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第164話 破滅の美女

前回までのライブ配信


試合はウルフガーが敗北しリギドゥスが勝利した。しかし、試合直後に近づいてきたアイリスに対し、リギドゥスが何故か攻撃し腕に怪我を負わせるのだった。

 エミリウス様が分子を見ることができるようになったのでほっとする。


 今後はどうしようか。

 私が居ないときでも彼には魔術に興味を持って欲しい。

 幸い、彼は分子を見えてること自体を楽しんでいるみたいだ。


 まずは、水と氷の分子をしっかりと観察してもらうことにしようか。


「分子の動きがかなり不規則みたいなんですが、こういうものなのでしょうか?」


「はい、そうですね。分子の動きに規則性はありません。ひとつひとつは完全に不規則なんですが、それが無数に集まると全体として均一になると覚えておいてください」


「バラバラなのに不思議です」


 完全に納得はしてないみたいだった。

 例を考える。


「そうですね。例えば『(ほこり)』を考えてみてください」


「埃ってあの掃除してないところに溜まる粉みたいなものですよね?」


「はい。埃ってひとつひとつ見ると溜まるタイミングとか粉の大きさはバラバラ――不規則なんです」


「あ、そういうことですか。埃も溜まったあとに見ると確かに均一ですね。量が一定以上になると平均的になるってことなんでしょうね」


 一を聞いて十を知るとはこのことか……。


「その通りです。分子のこのような動きのことを私の故郷では『ブラウン運動』と呼んでいます。魔術にも大きく絡んでくるので覚えておいてください」


「ブラウン運動ですね。ブラウンってどういう意味なんですか?」


 ≫発見した人の名前≫

 ≫花粉の動きで発見したんだっけ≫

 ≫解明したのはアインシュタインだけどな≫


「ブラウンさんという人が現象を発見したからみたいです」


 アインシュタインがブラウン運動を解明したとは知らなかった。


「分かりました」


 日常生活でも水の分子を確認した方が早く慣れるかもと伝えておく。

 彼は素直に返事をするのだった。

 ものわかりが良くて助かるな……。


 翌朝。

 普通に腕は動いた。

 痛みもない。

 動かすと少し違和感があるくらいだ。


「フィリッパちゃん、腕はどう?」


「痛みはありません。普段通り仕事もできそうな感じですね」


「無茶はダメよ。今日もオプス神殿の方々がいらっしゃるし仕事は軽めにね。午後も休みなんだし」


「はい」


 メリサさんに返事をする。


「じゃあ、汚れた場所のチェックをお願いできるかしら? 掃除しているときとは違う視点で見てみましょう」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」


 良い職場だ……。

 そして、朝食後に汚れた場所のチェックをしていると馬車が到着した。

 ソフィアとリギドゥスさんだろう。


 急いで麦茶を冷やす。

 私は呼ばれたら出て行けばいいとのことなので、気が楽だ。

 しばらくすると、メリサさんに応接室へ来るよう言われた。


「失礼します」


 メリサさんに促され入る。

 ソフィアとリギドゥスさんの他に、30代後半くらいの女性が居た。


 彼女は肩までの黒髪を()えている。

 背が高く、隙が少ない。

 なにか武術をしているのかも知れない。

 彼女がしばらく来てくれる侍女なのかな。


「彼女がフィリッパです」


「フィリッパです。よろしくお願いします」


 ウァレリウス様が私を紹介したので、簡単に挨拶した。


「カミラと申します」


 余計なことは話さない人っぽいな。

 軽く微笑んでいるので印象は悪くなかった。

 ただ、私を含めたウァレリウス家の人たちを見るとき、一瞬だけ鋭い表情をしているのが気になる。


 彼女が1週間程度、サポートとして働いてくれることをソフィアが話した。


「フィリッパ。怪我の調子はどう?」


 ソフィアだ。

 こんな場でも気さくに聞いてくるところは、良い意味で貴族らしくない。


「少し違和感がある程度です」


「では、延長の必要はなさそうですね。カミラ、1週間よろしくね」


「かしこまりました」


 ソフィアとの間に信頼関係があるように見えた。

 直属の侍女っぽいな。

 仕事もかなりできそうだ。


「ちょっと早いけれど、フィリッパさんをお休みにしてはいかがかしら?」


 リウィア様が提案してくださった。


「そうだな。フィリッパ。仕事は残っているのか?」


「いえ」


「では、今から夕食の準備までは休みということにする。ウルフガーから給金を受け取りなさい」


「お気遣い、感謝いたします」


「それでは、フィリッパをお借りしますね」


 ソフィアが笑った。

 事前に彼女が私と一緒に行動すると話してたのかも知れないな。


 こうして、私はソフィアと今から午後いっぱい、休みを過ごすことになるのだった。

 ウルフガーさんから必要な分だけの銅貨2種類と小袋を受け取り、プリメラさんとヴィヴィアナさんにも直接伝えてから外に出る。


 その後、ウァレリウス邸を出て、馬車でオプス神殿へと向かった。

 今日は馬車が1台なので、リキドゥスさんと同席することなる。


「私が言うのもおこがましいが、大事がないのは幸いだった。すまなかったな」


「恐縮です」


 馬車が出発するとその彼に謝られる。

 律儀な人なんだろう。


「いきなり攻撃したからさすがに私も驚いたな」


「あのときはどうかしていました」


「神官はどうしてフィリッパを攻撃したの?」


「昨日、お話したように激しい戦いに高ぶっていたのでしょう」


「そういうことにしておいてあげる。あのウルフガーって人、コモド流だったかな」


「見よう見真似で学んだと話しておりました」


「どういう意味か分かる?」


「文字通りの意味でしょう。金銭に恵まれていなかったのだと思われます。道場を覗き見して技を会得したのではないでしょうか」


「それであれだけ強くなれるもの?」


生来(せいらい)の才能と、どこかで実戦を経験していると思われます」


「カミラもコモド流だよね」


「そう聞いております」


 カミラ――侍女の手伝いに来てくれてる人だ。


「カミラさんも剣術をしているのですか?」


 彼女に隙がなさそうなのはその影響か。


「らしいよ。私には見せてくれないけどね。リギドゥス神官から見て、カミラの腕はどう?」


「女性としては高い技量かと」


「そういう評価なんだ。カミラがあの執事には勝つのは難しいよね」


「恐らくは」


「私とカミラならどう?」


「そもそも無手で剣術を納めたものに勝つのが難しいのです」


「例えば貴方に素手で勝てる人は居ない?」


「――極めて難しいでしょう」


 そうなんだ。

 殺気を感知されると嫌だから、考えずにニコニコを心がける。


「フィリッパには面白くない話だった?」


「いえ。興味深く聞かせてもらっていました。リギドゥス神官とはいつもこのような話をされているのですか?」


「神官とは滅多に話せないから今日は特別」


「それは、良かったですね」


「神官も政治の話より好きでしょ?」


「さあ、どうでしょうか」


 言いながら嬉しそうにする。

 神殿から抜け出したときに捕まえられるとか言ってたけど、仲が良いんだな。


 それからはウルフガーさんの話をした。

 話を聞くと、どうも神殿の護衛たちは平和に慣れすぎていることからリギドゥスさんは彼を気に入ったようだった。


 オプス神殿に到着する。


御同席(ごどうせき)、失礼しました」


「元はといえば私が原因のことだ。気にする必要はない。詫びという訳ではないが、何か困ったことがあれば私を頼りなさい」


「ありがとうございます」


「では、失礼する」


 私は頭を下げた。


「じゃ、フィリッパ。着替えに行こっか」


「着替え?」


「貴女も巫女の衣装に着替えるの。一度、ペアで着てみたかったんだよね」


 ≫うひょー≫

 ≫このウェディングドレスみたいの着るのか!≫

 ≫スクショ待機≫


 最近こういうのが多いな。

 私は、神殿内の更衣室のようなところに連れていかれる。


「彼女に巫女の衣装着せてあげて」


 ソフィアは侍女2人にそう言うと、彼女自身も私の着替えに参加するのだった。


 簡単な化粧をし、純白のドレスを着させられる。

 案の定、胸のせいで太って見えたのでウエストを強調するように伝えて調整してもらった。


 あと、配信コメントでデコルテ部分を見せた方が良いとアドバイスして貰ったので、胸の上から鎖骨は肌を出すようにして貰う。

 谷間は見せない。


 鏡を見てすっきりした感じになってほっとする。


 ≫やべえ!≫

 ≫結婚してくれ!≫

 ≫天使!≫

 ≫――泣いてる≫

 ≫まぶしすぎて見えない!≫

 ≫なんまんだぶなんまんだぶ≫


「――お綺麗です」


 侍女の1人がうっとりするように言ってくれた。

 コメントも凄まじい勢いで流れていく。


「――破滅の美女ってこういう感じなのかもね」


「破滅の美女?」


「クレオパトラみたいに魅力で男性を狂わせて破滅させる女性のこと。あっ、クレオパトラは知らないか。なんて言えばいいんだろ?」


 ≫東洋の傾国(けいこく)の美女みたいなものか≫

 ≫魔性(ましょう)の女――はちと違う?≫


「クレオパトラは名前だけは聞いたことあるよ。故郷でも美女として有名だから。エジプトの人だよね?」


 ≫ローマとの関わりも深いぞ≫

 ≫カエサルや後継者候補を魅惑した人物ですね≫

 ≫2千前の人物なんだよな≫


 ローマと関係のある人物だったのか……。

 世界史で習ったかどうかは覚えてないな。


「クレオパトラってローマ領以外でも有名なんだね」


「うん」


 私とソフィアは2人とも巫女の格好で、公衆浴場(テルマエ)へと向かうのだった。


 馬車から降りる。

 セーラと来たときと同じ、貴族用のVIPルーム側の入り口だ。


 私たちは侍女の人たちに先導されて入っていった。


 公衆浴場(テルマエ)に入ると不思議な光景が広がっていた。

 入ると休憩用の広間がある。

 そこに妙に目立つ人物が座っていた。


 彼は居るだけで目を引く。


 服装も美しい刺繍が施されたアラビア風な感じだった。

 遠巻きに女性たちが彼をうっとりと見ている。

 その目立つ彼は気にせず、隣に座っているローマの貴族男性と談笑していた。


「ペルシャの人かな?」


「ローマでも珍しいの?」


「私、あまり外でないから分からないんだよね。あ、こっちだから」


「うん」


 周りの視線がこちらに移ってくる。

 私たち2人が巫女の姿なこともあるかも知れない。

 急ぎ気味にプライベートルームへと入っていくのだった。


 ドアを閉める。

 侍女2人には馬車で待っていて貰うように、ソフィアが指示する。


「防音の魔術使うね」


「了解。フィリッパってここに慣れてるよね。もしかして来たことある?」


「前に1度ね」


 言いながら四方に防音の魔術を展開した。

 彼女がベールを外して置いたので、私も同じようにする。

 お互いはっきりと顔が見えるようになった。


「これで私たちの話は聞こえないはず。さ、何話そうか」


 ソフィアに向けて笑いかけた。


「やっぱり普段話せないことだよね。アイリスさん?」


「なんですか、ソフィアさん?」


「ふふ。私、鉄の巨人(フェロムタロス)戦しか見てないんだけど、よくあれに勝てたよね」


「見ててどうだった?」


「まさに神話の出来事だった! 地面は割れるし、あの巨体が宙に舞うし、夢でも見てるかと」


 興奮気味にソフィアが語る。


「言われるとそうだね。実はあんまり覚えてなくて」


「そうなの?」


「身体に任せて動いてるからか、戦ってる間は記憶に残りにくいんだよね。もちろん、地面が割れたこととかは覚えてるけど」


「私には分からない境地だね。ゼルディウス戦のときもそうだったの?」


「だね。ところどころしか覚えてない」


鉄の巨人(フェロムタロス)とどっちが強かった?」


鉄の巨人(フェロムタロス)もゼルディウスさんも強かったよ。どちらとも、もう1度戦って勝てるかどうか」


「ゼルディウスってそんなに強いのか」


「ソフィアはゼルディウスさんのこと知ってるの?」


「昔、お父様が試合で負けたんだよね。あ、パンクラチオンの試合ね」


「お父様? 試合? 貴族じゃないの?」


「貴族だよ。でも、立場捨ててパンクラチオンの選手やってた」


「うわ……。お母様は巫女だったんだよね?」


「正確に言うと元巫女だけどね。巫女は結婚できないから。でも、私が物心つくころには離れて暮らしてた。離婚はしてないみたい。私も昔はお父様の元に居たんだけど、巫女の才能があるってことで今はお母様の元に居る」


 お父様とは別れて暮らしてるのか。


「複雑そうだね」


「まあね。お父様のとこにはたまに抜け出して行ってるよ」


「抜け出すってそういう……。ソフィアもパンクラチオンやってるの?」


「一応ね。フィリッ――アイリスには全く通用しなかったけど。今思うとゼルディウスに勝つくらいだから当たり前か」


「パンクラチオンでゼルディウスさんに勝てる気はしないけどなあ」


「武器持ってても素手のゼルディウスに勝てる人間なんてほとんど居ないよ。アイリスとゼルディウスが戦うところ見たかったな」


「周りで誰か見た人居ないの?」


「お父様も普段なら見るんだけど、『女が相手か』と言って見に行かなかったらしくてね。話に聞く限りではかなり悔しがってたみたい」


「お父様はまだ現役なの?」


「まだ現役だね。今でも私よりは強いよ」


「そうなんだ」


「お父様と戦ってみる? ゼルディウスに勝った相手だし張り切ると思うよ」


「今のことが終わったらね。あと、私、パンチの打ち方も知らないから」


「へえ! 『蜂』に素手でどうやって勝ったの?」


「剣の振り方で小指側を顎先に当てて気絶させた」


「それで武器持った相手に勝てるんだ」


「2人だったし、なかなか顎先に当てさせてくれなかったよ。ゼルディウスさんの長男には簡単に当たったんだけど」


「長男? マルティウスだよね?」


「名前まで覚えてない……」


「ふふ、そういう扱いなんだ。でも、どうして戦うことになったの?」


「用事があって道場に男装していったらなんか試合することになった」


「へぇ、面白いね。どうだった?」


「なんか一瞬で終わったからよく覚えてない」


「一瞬か」


「ソフィアはそのマルティウスさんのこと知ってるの?」


「私も彼とは戦ったことがあってね。私が14、彼が12歳だったかな。勝ったらお父様が喜んでたよ」


「それは嬉しかっただろうなあ」


「今から思うと、あのときのマルティウスって成長期前だからね。そういえば、リキドゥス神官はどうだった?」


「リキドゥス神官? 強いと思うよ。庭で戦った『蜂』の1人くらいの強さはあると思う」


「――それって素手で倒せるってこと?」


「あ、うん。そうなるね」


「あの鉄の巨人(フェロムタロス)に勝ったんだから当然か。倒せるかどうかって何で判断してるの?」


「意外性のある攻撃があるかどうかかな? あの試合の範囲だと、全ての攻撃を察知できた。だから驚異にならない」


「そっか。腕に受けた攻撃もわざとなんだもんね」


「痛いの分かってたけど頑張って受けた」


「ふふ。奇襲を完全に見切ってて、痛みに耐える覚悟まで終わってるとはさすがのリキドゥス神官でも思わないか。でも、あの神官の攻撃って意味が分からないんだよね。アイリスを試したってことでいいの?」


「たぶんね。ウルフガーさんじゃ、『蜂』2人を倒せないと見たんだと思う。『蜂』が私らしき人物に倒されたって聞いたんじゃないかな? 親衛隊経由で」


「そっか。そうなると、賊とリキドゥス神官が繋がってることになるよね。更に親衛隊も」


 相変わらず鋭い。

 コメントでは、なぜソフィアから見て賊とリキドゥス神官が繋がってることになるのかの解説が行われ始めた。


「たぶん繋がってる。皇妃派に関係してるんだと思うけど」


「ウァレリウス家で、アイリスが調べてるのって皇妃派関係なの?」


「はっきり言うとそうだね。ウァレリウス家に潜入して皇妃派と繋がってるはずのウルフガーさんを調べてる」


「ウルフガーって人もか。私に言っていいの?」


「友だちだしね。オプス神殿も関わってそうだから心配だし」


「ふふ」


「なに?」


「友だちって良い響きだね。アイリスってウルフガーって人に関してはどう思ってるの?」


「難しいね。少なくともウァレリウス家には思い入れがあるようには見える。あの手紙のやり取り以外は怪しいところもない」


「――手紙か。防音の魔術はまだ有効?」


「もちろん。どうして?」


「これから怖いこと言うから。皇妃派の一部って陛下の暗殺狙ってる?」


 本質を突いた話に驚いた。


「――びっくりした。ソフィアって勘が鋭いどころじゃないね。箱の手紙でその考えに至った?」


「決め手はね。あとは最近の状況からなんとなく。ほら、危篤だったりしたって話もあるし」


「すごい」


 セーラとは違うタイプの洞察力だ。


「すごいのはアイリスでしょ。ローマに来たの最近なのに、どうしてそんな大事なこと任されているのか見当もつかない」


「簡単に説明するとね――」


 ミカエルに自宅に連れ込まれた辺りからこれまでのことを簡単に話した。

 途中、アーネス皇子のことを重点的に聞かれた。

 皇帝の護衛をしていたことや皇妃との確執も語る。


 ただ、皇帝の暗殺未遂のことは話さないでおいた。


「私が聞いても大丈夫な話?」


「暗殺計画にたどり着いた時点で今さらだから」


「そう?」


「うん。聞いてどう思った?」


「いろいろあるけど、やっぱりアイリスは『破滅の美女』だね」


「良く分かってないけど、クレオパトラみたいってこと?」


「私の考えを説明するとね。ローマの中心は妃陛下(ひへいか)からアイリスに移ってきてる。少なくともアーネス殿下はあなたのことを(きさき)にしたいと思ってるはず。妃陛下があなたを排除したがってるのはそれを察しているから。感覚的には自分の地位を奪われていると恐怖してるかも知れない」


「なっ!?」


「ミカエル殿下も本心は分からないけど、あなたを狙ってる。陛下もあなたに心を許している。英雄扱いもしてる。他の人とも信頼関係があるんじゃない?」


「うぅ……」


 ≫カトー、ビブルス長官とかか≫

 ≫騎士のメテルスとかフィリップス議員もな≫

 ≫神様にも認められてるんだよなあ≫


 確かに有力者の知り合いが多い。


「ソフィアにはもう1つ聞いて貰いたいことがあるんだけど」


「教えて」


 目を輝かせている。


「ソフィアはローマの神々の存在を信じてるよね?」


「巫女だしね」


「私と戦った鉄の巨人(フェロムタロス)。ミネルウァ様が憑依してたって言ったら信じる?」


「――ちょっと待って。処理しきれない。整理するから」


 彼女は腕を組んで考え始めた。


「言われてみると神話のミネルウァ様の能力に近いか。槍とか岩とか。ただ、私はミネルウァ様については神話でしか知らないからね。アイリスはどうやって憑依のこと分かったの?」


「分かったというか、本人から憑依してたっぽいことを聞いたというか」


「ミネルウァ様に会ったの?」


 さすがのソフィアも驚いている。


「今もローマに居るはずだから」


 絶句してる。

 そりゃそうか。


「あとたぶんユーノ様も居るよ。イリス様とメガエラ様も」


 メリクリウスさんのことは黙っておいた。

 さすがに隠密行動中なので話すわけにはいかない。


「――近い内に、ローマで何かある?」


「言うの忘れてたけど、円形闘技場(コロッセウム)に現れたユーピテル様から愛人にならないかと言われたのでその関係かも」


「あ。全部分かったかも」


 何か脱力していた。


「アイリスはどうするつもり?」


「理不尽に思えることは全部跳ね返す」


「面白いね。アイリスにはその実力もあるわけだし」


「だといいけど」


「ミネルウァ様とアイリスはどのような状況なの?」


「どうだろ。あの戦いで心が躍ったと言ってくださったので、私と同じ想いだと信じたい」


「へぇ。大丈夫そうだね」


 ソフィアは言葉よりも私の表情を見て言ったみたいだった。


「好奇心で聞くけど、神々と人間ってどこに違いがあるの?」


「そうだね。一番の違いは身体に魔術が宿っているかどうかかな」


「魔術が宿る? 身体に?」


「うん。説明はちょっと難しいけど。あ、あと、人でも身体に魔術を宿してる人が居るよ」


「どういうこと?」


「――私は半神半人(はんしんはんじん)なんじゃないかと思ってるけど」


「半神半人? 英雄ヘルクレスみたいな?」


「そう。ローマにも結構居るよ。例えば、ゼルディウスさんや剣闘士筆頭のマクシミリアスさん、『蜂』の戦闘員とか」


「ゼルディウスが半神(はんしん)……」


「鉄製の剣すら素肌で弾かれたからね。普通の人間にはそんなこと無理だし」


「剣を弾くってよく勝てたね。アイリスももしかして半神?」


「私は普通の人間だから」


「普通か。普通だと周りに認めて貰えるといいね」


「えー」


「あはは。それにしても半神か。そんな存在が居たなんてね」


「あ、でもマルティウスさんも半神半人だったよ。ソフィアは勝ったんでしょ?」


「成長期前の話だし参考にはならないな。――そっか。アイリスがちょっと見てくれない?」


「見る? 構わないけど、何を見ればいいの?」


「私の実力。でも、右腕のことがあったか」


「使わなければ大丈夫だけど……」


 それにしても今の話からなぜ?


 こうして私はソフィアの強さを見ることになり、戦いを仮想的に行ってみることにした。


 イスなどを片づけ、彼女と向き合う。

 互いの姿は巫女の衣装のままだ。

 2人とも純白のドレスで何やってるんだと思わなくもない。


 ≫ここで戦うのか!≫

 ≫格ゲーでしか見ない姿での戦闘≫


「ルールはパンチのみで実際には当てない感じでいい?」


 ソフィアが肩を回す。


「私はソフィアの全力での攻撃が見たいな。だから当てるつもりで攻撃して。私は攻撃が止められる自信がないから、左手で触れるだけにしておく」


「――分かった」


 ソフィアが集中したのが分かった。

 構える。

 僅かに左が前だ。


「どうぞ」


 最初は彼女の攻撃を見ておこうか。


 ソフィアが少し溜めての右ストレートを打つ。

 ストレートそのものは速いけど、狙いが分かりやすすぎる。

 避ける。

 伸ばしておいた左手の甲が彼女の左頬に触れた。


 一瞬だけ目が開かれるが、一歩回り込み私のお腹に攻撃を撃ってくる。

 伸ばした左手が彼女の右頬に触れる。


 ここで膝。

 私は半歩引きながら彼女の顎先を撫でた。


「あ、ごめん。つい膝蹴り」


「別にいいよ。続けて」


 その後も攻撃されるが当たることはなかった。

 彼女の攻撃は読みやすすぎる。

 ただ、コンビネーションのセンスはさすがだ。

 避けにくい構成だなと思った。

 蹴りを加えると更に多彩になるんだろう。


「大体分かったよ」


「分かられちゃったか。それでどう?」


「スピード自体はマルティウスさんの方が上。攻撃の気配のなさも少しだけ彼の方が上だね。コンビネーションの構成はソフィアの方が上。ソフィアって相手を倒すときはコンビネーションの2撃目以降が多いんじゃない?」


「今のでそこまで分かるんだ」


「コンビネーションのセンスに比べると、攻撃が読みやすすぎるから」


「攻撃が読みやすい、か。スピードがあればいいって訳じゃないんだよね」


「そうだね。少なくとも私は避けてしまえる。――ソフィアなら実際にやってみた方が早いかな」


「やってみるって?」


「今から胸元にゆっくりパンチ打つから避けてみて」


「了解」


 私は構えてからすーっと左手でパンチを打った。

 どこにも支点を作らない。

 いつでも変化できる可能性を含んだパンチだ。


「あ」


 彼女の胸元に私の拳が触れる。


「もう1度ね」


 私は言って元の位置に戻って構えた。

 彼女が集中したのが分かる。

 私は関係なく挨拶でもするようにすーっと拳を進めた。


「う」


 また胸元に拳が触れた。


「避けるタイミングが掴めない」


 ≫ゼルディウスの攻撃に似てるな≫

 ≫確かに使ってたな≫


 言われてみるとそうか。

 ルキヴィス先生相手に使ってたんだっけ?

 あれは支点を作らない攻撃だったのかも知れないな。


「今度は少しスピードが早いけど避けやすい攻撃するね」


 私は構えなおして、今度は足で蹴り、肩、肘の筋肉を順番に使い左拳を加速させる。

 とにかく支点をたくさん作ってどこかで察知して貰おうと考えた攻撃だ。


 軽くソフィアが避けた。


「あれ? どういうこと?」


「これが『読みにくい攻撃』と『読みやすい攻撃』の私なりの解釈」


「――スピードじゃないってことは分かった。何をやってるのかは分からないけど」


「アドバイスできるけど、どうする? 自分で考えてみる?」


「教えてくれるんだ?」


「お望みとあれば」


「ふふ。私じゃたどり着きそうな気がしないし教えて貰おうかな」


「分かった」


 支点を作ると、攻撃が簡単に相手に読まれることを彼女に教えた。

 『支点』という概念についても簡単に教える。


「ソフィアの場合、攻撃前に腰に支点を作って、足で地面を大きく蹴る。だから簡単に攻撃が避けられる」


「考えたこともなかった」


 そこまで説明してから、ルキヴィス先生が肘先だけを使って攻撃しろという意味が分かった気がした。

 確かに肘に支点を作るだけなら、攻撃はほとんど察知されない気がする。


「パンチについては教えられないから、やり方はソフィアが考えてみて」


「了解」


 先生はパンチを打つとき、手を洗ったあとの水を切る動作を参考にしろと言っていたな。

 肘先しか使わない挙動としては分かりやすい。

 一緒に足先を踏むというのの効果が微妙に分からないけど、たぶん威力を上げるものだろう。


「私の分かってる範囲だけど、方向性は2つあると思う。さっきの私みたいに支点を作らない方法。これは攻撃が少し遅くなるのが欠点かな。たぶん、ゼルディウスさんが使ってるよ。あと、知り合いの剣闘士が使ってると思う」


 今、初めて気づいたけど、カクギスさんの読みにくい攻撃はこれだろう。


「ゼルディウスが……。その知り合いの剣闘士って強いの?」


「強いよ。第七席だし。私の目立てだとリギドゥスさんより強いんじゃないかな」


「――強い人ってまだまだ居るね」


「だね。もう1つは支点を作ると同時に攻撃する方法。これは私もよく分かってないけど、参考程度に話しておくね」


「作ると同時に攻撃ってどういうこと?」


「できるかどうか分からないけど試してみよっか。手のひらをこっち向けて。私がパンチするから当たらないように避けてね」


 ソフィアは左手のひらを私に向けた。

 私は半歩進んで拳を出せば当たる位置に移動する。

 左腕の肘をぶらぶらさせた。


「いくよ」


 少し考えて、察知されないようにするには、外部の刺激に反応した方がいいことを思い出す。

 鉄の巨人(フェロムタロス)と戦ったときに、視聴者のコメントに反応して攻撃場所決めてたんだっけ。


 ――私はソフィアのまばたきに反応することにした。


 何も考えない。

 ただ、ソフィアの顔を見る。


 ソフィアが目を閉じた!

 反応して、水を払い落とすように左手を振る。

 ほぼ同時に足先を踏み出す。


 パチッ。


 ちゃんと拳を握れなかったけど、私の指が彼女の手のひらを叩いた。

 彼女は反応できなかった。


「速い」


「もう1度いくね」


「了解」


 彼女が集中するのが分かった。

 私は下がってもう1回、彼女のまばたきに反応して同じようにパンチを打った。


 パチッ。


 さっきと同じように当たる。


「不思議。反応できない」


「うまくいってよかった。これが支点を作ると同時に攻撃するってこと」


 ただ、このやり方って剣に応用するのは難しそうだな。

 素手には素手なりの方法論があるってことか。


「どこに支点を作ったの?」


「肘だね」


「なるほどね。私は足腰から順番に力を伝えていくって習ったんだよね」


「私にもソフィアの攻撃はそう見えた」


「そっか。どうするか含めて少し考えてみる」


「うん。参考になるかも知れないから、支点の話をもう1つだけしておくね。考えるときに思い出してみて」


「分かった」


「近距離で好きに私を攻撃してみて」


「好きに?」


「うん。ソフィアの身体を手と足で何度か押さえるけど気にしないでね」


 私は手を伸ばせば互いに触れられる距離まで近づく。


「はい。好きに攻撃して」


「――ええ」


 彼女が集中したことが分かる。

 いきなり右膝か。

 私は事前に彼女の腰を押さえた。


「ッ!」


 左肘の気配。

 彼女の逆の右の肩を引き寄せる。


 頭突き。

 首元を押さえておく。


 ソフィアが何もできなくなったので離れた。


「ここまでにしとくね。支点を作る前にそこを先につぶしてしまうと、そもそも攻撃をさせないようにも出来る」


「――驚いた。面白いね」


「私も最初見たとき驚いたよ。自分でも出来るようになるなんて思わなかったけど」


「アイリス以外にも出来る人居るんだ」


「私の先生だね。興味があるなら、事件が片づいたらソフィアのことを伝えてみるよ」


「それは是非」


 話が一段落着き、私たちはお風呂に入ることになった。

 ソフィアが侍女たちを呼び、女湯に向かう。


 彼女たちにオリーブオイルを身体に塗ってもらい、さらにヘラで(ぬぐ)っても貰った。

 自分でやるのと違って楽だ。


 当然、左目は閉じている。

 コメントでは阿鼻叫喚(あびきょうかん)がうずまいていたけど気にしない。


 ソフィアの肌は綺麗だった。

 引き締まったスタイルも良い。


「どうしたの?」


「ソフィアのスタイルいいなあって思って」


「貴女のスタイルには負けるけどね」


 私たちは微笑み談笑しながら湯船に浸かるのだった。


 久しぶりのお湯をかなり堪能した。

 お風呂を出て、プライベートルームに戻り、侍女の人に着替えを手伝って貰う。

 着替えを終えた私たちは帰ろうと、プライベートルームを出た。


 出ると、まだあのペルシャ人の男性が居た。

 相変わらず存在感がある。


 その彼が立ち上がり、こちらに向かってきた。

 隣にローマの貴族らしい男性も居る。


「彼が君たちに興味をもちました。彼はサオシュヤント。ペルシャ人です」


 サオシュヤントと紹介された男性は微笑みながら私を見ていた。

 存在そのものからにじみ出る格の高さを感じる。

 服装もそうだけど何かがある。

 王の貫禄というか。


「私たちに興味をお持ちいただき光栄ですが、巫女という立場があります。申し訳ありませんが……」


 断り慣れているのか、ソフィアが笑顔で応対する。


 ≫ゾロアスター教の救世主(サオシュヤント)の名か≫

 ≫詳しいな≫

 ≫そっちのペルシャってイスラム教なのか?≫

 ≫イスラム教じゃない気がする≫

 ≫キリスト教が普及してなさそうだからな≫

 ≫じゃあゾロアスター教の可能性があるわけか≫

 ≫信者が救世主(サオシュヤント)を名付けるとは思えないが≫

 ≫ユダヤ教でキリストと名付ける感じだからな≫

 ≫それはないわ≫


 ゾロアスター教か。

 聞いたことはある。

 コメントの話が掴めないけど、耳にしたことのある宗教の救世主ということだけは分かった。


 でも、信者でも信者以外でも救世主の名前を名付けることなんてあるのだろうか?

 ―サオシュヤントは偽名な気がする。

 そして、1つの可能性に思い当たった。


 彼がローマへの外交のためにお忍びで来ているという可能性だ。

 その間にもローマの貴族とサオシュヤントと名乗る男性が話している。


「どうしても貴女方に興味があるとのこと――」


 貴族が話している途中で、サオシュヤントと名乗る男性が進み出てきた。

 背が高い。

 肌は褐色で妙に色気がある。


「名前を教えてくれ」


 洗練された動きで一礼され、私に向かって彼本人から言葉が投げかけられた。

 少し発音に違和感がある。


「フィリッパと申します」


 彼は鋭い中に子どもっぽさのある嬉しそうな笑みを浮かべ、何かを貴族に伝えた。


「良い響きと声だそうです」


「光栄ですとお伝えください。それでは失礼します」


「ستام」


 軽く会釈してから立ち去ろうとすると、『スタップ』のように聞こえた。

 ストップってことだろうか?

 止まると面倒そうなのでそのまま歩みを進める。


「待ってください」


 貴族の男性が言った。

 仕方なく歩みを止め、振り返る。

 サオシュヤントと名乗った男性が何か伝えている。


「とても興味深い。ヒントが欲しいと。恐らく、貴女にもう1度会うためのヒントというようなことととは思うのですが……」


 周りの女性からの視線が痛くなってきた。


「――いずれまた会うときもあるでしょう。運命などではなく、お互いの立場でそうなります。それでは」


 外交で来ているのなら、皇帝の護衛として参加したときに会うことになるだろう。

 私は貴族とサオシュヤントと名乗る男性に会釈して去った。


 もう引き留められることはなかった。

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― 新着の感想 ―
これは確かに傾国。 本人が望む望まざるとに関わらず、というのが厄介。
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