第130話 次の闘技会
前回までのライブ配信
アイリスが皇帝を護衛していると女神ユノと思われる女性が部屋に現れる。彼女は変身したのか皇妃と同じ顔をしていた。その後、アイリスはスピンクスが神々を連れて戻ってくることを察知するのだった。
二柱の神が皇妃の部屋に入ってから、1時間くらい経った。
その1時間の間、様子を確認していたけど特に動きはない。
日が昇り、護衛の交代の時間となった。
マリカが部屋に入ってくる。
ビブルス長官も邸宅には入ってきてはいる。
玄関口でユミルさんと思われる人物と何か話していた。
その玄関口に女神が二柱やってくる。
女神が長官に何か語りかけている。
マズいな。
こんなに早く接触してくるとは思ってなかった。
長官にはまだ、女神に嘘をつかない方が良いと話していない。
そんなことを考えていると、長官が女神たちに連れていかれた。
向かっているのは皇妃の部屋のようだ。
「問題が発生しました。邸宅に入ってきたビブルス長官が皇妃の部屋に連れていかれます」
「なに?」
私の報告に皇帝が反応する。
「止めに行ってもよろしいでしょうか?」
「勝算はあるのか?」
「ありません。ただ、放置できません」
「――分かった」
「ありがとうございます」
「数多くの奇跡を起こしてきたそなただ。信じよう」
「光栄です。ところで、法的に長官を連れ戻しても大丈夫なんですよね? 皇妃が親衛隊の長官を拘束して良いなどという法律は――」
「そのような法律はない。しかし、法のことまで気が回るとはさすがだな」
「ありがとうございます。では、いってきまいります。マリ――ノーナ。皇帝のことをお願い」
「かしこまりました。御武運を」
「うん」
皇帝の部屋を出て皇妃の部屋に向かった。
≫何があったか聞いてみた方が良いのでは?≫
≫誰に聞くんだ?≫
≫入り口ならさすがに人が居ただろ≫
≫神に『嘘』をつかないためにも必要ですね≫
≫どういうことだ?≫
コメントが続く。
それらのコメントによると、私が皇妃の部屋に突入するにしても、理由を用意してからの方が良いとのことだ。
すぐに入り口に向かい、隊員に話を聞く。
「お疲れさまです。長官を見かけませんでしたか?」
「――ッ! 長官なら2階へ上がった」
低い声を意識して隊員に聞くと、彼は私を見て一瞬顔をひきつらせた。
選抜試験を受けた人かも知れない。
「長官が2階へ? どういう経緯でしょう?」
「女性が2人来て、何か問答をしたと思ったら腕を掴まれ連れていかれた」
「その2人は見たことのある女性でしたか?」
「いや」
「連れて行かれるとき、長官は何か言っていましたか?」
「どのような権限で拘束しようとしているのか聞いていた」
「ありがとうございます」
皇妃の部屋に入る理由は、不当に長官を拘束したことにしよう。
私は2階の皇妃の部屋へと向かった。
スピンクスと本物の皇妃はこの部屋には居ないようだ。
「失礼いたします。ビブルス長官は来ていませんか?」
ドア越しに話しかけるが反応はなかった。
「ビブルス長官はこちらに居ないでしょうか? 応答がない場合、失礼だと思いますが無断で入ります」
言っても返事はない。
「失礼します」
部屋に入り、様子を目視で確認する。
長官、清楚で神秘的な美しさを持つ女神、それに黒い何かが居た。
一番奥には、皇妃の顔をした女神ユノと思われる人物が居る。
入るなり、黒い何かが腕を振ろうとした。
その強力な動作に、身体が反応する。
ビュッと音がしてからすぐに『バンッ!』と爆発したような音に包まれた。
凄まじい音量に一瞬、何も聞こえなくなる。
なんだ?
いや、鞭か。
音の正体が鞭だったことに気づく。
しかも私が居た場所を狙っていた。
あんなの食らったらどうなっていたことか。
≫何だ今の音≫
≫びっくりした≫
≫壊れたかと思ったぞ≫
≫音量注意!≫
≫遅いよ……≫
すぐにまた鞭が振られる。
黒い何か――女性は最低限の動きしかしていないのに、威力が凄まじい。
避けるのは身体に任せて、何が起きているのか探る。
黒い女性――いや、女性かどうかも分からない。
その存在が居る場所だけ空気が違う。
存在そのものが瘴気になっているというか、得体の知れない怖さがある。
長官が何か言っているようだけど、耳がキーンとして聞こえない。
音のダメージが意外とある。
こちらから手出すことも出来ない。
それにしてもこの音の大きさ、外にも響いてるだろうな。
防音の魔術でも使えば外には聞こえくなるか。
そんな思考の中、突然、昨日のモルフェウスさんの言葉を思い出す。
『心当たりはあった』
彼は空気を薄くすれば音が聞こえにくくなることに気づいていた。
パン!
鞭が最高速に達すると同時に、私は空気を拡散させていた。
伝わる空気が薄ければ音量は下がるはずだ。
よし、ダメージはない。
破裂音が我慢できる音量になった。
私は避ける動きを小さくしてほとんど動かずに鞭を避け始めた。
元々、黒い女性とは距離がある上に鞭は連打が効かない。
鞭のスピードも威力もかなりのものだけど、距離もあるので剣を避けるより簡単だ。
黒い女性は魔術の光の量を増やして、鞭の速度を上げていった。
長官はたまらず手で耳を塞いでいる。
もう1人の女神は、座っている皇妃の顔をした女神ユノと思われる女性の場所に移動して風で守っているようだった。
音の振動によってか、置いてあるものが落ちたり倒れたりしている。
掃除が大変そうだなと思った。
「もう良い」
女神ユノと思われる女性が言った。
声自体は静かなのによく通る。
鞭が止んだ。
私は片膝をつけて跪く。
敵意がないことを示すためだ。
もちろん、警戒はしている。
「貴女、何?」
私に向けて、美しい女神が言い放った。
「発言をお許しいただきありがとうございます。ビブルス長官が連れ去られたと聞き、やってきました」
しばらく女神からの言葉がなかった。
静寂が続く。
「いかがいたしますか?」
美しい女神が言った。
コメントが騒がしくなってきたけど、読むほど余裕はない。
「任せる」
皇妃の顔をした女神ユノと思われる女性は足を組み直した。
美しい声だが威厳がある。
興味がなくなったという訳ではないようで、眺めるようにこちらを見ている。
「御意に。その者を解放します。行ってよいぞ」
「感謝いたします」
私は頭を下げた。
長官は特に拘束などをされていなかったので、そのまま私の方にやってきた。
私は隙なく様子を伺っていた。
よく見ると黒い彼女が持つ鞭には鋲のようなものが付いている。
あんなので打たれたら怪我どころじゃ済まないな。
長官がゆっくりと私の傍までやってくる。
彼と目が合い、私は頷いた。
「それでは失礼いたします」
「その方、名は?」
私が立ち上がると、女神ユノと思われる女性が聞いてきた。
「ラピウス――と名乗らせていただいております」
咄嗟に『名乗らせて~』を付け足した。
名前がラピウスと言うと嘘になるからな。
私の言葉に対する返事はなかった。
「それでは、改めて失礼します」
私はビブルス長官と一緒にドアの外に出た。
ドアの外には隊員も含め多くの人が居た。
「特に変わったことがあった訳ではない。各自、仕事に戻って欲しい」
長官が言うと、集まっていた人たちはバラバラと戻っていった。
「ふー」
周りから人が居なくなると、長官が長く息を吐く。
「君にはまた助けられてしまったな。どうなることかと思ったよ」
「お疲れさまでした。何事もなくてよかったです」
「まずは皇帝の部屋へ戻るとしよう」
「ですね」
ここでは込み入った話も出来ない。
私は長官の斜め後方に付く形で、皇帝の部屋に向かった。
「ただいま戻りました」
「失礼いたします」
「おお、戻ったか。無事でなによりだ」
皇帝が出迎えてくれる。
「お話する前に魔術を使います」
私は言ってから、防音の魔術を使った。
その後、簡単に皇妃の部屋でのことを話す。
「黒い女に鋲の付いた鞭か」
「何か心当たりがあるんですか?」
「神話でフリアエと呼ばれる者たちだろう。他の神にさえも罰を与える恐ろしい三姉妹の女神と伝えられている。良く無事だったな」
「本当にそうです。彼女――アイリスだったから無事だったと言えます。他の者であれば命はなかったでしょう。私もどうなっていたことか」
長官が私を見て言った。
「この部屋にまで、凄まじい音が聞こえてきていたからな。そうか、あれは鞭の音か」
「はい。当たればどうなるか想像したくもありません。私は音だけでどうにかなりそうでした……」
長官が息を吐く。
「それほどか」
「近づかない方が良いと考えます。もっとも、私は捕まってしまった訳ですが」
長官が自嘲気味に言うと、少し笑いが起きた。
「私の印象ですけど、黒い女性は何を考えているのか、そもそも考えているかどうかすら分かりませんでした。失礼な言い方ですけど、人っぽいところがありませんでした。もう1人の女神の方は優しそうな方だったんですけど」
「女神ユノ様の側近ということであれば、女神イリス様であろう」
そうか、あれがイリス様かも知れないのか。
「大人しくビブルス長官を返してくれたのはどうしてなんでしょう? 長官は何か聞かれましたか?」
「いや、話をする前に君が来てくれたからな」
「話をする前でよかったです」
私が言うと長官は不思議そうな顔をした。
「アイリスはそなたが嘘をつく前で良かったと言っておるのだ。神話で神を欺いた者がどのような末路を辿るかは知っておるだろう?」
「――あ」
「もちろん、神に嘘をつくと罰を受けると決まったわけではありません。しかし、気をつけておくに越したことはないかと」
皇帝の言葉を補足する。
「確かにそうだな。注意を払うとしよう」
≫アイリス、皇帝と息ぴったりじゃん≫
≫仲良しさん!≫
≫んまっ! 嫉妬しちゃう!≫
その後は食事となった。
いつもの膨らんだピザ生地にハムと野菜が挟んであった。
ほんのり温かい。
野菜は酸味があるので漬けてあるんだろう。
塩気が濃いハムと良い感じで中和されている。
それらを、オリーブオイルが染み込んだピザ生地が包み込んでいる。
美味しい。
「食事は気に入って貰えたようだね」
「はい。長官の持ってきてくださる食事はいつも楽しみにしています」
「ラピウス様、お口が……。失礼させていただきます」
口元に何かが付いていたんだろう。
マリカが拭いてくれた。
「ありがとう。ノーナ」
「お役に立てたのなら幸いです」
その後、皇帝が食事をしている間に、ビブルス長官と話す。
内容は作戦についての話だった。
いよいよ、暗殺の首謀者に砒素を混ぜさせる作戦が始まるとの話だ。
「私とマリカは明日から皇帝の食事を持ってくれば良いんですね?」
「ああ、頼む」
「承知しました」
ミカエルは今日の夜にでもスパイに話を漏らすらしい。
皇妃が上手く罠に掛かってくれると良いけど。
「話は変わるが、これは門を出るときの許可証だ。私の署名が入っている。今の内に渡しておこう」
長官はパピルスを丸めたものを広げた。
「皇妃は君の所在を掴もうと必死なようだ。郊外に出るのを止められるかも知れないと思ってね」
長官は再度パピルスを丸めて紐で止め、更にそれを木のケースに入れて私に手渡ししてきた。
「ありがとうございます。助かります」
言って受け取り、腰のベルトからぶら下がっているポーチに入れる。
完全には入りきらないけど、ポケットなどはないので、ここに入れるしかない。
このケース、選抜試験で壊れないといいけど。
その後、私と長官は皇帝の部屋をあとにして、選抜試験へと向かった。
前回と同じ場所だ。
選抜試験には、拘束されているタナトゥスさんも居た。
彼も試験を受けることになっていたようだ。
最初の攻撃以外は他の隊員と変わらなかったけど、さすがに諦めの悪さは一番だった。
私に完全に封殺されて、かなりショックを受けていたみたいだけど。
試験が終わると、会場は静かになっていた。
今回の試験は少し荒っぽくなってしまったからな。
黒い女性とのことが影響してるかも。
「以上で選抜試験を終わる。解散!」
結局、タナトゥスさんも含めて9人を補欠合格にした。
前回の7人と合わせて補欠合格者は16人か。
試験が終わり、急いでミカエルの邸宅に戻って着替え、アイリスとして旅の格好をして中庭から飛んだ。
門の近くまで行き、人が居ない場所を探して降り立つ。
そうして顔を隠し門へと向かった。
門に着くと、外に出ようとする他の人のあとに続いて歩いていく。
「女、止まれ」
呼び止められた。
「顔を見せろ」
フード状になっている布を取った。
まとめていた髪がさらりと肩に落ちる。
何も言われないので隊員の方を見ると、彼は固まっていた。
「外に出たいのですが」
「ア、アイリス殿で間違いないな」
「はい」
「貴女を保護するように言われている」
「その保護というのが誰からの指示か教えて貰えますか?」
隊員は迷うように視線を外した。
それから私に向き直る。
「我が隊の隊長だ」
「ありがとうございます。これを見てください」
私はケースを取り出して隊員に渡した
一歩下がって確認を待つ。
「――失礼した。問題ない」
「はい。失礼します」
私は門を出た。
親衛隊のトップの証書を見せるだけで異論すら出ないのか。
これが権力。
なんか怖い。
ともかく無事に壁の外に出た。
私は真っ直ぐにどこまでも続いている道を見る。
外にも道沿いに建物が並んでいた。
私は建物の影に隠れ、周りに誰も居ないことを確認してから、再び空へと高く舞い上がる。
そのまま皇宮へと向かった。
割とすぐにミカエルの邸宅に到着する。
私は中庭に降りた。
「アイリス様」
中庭から広間に出て部屋に向かっていると、声を掛けられる。
女性の老執事の人だ。
「はい」
「ミカエル様がお呼びです」
「分かりました。ありがとうございます」
彼女は真っ直ぐな姿勢で私に礼をした。
「ミカエル様は応接室にいらっしゃいます。ご案内します」
私は彼女についていった。
歩きながら応接室を空間把握する。
ミカエルと……ルキヴィス先生が居た。
どういう状況なんだろう?
でも、ミカエルと2人で話すよりはいいか。
そう考えながら、私は応接室に入っていった。
「失礼いたします」
「よっ!」
ルキヴィス先生は私を見て手を挙げた。
「来てくれて安心したよ」
ミカエルは胡散臭い笑顔だ。
「こんにちは。先生も一緒ってことはなんの話なんですか?」
暗殺未遂については外部の人間には秘密のはずだ。
ミカエルがなんの考えもなく、そういう政治的な約束を破るとは思えない。
「防音の魔術を使ってくれる?」
「はい」
本当に何の話だろう?
とにかく私は背後の空間の空気を抜いた。
外には老執事が居るだけだ。
「発動しました」
「相変わらず便利だね」
「光栄です」
「さて、話をするとしようか。愛しい僕の義母君の話をね」
「皇妃の話ですか?」
探るように繰り返す。
「正確には、その楽しい仲間たちの話だけどね」
「仲間たち――?」
頭に浮かんだのあの黒い女性。
それにイリス様やスピンクスのことか。
ああ、なるほど。
「神々の話なのでルキヴィス先生が居るんですね」
ミカエルは神々についての話をするために先生を話し合いに参加させたのだろう。
先生は神の弟子だ。
情報は知ってる者に聞くのが一番早い。
「その通り」
「このことは先生に話してもいいんですか」
「問題ないよ。神のことなんて君とルキヴィス以外は役に立たないだろうしね」
「分かりました」
「じゃ、座ってよ」
「はい。失礼します」
「んじゃ、本題に入るぞ。こいつの話だと、例の謎掛け以外にも神が来てるって話だがどうなんだ?」
先生がミカエルを指さしながら言った。
「はい。私の知る限りでは、四柱が皇帝の邸宅に居ます。スピンクスに加え、女神ユノ、女神イリス、フなんとかの三姉妹の内の誰かが来ていると予想しています」
≫フリアエです≫
「あ、三姉妹はフリアエです」
「フリアエか。面倒くさそうな相手だな」
先生が椅子に背を預けた。
「やっぱりそうなんですか……」
「罰を与える神だからな。罰の対象は人だけでなく神も入る」
「皇帝も同じことをおっしゃられていました。私、有無も言わず攻撃されちゃいましたけど。鋲付きの鞭で」
「攻撃で良かったな。俺も話で聞いただけだが、奴らの真骨頂は神や人を狂気に陥らせることだぞ。師匠たちも嫌な相手認定してたぜ」
先生の師匠たちとは双子座の二柱だ。
「どんな手段で狂気に陥らせるんですか?」
「さあな。とにかく近づかないことだ」
「それは面倒ですね」
「ところで気になってるんだけど、君はどうやって彼女たちの正体を推測したの?」
ミカエルが私に話を振った。
「そうですね」
私は空間把握などを使って特定していった根拠を話していく。
「なるほどね。9割方は正しいと見て良いか。それにしても君の空間把握は便利だね。ルキヴィスは使えないの?」
「最近使えるようにはなったが、全然ダメだな。人が居るかどうかくらいなら分かるが、電気で察知する方が早い」
「へぇ、ぐーたらな君も成長することがあるんだね」
「人はいつだって成長できるのさ。愚か者と噂されてるお前も覚えてみるか?」
「いいね」
2人は本気かどうか分からないようなやりとりをしている。
「女神ユノ様だけど、彼女はどうするのが良いんだい?」
ミカエルがルキヴィス先生に聞く。
「俺も良く知らないからな。ヒステリックなら近づかないのが一番だろう」
「神話通りならしつこいだろうね。アイリスは彼女の目的をどう考えてる?」
「私に罰を与えるのが目的なんじゃないかと。ユーピテル様に愛人にならないかと誘われましたし、女神と呼ばれたりしてますから」
「嫉妬ね。狙われる十分な理由はある訳か」
「らしいですね」
「ルキヴィスの師匠たちにお願いは出来ないの?」
「それはお前の女遊びを止めさせるより難しいな」
「残念」
「そもそも、ディー・コンセンテスが相手の時点で和解や対抗は諦めた方が良い」
≫ディー・コンセンテスってなんだ?≫
≫ローマ神話でのオリュンポス十二神ですね≫
「打つ手なしか。次に女神様がしてきそうなことは分かるけどね」
「次にしてきそうなこと? なんですか?」
「誰でも思いつきそうなのがアイリスを闘技会に出場させること」
「なるほどな。確かにそれならアイリスを捜す必要はなくなるか」
「怪我して出場できないと言っておくのもありだけど、その場合は更に女神様の機嫌を損ねるだろうね。絶対に勝てそうにない相手をぶつけてくるだろうから、戦う前に勝ったら手を引くようお願いしておくのが良いかな」
「絶対に勝てそうにない相手ってフリアエの誰かでしょうか?」
「いや、師匠が言うにはフリアエは決闘向きという訳ではないらしい。暗殺者に近いんだろうな」
「アイリスってスピンクスじゃ相手にならないんだろう? もっと強い大物を連れてくるだろうね」
「大物というとヘルクレスとかですか?」
「可能性はあるけど考えにくいな。ユノ様だとしたら手持ちの怪物じゃない?」
「怪物……」
「ラドンとかね。神話じゃ死んでるけど、ヒュドラの可能性もあるね。スピンクスが生きてるんだし」
ラドンやヒュドラは聞いたことがある名前だ。
ラドンは翼竜のイメージ、ヒュドラは首がいくつもあるドラゴンのイメージがある。
≫どっちもヘルクレスが戦った怪物だな≫
≫神話級の怪物かよ……≫
≫スピンクスだって神話級だろ≫
≫スピンクスは謎掛けして自殺しただけだから≫
「どう、勝てそう?」
にっと笑いながらミカエルが聞いてきた。
「戦ってみないと分かりません。まずは情報集めないと」
「だそうだよ、ルキヴィス」
「振られてもな。俺が会ったことのある神なんて一握りだ。地べたの住人と星座の住人じゃ住む世界が違うのさ。スピンクスやケライノと戦ったアイリスの方が詳しいんじゃないか?」
「じゃ、イリス様辺りに直接聞くしかないね」
イリス様か。
ユノ様の側近なんだっけ?
教えてくれそうにないんですけど……。
あれ、側近?
ふと、ユーピテル様の側近を思い出す。
――メルクリウスさん。
彼はまだこのローマに居ると思う。
ソムヌスが暴走したときに、離れたところで監視していたのは恐らく彼だ。
スピンクスの動向を追ってるんじゃないだろうか。
それに彼にはお茶代の借りがある。
返すためにも見つけないといけない。
気が付くとミカエルが笑顔で私を見ていた。
「何か思いついた?」
「はい。前にメルクリウス様と思われる方とお茶したことを話しましたよね」
「聞いたね。彼がまだローマに居ると」
「彼はスピンクスの動向を監視していると思います。彼女が起こした『蜂』の暴走騒ぎのときにも近くに居た気配がありました」
「スピンクスを監視してるなら、今は皇宮内、もしくは皇宮の近くに居るかも知れない訳か」
「はい。彼なら怪物に関する情報も持っているはずです。話してくれる保証はありませんけど」
「彼は地上では情報の神と言われてるからね。いいんじゃない? 話して貰うには対価を考えた方が良いかもね。もっとも、対価なしで話してくれそうな気もするけど」
「どうしてですか?」
「君が生き残ることが対価になるからだね。ユーピテル様の愛人候補でしょ、君」
「……そういうことですか」
ガックリくる。
「ちゃんと対価を考えます。神への対価ってどんなものが良いんでしょう?」
「本人に直接聞くのが良いと思うよ」
「そうですね。聞いてみます」
≫対価ってロクな物じゃない気がするが≫
≫欲しい情報とかあるんじゃない?≫
≫ローマに残ってるんなら欲しい情報ありそう≫
≫その線しかないな≫
「ルキヴィス。彼を捜すのはお願いできるかい?」
「了解。アイリス、そのメルクリウス様の特徴とか分かるか?」
「手伝って貰っても良いんですか?」
先生に訪ねる
「養成所の行き帰りに捜すくらいだしな。師匠たちのことも聞きたいし、散歩がてらに捜すさ」
「ありがとうございます。メルクリウス様と思われる方の特徴ですけど、軽薄な感じで痩せている感じです」
「なるほど。それならここにも居るな」
「かの知恵者と似てるなんて光栄だね」
「あとはそうですね、髪が赤みがかった黒でした。背も皇子の方が拳1つ分くらい高いですね」
ミカエルはブロンドだ。
「ああ、すまん。ここには居なかったようだな。俺の早とちりだったようだ」
「良かったよ。神に似てるなんて恐れ多いからね」
≫さすがミカエル。適当さがすごい≫
≫やはりポジティブさがモテでは重要なのか?≫
≫いや、その前にイケメンだから≫
そんな感じで話し合いは終わった。
このあとは、ミカエルに用事があり、ルキヴィス先生も養成所に行くみたいだ。
「先生、マリカが望めばですけど、ここでも剣を見てあげてください」
「分かった。それとなく聞いておく」
「お願いします。それではお二人ともありがとうございました。失礼します」
疲れた。
私は応接室を出る。
お風呂に入らせて貰おう。
そう考えながら、ゆっくりと階段を上っているときだった。
「アイリス」
一度別れたあとなのに、離れた場所からミカエルが声を掛けてくる。
彼の近くには外から入ってきたと思われる女性が居た。
「君に関係することだから、彼女から話を聞いておいて」
その後、ミカエルは何人かに見送られて出て行った。
私も頭だけは下げておく。
ミカエルが出て行く直前に、斜め後方にレンさんがついた。
ミカエルが出て行くのを確認し終えてから、女性が私に近づくため階段を上ってくる。
私より1、2歳年上だろうか。
やっぱり綺麗な人だ。
簡単に挨拶を交わしあう。
「アイリス様、今から話す内容は他言無用でお願いします」
彼女の話では、2週間以内に闘技会があるという話だった。
しかも私が戦う相手は怪物になるという。
≫ミカエルの予想が完璧に当たったか≫
≫なんのかんのいってミカエル頭良いな≫
≫最初から知ってた説、あると思います!≫
「失礼ですが、貴女はお話に出てきたアイリス様ということでよろしいんですよね? トーナメントで優勝した……」
話を終えると彼女が聞いてくる。
「はい」
「噂のアイリス様とお話できるなんて夢にも思いませんでした。話には聞いていましたが本当に女神のようにお綺麗なんですね」
「ありがとうございます。貴女もお綺麗ですね」
笑顔で言って別れる。
女神か。
悪い気はしないんだけど、神の機嫌を損ねる女神呼ばわりはなんとかしないといけないなと思う。
それに闘技会はミカエルの予想通りだった。
更に予想が当たるのなら、神話級の怪物が出てくることになる。
対策が必要だろうな。
視聴者とミーティングさせて貰った方が良いかも。
私は手のひらを左目に見せた。
「すみません。闘技会の対策会議をどこかのタイミングで行わせてください」
視聴者にそう呼びかけながら、私は部屋に入る。
コメントでは任せろとか何時になるとか有給取るわといった頼もしい文字が流れていくのだった。




