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第19話 初試合

 カエソーさんたちと練習した翌日。

 朝になってもライブ配信は復活していなかった。

 メンテナンスにしては長すぎるので、何が起きたのだろうと心配になる。


 マリカと挨拶を交わし、顔を洗って歯を磨き、髪を()かす。


 歯ブラシはないけど、布を指に巻き付けて灰で磨いたあとに口を洗う。


 そして、外にでる前に、身体にオリーブオイルを薄く塗りながら気持ちを切り替えていく。


 オリーブオイルは乾燥や日焼けを防ぐためらしい。

 オリーブオイルが日焼け止めの代わりになんてなるんだろうか?


 こうしてオイルを塗っていると、細い腕、白くきめの細かい肌、丸みを帯びた身体に触れることになるので、女の子としての自分を強く感じる。

 感じつつも違和感がある。


 そういえば、今日は夢を見た。

 こっちに来てから初めての夢だ。


 内容は覚えてないけど、深夜にライブ配信をするために心霊スポットに向かっていた気がする。

 身体は日本にいた頃の現実のボクだったと思う。

 その思い出が少し遠い。


 夢といえば、こっちに来て5日も経つ。

 起きている間の記憶が繋がってるので、こっちのローマ世界が夢という可能性はほとんどないと思っている。


 それとも、長い夢を見ていて、更にその長い夢の中で別の夢を見るなんてことが出来るのだろうか?


 こんがらがってきた。


 そんなことを考えていたからか、準備に手間取ってマリカに心配される。


 ボクは気持ちを切り替えると急いで後始末をして練習に向かった。


 基礎訓練では、ゲオルギウスさんが「よっ」と軽い感じで挨拶してきたので、挨拶を返す。


 カエソーさんは堂々とボクの身体を見てくるだけだったが、ゲオルギウスさんに挨拶くらいしろと言われて「おう」とだけ言った。


 基礎訓練のキツさは相変わらずだけど、吐きそうなほどではなくなっていて、少しは慣れてきたのかと思う。


 午後のルキヴィス先生との練習では、『完璧な防御』が出来ているのを過剰なくらい誉められた。


 昨日も、カエソーさんたちとの練習の最後に誉められたのに、今日は具体的に誉めてくる。

 誉められたことなんてほとんどないので、なんかくすぐったい。


 同時に、効果的なフェイントが出来るようになったマリカも恥ずかしくなるくらい誉めていた。

 マリカは明らかにテンションが上がって機嫌も良くなっていた。


 コメントがあれば≫ちょろい≫と流れていたんだろうな。


 その後、ボクは『完璧な回避』の練習と突きを、マリカはフェイントを使った戦い方の練習を主に行った。


「もう巨人に勝てるんじゃない?」


「全くそんな気がしないんだけど」


「んー、私も戦う前は怖かったけど、ウェテラヌスの上位なら勝つことはできる。パロスなら確実に勝てる。って聞いてからそうでもなくなったな」


 つまりカエソーさんなら確実に勝てるレベルということか。

 あと、ゲオルギウスさんやフゴさん、カエソーさんに殴られて逃げたあの4人も勝つ見込みが高いと。 


「アイリスは実戦経験ないんだっけ?」


「ないよ」


「あれ? よく考えたらキマイラリベリと戦ったよね?」


「あれはなんていうかマリカの邪魔になってただけと言うか。必死すぎてよく覚えてない」


「短剣、あいつの口の中に投げ入れてたでしょ? 当たったら即死のブレス避けてたし」


 言われてみると、実戦と言わないまでも死ぬかも知れない戦いはしたのかと納得する。

 よくもまあ生き残れたな。


「巨人はあれよりは楽だから」


 そうなのか。

 実際に戦ったマリカからそう聞くと、少しは安心できる。


「でも、こちらを倒す気満々の相手と戦うって独特の雰囲気だから、試合はしといた方がいいかもね」


「おとといマリカが試合してたあそこで?」


 ここからも見える養成所内にある簡易版の闘技場のような場所に視線を送る。

 養成所でちゃんとした試合をするときは、そこを使うことになるらいい。


「そう。でも、訓練生(ノーランク)の場合は訓練士一緒じゃないと試合できないからルキヴィスに頼まないと。危なかったら試合をすぐに止められるようにね」


「なるほど」


 素人は訓練士がいないと試合できないってことか。

 思ってたより危険には配慮してるのかも知れない。


 ボクは木陰で横になってる先生に「試合をしてみたい」と頼んでみることにした。

 やることが決まったお陰か、心のもやもやも少し晴れた気がする。


「ああ、なるほどな。いいぜ。俺が付きそえばいいんだっけ?」


「お願いします」


「マリカも一緒に見るか? あとで反省会しようぜ」


「分かった」


 ボクたちはその簡易な闘技場に向かった。

 正式にはアリーナと呼ぶらしい。

 円形闘技場の戦うグラウンドもアリーナと呼んでいるとのことだった。


 もしかして現代にもある単語のアリーナってローマ発祥なのか?

 こっちでは普通に日本語が通じるのでその辺の判断が難しかった。


 ライブ配信えもん、さえいれば、すぐに教えてくれるんだろうけど。


「どうやって戦えばいいと思う?」


「防御中心の組み立てでいいんじゃないかな?」


 事前に試合での作戦をマリカと考える。


 結局、攻撃を受けながら相手を追いつめて、楯の隙間から剣で突く。

 それだけだった。

 攻撃に関しては全く自信がないので、それしかないと思う。


 あと、試合では木剣の先は分厚い皮で覆うらしいので、喉に当たりでもしない限りは軽傷で済むらしい。


 訓練所のアリーナでは既に試合が行われていた。

 アリーナの周りの観客席には100人くらいいる。

 ボクたちはあまり人のいないスペースに腰掛けた。


 先生が試合の登録を済ませてから、今やってる試合を見る。


 今は訓練生が試合をする時間だからか、試合をしている剣闘士もガチガチに力んでいるのが分かった。

 剣も大振りのように見える。


 それでもむき出しの敵意は見てて独特の緊張感があった。


「ザイドゥ闘士、アイリス闘士!」


 それから更に2試合後に相手の人とボクが呼ばれたので立ち上がった。

 呼ばれた相手も立ち上がり、彼と目が合う。

 ボクは一礼した。

 相手はそれをスルーする。


 彼の独特の緊張感、一人で座っていたことや、目が合っても憮然とした態度を取っていることを見ても真面目な剣闘士といった雰囲気だ。

 単にコミュ障かもしれないけど。


「あのザイドゥって、たった2戦で8位になった奴だから注意して」


「8位?」


 八席は知ってるけど、8位ってなんだろうか?


 そもそも試合は、訓練生(ノーランク)訓練生(ノーランク)同士、ウェテラヌスはウェテラヌス同士というように同じランク同士でしか出来ないはずじゃ?

 たった2戦というのも分からないし。


「あ、言ってなかったっけ? 闘技会で訓練生(ノーランク)が上位のウェテラヌスに挑戦するには条件があってね。訓練生の中で8位以内になる必要があるの。普通はその8位以内に入るには10戦くらいしないとダメなんだけど、彼は2戦で8位になった」


「じゃ、強いのか?」


 ルキヴィス先生がマリカに聞いた。


「ウェテラヌス上位の実力って噂されてたような。私は戦ったことないから分からないけど」


「そうか。なら相手にとって不足なしだな!」


 なんだか先生は嬉しそうだ。

 それにしても、またウェテラヌスの上位という言葉を聞いた。

 縁があるのかな?


「アイリス闘士!」


 審判っぽい人がボクの名前を再び呼んだ。


 歩き出すボクに、先生は「好きにやってこい」とだけ言った。

 マリカは「女の強さ見せつけてきて」と笑う。

 ボクは掛ける言葉にも性格がでるなと他人事のように考えながら、歩いていった。


 アリーナでザイドゥさんと向き合う。

 身体も大きく、筋肉もかなりの量だ。

 不機嫌そうにしているが、それが素の表情なのかボクが相手だからかは分からない。


「俺は手加減というものを知らん。一撃で終わらせてやるからそれで容赦しろ」


 彼と向き合ったときそう言われた。

 目は伏せられている。

 そう言われて思ったのは「ボクのこの見た目じゃそう言われても当たり前かな」ということだけだった。


 そんな中、自分の様子を確認する。

 少し肩に力が入っているか。

 ボクは肩を軽く上げてから落として力を抜いた。

 胸も揺れたのを感じる。


 その上で、ザイドゥさんの神経の位置を確認した。


「両者構えて」


 審判の声が響く。


「始め」


 彼は合図と共に低い体勢で踏み込んで来た。

 巨体なのに速い。

 踏み込んだ足を支点に、流れるような斜め下からの斬撃。


 コッ!


 楯の芯で捉えた心地よい音が鳴る。

 よし、完璧に防げた。


 続けて、彼が楯を持ってる方の左肩に電子。

 正面から思いっきり楯をぶつけてくる。

 それも一歩前に出て封殺した。


 相手の力が強くても、力が乗り切る前に一歩詰めてしまえば力を発揮できないことは分かってる。

 フゴさんとの練習でそれは実感としても知っていた。


 彼は体勢を崩したまま、上から斬撃を仕掛けてくる。

 楯で防ぐことが間に合いそうになかったので右に回避。

 目の前に、彼の踵があったので足先を付ける。


 彼はそのまま倒れた。


 倒れながらも剣で横殴りしてくるのが分かったので、それは楯で受けた。


 最後に空いた胴に剣を突き刺す。

 突き刺したといっても、木剣(ぼっけん)で、先端に皮のクッションが付いているので少し痛い程度だと思う。


「ア、アイリス闘士の勝利とします」


 その声で我に返った。

 慌てて剣を引っ込める。

 思わず相手に謝りそうになるが、それはなんとか止めた。


 対戦相手のザイドゥさんはボクを呆然と見つめている。

 周りもざわつき始めた。

 ボクはそのまま一礼してルキヴィス先生やマリカの元に戻った。


「お疲れ。最高だったな」

「かっこよかった!」


 2人とも笑顔で迎えてくれた。

 ライブ配信以外でこういう達成感を味わったのが本当に久しぶりで嬉しくなる。

 一息つくと、よく冷静に戦えたなとドキドキしてきた。


「うまくいきすぎて怖いくらいです」


 周りのざわつきが大きくなってきて、ボクに注目が集まってきたような気がする。


「もう2、3試合したかったんだが、これ以上は見世物(ショータイム)になっちまうか」


 先生がそう言ったのでボクたちはアリーナからいつも練習している木陰の近くに場所を移した。

次話は、明日の午前10時頃に投稿する予定です。

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