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第51話 魔術無効

 歓声が聞こえていた。

 火事が鎮火(ちんか)したのを喜んでいるんだろうか?

 それを遠くに聞きながら、ボクは怪しい人影のいる建物に向かっている。


「――ボクの風の魔術の中の酸素をなくしてもらいました。それで鎮火後に怪しい人影が見えたのでそれを追ってるところです」


 ≫そういうことか≫

 ≫一応、まとめサイトに書いとくわ≫


「ありがとうございます」


 走りながら、養成所の脱走から火災までの説明も一通りできた。


 ライブ配信でコメントしてくれてるのは2人だけっぽいけど、閲覧者は50人ほどいるらしい。

 ボクには閲覧者数は見えないけど、パソコンからは分かるのでそれを教えて貰った。


「人影に近づいてきたので少し黙ります」


 ≫初日と違って頼もしくなったなw≫


 初日ってローマに来たばかりの頃のことか。

 確かにあの夜は何もできない状態だった。


 そして、怪しい人影のいる建物にたどり着く。

 人影がいるのは3階だ。

 ボクは狭い階段を上がっていった。


 3階に辿り着くと、真っ暗闇の中でその人影は立ち止まっている。

 ボクの存在に気付いているんだろう。


 ボクは臨戦態勢を取って近づいていった。


「こんなところで何をしているんですか?」


 暗闇で顔は見えないけど、空間把握を使うと背が高い男ということだけは分かる。


「返事がないということはこの火災の関係者ということでいいですか?」


 少し(あお)ってみる。

 それでも何も言葉はなかった。

 煽ることで、ボクの身体にアドレナリンが分泌される感覚があった。

 心拍数が上がる。


「この放火はシャザードさんの命令ですか?」


 ボクが言うと男の顔が上がるのが分かった。

 放火はともかくシャザードさんとの関係はありそうだ。


 シャザードさんに関係があって、背の高い人物というとボクには1人しか心当たりはない。

 ルキヴィス先生と模擬戦をした第9位のセルムさんだ。

 体つきも彼と似ている気がする。


「貴方はセルムさんですよね?」


 ≫セルム? 誰だっけ?≫


 確証はないけど、()えてそう言ってみる。

 彼が本当にセルムさんだったとき、動揺を誘えるかも知れない。

 外れたときのデメリットよりも、そのメリットを取った。


「――アイリス、か」


 男はボクの問いには答えずそれだけ言った。


 言い当てられたことに少しドキッとする。

 向こうもいろいろな条件を元に、ボクだと推測したんだろうか?


 ともかく、せっかくリアクションを取ってくれたんだから話を続けよう。

 相手がセルムさんという前提で。


「ボクが聞きたいことは2つです。まず、セルムさんがここで何をしていたか。そして、放火を命令したのは誰か」


「それを聞いてどうする?」


「どうもしません。ただの剣奴には何も出来ませんから。個人的に気になっているだけです」


「バカなのか? そんな理由で首を突っ込むとは」


 ≫直球だなw≫


 ボクの中のセルムさん像と少しイメージがずれるな。

 人違いなんだろうか?

 それともこっちが素か。


「ボクの頭の出来はともかく、この放火を指揮したのが誰かだけでも教えてもら――」


 背後から猛スピードで何かが迫ってきた。

 ボクは中心を捕る余裕もなく、ただその場から姿勢を低くして飛びのく。

 生ぬるい風が髪を揺らした。


「あれれ? 外しちゃった」


 敵?

 声は若い男のものだ。

 どこに居た?


「待て。彼女はシャザードのお気に入りだ」


「うっさいなあ。知らないよそんなのッ!」


 次の瞬間、また若い声の男が駆けてきた。

 距離が詰まる。

 彼は剣は持ってないけど、殺意がある。

 腕を振るう神経の電子が見えた。

 手に持っているのはナイフ?


 避ける。

 こっちに攻撃手段がないのは痛いな。


「あれ? ひょっとしておねーさん強い?」


 お姉さん?

 ボクに対する的確な攻撃といい、空間把握が使えるんだろうか?


「セルムさん。この好戦的な人とお知り合いですか?」


「殺人鬼に知り合いはいない」


「ねえ、教えてよッ!」


 言いながら若い声の彼は正確にボクに攻撃を仕掛けてくる。


 でも、さすがに3度目ともなると、攻撃の中心が捕れる。

 首を狙ったナイフの加速の瞬間に身体を傾け、彼のお腹に横蹴りを入れた。

 完全なカウンターとなり、彼はそのまま倒れる。


「グブッ、ガハッ」


 苦しそうな声だ。

 でも、そんな状態でも顔の向きからいってボクを睨んでる。

 あまり長居はしたくないな。


「ふー。面倒なことになったな」


 セルムさんがため息をつく。


「彼のことですか?」


「それだけじゃない。それと動くな」


 ボクが背を向いて逃げようとしたところを鋭い声で制された。

 さっきまでとセルムさんの雰囲気が違う。

 嫌な予感がした。


「同胞を傷つけられた手前、無傷で帰す訳にはいかなくなった」


 同胞?

 反乱軍の仲間ってことだろうか。


「それって報復がルール化されてるってことですか?」


 問いかけてみるけど返事はない。

 返事がないので肯定として考えよう。


 シャザードさんが組織のトップなら報復がルール化されてるのには違和感がある。

 ルールがあってもかなり緩そうな気がする。

 とにかく生きて帰ってくればそれで良し的な。


「それ、シャザードさんらしくありませんよね」


「ああ。ウチの軍師様の方針だからな」


「軍師? ――もしかして放火を指示したのもその軍師様ですか」


「どうかな? でもさすがシャザードが気に入るだけのことはある」


 なるほど、軍師が別にいるのか。

 そう考えたとき、シャランと(さや)から剣が抜かれた。

 同時にセルムさんの周りに光の粒が舞い始める。


 普通の魔術の光よりもずいぶんと淡い光だ。

 真っ暗闇でかつ、この光の中にいないと分からない程度の儚い光。


 その光がかなり広範囲で、ボクの周りどころか建物全体に舞っている。


 得体が知れない。

 ボクは怖くなった。

 だから風の魔術を放って逃げることにした。

 セルムさんの横の空間に風の魔術を発生させようと集中する。


 ――あれ?

 魔術が使えない。

 使おうとしても魔術が集中しきれない。

 何が起きてる?

 もしかしてこの淡い光の粒が原因?


 ボクはクルストゥス先生の使った魔術無効(アンチマジック)を思い出した。

 使われた魔術に対して使うんじゃなくて、魔術を使う前に空間に展開しておくこともできるのか?


 考えている間にセルムさんがじりじりと間合いを縮めてくる。

 ――彼の攻撃を避けられるだろうか?


 彼は剣闘士の9位で何度かルキヴィス先生の攻撃を受けている。

 完璧な回避は剣か盾がないと対策される恐れがある。


 ボクは弱気になってしまっていた。

 まずい。

 淡い光が存在してない領域を探す。


「あはは、捕まえたぁ」


 いつの間にか若い声の彼が地面を這いながらボクの足首を掴んでいた。


「ひっ」


 ≫なんだ? どうした?≫


 あまりの恐怖に総毛立つ。

 ホラーに耐性があると思ってたボクでも、暗闇から殺意を持った人間が「あはは」と言いながら足首掴んでくるのはさすがに怖すぎた。


 咄嗟に風の魔術で吹き飛ばそうと思ったけど、魔術無効(アンチマジック)の影響か使うことが出来ない。


「死んじゃえ。あはー」


 ナイフを振りかぶる。

 電子が見える。

 死にはしないだろうけど、足のどこかに突き刺さる未来が見える。


 まずい。


 淡い光のないところ――。

 ボクはスローになった一瞬の中で必死で探した。

 そして見つける。

 そこに風の魔術を放った。


「くぶっ――、うぇ。くぽっ」


 淡い光がない場所は、彼の口の中だった。

 ドラゴン・エチオピカスの最後でも、口の中に魔術は使えた。

 今回も上手くいったみたいだ。

 口を開けながら攻撃をしてくれて助かった。


 そうか。

 前にマリカが話していたことを思い出す。

 はっきりとイメージできない部分には、魔術は使えない。

 魔術無効(アンチマジック)もそれは同じだ。


 つまり、空間把握でも使えない限り、隠れてる部分には魔術は使えない。


 それなら!


 若い声の彼が苦しんでいるのに、セルムさんは全く動揺した様子もなく近づいてくる。


 ボクはセルムさんのすぐ隣の壁の向こうを空間把握してみた。

 壁の向こうには部屋がある。

 大きな窓のような部分があるけど、窓ガラスはないみたいで外とは吹きさらしの状態だ。

 

 そして、壁の向こうの部屋には魔術無効(アンチマジック)の淡い光は見あたらない。


 条件は揃った。

 ボクは、風の力でこのコンクリートの壁を壊そうと考えていた。


 風速50m/sあれば鉄筋コンクリートのブロックを壊すことが出来るらしい。

 それなら、風速500m/sあれば十分に壁くらい壊せるというざっくりとした考えだ。


 部屋の更に向こうから、一気に部屋の中に風を移動させる。


 ッバーァン!


 凄まじい音が響き渡る。

 瞬時に魔術を使う空間を移動させた。

 ミシッという音がして、ドアが吹き飛ぶ。

 そこから押し出された暴風が、ボクたちのいる廊下を駆けめぐった。


 ボク自身も風に煽られて吹き飛び倒れる。

 一瞬なにがなんだか分からなくなったけど、逃げるチャンスだと思った。


 ボクは後ろを振り返らずに全力で駆けて、その場から逃げ出したのだった。

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