんだろうか?


「答えにくければいいんだけどね」


「いえ、その、偉い人に目を付けられてしまったというか」


「偉い人? うーん? あ、その人って女?」


「はい。そうですけど」


「ははーん。それで納得いったよ。それで君をここに送り込めるってことは元老議員の御夫人か――。皇妃だよね」


 副隊長が笑顔のままボクを覗き込む。

 言い当てられてドキッとした。


「ああ、ごめんごめん。詮索するつもりじゃなかったんだが、警戒させちゃったかな?」


「い、いえ」


「それはよかったよ。怪我したとき助けて貰えないと困るからね。どうやってるか知らないけど痛くない治療ってのは助かるし」


 気安く話しかけてくれるのは間が持つのでありがたいけど、遠慮がなくて苦手なタイプかも。


 その後も副隊長はいろいろと話しかけてきた。

 遠慮がないというよりも思っていることを全部口に出すタイプっぽい。


 副隊長と会話しながら、ボクは馬車が並ぶ場所に連れていかれ、マントを借りる。

 覗き見ると、馬車の中には大量の備品があった。


「兜は全部大きすぎて合うものがありませんでした。それに鎧も合うものが見つかりませんでした」


「なるほどふーむ。その可能性は考えてなかったな。困ったぞ、どうするかな? とりあえず司令部に掛け合ってみるか」


 ボクは副隊長に連れられて司令部に向かった。

 その途中で人だかりと歓声が聞こえてくる。


「あの人だかり気になるかい? あれはね、兵同士が試合してるんだよ。何かトラブルでもあったんだろうね」


「トラブルですか?」


「ケンカにでもなったんじゃないかな? これから一緒に戦うのにわだかまり残してもロクなことにならないから、試合させて発散させることになってるんだ」


「怪我とか大丈夫なんですか?」


「大丈夫大丈夫。武器は軽い木剣(ぼっけん)だし厳しい訓練も積んでるしね。怪我しても軍医いるし、戦いになればどうせ怪我人でるしで大きな問題にはならないよ」


「そ、そうなんですね」


 ≫脳筋文化だなw≫


 いや、脳筋て。

 でもケンカOKとか大らかではあるよね。

 それにしてもケンカしたのに試合で発散とか出来るもんなんだろうか。


 疑問に思いながら、ふと前に戦った巨人を思い出す。

 彼とも死闘をしたけど闘技場の地下でボクを助けてくれたな。

 それを考えるとアリかも知れない。


 ボクと副隊長は司令部の建物の行列に並んだ。

 司令部に用事があるのか10人くらいがボクたちの前に並んでいる。


 並んでいる間、副隊長が話しかけてくるので、ボクも返事をしないわけにはいかない。

 返事をすると周りの兵士たちに振り向かれる。


 どう聞いても女の子の声だもんなあ。

 そんな風に並んでいると、大きな声で馬鹿笑いしている集団が後ろから近づいてきた。


「なんだ、女か?」


 そう言われて少し焦ったけど、気付かない振りして無視する。

 関わってもロクなことになりそうにない。

 そう思っていたのに、1人がボクの顔を覗き込んできた。


「やっぱ女だぜこいつ」


「はあ? なんで軍に女が居るんだよ」


「いや、でも胸あるし。――でけえ」


 馬鹿笑いしていた集団がその一言でボクの周りに集まってきた。

 居心地が悪くなって思わずマントで身を隠す。


「いやあ隠さないでー」


「お前が女かよ」


 ギャハハと笑い声が響く。

 こういうのには慣れそうにない。

 苦手だ。

 早くどこかに行ってくれないかな。


「おい、声掛けてみろよ」


「は? 俺?」


「お前、得意だろそういうの」


「しゃーねえなあ」


 男が近づいてくる。

 ボクは思わず身構えてしまう。


「そんな緊張しなくても大丈夫。お前も同じ軍団の仲間だろ――。おっ?」


 正面から話しかけられたので仕方なく顔を上げた。

 目を見開いていた彼と目が合う。

 日に焼けた自信のありそうな顔つきで、笑顔に白い歯が輝いている。


「名前教えて、ナ・マ・エ」


 こういうときどういう対応したらいいんだろう?

 副隊長を見てみたがニコニコしてるだけで不干渉のようだった。


「――アイリスです」


 仕方なく素直に名前を告げる。


「アイリスか。いい名だな。なんで軍にいるんだ?」


「包帯兵として派遣されてきました」


「アイリスちゃーん、俺も治してぇー! ギャハハ」


「うるせえ! ああ、でも包帯兵なら隊変えられるか?」


 何を言い出してるんだろう?

 まだ、ミカエルが準備してくれた味方も見つけられてないし隊を変えられるのは困る。

 それにこの人たちとは気が合いそうにない。


「まあ隊長に頼んでみっか。アイリス、今どの隊にいるんだ?」


「えーと」


 相変わらずボクの意志は確認されない。

 奴隷の立場だからしょうがないんだろうけど。


「あー、待ってください。勝手なこと言い出されては困りますね。正規軍の方とはいってもウチの大事な包帯兵は譲りませんよ」


 ニコニコしながら副隊長が言った。


「なんだてめぇ!」


「お前、正規じゃないんだろ? 副隊長だからって勘違いしちゃってる?」


 その言葉に他の男たちも嘲笑する。

 副隊長の発言で険悪なムードになってきた。


 ≫どうして副隊長って分かったんだろ?≫

 ≫長い棒です。あれは副隊長が持つものです≫

 ≫あの棒なんて言ったかな?≫

 ≫ハスティレーですね≫


 そ、そうなんだ。


「勘違いはしてませんよ。部下を守るのが副隊長である私の仕事ですから。もしかしてただの一兵卒(いっぺいそつ)の皆さんには難しすぎましたか?」


 ≫煽るなあw≫

 ≫一兵卒ってなんだ?≫

 ≫下っ端の兵のことだな≫

 ≫しwたっwぱw≫


 空気が変わった。

 ヘラヘラしていた男たちも真顔になっている。


「ふぅー。反論もなしですか。黙っててはちゃんと納得できたのかどうか伝わりませんよ? それとも私が質問してることにも気づけてないんですか? 頭が悪いと軍隊では早死にしますよ?」


 この張り詰めた空気の中、思いっきりため息ついて更に煽っていく、だと?

 副隊長は分かってやってるのかそれとも天然なのか。


「――分かってるだろうな?」


「何がですか。分かってるか問うてるのは私です。知能があるならちゃんと答えなさい」


「もう無理だからな」


 ――全部で6人か。

 ボクと副隊長は彼らに囲まれた。

 並んでいたはずなのに、いつの間にかボクたちは孤立していた。

次話は来週に更新予定です。

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