第14話 差
カエソーさんたち3人は木剣と楯を離れた場所で準備している。
カエソーさん以外の2人は、頬のこけた骨ばった男と筋肉質の大男だ。
頬のこけた男がカエソーさんに何か話してるみたいだけど聞こえなかった。
騒ぎを嗅ぎつけた他の剣闘士たちも10人以上集まってきていた。
ルキヴィスさんは腕を組んで空を見ている。
「ちょっと剣は?」
「怪我でもしたら闘技会までに治らないだろ。俺は訓練士なんだから気をつけてあげないと」
ルキヴィスさんは右手のひらをマリカさんに振って見せた。
素手で戦うということだろうか?
そういえば、昨日の夜も合わせていいなら、剣を使ったのはマリカさんに教えたときだけだな。
マリカさんは絶句していた。
確かにカエソーさんたちを侮っているように見える。
「ところでそのパロスってどのくらいの強さなんですか? 上位72人でしたっけ?」
マリカさんに聞いてみた。
「昨日、キマイラリベリと戦ったでしょ。1人であれに圧勝できるくらいの強さはあるはず」
あの怪物に圧勝できるのか。
「それは強そうですね。素手で大丈夫でしょうか?」
「勝負はいつだってやってみるまで分からないものさ」
ルキヴィスさんが横からそう言って、歩いていった。
準備が終わった3人も同じように歩いてくる。
「ふざけてんのか?」
ルキヴィスさんの手ぶらの姿にさすがに怒ったのだろう。
「左手ないのか?」
初めて頬のこけた男の声を聞いた。
「左手は前になくしちまってね。だから楯は持てない。剣は重くてさ。まあ、これで問題ない」
「——手加減すると思うな」
カエソーさんの目が据わる。
他2人はまだ覚悟が決まっていないように見えた。
ギャラリーは素手のルキヴィスさんのことでざわめく。
「始めようか」
ルキヴィスさんの言葉で戦いは始まった。
他の2人は左右に分かれルキヴィスさんを囲む。
そこからカエソーさんの目の前を中心に直径3メートルくらいの光の球ができた。
そして、その光の球の中にもう1つ光の球が出来た。
これは直径1メールくらいだ。
小さな光の球の方はやたらチカチカしていた。
普通の空間の数倍くらいだろうか?
「いけ」
小さい方の光の球に穴が開く。
ゴーという音と共に、砂埃が舞う。
突風?
ちょうど風の通り道にいたギャラリーが踏ん張って風に飛ばされるのを堪えていた。
ルキヴィスさんは風の進路にいない。
いつの間にか左に移動していた。
そこに頬のこけた男が攻撃を仕掛けた。
交錯したと思ったときには、その彼が倒れていた。
大男が楯でルキヴィスさんにぶつかっていく。
その楯を右足で止めてから、左足で蹴飛ばした。
体重は100キロ以上ありそうなのに、数メートルほど転がっていく。
その間にまたカエソーさんの光の球が出来る。
今度はカエソーさん自身の背後だった。
その背後の球に穴が開くと、圧縮した空気がカエソーさんに向かって吐き出される。
突風に乗ったカエソーさんはかなりの速度で正面から切りかかる。
ルキヴィスさんはバックステップ。
スピードに乗って切りかかるカエソーさん。
その剣が届いたと思った瞬間に、カエソーさんの動きが止まった。
いつの間にか、ルキヴィスさんがカエソーさんの横にいる。
カエソーさんはルキヴィスさんに剣を振ろうとしたが糸が切れるようにカクンと倒れた。
「お前1人か。寂しくなったな」
ルキヴィスさんは大男のところに向かって歩きながら話しかける。
カエソーさんも意識はあり、立とうとはしているが、足にきているらしく立てなかった。
大男がなんとか立ち上がって、叫びながらルキヴィスさんに向かう。
楯は持っていない。
剣を振るが、その剣が空を切ったかと思うと、大男もそのまま崩れ落ちた。
≫強すぎ≫
≫ざまあw≫
≫どうやって倒した?≫
≫完全に見切ってたな≫
ギャラリーたちは声も発せないくらい驚いているみたいだった。
持っていた木剣を落としている人すらいる。
コメントもかなりの速度で流れていった。
ボクは昨日の夜のことを思い出していた。
あのときも何人かは今のルキヴィスさんに同じように素手で倒されていた。
カウンターの右ストレートか何かだろうか?
魔術を使ってれば分かるような気がするし。
あと、今、ルキヴィスさんは左手の男に間違いないと確信できた。
「みんな驚いてるみたいですけど、そんなにすごいことだったんですか?」
ボクはマリカさんに話しかける。
「なっ!」
マリカさんは何か言おうと口を開けたけど、すぐに閉じて肩を落とした。
「どう言えばいいかな。まず、今回のこれは剣闘士なら誰でも驚くはず。私だってかなり驚いている、というか信じられない」
「信じられない?」
「うん。素手でパロス含めた3人を倒すって八席でもできるかどうか」
「その八席のすごさがいまいち分かってなくて」
「ローマ市の八席って言ったら、世界でもトップクラスと言っていいくらい」
≫こっちの世界の最強よりも強いのか?≫
≫魔術あるんだぞ?≫
≫銃器使えばいいんじゃね?≫
≫お前らこれ本当のことだと思ってんの?w≫
「よし、場所変えて練習に戻るか。時間もないしな」
ルキヴィスさんは3人をチラッとだけ見て言った。
カエソーさんはただただルキヴィスさんを睨んでいた。
そして、ルキヴィスさんは本当に何事もなかったように、場所を移してボクたちの練習を再開する。
まず、マリカさんに崩しについてアドバイスしていた。
楯を持つ相手の心理状態をコントロールすることや、フェイントをすることで相手を崩す方法を実演して見せている。
ボクは剣の使い方の2つを教えてもらった。
それが終わると木陰で寝転がっていた。
あと、コメントが増えてきた気がする。
そういえば、日本はもう夕方くらいか。
正午になると訓練士は食事に戻り、また午後来ると話していた。
午後はボクの魔術検査を行うらしい。
≫午前午後のAMPMは古代ローマ時代由来≫
謎の雑学知識がコメントされる中、ボクはマリカさんとまた食事の配給所に来ていた。
近くに寄るだけで、やっぱりにんにくの香ばしい香りがして食欲をそそられる。
朝よりも人がかなり多い。
ボクは変わらず視線に晒されながら、なんとか大麦のお粥を受け取った。
朝よりもかなり多めで。
「お邪魔します」
そう言ってマリカさんの部屋に入る。
朝来たときも思ったけど、部屋の中は家具以外何もない。
テーブルと椅子、あと奥に簡単なベッドが2つあるだけだった。
「たぶん、アイリスの部屋もここになると思うけどね。さっ、冷めない内に食べよ」
ボクたちは座ってお粥に口をつける。
コメントではマリカさんについて激しくコメントが流れていた。
その多くはかわいいとか尊いだったけど。
「ところでアイリスって何歳?」
「19です」
そう言うと、マリカさんが固まった。
「——え? 19って私より年上?」
「え? マリカさんっていくつなんですか?」
「17。うわあ、てっきり同じくらいだと思ってた」
≫ラキピって19か!≫
≫なんだBBAかw≫
≫マリカちゃんは17かー≫
2歳差か。
17歳とは思わなかったな。
妹の1つ上なだけなのに思いっきり頼ってしまっていた。
でも、19歳の男としてはどうだろうと思うけど、女の子としてはそんなに不思議なことじゃ――。
いやいやいや、ここで女の子を言い訳に使うのは良くない気がする。
せめて心の中では認めちゃダメだ。
身体だけでなく心まで女の子化するのはまずい。
「ボ、ボクはなんとなく頼れる人だなって思ってそれでです」
同じくらいの歳と思ってたことは言わないでおこう。
「とりあえず丁寧な言葉は止めて欲しいな。なんか精神的に年取りそう」
「うん。分か——った。ところで、午後から魔術検査って言ってました——言ってたけど、何するんだろう」
「たぶん、アクアデュオとアクアコロラータかな」
「アクアデュオ? アクアコロラータ?」
たまに知らない単語が出てくるのは、現代日本にはない概念の単語だからだろうか?
それでも、アクアデュオは水が2つみたいな意味ということは分かる。
「普通の水に熱いお湯を入れたり、色のついた水を入れたりしてそれを感じたり、コントロールできるか試す検査。やったことない?」
「やるどころか初めて聞いた」
「そうなんだ。アクアデュオもやったことないのに、そこまで魔術が感知できるのは天才かも。そういえばさっきの訓練士の試合のときもカエソーが使った風の魔術見えた?」
「うん見えた。大きな光の球みたいなのだけど」
「光の球? それは私には見えなかったな。空気をコントロールしてるのは分かったけど。あ、私も空気系統の魔術だけは見えるから」
「空気系統?」
「うん。魔術も物とかと同じで四大元素に割り当てられてね。火、空気、水、土の系統に分かれてる」
「なるほど」
四大元素はゲームとかで使われるからなんとなく知ってる。
マリカさんの言い方だと、自分が使える魔術と同系統の魔術なら感知できるということだろうか?
それにしても四大元素か。
精霊とかいるのかな?
あと、マナとかマジックポイントや魔力なんかはどうなんだろう?
≫四大元素キター≫
≫ローマ時代にあったんだっけ?≫
≫錬金術の頃だから中世?≫
≫面白そうならとにかくよし!≫
その後は、魔術の四大元素に分類の基本を教えてもらった。
火は最初に戦ったキマイラリベリが使っていた炎。
空気はカエソーさんとかマリカさんが使う魔術。
水は液体の流れをコントロールする魔術。
土は物質を冷やす魔術。
あと、空というのがあってこれは魔術無効に相当するとのことだった。
どの属性がどの属性に強いということはないらしい。
しかも炎は人間が使うことは無理だとされているとのことだった。
魔法や魔術といえばファイアボルトみたいな炎を出すイメージがあったので何か肩透かしを受けた気持ちになる。
あとは、明日から練習の本番なので新人の体力だとかなりキツいというような話をした。
「さっ、そろそろ行かないと」
「そういえば時計は?」
聞いてから、1時間という単位が固定の時間ではなく、毎日少しずつ違うことに気づいた。
それだと時計は役に立たないか。
「時計? どうして?」
「いや、待ち合わせの時間とかに困るかなと思って」
「待ち合わせ? 普通はなんとなくで合わせるけど?」
「え?」
現代日本とは違うな。
電車の時間とかやたら正確だもんな。
そういえば、『分』すらないんだっけ?
ボクたちは部屋を出て、昼前にルキヴィスさんと別れた場所に戻ってくる。
「ちょっと私の魔術見てみる?」
マリカさんがそんな提案をしてきたので、ボクは「ぜひ」と頷いた。
「私の風の魔術は威力かなり弱いけどこんな感じ」
マリカさんの方からボクの方にすーっと光が近づいてきて、そよ風が吹いた。
強さは扇風機の弱くらいだろうか。
「私はサンソしか扱えないからこのくらいが精一杯だけどね。サンソって空気の中の2割だけなんだっけ?」
「だね。でも、何か違うような? 今のもう一度やってくれる?」
敬語からタメ口に変えたせいかなんかギクシャクする。
「いいけど?」
また光の塊がすーっと近づいてきて、風が吹く。
やっぱり違うと思った。
カエソーさんが使った魔法は大きな光の球が出来て、その一部から風が出てきた。
膨らませた風船の口から空気が吹き出してきたそんな印象だ。
「マリカさんは——」
「さん付けじゃなくていいから」
「じゃ、マリカはこの風の魔術、別の方法でも使える?」
「別の方法? どういうこと?」
≫どういうことだ?≫
「そうですね、じゃなくて、えーと、マリカさんの、じゃなくて」
ライブ配信のせいで敬語が癖になってるな。
マリカ、マリカ、マリカ、マリオカートのマリカ。
よし。
「なに?」
「ええと、マリカの使う魔術だけど、魔術の使い方がカエソーさんのあの突風と違う気がする」
「違う? どういうこと?」
「まずマリカのはこんな感じで魔術が段々近づいてくる」
両手で魔術の大きさを示しながら、その魔術が少しずつ一方向に向かっていく様子を見せる。
「うん。確かにそんな感じで使ってる」
「カエソーさんはぜんぜん違って、まずこーんな風に大きな魔術の球が一瞬で出来て、それが圧縮される。で、その一部分に穴が空いてそこから突風が起きる」
ジャンプしてその球の大きさを示す。
でも、今のボクだと手を伸ばして2メートルくらいだから、球の直径だった5メートルには全く及んでいない。
「え、そんなに違った?」
「少なくともボクにはそう見えた」
「面白そうなことやってるな」
ルキヴィスさんの声がした。
「俺は気にしなくていいぞ。続きをやってくれ」
「じゃ、遠慮なく。やったことないけど、なるべく大きい球に酸素を集めてみる。全力でやってもいいんだよね?」
「うん。まずはとにかく大きな――」
言ってる傍から、直径10メートルはある球が出来た。
「すごく、大きいです」
≫やらないか?w≫
≫阿部さんw≫
「そ、そこから出来る限り酸素を圧縮させてください」
思わず敬語になってしまった。
でも、直径10メートルの球の中にすーっと直径1メートルくらいの球が生まれたのが分かった。
その中はチカチカで埋め尽くされてる。
「どこか一つ穴を開けて!」
「じゃ、訓練士の前を空けるから」
「面白そうだな、来てみろ」
ポォンッと破裂したような音がした。
距離がかなり離れていたにも関わらず、ルキヴィスさんの身体が吹っ飛んだ。
「おいおい」
ルキヴィスさんは着地と同時に足元に魔術か何かを使って踏ん張る。
それでなんとか凌いだみたいだった。
「洒落になってない威力だな」
使ったマリカ本人が一番驚いたらしく、口をぽかーんと開けてる。
≫何がどうなったんだ?≫
≫マリカちゃんの魔法?≫
≫酸素を圧縮したんだっけ?≫
≫圧縮ってどのくらい? ラキピ教えて≫
聞かれたので直径10メートルの球から1メートルの球になったと小声で話す。
≫地面があるから半球から球で21%分≫
≫圧縮された気体は約50気圧かな?≫
するとすぐにコメントが返ってきた。
前半の意味は分からないけど、50気圧ということだけは分かった。
どうやって計算したんだ?
「な、なにこれ」
マリカはそれだけつぶやいて何か考え込んでしまう。
「またニホンの知識ってやつか?」
ルキヴィスさんはボクの方に歩いて来た。
「いえ、どちらかと言うと2人の魔術の違いが見えたのが大きいです」
空間把握が使えることもあるかも知れない。
「違いか。そこまで魔術が細かく感知できる話は俺の知る限りはないな」
「そうなんですか?」
「ああ。それに見てみろ、マリカなんて今日だけで強力な魔術を2つも手に入れて、脳味噌ついてきてないぞ」
「ついて来てるから!」
復活したみたいだ。
2つというのは、低酸素で瞬殺や失神させる魔術と、今の爆発的な風の魔術のことだろう。
「ついて来てないのは頭じゃなくて気持ち。これまで散々苦労してきたのに、貴方たち2人が来ただけで信じられないようなことが出来るようになったから!」
「これまでのマリカの研鑽があったからだろ。まあ、いい。アイリスの魔術検査するぞ。部屋を借りてあるから付いて来てくれ」
試験的なものは嫌いなはずなのに、少しわくわくしながらルキヴィスさんに付いていく。
マリカは、さっき魔術を使った場所を名残惜しそうに見ながら追いかけてきた。
次話は、明日の午後8時頃に投稿する予定です。




