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第123話 悪意に抗う

前回までのライブ配信。


アイリスたちは暴走した暗殺集団『蜂』の皇帝を倒す。彼を暴走させたスピンクスも退ける。その直後、セーラがカトーの行動から皇帝が危篤状態と推測する。アイリスは皇帝を助けたいと思い、皇宮に向かうのだった。

[妃編]


 ローマ。

 昔のローマでもなく今のローマでもない。

 現代と時間軸は同じなのに古代の文明を残す不思議な世界のローマ。


 その不思議なローマの星空を飛んでいく。


 暗闇の中に、黒いシルエットと僅かな灯りが見えてきた。

 皇宮だ。

 その皇宮の入り口前に、私は降り立つ。


 すぐにマリカも降りてきた。

 様子が薄明かりで照らされる。

 人が飛んでるの見ると、髪が結構すごいことになってるんだよな。


 空間把握で皇宮を探る。

 門の付近は静かではあるものの、人の行き来はそれなりにある。

 やっぱり何かあったのかも。


「マリカ。今日は止められても強引に行くかも。無理にとは言わないけど、ついてきて貰えると助かる」


「う、うん」


「あと、視聴者に質問したいときはマリカに話しかける振りするね」


「分かった」


 さてと。

 どうやって入ろう?

 私もマリカも親衛隊に顔見知りは多い。

 強引に行くかもとは言ったけど、なるべくなら避けたい。


「お疲れさまです」


 私は警備に声を掛けた。

 マリカも続けて挨拶する。


 私は、ビブルス長官に報告があるという理由で中に入れて貰えるように頼んだ。

 報告があるのは嘘じゃないし。


 でも、今、長官は急用で話せる状況にないと言われる。


「では、エレディアス隊長はいらっしゃいますか?」


 エレディアスさんはアーネス皇子の護衛だからな。

 皇宮内に居る可能性は高い。


 私たちは無事に通されてエレディアスさんの元へ向かうこととなった。

 親衛隊の詰め所そのものは静かだった。

 いつもの夜と同じ感じだ。


「こんばんは。エレディアス隊長」


 私が詰め所に入ると、彼は驚いた様子を見せる。


「アイリス? それにキミはマリカだったか」


「はい。覚えていてくださり光栄です」


「隊員から話は聞いているよ。ところで、何の用件だい?」


「気になることがあって顔を出させて貰いました」


「気になること? あれだけの戦いをしたあとだというのに……。それにしても素晴らしい戦いだった。心が震えた。感動したよ」


 トーナメントの決勝のことだろう。


「ありがとうございます。ところで、ビブルス長官が急用との話ですけど、何か知ってますか?」


「長官? いや、皇帝の邸宅に入られたという話しか聞いてないな」


 エレディアスさんも聞いてないのか。

 それとも知ってて知らない振りをしてるのか。

 私には判断がつかない。


「そうですか。大きな声では言えませんが、皇帝が危篤のような状況にあるのではないかと考えています……」


「――危篤だって? そんな話どこから?」


 彼は周りを見渡すようにしてから小声で言った。


「長官やカトー議員の行動からの推測です」


「推測か。それが正しかったとしてキミはどうするつもりだ?」


「皇帝を危篤状態から助けられるのなら、助けたいと思っています」


「助ける? そういえばキミはローマ軍に包帯兵として参加したのだったな」


「はい」


「……どうして助けたいんだ?」


「はい。皇帝は私の戦いを見て、『明日への勇気を貰った』と言ってくださいました。私は彼に明日をみせたい」


「それだけかい?」


「はい。皇帝とはこれまで接点なんてなかったので」


「信じられないな。と、言いたいところなんだが、これまでのキミを見てると信じてしまう俺が居る」


「エレディアスさんとの付き合いもそこそこになってきましたしね」


「そうだな。それで、俺は何をすれば良い?」


「いえ、これ以上はご迷惑になるので自分でなんとかするつもりです」


「アイリス。キミは変なところで遠慮をするんだな。あまり期待されても困るが、顔を利かせるくらいならできる」


「本当ですか? 迷惑になりません?」


「ああ。迷惑ってほどじゃない」


「ありがとうございます! お言葉に甘えます。助かります」


 私たちはエレディアスさんに連れられて、皇帝が住んでいる邸宅の入り口向かった。

 以前、私が皇妃に呼ばれたときに来た邸宅だ。


 その邸宅に着くとエレディアスさんが、警備の人と話を始めた。

 重大な用件があるのでビブルス長官を呼んできて欲しいと話している。


 でも、彼らは(かたく)なに長官を呼ぶことが出来ないと言っていた。

 少し小馬鹿にする態度だ。

 エレディアスさんは彼らの隊長を呼んで欲しいとお願いしていたが、それすらも出来ないと話す。


 親衛隊長クラスでもダメか。


 私は飛んで潜入することも少し考え始める。

 この邸宅は、広間の天井から中に入ることができたはずだ。

 私とマリカなら入ることが出来る。


 ただ、天井の下には水が溜まっている。

 突風なんて使ったら広間は水浸しになるだろうな。

 入ったあとも護衛が居るだろうし、無理に入るのは止めておいた方が良いか。


 エレディアスさんも粘り強く説得をしてくれていたけど、なかなか出口は見えない。


 中に居ると思われるカトー議員にでもなんとかサインを送る方法はないだろうか。

 私かマリカにしか出来ない魔術を使えば、彼なら気付いてくれそうなものだけど……。


「なんの騒ぎ?」


 穏やかな声が響いた。

 灯りに照らされたその顔を見て、私は驚く。

 いや、皇宮に住んでいるのだから彼が居てもおかしくはないんだけど。


 ――第二皇子ミカエル。


 目の前で会うのはかなり久しぶりになる。

 ローマに来たばかりの私を騙して襲おうとしたことは忘れてない。


 その後ろにはレンさんが居た。

 レンさんは討伐軍に参加し、私と一緒の隊に居た人物だ。

 ミカエルの護衛をしているのだろう。


 2人ともかなりの美形だけど、タイプが違うこともあり並んでいると絵になる。


 ミカエルと一瞬目があって微笑まれた。

 許してないという意志を込めて睨んでおく。


 警備の人たちもさすがに皇子を前にすると姿勢を正して一礼した。


「待たせたね。さ、入ろうか」


 彼は私の前でにこやかに語りかけてくる。

 何かと思ったけど、すぐに彼が私を助けようとしていることに気付いた。

 借りを作るのは嫌だけど、他に選択肢もない。


「はい」


 私はマリカにアイコンタクトして、一緒に入ることを促す。

 慌てて、警備の人たちが「困ります」と言うが、ミカエルは事も無げに「彼女らは僕の侍医(じい)だよ?」と適当なことを言って歩いていった。


 ≫ジイってなんだ?≫

 ≫じいや?≫

 ≫侍医じゃないのか?≫

 ≫貴族とかに専属でついてる医者≫


 私もさも当然というように彼に着いていった。

 残されたエレディアスさんには日本流の指先を合わせて立てた「ごめん」のポーズをしておく。

 彼は苦笑して見送ってくれた。


 邸宅に入ると、見覚えのある大広間があった。


「ありがとうございます。助かりました」


 お礼を言っておく。


「ルキヴィスが行けってうるさくてね。君はマリカだよね」


 ミカエルはマリカに微笑みかけた。


「は、はい、殿下。お声を掛けていただき光栄です」


「そんなに(かしこ)まらなくてもいいよ。君たちは陛下の治療を試みに来たってことでいいのかな?」


「その通りです」


 私が応える。

 彼は情報もほとんどない状態で私たちが来た理由を推測したのか。

 思っていたよりもずっと頭の良い人なのかも。 


 すぐに執事のような人が来て、皇帝の部屋に案内された。

 私たちのことはミカエルの侍医とその助手ということで押し通すつもりみたいだ。


 皇帝の容態は良くないとのことだった。


 セーラの予想は当たったことになる。

 いろいろ聞きたいことはあったけど、執事も居るので何も言わずに黙っていた。


「こちらでございます」


 部屋に通されると、大きな部屋にベッドがあり、その周りに何人かの人が居た。

 アーネス皇子やその執事、ビブルス長官も居る。

 あとは知らない人だ。


 皇妃やカトー議員は居なかった。


 皇子や長官は私がこの場に現れたことにかなり驚いている様子だ。

 カトー議員はどこに居るんだろう。

 機会があればビブルス長官に聞いてみよう。


「陛下の容態はどう?」


 聞いたのはミカエルだった。

 相手は恐らく皇帝の侍医(じい)だろう。


「良くはありません」


「今、治療してないんだよね? じゃさ、ウチの侍医に診させてよ」


 皇帝の侍医は不満そうにしたが、一歩離れる。

 ミカエルは私を促すように見た。


「失礼いたします」


 私はすぐに皇帝の傍に行く。


 皇帝の意識はなく、顔色がかなり悪い。

 肌が青くて死人のようだ。


 ≫暗くて分かりにくいがチアノーゼっぽいな≫

 ≫チアノーゼ?≫

 ≫酸素欠乏状態のことだ≫


「マリカ! 酸素を鼻と口元にお願い」


「う、うん」


 マリカはすぐに酸素を集める魔術を使った。

 この様子だと怪我ではなさそうだ。

 ただ、危険な状態なことは分かる。


 ≫チアノーゼが全身に広がってるか見たい≫

 ≫服脱がせてみて≫


「すみません。陛下の服を脱がせても良いですか? 診断に必要です」


 この場で決定権を持った人がいないからか、許可が出ない。


「良いよね?」


 ミカエルが皇帝の侍医に圧を掛けた。


「――はい」


 私は許可が出たと判断して、すぐにマリカにも手伝って貰い服を脱がせる。

 彼女は私より力があるので助かった。


 脱がした皇帝はひどい状況だった。


 全身が青色になっているのもあるけど、所々がカサブタのように茶色になっている。

 シミのようになっている場所も所々ある。

 筋肉はほとんどなかった。

 痛々しくて直視できない。


 ≫酷いな≫

 ≫皮膚ガンとかか?≫

 ≫皮膚ガンにもいくつか種類がある≫

 ≫一応、見分け方を説明する≫


 皮膚ガンが原因でこの状況になっているのなら、私には対処できない。

 祈るような気持ちで、視聴者の指示通りに確認していく。


 確認自体は短い時間で終わった。


 ただ、確認してもはっきりとは分からない。

 可能性はあるけど、確定ではないという話だ。


 ≫問診(もんしん)を行ってくれ。侍医が良いな≫


 私は、侍医に話を聞きたいと申し出た。

 侍医はアーネス皇子やミカエルの顔色を伺い、頷かれたこともあって私の申し出を受ける。


 ミカエルは、「これで陛下が助かったとしても君には引き続き陛下の侍医を勤めて貰うつもりだよ。ねぇ、アーネス皇子?」と何かフォローもしている。

 そのお陰か、侍医は協力的になった気がした。


 話を聞く。


 彼が侍医になってからの期間。

 いつから症状が出てきたのか。

 他におかしな症状がなかったかどうか。

 あとは生活習慣、日光を浴びる機会などを聞いた。


 彼の話によると、侍医になった14年前は体調などに問題はなかったのだと言う。


 皇帝は5年ほど前から手足のしびれを訴えるようになり始め、体調も崩しがちになりそれが今日まで続いていたとの話だった。

 ただ、これまでは今日のように命まで危ないという状況はなかったという。


 私が話を聞いている間、マリカの酸素が効いたからか、皇帝の顔色は少し良くなってきていた。


 そして、一通り話を聞き終えた。

 結局のところ病気の特定は難しそうだ。

 もちろん、特定できたところで私に治せるはずもない。

 ただ、なんとかはしてあげたい。


 ≫皇妃が毒でも盛ったんじゃねーの?≫


 誰かが書き込んだ。


 ≫ソレダ!≫

 ≫確かに砒素(ひそ)中毒っぽいな≫

 ≫慢性と急性双方なら説明はつくが……≫


「マリカ、砒素中毒の見分け方は?」


 私はとっさに聞いていた。

 手の甲はマリカに向けている。

 視聴者への質問だ。


「――え? そ、そうだね」


 マリカは上手くはぐらかしてくれた。


 ≫足裏に硬くなった皮膚が広がってるか?≫


「失礼いたします」


 私は皇帝の足裏を見た。

 確かに地面につく箇所に硬くなった皮膚が広がっている。


 ≫手のひらも見てくれ≫


「硬い……」


 手のひらにもざらつくような硬い皮膚が広がっていた。


 ≫決まりじゃね?≫

 ≫急性の症状に低血圧になるものがある≫

 ≫血圧はどうだ?≫


 皇帝の手首をとり、脈があるかみる。

 場所が分からなかったので、身体を流れる赤血球に焦点を合わせて探った。


 弱いけど、脈はある。

 弱いけど脈自体は早い。

 更に全身の血流をみる。

 やっぱり流れが弱い。

 探っていくと心臓の動きが弱いことが分かった。


「血圧は少し弱いかも。ただ、鼓動が早いのに心臓の動きが弱い」


「うん」


 マリカに語りかける振りをして視聴者に話す。


 ≫急性砒素中毒には心臓衰弱の症状がある≫

 ≫もう治療に入った方がいいんじゃないか?≫

 ≫どうやって治療するんだよ≫

 ≫胃の洗浄や昇圧薬、解毒になるが……≫

 ≫一応、具体的なことをコメントしてみてくれ≫


 具体的な治療方法が述べられていく。

 その中で、昇圧(しょうあつ)――血圧を上げることは魔術で強引に心臓を動かせばいけそうだった。


「これから行うのは治療行為です。マリカは引き続き酸素をお願い」


「分かった」


 私は皇帝に抱きつくようにして、心臓を探り鼓動に合わせて心臓の筋肉を強く動かす。

 最初は様子を見ながら、少しずつ強めていく。


 次は胃の洗浄のことを考える。


 胃の洗浄は水と木炭で行うらしい。

 本当は活性炭で行うらしいけど、代用として木炭でも良い、とのことだった。


「すみません。どなたか水と木炭、あと木炭をすりつぶす道具と大きな壷か何かを用意できませんか?」


 半分ダメ元で言ってみる。


「レン」


「承知いたしました」


「僕の名前出していいから」


 その中でも一番早く動いたのはミカエルだった。

 借りは作りたくないんだけど、気が利くのが憎たらしい。


「マリカ。陛下の胃の洗浄をお願いできるかな。たぶん、世界中でもマリカが一番上手くできるから」


 私は真剣な表情でマリカに頼んだ。


 水の操作は私よりマリカの方が上手い。

 上手いというか比べものにならない。

 口から水を入れて、胃を洗浄するなんてことはマリカにしか出来ないだろう。


 それでも、マリカに断られたら私がやるつもりだった。


「分かった。どうすれば良い?」


 彼女は真剣な表情で返してくれた。


 私は「ありがとう」と伝えると、胃の場所やコメントを頼りに注意点を説明していった。

 お互い水や気体の動きを把握できるので、身体の内部もある程度分かる。

 説明自体は難しくない。


 しばらくして、レンさんが要望したものを持ってきてくれた。


 木炭をすりつぶすための道具は驚いたことに、すり鉢とすり粉木(こぎ)だ。

 さすがローマ、なんでもあるな。

 器に入った水は1リットルくらいか。

 足りなさそうなら創水の魔術で増やせば良い。


 私は意識のない皇帝の口に水の入った器をつける。


「マリカ」


「うん。サンソはずっと維持した方が良い?」


 ≫出来る限りで。数分なら恐らく大丈夫≫


「可能な限り維持して。維持できなくなっても、私が合図したらまた酸素を使い始めて」


 コメントを受けてマリカの質問に答える。


 ≫喉や食道の反射は抑制した方が良いかも≫


 なるほど。

 私はすぐに皇帝の顎辺りに腕を回した。

 それにしても絵面がひどい。

 マリカが皇帝に抱きつき、私も皇帝の頭を抱えている状況だ。


「陛下がむせないように私が制御するから、胃の洗浄をお願い」


「うん」


 私たちは目を合わせ頷きあう。


 そこからのマリカはすごかった。

 生き物のように水を扱い、食道をこじ開けながら水を胃へと導き、ぐるぐると水流を作りながら洗浄していく。


「アイリス! 胃から水が出せない! どうすれば良い?」


「どういうこと?」


「何か、胃の入り口のところが閉まってる」


 ≫恐らく噴門(ふんもん)だな≫

 ≫胃酸や内容物が逆流しないための(べん)だ≫

 ≫どうすれば開くんだ?≫

 ≫下部食道括約筋(かぶしょくどうかつやくきん)を緩ませれば……≫


「場所はどこ?」


 ≫横隔膜辺り。胃と食道の境目≫


 横隔膜の場所なら良く知ってる。

 今日の決勝で苦しめられた。


「ごめんマリカ、腕だけ通させて。マリカはその胃の入り口が開くまで、引き続き洗浄をお願い」


 私は皇帝のなんとか括約筋の場所を探した。

 胃に繋がる辺りかな?

 神経を流れている電気を遮断する。


「開いたよ!」


「分かった」


 マリカが器用に水流で内容物を閉じこめながら、食道を逆流させていく。

 私も喉の反射が起きにくいように調整した。


 逆流させた液体は用意しておいた壷に入れる。

 マリカのお陰で内容物も含めて、綺麗に収まった。


「念のため、もう1回、胃の洗浄をお願い」


「うん」


 私たちは同じことを繰り返した。

 今度は内容物はほとんどない。


 続けて木炭をすり潰し、再びマリカが水と一緒に胃まで運んだ。

 酸素についてはずっと維持してたみたいだ。

 さすがマリカ。


 皇帝の顔色はかなり良くなってきた。

 私は再び彼の心臓の収縮をサポートし、血圧を維持することに勤めた。

 見た感じは持ち直したかのように見える。


「アイリス。今ってなにやってるの?」


 マリカが聞いてきた。


「心臓のサポート。心臓の動きが弱くなってるから、それを調整してる感じ」


「それっていつまでやるの?」


「元の動きに戻るまで。まだしばらく掛かるかも」


「私に代われない? アイリスはそろそろ休んだ方が良いと思う」


「だい――」


 大丈夫と言おうとして、考え直した。

 私がずっとこうしていられる訳でもない。

 長引いた場合のことも考えて、交代で心臓のサポートが行えた方が良いだろう。


 なにより、マリカになら技術的にも任せられるし、いろんな意味で信頼もしてる。


「頼めるかな。やり方は――」


 マリカの場合は、私のように電気の操作じゃなく水分に働きかけるやり方になる。

 手首の脈を基準に、心臓のサポートの方法を教えた。

 彼女はすぐにその方法を覚える。


「ふぅ」


 やれることは全てやった。

 あとはここに居る人たちへの説明か。

 私は、こちらに集まっている視線を受け止める。


「皆さん。可能な限りの治療は行いました。この治療に成功したかどうか分かるのには、もう少し時間が必要です。ただ、現在は安定しているように見えます」


「成功したか分かるまでの時間とはどの程度だ?」


 アーネス皇子が聞いてきた。


 ≫短期的には半日だな≫


「半日くらいは必要だと思われます」


「半日か」


「アイリス。結局のところ何に対する治療を行ったのだ?」


 ビブルス長官が組んでいた腕を解く。

 一瞬、『毒』のことを素直に言ってもいいのだろうかと思ったけど、私が判断することじゃないと思い直す。


「毒物の治療を試みました。陛下は恐らく砒素を口にしたのではないかと」


「砒素だと?」


 言葉を発したのは皇帝の侍医(じい)だった。

 彼は砒素が毒物であると知っているようだ。

 少し話をすると理解を示してくれた。


「しかし、毒物とは。いったい誰が……」


 アーネス皇子が絞り出すように声を出す。

 誰もその声に反応しなかった。

 部屋が静まりかえる。


「――通しなさい!」


 その静まった中、部屋の外から慌ただしい音が聞こえてきた。

 ドアが開かれる。

 心の準備もないまま、彼女が現れた。


 ――皇妃。


 彼女が部屋を見渡すと、私のところで目を止め、怒りの表情を浮かべた。

 どうしてここに?

 いや、彼女の家なんだから居て当然か。

 あまりの形相に(ひる)みそうになる。


 でも。


 怯みそうになったけど、踏みとどまった。

 私は皇妃と戦うと決めたんだ。

 これから戦おうとしている相手に怯んでどうする。


 肩の力を抜き、胸の重さを感じる。

 すっ、と体温が下がっていくのが分かった。


 そもそも何故彼女は怒っているのだろうか。

 皇帝の容態よりも、私への怒りを優先したことも気になる。

 冷静になったこともあって、いくつか疑問が浮かんできた。


 まずは序盤のさぐり合いだ。


 戦闘モードになった私は、来るなら来いという心持ちで皇妃に身体を向けるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いよいよ佳境だ…! わくわくどきどきしてます! アイリスが恋愛にまったく興味を示さないのがいい! 大好きです! [気になる点] 先が気になる〜 アイリスはどうなるのか 皇妃は何者なのか […
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