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第38話 スケジュール

 今日1日の練習も終わり、風の魔術についてマリカやルキヴィス先生、クルストゥス先生に話すことになった。

 場所はいつも練習している木陰の近くだ。


 ボクの風の魔術の使い方だけど、何から話そうかな。

 やっぱり、まずは気体の認識を変えて貰う必要があるか。


「まず、『空気』についてです。目に見えない小さな物質が無数にあると考えてください。これがものすごいスピードで激しく衝突してるのが空気です」


 ボクは気体のことを『空気』と呼んだ。

 四大元素に割り当てられてる空気というのは、気体のことだと考えているからだった。

 新しい概念の名前よりも、既に知っている名称の方が分かりやすいはず。


「そして――」


「話を続けるのを待って貰っていいですか? あまりにも今までの常識とかけ離れていて、私の理解が追いついていません」


「そうですね。焦りすぎました。質問があればその都度(つど)お願いします」


「では、早速質問させてもらいます。小さな物質というのはどのくらいの大きさなんでしょうか?」


「世の中に存在している一番小さな物質と考えてください」


 ボクも詳しいことは分からないけど、10のマイナス何乗分も小さかったはずだ。

 そう考えながら、早くも自分の知識の限界に突き当たってしまったことに愕然となる。

 ――もっと勉強しておけばよかった。


「続けて大丈夫ですか?」


 ボクは、更にこの『空気』について話していった。


 温度を上げたり、圧力を掛けると小さな物質の動きが激しくなること。

 温度を下げていくと、動きが緩やかになり、温度をかなり下げると『水』の状態になること。


 また、空気は、乱雑な方向に激しく動いているけど、平均すると0になっていること。

 それを人の感覚で見ると、平均した0の状態としてしか認識できないこと。


 ボクの魔術は、空気の乱雑に動いている方向性を2方向に限定することで、凄まじい風を起こしていることなどを説明した。


 コメントによると、風速25m/sで樹木が根こそぎ吹き飛ぶらしいので、その20倍くらいの強さだと伝える。

 竜巻による風速150m/sが観測史上最大とのことなので、その3倍はある。


 凄まじい力だなと思った。


「それでアイリスは今、その暴風をどこまで制御できるんだ?」


「視野の真ん中で捉えれば、どこでも1秒くらいで魔術を使えます。範囲は手の届くところまでです」


「イチビョウって前も言ってた時間の単位だよな? どのくらいの長さだ?」


 1日の24分の1が1時間。

 その60分の1が1分。

 その60分の1が1秒。

 これじゃ、伝わらないしどうしよう。


 ≫脈拍が大よそ1秒だな≫


 そうなのか。

 相変わらずありがたい。


「脈拍は分かりますか?」


「脈拍?」


 ルキヴィス先生は分からないみたいだった。


「私は分かります。医者が呼吸と共に数えて異常をみるものですよね? 確か手首に指を当てて確認していたような」


 クルストゥス先生は知っているみたいだ。

 こっちの医療でも脈拍は使われているんだな。


「その脈拍が1秒と考えてください」


 ボクは左手の親指の付け根から少し離れたところに、右手の人差し指、中指、薬指の3本の腹を揃えて当てた。


「このように少し強めに真ん中の指3本を当ててください。何かが動いているのが分かると思います。これが脈拍です。この脈拍の1回分が1秒と考えてください」


 親指を使う方法だと、自分の脈拍と混同する可能性があるから、このやり方がいいらしい。

 看護師の母さんが言うんだから間違いはないだろう。


 今は、自分で自分の脈拍を測るので混同しても問題ない気もするけど。


「こうか? ――ん? ああ、確かに何か規則正しく動いてるな。心臓の鼓動と近いか?」


 ルキヴィス先生は左手がないので、脈拍があるのかどうか分からなかったけど、普通にあるみたいだ。


「そうですね。心臓は定期的に血液を送り出しています。それが血管を通して伝わるのが脈拍ですね」


「なるほどな。話を戻すと、アイリスはこれの1拍の間に魔術を使えるという訳か。なら、実戦で使えるレベルにはなってるな。もうちょっと縮められるか?」


「イメージに慣れてくればかなり早く発動できると思います」


「分かった。それは平行して鍛えていく感じだな。俺が考えるに、今、一番大事なのはとにかく威力を上げておくことだ」


「威力ですか?」


「ああ。威力さえ上げておけば、もしドラゴンに攻撃が通じなくても工夫次第ではなんとかなる」


「例えば、ルキヴィスさんがアイリスさんと同じ状況なら、どんな攻撃をしますか?」


 クルストゥス先生が好奇心を持ったのか、そんな質問をした。


「そうだな。風の魔術で自分の身体を飛ばして、剣の(つば)に足掛けて突き刺さるかどうかはやってみたいね」


「鍔に足を?」


「ショベルで地面掘るとき、足掛けて力を込めるだろ? あれを両足でやる」


「……むちゃくちゃですね」


 クルストゥス先生が苦笑した。


「ああ、だからアイリスには勧めないさ」


「剣を飛ばすだけならボクでも出来るんですけど、さすがに刺さらないでよね?」


「ナイフ投げの達人ならいけるかもな。ま、現実的な話をすると、武器を選ぶときに剣じゃなくて長槍(ながやり)を選んでみるとかかね?」


「長槍ですか?」


「投げると先の()の部分から当たるからな。ただ、槍の真後ろからの風の影響は受けにくいから、どこまでスピードを乗せられるかは未知数だ」


 なるほど。

 槍か。


「風の魔術はともかく、武器を槍にするというのは良さそうな気がします。もう、闘技会の当日に腕が動くようになっても突きしか出来ないと思いますし」


「腕が動くのなら、棍棒という手もあるぞ? 棍棒ならさすがに風に乗せられるだろ?」


「そうですね。あと、棍棒の場合、手に持って武器として使いながら風で加速させることも可能かも知れません。でも、ドラゴンに致命傷与えられる気がしないので、心許(こころもと)ないです」


「確かにな」


「その点、槍なら突き刺した直後に、ボクの身体を風で押せば威力を上げられるかも知れません」


「そういう手もあるな」


「2人ともよくそんなにアイデア出てくるね」


 マリカが感心するように言った。


「俺やアイリスはそういうタイプなんだろうな。んじゃ、武器は長槍をベースに考えておくか。実際に魔術の風に乗せてどのくらいの威力が出るか試しておきたいしな」


「槍で攻撃するとして、ドラゴンのどこの部位を攻撃したらいいんでしょうか?」


 巨人は膝を攻撃した。


 今回のドラゴン・エチオピカスは、足が2本だけなので足で身体を支えている訳ではないと思う。

 だから膝は弱点にならない。

 目や口の中はそもそも届かない。


(うろこ)は堅いと思われるので、腹側の首の根元辺りでしょうか。あとは翼ですね」


「分かりました」


「致命傷を与えるのであれば、やはり目や口でしょうね」


「やっぱりそうなりますか」


「目や口は多くの生物の弱点ですからね。他に情報があればいいのですが、現状はこれくらいしか分かりません」


「いえ、助かります。ありがとうございます。それとルキヴィス先生に頼みがあるんですけど」


「なんだ?」


「明日から電気の魔術を教えて貰えますか?」


「ほう。どうしてだ?」


「ドラゴンの首の根元に攻撃が通ったあとに、電気で麻痺させてみるつもりです。それでドラゴンの頭が首で支えることが出来なくなればいいな、と」


「なるほどな。分かった。明日からは忙しくなるぞ」


 こうして、甘い見積もりであることには目を(つむ)るとして、一応の方針が見えてきた。


 あと、お風呂で検証したいことと、ライブ配信で相談に乗ってもらって、今日のところは終わりかな。


 ボクは、先生たちにお礼を言ってマリカとお風呂に向かった。

 お風呂で、マリカにオイルで汚れを落として貰う。

 そうして、目的の浴槽前にやってきた。


「どうしたの?」


 マリカはボクの横にいる。


「実験したいことがあるからボクの後ろにいてもらっていいかな?」


「いいけど」


 ボクは閉じていた目を開けて浴槽を見た。

 お風呂で目を開けるのは初めてだ。


 ≫見える見えるぞ! 私にも風呂場が見える!≫

 ≫大理石か! 豪華だな≫

 ≫せっかくだからマリカちゃんの方を向くべき≫


 目を開けたのは、目視しないと魔術が使えないからだ。

 考えてみると、空間把握だけでも魔術は使えそうなんだけどな。

 それはあとでいいか。


 ボクは浴槽のお湯を見た。


 液体の場合、分子は互いに触れているが、分子1つ1つが激しく振動しているはずだ。

 これがいわゆるブラウン運動。


 この分子の振動をランダムではなく一定の方向にだけ動くイメージを重ねる。

 動く方向は、イメージの中心から左右に分かれるというものだ。


 すると、イメージを重ねたお湯の部分が穴が開いたように(くぼ)んだ。


 思ったより簡単に成功した。


 ≫なんだこれ≫

 ≫ひょっとして魔術か?≫


 窪みの最下部からお湯が盛り上がっているが、それもボクのイメージの内に入ると二方向に分かれる。


「え? なにこれ」


 その窪みを見るためだろう。

 マリカがボクの視界に入ってきた。


「ちょ!」


「ん?」


 マリカがボクの方を向く。

 ボクも思わずマリカを見てしまう。


 更に彼女の胸の辺りを見てしまうけど、腕に隠れて胸の先端は見えなかった。

 ボクは目を閉じればいいことに気付き、すぐに目を閉じる。


 ≫あっ≫

 ≫さすがに今はコメント皆無だったなw≫

 ≫気をつけてくれw≫

 ≫いろんな意味でドキドキしたw≫


 コメントが素の反応だ。

 いつもの下ネタノリじゃない。

 それだけでも、どれだけ危なかったが分かる。


「マリカ。視聴者に裸が見えちゃうので前に出てくるのは遠慮してもらえると助かるんだけど」


「あ――」


 ボクの方も見えるとまずいので、腕を組んで隠しておこう。


 ボクは気を取り直して、もう一度、お湯にイメージを重ねた。


 さっきと同じように、イメージを重ねている箇所が窪む。

 イメージを重ねる場所を変えると、窪む場所も変わる。


 面白いんだけど、何か想像したのと違うな?

 風の魔術みたいに、左右に勢いよくお湯の流れが出来ると思ったんだけど、意外と静かだ。


 不思議に思っていると、すぐに原因に思い当たった。


 考えてみると、動かそうと思っているイメージの箇所には空気しかない。

 動かそうとしているお湯がないんだから、流れなんか出来る訳がない。


 あれ?

 でも、そうなると風の魔術も同じなんじゃという気がしてくる。


 衝突する空気がある内はいいけど、空気がなくなると風も生まれないんじゃないだろうか?

 もしかして500m/sの速度は最初の一瞬だけ?


 そうか。

 道理で理論値よりも威力が弱いと思ってたんだよな。

 とてもじゃないけど、根こそぎ木を倒す20倍の力があるように思えなかったもんな。


 ボクは、もう一度お湯にイメージを重ねてみた。

 窪みが大きくなるその速度で、イメージを移動させてみる。

 浴槽は丸いので、円を描くように移動させていく。


 波が起き、お湯が浴槽から外にこぼれた。


 なるほど。

 空気の場合でも500m/sの速度でイメージを動かせば相応(ふさわ)しい威力が出せるのかも知れない。


 ――さすがに数日じゃ無理だろうな。


 今の魔術は、領域にある空気を一瞬で打ち出す空気砲みたいなものか。

 それでドラゴンに通用するんだろうか?


 イメージを重ねる範囲を大きくできれば通用するかも知れないけど、威力としては心許ない。


「もう、いい?」


 マリカが恥ずかしそうに聞いてきた。


「あ、ごめん。もう大丈夫」


 2人で湯船に浸かりながら、やっていたことをマリカに説明した。

 マリカは不思議がっていたけど、彼女が使う酸素を減らす魔術に置き換えて理解したみたいだ。


 その後、ご飯のあとにライブ配信の視聴者に今日のことをいろいろ相談してみた。


 威力に関してだけど、500m/sというのは拳銃の弾よりも速いらしい。

 ただ小銃の弾よりは遅いらしいので、小石などを飛ばしてもドラゴンには効かないだろうとのことだった。


 小銃が何か分からなかったので聞いてみると、ライフルのことだと言われた。

 それでも分からず、オリンピックの射撃競技で使うような銃と言われてようやく理解する。


 どちらにしても、今回、物を飛ばすのは止めておいた方がいいというのがボクも含めた視聴者の総意だった。


 それよりは、暴風を暴風として使う方がシンプルで使いやすいのではないかということだ。


 さっきのお風呂で気付いたけど、視覚じゃなくて空間把握で風の魔術を使うことが出来れば、範囲も距離もかなり自由に使える可能性が出てくる。


 視聴者にそれを話すと、まずはそれが出来るようになることが最初だろとコメントされた。

 確かにその通り。


 やることがいっぱいだけど、どこまで出来るだろうか?

 優先順位をしっかり定めてクリアしていかないといけない気がする。


 そうして5日後、ボクはドラゴン・エチオピカスとの対戦の日を迎えるのだった。

次話は、21日(月)の正午頃に投稿する予定です。

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