第127話 選抜試験
前回までのライブ配信。
アイリスは親衛隊長官ビブルスに、隊員としてタナトゥスを推薦する。しばらく、アイリスたちの滞在場所がミカエルの邸宅になることも決まる。その直後、アイリスはトーナメントの優勝賞金がかなりの額ということを知るのだった。
トーナメントの優勝賞金のことはとりあえず保留にしておく。
まずは急いで皇帝のところに行かないと。
私は突風の魔術を使って駆けた。
そのお陰か、完全に夜になる前になんとか着くことが出来た。
「――遅くなりました。戻ってきました」
皇帝の部屋に着く前になんとか息を整えて、入室する。
男装の姿で部屋に入ったので、低い声で話しかけた。
皇帝が固まっている。
男装してる姿で会うのは初めてだからな。
私はすぐに防音の魔術を使った。
「アイリスです」
普段のアイリスとしての声の高さで話しかける。
「――待ちかねたぞ」
間が長かったけど皇帝が応えた。
「親衛隊として活動するときはこの姿なのです。お許しください」
「――構わぬ」
「ありがとうございます」
≫皇帝は威厳を保とうとしてるっぽいな≫
≫素っ気ないと思ったらそういうことか≫
≫男装のアイリス見たら普通は驚くからな≫
≫皇帝も大変だな≫
そういうことなんだろうか?
「では、マ――。ノーナと交代いたします」
マリカは『ノーナ』としてここに居るんだから、呼ぶのに慣れておかないと。
その後、マリカに休んで貰おうと思ったけど休んではくれなかった。
結局、彼女はビブルス長官が来るまで、姿勢を崩すことなく立っていた。
皇帝の前だから仕方ないか。
しばらくして、長官が食事を持ってやってくる。
その用意は私も手伝った。
マリカは食事の用意などの教育は受けてないらしい。
お嬢様なら礼儀作法はともかく雑用の作法は教わる意味ないもんな。
ともかく、食事自体は気合いが入っていた。
毒味役は長官自らが行う。
マリカが自分がやると申し出たが、「君は今の皇帝にとって必要な存在だろう」と断られていた。
「何も長官自らがやらなくても……」
思わず言ってしまう。
「食事の用意も含めて、私はこういうことをしてる方が性に合っているのかも知れないね。さすがに他の者に見せて良い姿ではないが……」
「そういう考えの長官がローマを守ってくださっている方が、ローマ市民も安心できるんじゃないでしょうか」
「ああ。アイリスの言うとおりだ」
私と皇帝が声を掛けた。
応援したくなってしまうところが彼の良いところなのかも知れない。
私も食事をいただいた。
生地を柔らかくしたピザみたいなパンのようなものだ。
窪みにオリーブの実がのっている。
ハーブなんかも入っていて美味しかった。
あと、皇帝も食事を手で食べるのが意外だった。
手で掴み、汚れた手はナプキンでふく。
ナイフとフォークで食べる習慣っていつの時代に普及したんだろう?
皇帝の食事も終わり、ビブルス長官とマリカは去っていった。
彼らはこれからミカエルの邸宅に行くことになっている。
マリカのことが心配だけどルキヴィス先生も居るし大丈夫か。
「体調はいかがですか?」
皇帝と2人きりになったので聞いてみる。
「悪くない。ここ近年は体調が良かったときのことなど忘れてしまっていたが、良かった頃に近づいているのを感じる。なにより、気分が良い」
「よかったです」
「しかし、その姿には違和感を覚えるな」
「お気に召しませんか?」
「そういう訳ではない。声から想像する姿と、今の姿が結びつかず混乱するのだ」
「あはは。そうですよね」
「だが、じきに慣れるだろう。そのようなことに気が回るというのは、余裕が出てきたということなのかも知れぬな」
「以前はそこまでの状況だったのですか?」
「近年は皇帝として振る舞うことが精一杯であった。覚悟を決め、気を張ってかろうじてと言ったところか」
お腹が痛くて限界が近いときのようなものだろうか。
「かなり大変だったんですね……」
「皇帝という立場ゆえに弱音も吐けぬ――と言いたいところだがそなたには吐いてしまっているな」
「私がローマの外から来たからでしょうか? でも、私でよかったら吐いてください。ここだけの秘密にしておきますので」
「そなたは頼もしいな」
「ありがとうございます。光栄です」
こんな感じで私と皇帝は話を続けた。
2人だと話はしやすいんだよな。
話しながらも空間把握で警戒はしている。
怪しい動きもない。
スピンクスがどこにも居ないこと以外は問題なさそうだった。
もしかして別のところに居るのか?
しばらくすると、皇帝は疲れたのか眠りについていた。
防音の魔術を解き、空間把握に集中する。
そうして邸宅の部屋を1つ1つ確認していった。
部屋の間取りについてはおおよそ教えて貰っている。
使用人の数は全部で17人居た。
それにプラスして警備の親衛隊員が7人だ。
皇妃も彼女自身の部屋に居る。
何度か部屋をチェックしていったけど、怪しいところはなさそうだ。
今夜、私が出来ることはもうない気がする。
視聴者に相談も出来ないし……。
でも、あれ?
別に私が話さなくても、コメントで好き勝手に話して貰えば良い気がしてきた。
もし、私に聞くことがあったら選択肢を用意して貰おう。
私の返事は指の本数で応えれば問題ない。
視聴者にはまた甘えることになるけど。
私は再度、防音の魔術を使った。
次に皇帝の呼吸が深いことを確認した。
呼吸の様子は空気の流れを見れば分かる。
私は視聴者と繋がっている左目に手のひらを見せた。
「――お願いがあるんですけど良いですか?」
小声で言ってから視聴者に話を持ちかける。
私はとにかくコメントで好き勝手に話して欲しいと語った。
内容は現状の考察やこのローマに関することや、これまでの私のことならなんでも良いと言っておく。
あまり限定しても話が弾まないだろうし。
≫じゃあ、まずは暗殺の首謀者が誰かだな≫
≫皇妃!≫
≫皇妃ー≫
≫エレオティティア!≫
≫妃陛下!≫
首謀者として皇妃を挙げるコメントが続く。
たまに『オレオレ』みたいなコメントもあったけど、ほぼ全員が皇妃だった。
≫満場一致で話しが終わったな……≫
「そ、そうですね。はは……」
反応くらいはいいかなと思って小声で笑う。
そのときだった。
空全体が強烈な光に包まれた。
考えるより先に天井を見て身構える。
≫どうした?≫
考えたらここは室内だ。
空が見える訳がない。
窓を確認するが、外は暗い。
まさか魔術の光!?
――にしては凄まじい。
プレッシャーで総毛立つ。
ケライノさんの光の量すら比べものにならない。
昼にでもなったような印象だ。
いやな汗が滲む。
スピンクス?
外に出て確認したかったけど、皇帝の傍からは離れられない。
そんなことを考えている間にスッと光は消えた。
今のことが夢だったかのように静かになる。
私の心臓だけがドクドクといっていた。
皇帝が眠っているか確認するために再び呼吸をみた。
普通に寝ているみたいだ。
私は視聴者に報告するために口を開いた。
「すみません。今、起きたことを報告します。辺り一帯の空全体に魔術の光が見えました。ケライノさん以上です。この魔術の光がスピンクスのものかどうかは分かりません」
小声でそれだけ言ってすぐにまた上空を探る。
――と、魔術の光を宿した何かが空から降りてくるのが分かった。
近づくにつれ形が分かってくる。
これは人じゃないな。
たぶん、スピンクスだ。
ソレはこの邸宅の屋上に降り立つと、そのまま皇妃の部屋に入っていった。
いや、スピンクス以外にもう1人居る?
人?
その人物に向かってあの皇妃が跪く。
スピンクスも頭を下げている。
何が起きてるんだろう?
――いや、考えるまでもないか。
あの部屋には何らかの神が来ている。
強大な魔術の光。
スピンクスと一緒に降りてきたこと。
皇妃やスピンクスが跪いていること。
そこにメリクリウスさんが人になれたという事実を付け足す。
これらから考えると、皇妃の部屋にはかなり上位の神が来ている。
空間把握でその何者かが女性らしいことは分かった。
女神ということか。
「ふー」
息を吐いて気持ちを落ち着ける。
コメントでは憶測が飛び交ってる状況だ。
私は事実だけを伝えることにした。
「追加の情報です。スピンクスと一緒に女性が皇妃の部屋に入っていきました。その女性は魔術の光を宿していません。ただ、彼女の入室と同時に皇妃とスピンクスがずっと跪いています」
≫あの皇妃が跪くってやべえな≫
≫スピンクスが女神でも連れてきたか?≫
≫魔術の光ないんだろ?≫
≫神が人に化ける話なんていくらでもある≫
≫スピンクスの上となるとユノやエキドナです≫
≫ユノってユーピテルの妃のあのユノか?≫
≫そうです。ギリシア神話ではヘラですね≫
≫エキドナ?≫
≫全ての怪物の母とまで呼ばれる怪物です≫
≫2人とも超大物じゃねえか!≫
すぐに有用な話が出てくる。
ユノってローマの神の中でもかなり偉い立場だよね?
そうだとしたら、どうしてわざわざ皇妃の元に?
いずれにしても彼女について情報を集めないといけない。
警備体制も一度考え直した方がいいかも。
私は警戒しつつ、コメントを目で追い、たまに話をしながら夜を過ごすのだった。
翌日の朝になり、マリカと共にビブルス長官がやってきた。
すぐに防音の魔術を使う。
「変わったことはなかったかね?」
長官は少し疲れているようだった。
顔色も悪い。
もしかして寝てないのだろうか。
「おはようございます。残念ながら変わったことがありました。すでに皇帝にはお話していますが、皇妃の元にスピンクスともう1人女性が来ています」
親衛隊は『陛下』『殿下』ではなく『皇帝』『皇子』と呼ぶようにしているらしい。
だからそれに倣う。
長官に教えて貰ったんだけど、現実のローマ帝国でそういう習慣があったかどうかは不明だそうだ。
「女性? 君たちと親衛隊以外は誰も通さないようにしていたはずだが」
「玄関ではなく、空から降りてきてそのまま直接皇妃の部屋に入りました」
「なんだと。何者なのだ?」
「正体は不明です。――私の考えになりますが、その女性は『女神』の可能性があります。少なくともスピンクスより上位の存在かと」
長官が固まった。
気持ちは分かる。
親衛隊の長官とはいえ、1人の人間が対処できる範疇を超えている。
「――い、今も居るのかね?」
「はい」
彼は口を開いたが何も言わずに腕を組んだ。
そうして皇帝に一瞬だけ意識を向けたのが分かった。
皇帝の手前、話しにくいのかも知れない。
「――朝食の準備もありますし、選抜試験へ行くときにでもお話しましょうか?」
「ああ、その方が良いかも知れぬな」
皇帝が視線を向けてきたので私は小さく頷いた。
たぶん、後で話を聞かせて欲しいのだろう。
≫皇帝とアイコンタクトとかすげえな≫
≫数日で皇帝に信頼されてるとか≫
≫アイリスちゃんたら人たらし!≫
アイコンタクトも視聴者にはバレるのか。
よく気づくなと感心した。
その後、朝食を済ませる。
今日はマリカも朝食の準備を手伝えるようになっていた。
ミカエルのところで教えて貰ったのだろうか。
皇帝や長官から見えないようにマリカへサムズアップを送る。
彼女は私にだけいつもの素の笑顔を見せてくれた。
でも、考えてみたらローマでサムズアップがどういう意味を持つか分かってなかったことに気づいて冷や汗が出る。
あとで視聴者や長官に聞いてみよう。
皇帝の食事の準備が整うと、私も朝食をいただいた。
昨日と同じビザを柔らかく膨らませたような生地にソーセージが乗せてあるものだ。
ハーブが食欲をそそって美味しかった。
食事も一通り終わって、私は話を切り出す。
「護衛の話ですが、明るい内は大丈夫だと思います。女神がわざわざ人になっているとしたら、目的は襲撃ではなく連絡か何かを確認しにきたのではないかと」
これは、昨夜のコメントの話をそのまま使わせて貰っている。
メリクリウスさんのケースを考えても、人になれば能力は下がる。
襲撃するのにわざわざ人になる必要はない。
「元々、その者が人という可能性はないか?」
皇帝から質問があった。
「もちろんあります。しかし心情的には人ではないと断言したいです。理由をお話すると、失礼な話になってしまいますが……」
「良い。話せ」
「はい。では、お話します。皇妃が皇帝以外の『人』に頭を下げ続ける姿がどうしても思い浮かびません」
「――確かにな」
皇帝が苦笑する。
長官は驚いた顔で私を見た。
許可を貰ったとはいえ、どう考えても失礼な発言だもんな。
「失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
「言わせたのは私だ。気にする必要はない」
「ありがとうございます」
その場はそれで収まり、私と長官は部屋をあとにした。
夜を長く感じたせいか外に出ると開放感がある。
頬をなでる秋の風が心地よい。
「選抜試験のあとは、皇宮内の留置所に向かう予定になっている。良いか?」
外に出ると、長官が話しかけてきた。
「え? もう彼らが来てるんですか?」
彼らとはタナトゥスさんやセーラのことだ。
「予定通りならこちらに向かってきているはずだ」
寝不足っぽいのはそれが原因か。
やっぱり、長官って仕事が出来る人なんじゃないだろうか。
「ところで、君はリドニアス皇帝にずいぶん信頼されているようだね」
「もしそうならありがたいことです」
「今回、カトー議員が手を貸さないと言った意味が少し分かってきたよ」
「――意味、ですか?」
「君の存在が大きいだろうね」
「議員に期待されているのだとしたら、それはそれで怖いですけど」
「確かにその気持ちは分かってしまうな」
お互い軽く笑い合う。
「そういえば、朝食ありがとうございます。美味しかったです」
「口にあったのなら何よりだ」
そういう話からミカエルの邸宅でのマリカやラデュケの様子、警備体制の話に移っていった。
ミカエルの邸宅でもマリカやラデュケは問題なくやっていっているようだった。
マリカはやっぱり食事の準備の作法を教えて貰っていたらしい。
皇帝の警備体制は見直す方向となった。
とはいえ、さすがに神に対抗するのは難しい。
そのため、人を増やす方向になる。
親衛隊以外の協力については長官も見直す方向で考えているらしい。
さすがに状況が変わったということだろう。
一方の私は外部の協力を受けるのは反対という考えに変わっていた。
女神が敵かも知れない状況だと巻き込むのは気が引ける。
コメントによると、ローマ神話の女神って人間に対してかなり理不尽なことしてくるらしいし。
話をしている内に親衛隊の一番広い訓練所が見えてきた。
50人くらいの隊員が居る。
これ全員、選抜試験を受けるのだろうか?
「そ、想像以上に居ますね」
「そのようだな」
1人5分としても4時間ちょっと掛かる。
心を折るなら1人5分じゃ足りないかも。
余裕を一切与えずに追いつめるしかないか?
「少し焚きつけ過ぎたかな」
「希望者は多い方が良いと思います。それに長官の焚き付けの効果があったってことじゃないでしょうか。希望者は少し痛いことになるかも知れませんが……」
「――お手柔らかに頼むよ」
「はい。なるべく打撲以外の怪我はさせないようにします」
≫全然お手柔らかじゃねえ!≫
≫心を折るんだから必要だろ≫
近づいていくと、20代くらいの人が多かった。
私と一緒に練習していた隊員も何人か居る。
彼らに関しては心を折らなくて良いか。
試験の内容は、隊員が1人で私と戦うだけだ。
木剣と楯を持って戦い、直接攻撃する魔術は禁止。
隊員が降参するまで戦う。
私に一撃入れるか、降参後に私がOKを出せば選抜試験に合格となる。
補欠合格も設け、これも私が決定する。
≫よかったらメモ取るぞ≫
そのコメントを見て、私は指で輪っかを作ってOKした。
長官が前に立つと彼らは姿勢を正した。
私はその間に、木剣と小さな楯を取り、試験を行うサークル状の広場へと歩いていく。
「休みにも関わらず、昨夜の今日で良く来てくれた。昨夜も話したが、今回の選抜試験は大きな意味を持つ。合格すれば出自に関わらず、取り立てる。また今後も重要な役割も与えることとなる。全力で当たって欲しい」
「は!」
隊員たちの返事が揃う。
「試験はラピウスが行う。彼に攻撃を入れるか、自ら降参を宣言するまで試験は終わらない。試験開始の合図は私が行う。希望者は楯を取り、剣を木剣に持ち替えて彼の前まで進め。以上だ」
長官が話を終えると、勢いよく2人が隊列から出てくる。
2人で競って設置してある楯をとろうとした。
一瞬楯を取るのが早かった小柄な隊員が最初の相手となりそうだ。
彼が私の前に来る。
力を溜めている。
合図と同時に飛びかかって来るな。
私は胸の重みを感じ、肩の力を抜いた。
「始め」
彼が飛びかかってくる。
私も彼に向かっていった。
身体の流れに任せる。
飛びかかってきた彼が木剣を振りかぶった。
かなり予備動作が大きい。
隙だらけだ。
私の剣は吸い込まれるように彼の兜に打撃を与えていた。
木剣の芯に当たったからか手に衝撃はない。
速く振った訳でもないのにまともに当たる。
彼の動作が止まった。
私の木剣は彼の防具のないわき腹を叩いている。
「グッ」
彼が腰を引くと同時に、そこに横蹴りを当てていた。
そのまま、私は構わずに距離を詰める。
彼は真横に転がっていた。
大げさに剣を構えると、彼は慌てて楯を構えた。
私はさっき打撃を与えたわき腹の同じところに剣先を落とした。
突いたりはせずに重力に任せて落とした感じだ。
「ッ!」
彼は楯に隠れるように身体を縮こまらせる。
ただ、その動きに合わせるように私の身体は彼の背後に移動していた。
彼は私の位置を見失ったようだ。
彼の首元に木剣を押し当てる。
振り返ろうとしたけど、それを事前に察知して剣先で制御して振り向かせない。
私は体重を乗せた剣先を彼の顎に突き刺し、完全に動きを封じた。
もう少し私が体重を乗せるとマズいというギリギリのところだ。
顎の下って柔らかいなと思った。
彼は必死の表情になっていた。
そのまま10秒くらい経つ。
「――こ、降参、だ」
彼は言ってから楯を放り投げた。
注意深く彼の身体から力が抜けたことを確認して、木剣を引く。
彼はケホッケホッと咳をしていた。
――終わり?
私は少し混乱していた。
彼に全く手応えがなかったからだ。
時間も1分くらいだし息も切れてない。
相手の実力不足?
『蜂』の拠点で戦ったモルフェウスさんや決勝のゼルディウスさんが強すぎた?
私が成長した?
時間が遅く感じるあの感覚もなかった。
ただ、とにかく余裕があった。
相手の隙も良く分かった。
それに戦っている間もずっと日常の延長線上のようだった。
降参した隊員がすぐに隊員たちの元に肩を落として戻っていく。
隊員たちもざわつき始める。
そこへ、私の元に長官が近づいてきた。
「――不合格ということで良いのかね?」
あっ、合格か不合格か決めないといけないのか。
でも、混乱したまま決めたくはない。
「3人くらいは合否に関して保留でお願いできますか? 隊員の実力を計りかねてます」
「――分かった」
それからも同じような展開だった。
とにかく隊員たちの動作が分かりやすく、攻撃する前に隙が良く見え、私の攻撃が面白いように当たる。
私はかなりリラックスしているし、力も使ってないので体力も使わない。
でも困った。
隊員たちの実力が分からない。
なので、諦めの悪い隊員を補欠合格にすることにした。
諦めが悪いことは戦ってみればすぐ分かる。
気が楽になったので、私は自分戦い方の効率化を進めることにした。
最終的には、相手に向かって歩きながら木剣を置くだけでカウンターになるようにしていた。
相手にはまともに剣を振らせない。
いつの間にか、不自然な静けさが試験会場を支配していた。
そんな静けさの中でも、私の耳には相手の息づかいや地面の土を蹴る音が聞こえている。
どこか遠くの音も聞こえてきた。
私はそういった音を聞きながら、相手を封殺して自爆を誘いながら追いつめていった。
剣すらまともに振らせない。
ふと、この様子はどこかで見たことがあるなと思った。
そうしている内に今日の選抜試験が終わる。
試験を受けたのは46人。
補欠合格者が7人。
合格者は0。
コメントによると掛かった時間は1時間30分程度らしい。
固まっていた長官が「これで第一次選抜試験を終わる。解散」と宣言した。
その宣言で隊員たちが雑談を始めた。
選抜試験に第一次・第二次があるんなんて話はなかったはずだけど……。
長官が急遽決めたのかな?
確かに今の状況だと選抜しようがないもんな。
私も合格者を選ぶ方法を考えないと。
その前にセーラたちとの話し合いか。
私は長官のところに向かった。
途中、隊員の雑談が聞こえてくる。
「――不殺より強いんじゃないか?」
マクシミリアスさんか。
前に特別試合で戦ったときは本気じゃなかっただろうし、底も全く見せてない感じだったからな。
今戦ったらどうなるんだろう。
それに思い出した。
今日の私の封殺の仕方をどこかで見たと思ったけど、ルキヴィス先生がフゴさんを封殺していたときに似てたのか。
――ルキヴィス先生。
マクシミリアスさんと並ぶ、私が知る中でも最強の1人。
今なら先生にも多少は手が届くのだろうか?
今、2人と戦ったらどうなるかという、甘美な考えに脳が痺れる。
これまでに身につけた全てを思いっきりぶつけて、その上で私が限界を超えても勝てるかどうか分からない2人。
でも、その前に片づけることがあると自分に言い聞かせた。
言い聞かせながらも、身体の奥から熱い何かが沸き上がるくるのを感じていた。




