第156話 妃の残り香
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養育院を探るオプス神殿の巫女ソフィアと遭遇したアイリスは、彼女と協力することになる。アイリスは養育院から不正の証拠を奪い、2人は疑惑のあるオプス神殿ではなくサトゥルヌス神殿へと向かうのだった。
サトゥルヌス神殿の前。
ソフィアが警備の人に神官長を呼んでくれるようにお願いしていた。
警備の人は親衛隊じゃないみたいだ。
神殿が独自に警備しているのかな?
特にもめることなく、神官長を呼んでくれることになった。
私は目立たないように、湿らせた顔に影化の魔術を使い、うつむいている。
5分は待っただろうか。
空間把握で神殿のいろいろな場所を盗み見るが、かなり厳重だ。
門自体も貴族の邸宅とは比べものにならないくらい丈夫そうだった。
その門から白髪の男性が出てくる。
深夜にも関わらず、正装をしていた。
わざわざ着替えたのだろうか。
年齢は60歳くらいで身体が大きい。
ただ、猫背気味なので威圧感はない。
「サピエンス神官長。ご無沙汰しております。深夜遅くに申し訳ありません」
ソフィアが礼をした。
私も習う。
「息災のようだな。そちらは?」
低く静かだけど、よく響く声だった。
「彼女は侍女です。お話をよろしいでしょうか?」
「――承知した。入るがよい」
「ありがとうございます」
私は無言で続いた。
護衛の人が顔をのぞき込んできたものの、こちらは影化の魔術を使っている。
顔はよく見えないはずだ。
そのまま何事もなく通りすぎる。
中に入っても神殿の大きさに圧倒される。
広大な空間と天井の高さ。
無言で歩くので足音がよく聞こえた。
「入りたまえ」
神官長自らドアの鍵を開け、私たちを招き入れた。
部屋に鍵までついているのか。
サピエンス神官長の表情は変わらない。
ソフィアが私に対して入るように促してくる。
無言で入った。
暗闇だ。
部屋の外にも内にも誰も居ない。
壁の厚みもかなりのものだ。
ふと、サトゥルヌス神殿がローマ市の財務を管理していたことに思い当たった。
お金の管理してるなら厳重なのも当然か。
神官長が持っていたランタンを部屋の机に置く。
薄暗く部屋が照らされた。
炎が揺れに合わせて、灯りも揺れる。
私は少し迷ったが、部屋の全方位に防音の魔術を使った。
「さて、神殿の者にはここに近寄らないように伝えておいた。どんな話かな?」
「ご配慮ありがとうございます。緊急を要したので、深夜にも関わらずお邪魔しました。まず、
彼女のことを紹介します。彼女はフィリッパ。私の協力者です」
「はじめまして、サピエンス神官長。ウァレリウス家で侍女として働いているフィリッパと申します」
「ふむ。座りたまえ」
「ありがとうございます」
ソフィアが座り、続いて私も座った。
「まず、こちらのサトゥルヌス神殿へ伺った理由です。オプス神殿の神官が不正に関与している可能性があります」
「そうか」
「――あまり驚かないのですね?」
「お金を取り扱う以上、不正というのは切り離せないものだよ。何の不正なのだろうか?」
彼の目がソフィアの手にある受領書に向けられる。
「養育院です。ドムス・カリタティスという名前の」
「養育院か。となると?」
「はい。神託を受け、私が独断で向かいました」
――神託?
耳慣れない言葉に戸惑う。
神託って神からの啓示的な?
いや、神が実際に居て、彼女が巫女なら神託があっても不思議じゃないのか。
「独断で行動したのは何故かね?」
「情報が少ないので、自分で証拠を掴もうと考えたからです。すると彼女が居ました」
2人の視線が私へと向けられる。
私は頭を下げた。
偉い人に対して、自ら発言すると失礼に当たることは学習している。
「フィリッパ君だったか。今夜知り合ったばかりとは思わなかった。ソフィア君の信頼をずいぶん得たのだね」
「光栄です」
ここでは光栄botと化そう。
「フィリッパ。サピエンス神官長は話の分かる方だから、話したいこと話しても問題ないよ」
数秒で光栄botは破棄決定となりました。
「私も君の話を聞いてみたいね」
皺の刻まれた表情には、包容力がある。
「承知いたしました。では、全体のいきさつを話します。ソフィア、どの辺りまで話しても大丈夫?」
「全部話していいよ」
「分かった」
私は、子どもの健康状態のことで養育院を訪れたことから、ソフィアを止めたこと、侵入して受領書を奪ったことまで伝える。
誰にも気付かれなかったことと、院長の意識を失わせただけで怪我人は出してないことも伝えた。
私が話している間、ソフィアは奪った受領書を確認していたみたいだ。
「これがフィリッパの言う受領書となります」
ソフィアが受領書をテーブルに置いた。
ランタンで受領書が照らされ、何か書かれているのが見えた。
印章らしきものも見える。
「確認してもいいかね?」
「はい」
サピエンス神官長は、最初の1枚を丹念に確認し、あとの受領書をパラパラと確認した。
「確かに寄付金の受領書に見える。精査はオプス神殿の方で行うのかな?」
「いえ、お手数だとは思いますが、精査はサトゥルヌス神殿にお願いしてもよろしいでしょうか」
「承知した。念のため、私が処理することにしようか。その方が良いのだろう?」
「お忙しいところ申し訳ありません。助かります」
「ところで、フィリッパ君。君は本当にただの侍女なのかな? 気付かれずに養育院にとっての命綱を盗み出すことなど容易ではあるまい。先の話だとソフィア君も制圧したのだろう? 生半可な実力ではないと思うのだが、どうかね」
見透かすような眼差し。
彼相手に誤魔化し通すのは無理そうだ。
信頼関係は損ないたくない。
ただ、全体の関係が見えない状態で、私の正体を明かすのも怖い。
「ウァレリウス家の侍女であることは確かです」
その応えが精一杯だ。
「承知した」
気にした様子もなく、彼も応える。
淡々とはしているが、油断できない人物に思えた。
「魔術に関しては、人より多少扱えるかも知れません。実は今もこの部屋の音が外に漏れないようにしています」
「――実に興味深いな。どのような魔術なのか説明を頼めるだろうか?」
「もちろんです」
私は防音の魔術とその原理について、短く話した。
彼は興味深そうに聞いている。
「便利だが並の者に実現は難しそうだね」
「前提となる知識がないと難しいかも知れません」
「君の能力の一端を知ることができてよかったよ。目的はなんだろうか?」
「私の目的は2つです。1つ目は寄付金が不当に扱われているのなら、ウァレリウス家からの寄付金を止めたいこと。2つ目は先ほども話したように、子どもの栄養状態が気になったので、改善して欲しいことです」
「真っ当すぎて反応に困ってしまうね。しかし本来は君に関係のないことではないのかな?」
「気になって手を出したら、引くに引けなくなってこの神殿まで来てしまったというのが正直なところです」
「ははは、面白い。君は苦労が多そうだね」
「諦めています。それに、本物の苦労人も知っていますので」
ビブルス長官のことだ。
「君と話すのはなかなか楽しそうだ」
「恐れ入ります」
「話を戻しましょう。明日、オプス神殿がドムス・カリタティスへの調査を行う予定です。これは現状のままにしておいても良いでしょうか?」
ソフィアが手を組む。
「そのままで良いだろう。フィリッパ君はどう思う?」
「私も現状のままで良いと思います。こちらがアクションを起こすと、受領書を奪ったことが感づかれるかも知れません」
「真っ先に疑われるのはソフィア君という訳か」
「相手次第ですがそうなります」
「ソフィア君に聞きたいのだが、関わっている神官に心当たりはないのかね?」
「誰も関わっていて欲しくないというのが本音ですね。今の私に正常な判断は難しいです」
すごいなソフィア。
そこまで客観的に考えられるのか。
サピエンス神官長はそんな彼女を意外に感じてないようだ。
長い付き合いなのかも知れない。
「質問よろしいでしょうか?」
「なにかな?」
「神官長は心当たりがないんですか?」
何を考えているか分かりにくいけど、彼は周りがよく見えている気がする。
「他の神殿を疑うのは御法度でね」
「申し訳ありません。失礼な質問でした」
それぞれの神殿の人間が関わらないような決まりがあるのかも知れない。
警備すら自前で行っているっぽいからな。
「いいや、質問があればそれには答えるよ」
「ありがとうございます」
ふと、寄付金の受領書が目に入る。
ウァレリウス家の書類もあるんだろうか?
寄付をしてるのって貴族がメイン?
そういえば、ソフィアは貴族階級だと言っていた。
神官長も貴族なのだろうか?
ウァレリウス家は第二皇子派だ。
ソフィアや神官長もどこかの派閥に属しているんだろうか。
――派閥?
拡散していた思考が、派閥という言葉で一気にまとまる。
この話にも皇妃派が絡んでいるんじゃないだろうか。
一応、確認しておいた方がいい。
「再度、失礼を承知で質問させてください。神官長は貴族階級なのですか?」
「貴族階級だね」
「神官長はどの派閥に属しているのですか?」
「なるほど。その視点はなかったよ」
「その視点――?」
ソフィアが独り言を口にする。
神官長は受領書を手に取った。
灯りにかざしながらペラペラとめくる。
「君の質問に答えると、私は無派閥だね。サトゥルヌス神殿は代々無派閥の者が神官長になるのが伝統だ。しかし、オプス神殿は第一皇子派――皇妃派が多い」
皇妃派を怪しんでいるという私の意図は完全に気付かれてるな。
神官長は無派閥か。
同じ無派閥のカトー議員やビブルス長官とも何か繋がりがあるのかも知れない。
「この受領書を見ると、第二皇子派の貴族や騎士階級が多いね」
神官長か、軽く受領書を掲げて言った。
「敵対派閥を狙っていると?」
「さあ、どうだろうね」
嬉しそうだ。
「オプス神殿の神官たちの中で皇妃に一番近い人物は誰ですか?」
「ヴェトゥス上級神官だね。私の同期でもある」
神官長はそのヴェトゥス上級神官のことを良く知っているということか。
「なるほど。オプス神殿の神官長はどのような人物なのでしょう?」
「オクルウス神官長だ。歳は60を超えていたのではないかな。彼は私やヴェトゥス上級神官とは違い、議員を失脚して神官になった人物だ。どちらかというと保守的な傾向があるように見える。皇妃派だね」
皇妃派というだけで怪しい人物に思えてくるのが不思議だ。
「皇妃派という話なら、私も一応そうらしいよ」
「一応?」
「私は少し特殊で、母方の養子になった上で巫女になったからね」
「母方が皇妃派、と」
「そう」
ソフィアは神託を受けることが出来る。
養子になったことと、何か関係しているのかも知れない。
「もしかして、オプス神殿は皇妃派の手にあると言っていい状況ですか?」
「過言ではないね。上級神官はすべて皇妃派だ。しかし、君はどうも皇妃派に良くない印象があるようだね」
「はっきり言って良い印象はありません。特に、皇妃に近い人物に対しては、かなりの不信感を持っています」
フィリップス議員も皇妃派のはずだけど、第一皇子に近い人物だ。
だから問題なのは皇妃に近い人物だと思う。
「ははは、楽しいねえ。となると、ヴェトゥス上級神官については不信感しかないわけだ」
「私自身の発言に当てはめるとそうなります。会ったこともないのに不信感というのもどうかと思いますが。サピエンス神官長の印象はどうなんですか?」
「私は彼に嫌われてるみたいでね」
「なるほど」
「――ヴェトゥス神官、か」
独り言のようにソフィアが言う。
何か思うところがあるんだろうか、それとも考えをまとめているんだろうか。
しかし、皇妃派がオプス神殿を押さえてるとは。
ローマ市のお金を管理している神殿の一角だから、押さえておくと何かと便利だとは思う。
不正を暴き尽くせば、皇妃派の力を削ぐことにつながるかな?
今はそのことはいいか。
元々の目的のことを話そう。
「申し訳ありません。話が脱線しすぎましたね。私の目的は先に言った2つと、ソフィアの安全です」
「安全か。ソフィア君。今夜のことは誰かに伝えてきたかね?」
「誰にも伝えてはいませんが、外に出たことは侍女が気付いていると思います」
「悩ましいね。ヴェトゥス上級神官は猜疑心の強い方だ。彼が関わっていた場合、なくなった受領書を君が奪ったと疑うだろう」
「私の心構えが出来ていれば、誤魔化すのは大丈夫だと思います」
彼女は覚悟が決まれば割となんでも出来そうな気がする。
「――私はソフィアを信じるよ」
私は隣に居る彼女を見た。
「ええ」
強い瞳だ。
私は彼女に頷き返す。
「何かあったらこちらの神殿に来なさい。門番には伝えておこう」
「そこまでしていただく訳には」
「年寄りが出来ることはそのくらいだからね。君のお母様にも頼まれている」
その後、何度かやりとりがあり、ソフィアが危なくなったらサトゥルヌス神殿に身を寄せるということなった。
「ソフィアはいざというとき、確実に逃げられる?」
「たぶんね。と言いたいところだけど、元第一軍団のリギドゥス神官に来られるとちょっときついな」
「第一軍団?」
「そっか。フィリッパはローマに来て間もなかったね。第一軍団というのはローマで最強と呼ばれる軍団。リギドゥス神官はそこの副官だった人物だよ」
「ローマ、最強?」
カトー議員が率いる軍隊より上なんだろうか?
「第一軍団はゲルマニア方面の国境線を守る軍団だね。ローマで最も優秀な者が任務に就く。現在の司令官は妃陛下の従兄弟だったはずだよ」
皇妃の従兄弟か。
つまり第一軍団は皇妃派ということになるんだろうな。
皇妃にそんな後ろ盾があったなんて考えてもいなかった。
――っと、今はその元副官の話か。
「リギドゥス様は指揮能力が高い? あと、剣の腕とかの個人の戦闘力は?」
「たぶん両方かなり出来る。彼自身、全く隙がないよ。抜け出したあと、見つからずには戻れなくなったし、指揮能力も高いと思う」
「大丈夫? 今日、戻るときどうするつもり?」
余計だと思いながらも言わずにはいられなかった。
「誤魔化し通す」
「――うわ」
彼女は良い顔で微笑んだ。
≫ドヤ!≫
≫自信満々だな!≫
≫イケメン≫
≫内容はイケメンでもないぞ≫
――証拠の受領書はサピエンス神官長が持ってるし、なんとかなるか。
「ところで例の養育院はどうするんですか?」
「ウチの管轄に持ち込んでしかるべき報いを受けて貰うよ」
神官長が顎をなでる。
「そ、そうですか。お手柔らかに……」
でも、神官長が言ってくれると妙な安心感があるな。
「子どもたちはどうなります?」
「数の問題だけなら、他の養育院に分ければ良いのだがね。子どもたちはそれを望まない可能性もある」
「そうですね」
一緒に育ったのなら兄弟のようなものだろう。
「神殿も人手が余っていなくてね。難しいところだよ」
うーん。
寄付金を横領していた人間に尻拭いさせたいところだけど……。
≫ヴェトゥスにやらせれば?≫
≫本気か?≫
≫表向き聖職者ヅラしてるなら出来るだろ≫
≫やるなら監視が欲しいな≫
≫ソフィアがたまに行くとか?≫
ヴェトゥス神官に養育院を任せることについて、少し考えてみる。
メリットは、足りない人手を補うことが出来ること、彼の本性を見抜けるかも知れないこと。
デメリットは、子どもがどうなるか分からないことだ。
デメリットが大きすぎるか。
また栄養状態が悪くなる可能性はそんなになさそうだけど、ためらわれる。
心の中で却下した。
あと、思いつくのは元『蜂』の人たちにお願いすることだけど……。
頼める関係でもないし、許可される可能性も低そうだし難しいかな。
「――すみません。何も思いつきません」
「ははは。君が謝るようなことじゃないよ。こういうのは権力を持った人間の仕事だからね。つまり、私の仕事だ」
穏やかな笑み。
「――ありがとうございます。お願いします」
頭を下げた。
私の勝手な行動で進めてしまった話なので、責任はあると思っている。
ただ、子どもたちの将来が掛かってる話でもあるし、出来る人に頼らせて貰おう。
「あとはウァレリウス家の寄付金の話だったかな」
「はい。養育院に対してちゃんと役立てて貰えれば問題ないと思うのですが」
「承知した。我々の管轄だからね。正規の手続きで処理しよう」
「重ね重ねお願いします」
結局、神官長に丸投げになってしまっている。
でも、ここに来て良かったと思った。
≫他の養育院についてどうするか聞いてみて≫
≫それ聞くと間違いなく大変なことになるぞ≫
≫ウァレリウス家が寄付してる養育院だけなら≫
≫それなら対処可能な範囲に収まるか?≫
他の養育院のことか。
話の持っていき方が難しいな。
「更に質問よろしいでしょうか?」
「許可はいらないよ。好きに質問しなさい」
「ありがとうございます。養育院はオプス神殿の管轄ということでいいんですか?」
「そうだね」
「責任者はどんな方ですか?」
「僕は知らないね。ソフィア君は分かるかな?」
「ノビリス神官です。そういえば、彼はフィリップス家の分家だったはず。フィリッパは何か関係あるの?」
――ど、どういうことだろう?
左目に手のひらを向ける。
≫質問キタ≫
≫解放奴隷の名は主人の家名から取る事がある≫
≫フィリップス家の女性奴隷→フィリッパ≫
≫通常は、元の名前使うって話だが≫
だから私がフィリップス家と関係あるって話になったのか。
名前からそんな突っ込みが入るなんて、まさかの展開すぎる。
ここは正直に話した方がいいだろうな……。
「フィリップス議員とは知り合いで、名前を使わせて貰ってる感じかな」
許可は貰っている。
妹さんの名前を使わせて貰うという許可だけど。
嘘は言ってない。
「知り合い? フィリップス家の奴隷だったって訳じゃないんだ?」
「うん。ローマ市の奴隷だったから」
「フィリッパの経歴って何か面白そうね。でも、これ以上は聞かないから安心して」
「ありがと」
≫引き際分かってるな≫
≫突っ込まれ続けるとアイリスだとバレるw≫
≫ここまでの情報でもたどり着きそうだけどな≫
「ところで、そのノビリス神官はどういう人なの?」
ソフィアに聞いてみた。
「うーん。どういう方かはあまり知らないんだよね。神殿ではヴェトゥス神官の派閥で、40歳くらいの方ということと、養育院関係を担当してるということくらいかな」
40歳くらいというと、フィリップス議員のご両親の少し下くらいに思える。
分家ということは、彼のお父さんの弟なんだろうか。
「教えてくれてありがと。他の養育院は大丈夫かなと思って」
「他の養育院の不正か。可能性は十分にあるだろうね」
「他でも起きているのなら、なぜ、オプス様は神託でドムス・カリタティスのことをお知らせになったのでしょうか?」
「フィリッパ君に会わせるためだったのかも知れないよ」
神官長が私を見た。
「フィリッパに……」
「ソフィアが神託を受けるときってどんな形?」
「どんな形? 神託は夢の中で受けるよ」
「夢――」
なるほど、オプス様が目の前に現れたりするんじゃないのか。
神託については、機会があればメリクリウスさんに聞いてみよう。
「夢の中で景色を見せてくださってる感じだね。オプス様の視点を使わせて貰ってるという感覚かな」
視界を共有する感じか。
思っていた神託とは違うな。
「景色だけ?」
「今回は、ね。たまにだけど、姿を見せてくださったり言葉を掛けてくださることもあるよ」
「オプス様の神託を受けられる者は非常に稀だね。ソフィア君より以前は、彼女の母親だけだった。それ以前となると私が神官になる前だね」
「そんな大事そうな話、私が知って良いことなんでしょうか?」
「構わないよ。隠している訳でもない」
「今の巫女は権限もないし象徴でもないから。神殿の絶対的存在だったこともあるって話だけどね」
「神託を受けたと嘘をつくことも出来るからね。都合の良い巫女を仕立てた輩も居たのだろう」
「そういう経緯ですか。不正してる証拠も挙げられないので不思議ではないですね」
それにしても、巫女って神託を受けても、なんの権限も権威もないのか。
ソフィアが独断で動いたのも分かる気がするな。
ただ、彼女の立場は危険だと再認識した。
「それにしても他の養育院か……」
ソフィアは何か嬉しそうに呟いている。
これ、自分で養育院のこと調べるつもりだ。
「ソフィア。危ないこと考えてる?」
「考えてないと言ったら嘘になるかな」
「止めてとは言わないけど、行動に移すなら私も呼んでね。深夜なら付き合うから」
私が言うと、ソフィアが真っ直ぐ見てきた。
「フィリッパってさ。いいよね」
にまっと笑ってくる。
「なんの話?」
「説明したら勿体ないから。こんなのはしっかり噛みしめないと」
≫言葉にするとチープになる気持ちは分かる≫
≫そう言って許されるキャラなのが面白いな≫
「――喜んでくれてるならいいけど。とにかく、目処が立ったら連絡して。一晩で終わるのが一番いいかな」
「一晩か。面白いねそれ。私が抜け出すこと考えても一晩でやるしかないもんね」
「あまり口を出さないつもりだったが、無茶はほどほどに頼むよ。君の母親にも――」
「フィリッパが居れば大丈夫です」
こうして、私への謎の信頼感もあって、彼女に付き合うことになった。
彼女が考えているのは、不正のある養育院を全て暴くことだろう。
――しまった。
ウァレリウス家が寄付してるところだけに絞るの忘れてた。
まあいいか。
「連絡はこちらからするね。ウァレリウス家から祈祷を頼まれてたから、それを理由に行くつもり。よろしく」
「分かった。って祈祷ってなに?」
「神の加護を得るための儀式だね」
「農地以外から祈祷の依頼を受けるのは珍しいね」
「はい。そのお陰で覚えていました」
ソフィアが応える。
祈祷の依頼なんてものがあるのか……。
それにしても本当に女神オプスが導いたかのような一連の流れだな。
たぶん、ソフィアの神託以外は関与してないとは思うんだけど。
そういえば、女神オプスも偉い神様の妃なんだなとふと思った。




