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第50話 作戦

 マリカはどうしても火事を鎮火(ちんか)させたいらしい。

 火事になにかトラウマでもあるんだろうか?


 どちらにしても、低酸素の魔術が使えるマリカならこの火事をなんとか出来るかも知れない。

 魔術で酸素濃度を17%以下にすれば、火は消える。


 ただ、建物の中に人がいる場合に酸素を減らしすぎると失神したり死ぬ可能性だってある。


 確か、意識を失うのが10%だったはずだ。

 だから、火災現場に人がいる場所は11%~17%に調整しないといけない。


 マリカは酸素のコントロールがどこまで出来るんだろうか?

 彼女が酸素の扱いを得意にしてることは知ってるけど、その精度まではボクも把握していない。


 そして、ボクもこの友人の鎮火させたいという願いの手伝いをしたいんだけど、問題があった。


「――楯がないと飛べない」


 養成所にあった練習用の楯は、反乱を警戒してか回収されてしまっている。

 楯以外を使って安定して飛ぶことは今のボクでは無理だと思う。


 ボクの風の魔術はかなり雑なものだ。

 狙った場所に適当な大きさで爆発的に発動させることが出来るだけ。

 大中小の爆弾を持っていて、それをいつでも使えるというだけで、細かな制御なんて夢のまた夢。


 空を飛ぶというのもあの楯の丸みがあるから実現できる。

 平らなものだと、うまく水平に保てない。


 楯の代わりになりそうなものを考えてみる。

 ボートとか傘とか屋根とかが思いつくけど、すぐに手に入りそうなものは思いつかなかった。


 とにかく、楯がないと始まらない。

 ボクの身体が納まるくらいの大きな楯。

 武器の木剣(ぼっけん)が回収されるのは仕方ないと思うけど、防具の楯くらいは放置でいいのに。


 あれ?


 そういえば、養成所に武器はないのに脱走した人たちはどうやって兵士を傷つけたんだろうか?

 治療したあの傷は刃物によるものだと思う。


「楯についてはゲオルギウスに聞いてみるとか? ここで考えてても答えでないし」


 ボクが考えているとマリカが声を掛けてきた。

 確かに彼女の言う通りだ。

 この騒ぎだから他の剣闘士たちも起きてるはず。

 ゲオルギウスさんが脱走したなんてことは考えられないし聞いてみよう。


 まずは彼を探すことにした。

 どこにいるか分からなかったけど、マリカが物怖じせずどんどん部屋を見ていって部屋を突き止める。


 そして、ゲオルギウスさんの同部屋の人の伝手(つて)で、大きな盾があることが分かった。


 脱走の前に大量の武器や防具が、この養成所に放り込まれたらしい。

 なるほど、その放り込まれた武器を使って脱走したのか。


 その中で、大きな盾は誰にも使われず残っていた。

 大きすぎて走ったりするのに不便そうだから残されていたんだろうけどありがたい。


「これ借りてもいいですか?」


「借りるもなにも誰のもんでもないからな」


「分かりました。では遠慮なく使わせてもらいますね」


 こうして、ボクはこの大きな盾を使って空にあがった。


 空から真夜中のローマを見渡す。

 飛んでる高さはかなり高い。

 円形闘技場(コロッセウム)も黒い影として下に見える。


 こうして冷静に空を飛ぶとかなり怖いな。

 戦いのテンションのときとはまた違う。

 ヒュンするものがないけど、タマヒュンしそうだ。


 そして、遠くで火の手が上がっていた。

 遠いので規模は分からないけど、建物1つ分とかそういうレベルじゃない。

 まずくないか、これ?


 ボクは地上に降りてマリカにそれを伝えた。


「――その盾で私を火事のところまで連れて行ってくれないかな?」


「いやいや、落ちたら死ぬよ」


「アイリスにしがみつくから大丈夫」


 ボクはマリカに押し切られて火災の現場に連れて行くことになった。

 空から見た感じだとまだ火の手は広がりそうだし、消防車とかがある訳じゃないから消火は難しそうだ。


 空を飛んで目的地に向かうと、すぐに現場に着いた。


 火の手が強くて、空にいるボクたちにすら熱さが伝わってきそうだ。

 火事の外側には人だかりがある。

 水を掛ける器械を使ってる人たちもいるけど焼石に水の状態だった。


 マリカはボクのお腹に手を回して強く密着していた。


 胸の感触が背中に伝わってくるけど、目の前が火事だからか、自分が女だからか、全く嬉しさがない。

 今はそんなこと考えてる時じゃないか。


「マリカー! ここから火を消せるー!」


「ギリギリまで近づいてー!」


 大声で話す。

 風の音が凄まじいけど、顔をくっつけて大きな声を出せば話はできた。


 火の範囲は広い。

 たぶん、円形闘技場(コロッセウム)のアリーナくらいあるんじゃないだろうか?

 あれ? 例えがローマ基準になってるな。

 学校の校庭のトラックくらいと言うべきか。


 ≫うわ、火事かこれ。大丈夫か?≫


 視聴者のコメントが見えた。

 この時間でも配信チェックする人がいるんだな。


 ボクはまず火の勢いが弱い建物に向かった。

 風上に回ってギリギリまで近づく。

 熱さというよりも、飛ぶのに使っている風の魔術の影響でそれほど近づけなかった。


 火事に風を送り込むのは酸素も一緒に送り込んでしまうので火の勢いを増させることになる。


 ギリギリの場所に留まっていると、ボクの背中にしがみついていたマリカの様子が変わった。

 しがみつくのに必死という状態から、身動きしない微動だにしない状態になる。


 建物にマリカが使う魔術の光が重なる。

 同時に火が弱くなっていく。

 でも、完全には鎮火できていない。


「もうちょっと近づけない!?」


「ごめん! 無理!」


 ≫どういう状況だこれ。音のノイズもひどいな≫


 これ以上、火に近づくなら一旦どこかに降りる必要がある。

 でも、道には人が多すぎて降りられない。


 いや、降りなくても飛ぶのに使ってる風の酸素をマリカに減らしてもらえれば近づいても大丈夫か?

 それで消火できるかも知れないし。


「マリカー!」


「何ー!」


「ボクがコントロールしてる空気が見える?」


「え? もう1回言って!」


「魔術でコントロールしてる空気見えるー! 酸素の部分!」


「サンソは見える!」


 それから、空気が上下に噴出していることと、下方向への酸素だけ減らして欲しいということをなんとか彼女に理解してもらった。


 マリカは話している間も魔術を使っていたので、火は弱まったままだ。

 燃えている建物に近づいていく。

 建物の中を空間把握してみるけど人はいないみたいだった。


 ここで暮らしてた人は無事に逃げられたってことかな。

 少し安心する。


 ともかく、人がいないのなら思いっきり低酸素にしても大丈夫だな。

 建物に近づき、火の手が上がっている部分に低酸素になった風を吹きかけていく。


 すると、マリカの魔術の効果もあるのか4階までのコンクリート部分から5階以上の木造階の火もすぐに消えた。


 すごい威力だ。

 もしかして人がいたら即死レベルの酸素濃度だったんじゃないだろうか?

 なんだか怖くなった。


 ボクとマリカは空中を移動しながら火が出ていた3つの建物を全て鎮火していく。


 最後の建物を鎮火すると同時に歓声が上がった。

 風の音でうるさいのに歓声が聞こえてくるということは相当大きな音なんだろう。


 ≫なんだったんだ?≫


 ライブ配信見てるだけだとそりゃ何が起きてるか分からないか。

 あとでちゃんと説明しよう。


 再度、空間把握で建物の中を確認していく。

 中で倒れている人もいない。

 怪我した人くらいはいるかも知れないけど、犠牲者はいないってことでいいんだろうか。


 大きな火事だったのに運が良かったな。


 ――運?

 いや、運で片付けていいんだろうか?


 ボクがローマに来た日、建物の中にどのくらいの人がいるか確認した。

 3階や4階やその上の階にはたくさん人がいたのを覚えている。

 少なくとも100人以上はいた。


 1階も2階も燃えているというのに、100人を超える人数が狭い階段を通って全員が地上に避難できた?


 2階から飛び降りて逃げた人もいるかも知れないけど……。


 そこまで考えて、陽動(ようどう)の可能性があることに今更ながら気付く。


 最初から火事が起きることを知っていれば、避難は難しくない。

 もしそうならシャザードさんが仕掛けた?


 もしも彼の陽動作戦なら、ここから遠いところで脱出劇が行われていることになる。


 あれ? なんだろう。

 鎮火した建物の中に1人かなりの速度で移動している人影があった。

 逃げてるという感じではなさそうだ。


 ボクはそれが気になった。

 陽動作戦ならそれと関係があるかも知れない。


「マリカ! 降ろすから!」


 降ろすといっても地上は人が多くて着地できる場所がない。

 下手に降りると、人が風で飛ばされて怪我人が出る。


 そこで最後に鎮火した建物の屋上にマリカを降ろすことにした。

 屋上と言っても、木造部分は燃えたあとなので、コンクリートの階の上に着地することになる。


 無事に着地して風の音が消えると、地上から聞こえる歓声の大きさに驚いた。

 円形闘技場(コロッセウム)での闘技とは違った無秩序な騒ぎになってる。


 ガラガラ……。


 着地したあとに、建物の木造部分が崩れ落ちた。

 ま、まあ、残骸が地面には落ちていってはいないのでセーフとしよう。

 そうしよう。


「アイリス」


「なに?」


「――私のわがまま聞いてくれてありがとう」


「マリカのお役に立てたのならなにより。それで、これからボクは怪しい人影を追おうと思ってるから、しばらく待ってて貰ってていいかな?」


 空間把握で人影の場所は追えている。

 今、その人影の移動速度は歩くくらいの速度になってる。


「怪しい人影? どういうこと?」


「火事のあった建物を移動してるんだよね。それでちょっと話を聞いてみたくて」


「その危機感のなさが怖いんだけど……」


 マリカがボクの顔をのぞき込んでくる。

 お互い空間把握が使えるので、真っ暗闇でも見えてるような行動になってるのが面白い。


「剣奴のアイリスだな。降りて来い!」


 建物の下から声が聞こえた。

 あれ? なんでボクって分かったんだろ?


 ≫盾で飛んでればバレるだろ≫


 あ、そういうことか。

 盾で飛ぶのがボクしかいないなら、ここにいるのがボクだという結論になるか。


「――下には私が行くから、アイリスはその怪しい人影の方に行って」


「え、でも」


「実際に火を消したのは私だから説明はできる。私の方こそ大丈夫だから」


「分かった。じゃあ、マリカ。下はよろしく」


 人影はまだ建物の中にある。

 追いかけるなら早い方がいいだろう。


「アイリスも気を付けてね。無茶はしないこと」


 どっちが年上なんだか分からないやり取りをして、ボクたちは別れた。

 飛ぶのに使った大きな盾もマリカに渡す。


 ボクは、視聴者に火事のことを説明しながら、人影がいる場所に向かうのだった。

次話は、来週24日(火)の午前6時頃に投稿する予定です。


投稿が空いてしまいすみません。

体調崩したのは睡眠不足が原因かもと思い23時に寝るようにしてたら執筆時間が減ってしまい間が空いてしまいました。

また様子を見ながら投稿していく予定です。

よろしくお願いします。

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