第108話 真っ向
前回までのライブ配信。
マリカが行方不明になり、アイリスは彼女を攫ったのが暗殺集団の『蜂』ではないかと疑う。アイリスたちは『蜂』の拠点を探し制圧する。彼女はその途中で『蜂』の皇子を見つけるのだった。
「誰だ? 女? なぜ俺のことを知ってる?」
暗闇の中、『蜂』の皇子が私に聞いてきた。
「私の大切な友達が攫われたんですけど、何か知りませんか? 貴方たちにノクスの女王候補と言われていましたが」
私は足を止めて言った。
「――俺は何も聞いてない」
聞いてない?
何を聞いてないんだ?
マリカを攫った理由?
もしかして彼女を見た?
「貴方は女王候補を見たんですか? 今どこに居るんですか?」
自分が発した声に感情がないことに驚いた。
「うるせえ」
彼が足に力を溜めている。
私は使っていた空間把握を意図的に少しだけ乱す。
魔術無効だ。
次に胸の重さを感じて肩の力を抜く。
鎧は鎖かたびらなので、胸はそこまで苦しくない。
「邪魔するな! 行かなきゃいけないところがあるんだよ!」
彼は言いながら地面を蹴った。
私から逃げる方向だ。
しかし、すぐに足がもつれたようにバランスを崩す。
風の魔術を使うことを前提に動いたから、魔術が使えなくて動きが狂ったんだろう。
「なっ?」
私は彼と同時に動いて逃がさない。
「てめえ……」
「私の友達について話してください」
「ちっ、仕方ねえ」
彼の意識が私に向く。
足の筋肉に力が入ったのが分かった。
しかし、彼は剣を抜いていない。
何をするつもりか分からないが、身を任せよう。
私は思考を捨てて頭を空っぽにした。
恐怖は怒りによって麻痺している。
「寝てろ!」
彼は地面を蹴り、一気に私に迫る。
お腹へのパンチか。
私は斜めに下がって避けていた。
何も考えてないと避けるだけか。
ただ、身を任せていても自動的に避けられるという自信には繋がる。
「うら!」
彼は切り返して、回し蹴りを放ってくる。
私は気付くと腰を落として避けていた。
彼は転がるが、再び地面を蹴って私に飛びかかってきた。
腰辺りにタックルしてくるようだ。
彼が掴みかかろうとした瞬間に、身体は勝手に下がっていた。
彼の両腕は空振って硬直し、そのまま地面に落ちる。
「なんなんだ……。なんなんだよお前はよ!」
彼が跳ね起き上がりながら、パンチをしてくる。
私は当たるギリギリで腕の外側へ。
彼は硬直するけど、すぐに蹴ってくる。
それを当たる直前に下がって回避。
連続攻撃だけど、タメがあるので全く驚異に感じない。
彼が相手ならいくらでも避けられる。
さてと。
攻撃はどうするかな。
私は武器がないと足裏で蹴るくらいしか出来ない。
相手が素手なのに私が剣を抜くのは気が引けるしな。
リーチが短くなるけど、いいか。
私は剣を持ってるイメージで右手を構えた。
剣は持ってないけど、剣の柄で攻撃するように意識してみる。
彼の右ストレート。
避けながら顔の位置に拳を振る。
彼は兜すらしてないので、完全にカウンターとなった私の攻撃が当たった。
よろめいた。
「くあぁ!」
彼は私を殴るために振りかぶる。
私は先に懐に入って顔に拳を振るった。
動きは剣を横に振るうときのものだ。
ちょうど拳が当たった顔が支点となり、彼は背中から落ちてせき込む。
せき込みながらも彼はすぐに転がって身体を起こした。
私は無造作に距離を詰める。
「ギリッ」
彼は歯を食いしばって殴り掛かってくる。
私はそれを直前で避けた。
いや、身体が勝手に避けていた。
ザリッ!
彼は地面を蹴って前に倒れるように回転した。
空中での前回り。
真上から彼のカカトが迫る。
気がつくと私は目の前の彼の背中を蹴っていた。
完全に無防備なところに私の蹴りを受け、地面に顔から落ち、転がっていく。
彼はパタリと動かなかった。
脳震盪でも起こしたんだろうか。
でも、まず手が動く。
顔が持ち上がる。
足が動く。
震えながらも、地面を這いずり立ち上がろうとしている。
必死さが伝わってきた。
私がマリカを助けたいように、彼も仲間を助けたいんだろう。
「仲間を助けたいんですか?」
立ち上がろうとしている彼に近づいていって聞いた。
でも、その彼は無言だ。
「私も友達を助けたいんです。今すぐにでも」
闇夜に私の声だけが響く。
彼は無言だった。
ただ、首に力を入れて顔を持ち上げている。
私の話を聞いてはくれているようだった。
「貴方の仲間は全て捕らえました。全員を解放することは出来ないと思いますが、命を救うだけなら出来るかも――」
「――るせえ」
話は彼に遮られた。
説得は無理そうか。
頭を切り替えて、次のことを考える。
マリカが捕らわれている場所を聞くということだ。
彼が来た道の向こうにマリカが居る可能性が高い。
彼は仲間を助けるために急いでいたはずだ。
遠回りはしないだろうから、この道を中心とした左右45度の範囲に居ると思う。
その彼が立ち上がった。
足が大きく震えている。
私を睨んでいるようだった。
私は、胸の重みを感じ肩の力を抜く。
「ゥォオ」
彼が唸りながら突っ込んできた。
溜めに溜めた力を私に向けて、一直線に突っ込んでくる。
「オオオオ!」
振りかぶった見え見えのストレート。
私をそれを直前で避けていた。
さっきと同じように片手で剣を持った要領で、彼の顔に拳を叩きつける。
「ォォォ!」
彼は止まらない。
ふと、カトー議員の話を思い出す。
極度の集中力を発揮しているものと直接ぶつかるのは良くないという話だ。
彼の身体がぶつかり、私の身体が浮く。
そこに彼は頭突きをしてきた。
それでも!
私は剣で横に切るようにして、彼の頬を殴った。
手応えがある。
一瞬の空白。
「ルゥァ!」
殴ったはずの彼の顔が再び私に迫る。
顔というか目に魔術の光が集まっていた。
私は魔術無効を解除して、空気で自分の身体を制御し、真下から彼の顎を蹴り上げた。
「ガフッ」
彼の身体が一瞬宙に浮く。
空白。
彼の目の光が消えていき、魔術の光全てが弱くなった。
終わりか。
そう思った次の瞬間、彼の目に光が宿る。
「――ッ!」
彼の後ろで起こった風の魔術で突っ込んできた。
策も何もない。
ただ、自身の身体を私にぶつけるだけの行為。
「ふっ!」
私は更に空中で自分の身体を制御し、勢いをつけて彼の鳩尾当たりに頭突きした。
「グハッ……」
急に彼の身体から力が抜けたようになる。
「待……」
それでも私にすがりついて来る。
私は彼の手を避けると同時に、もう1度彼の顎に横から拳を叩きつけた。
彼の顔はぐるんと横を向き、地面に落ちる。
糸の切れた人形のようだった。
そのままピクリとも動かない。
極度の集中力とはぶつからない方がいいというのは、確かにそうなのかも知れない。
ただ、集中力には想いが宿ってることもある。
その想いを真正面から受け止めることも必要なんじゃないだろうか。
私は動かない彼を見ながら考えていた。
それから、気を失っている彼をなんとか盾に乗せてカトー議員の邸宅に運んだ。
私自身は盾なしで飛ぶことになったけど。
邸宅に入り、早速カトー議員の元に駆けつける。
ルキヴィス先生やカクギスさんも居た。
『蜂』の皇子の彼はカクギスさんに盾ごとロープで縛って貰った。
ひっくり返った亀のようだ。
すぐにカトー議員とビブルス長官が待機している部屋に通される。
2人と私以外、他には誰もいない。
「うんうん。指揮のトップは長官殿だ。彼に聞こうな」
カトー議員に話しかけると、ビブルス長官に話を振られた。
そういえば、指揮系統は1本化するのが大切なんだっけ。
「ビブルス長官、失礼しました。繰り返しますが、彼は『蜂』の皇子と自称していました。仲間を助けにきたようです」
「仲間というのは?」
「制圧した『蜂』の拠点の仲間と思われます」
「なるほど。仲間意識が強いのかも知れないね」
「ほー。仲間意識が強いのなら、なんで奴1人でも留置所に助けに来なかったんだ?」
ヘラヘラしながらカトー議員が突っ込む。
「それは……。何か用事があったのでは?」
「どんな用事だ?」
「アイリスの友人を攫うためなどが考えられます」
「攫ったどうか知るためにどうする?」
「彼を起こして尋問、ですかね」
質問しながらビブルス長官を誘導しているな、と思いながらカトー議員を見る。
私の視線に気付いた彼は口元だけで笑った。
「少し外させて貰います」
長官はそう言って部屋から出て行った。
カトー長官と2人になる。
「何か言いたそうだな」
「いえ、別に」
「そうか。ところで、お前はこれからどうするつもりだ?」
「範囲を絞ってマリカを探します」
「当てがあるのか?」
「はい」
マリカが居る方向だけ絞れたことを話した。
理由も含めて。
「発想は悪くない。だが詰めがイマイチだ」
「イマイチ?」
「なんだ、まだ分からないのか。その皇子様が居た拠点にマリカが居たかどうかの確証はあるのか?」
「それは――、彼の態度が、あ」
私の『仮説』は彼の態度から勝手に想像しただけだ。
彼はマリカが今どうなっているかは知っているかも知れない。
でも、それだけなら『蜂』のサインでも知ることが出来る。
「気付いたか。まあ、気付くだけマシだな」
「――はい」
「というように他者が質問すると足りない自覚を促すことが出来るという訳だ。ビブルスもそれを分かっていてオレを副官代わりに使ってる」
「え?」
いきなりそんな話をされても意味が分からない。
ただ、さっきのは長官も望んだ形の誘導だったということだろうか。
あ、でもそれなら私もカトー議員を副官代わりに使って良いのではないだろうか?
いや、良い。
「では、私もお願いします。彼らの拠点の数も考えると、彼自身はマリカを見ていない可能性が高いということですね?」
「そうきたか。まあ付き合ってやってもいいがな」
ニヤリと笑うカトー議員の顔は相変わらず憎たらしい。
「それで、どうですか?」
「まぁ、そんなところだろうな。では、その可能性を確定するにはどうすればいい?」
可能性を確定?
いや、迷う話でもないか。
さっきのビブルス長官と同じ。
聞けばいいんだ、直接『蜂』の皇子に。
「直接聞きます。作戦を立ててから」
「ほう。で、作戦の方向性はどんなの考えてるんだ?」
「方向性ですか……」
私は話しながら作戦を決めていった。
コメントで気になったこともカトー議員に話す。
掘り下げるように誘導してくれるためか、考えが整理されていった。
「まとめると、彼を挑発し怒らせてから腹を割って話し合う方向ですね。目標は、マリカの居場所聞き出すこと。最低でも彼が彼女を見たのか確定させる」
「まとめられると面白くない作戦に聞こえるな」
「面白くなくていいんですよ。マリカを助けられれば」
「ま、やってみろ」
雑に言われる。
そして、私とカトー議員は『蜂』の皇子が捕まっている部屋へと向かった。
部屋にたどり着くと、ビブルス長官が腕を組んでいる。
『蜂』の皇子は両手と両足を縛られて、両端の兵士に取り押さえられていた。
彼は顔を上げて真っ直ぐに私たちを見ている。
≫そういえば、この皇子、名前あったよな?≫
≫なんだっけ?≫
≫まとめサイトに載ってたような≫
≫確かタナトゥスですね≫
≫あ、そうそう。死の神と同じタナトゥスだ≫
「いかがかな? ビブルス長官」
カトー議員がわざとらしく聞く。
「口が堅い」
「それなら彼女に任せてはいかがかな?」
言いながら私を見る。
「――では、頼めるか?」
「はい。ありがとうございます」
私は『蜂』の皇子、タナトゥスさんに近づいていった。
彼は訳が分からないという風に私を見てきた。
さっき戦ったときは暗闇だったし、その前に戦ったときは男装してたんだよな。
「アイリスと言います。蜂の皇子、いえタナトゥスさん」
私が彼の名を出すと、驚いた表情で私を見てきた。
「――女。なぜ俺の名前を知ってる」
「いろいろ苦労してるので」
嘘は言ってない。
「答えになってない。俺の名前を知っている理由を答えろ」
その彼の物言いに、周りの兵士たちが動く。
でも、私は彼らに動かないようにお願いした。
「なぜ、私が貴方に理由を説明しないといけないのですか?」
まずは少し挑発してみる。
「なに? その程度答えてもいいだろう?」
「いえ、答える必要がありません。質問してるのは私です」
真正面から彼を見る。
しばらく睨まれた。
「――気の強い女は嫌いじゃないぜ。お前のような美しい女であればなおさらな」
「ありがとうございます」
「だが、守られてるだけの女がそれを傘に強気でいるというのは気に入らねえ」
守られてるか。
確かに、助けられてばっかりだ。
あと、ローマにも傘ってあるんだな。
「確かに私は守られてますけど、それが強気の理由って訳じゃないですよ」
「なに?」
「タナトゥスさんと同じです。大事な人を助けたいからですよ」
「大事な人? 俺と同じ? 意味分かんねえな。なぜそれが俺への強気の理由になる?」
≫脳筋かと思ったらそうでもないのな≫
≫理由ってさっき戦ってるとき話したよな?≫
≫暗闇だったし同一人物と分かってないんだろ≫
≫まぁ、この姿で強いのは信じられんわなw≫
「意味分からないですか。さっき話しましたよね?」
「さっき? なんの話だ?」
「貴方と私が戦ってる最中のことです。さっき道で戦ったことはさすがに覚えてますよね?」
「――は? 道? は? そういえば、おい、まさか」
彼は立ち上がろうとした。
さすがにそれは2人の兵士に取り押さえられる。
「俺を倒したのはお前だったのか」
「そうですけど、気付いてなかったんですね。声で分かると思ってました」
「いや、言われると確かにそうなんだが、結びつかなかった。すまない」
いきなり謝りだす。
それに急に威圧感みたいなのが消えた。
「それから、守られてるだけの女なんて言って悪かった」
あれ? むちゃくちゃ素直だな。
「いえ、気にしてません」
「そうか。お前は素手の俺に最後まで剣を抜かないでくれた。それに真正面からちゃんとぶつかってくれたしな。その辺の男より男気に溢れてるぜ」
≫即落ちしてるじゃねーかw≫
≫デレるの早いな≫
日本に居た頃も含めて『男気に溢れてる』なんて言われたのは始めてだ。
まさか女になってから言われるとは。
「それがこんな美人とはな。――惚れたぜ」
「はい?」
「惚れたって言ったんだよ。何度も言わせるな。女子供は助けるように言ってくれたのもあんただろ。そこの偉そうなのに聞いたぜ」
「は、はぁ……」
なんともいえない声が出た。
ビブルス長官を見ると呆れた顔をしている。
カトー議員は……。
プルプル震えてこっちを見ないように顔を背けていた。
この男……。
「タナトゥスさんがそれほど焦ってないように見えるのは、女性や子どもが助けて貰えるというのが理由ですか?」
「そう見えるか。たぶんそうなんだろうな」
「――貴方が良いのならそれで良いです。それで話を戻します。私の友達のことです」
「ああ、女王候補の女のことだったな」
なんとなく友好的な気がした。
これなら一番知りたかったことが聞けるかも知れない。
本来なら、質問のハードルを上げてから下げた方がいいんだろうけど、そういうテクニックは彼に対して逆効果な気がする。
「はい。単刀直入に聞きますが、彼女を見ましたか?」
「見たぜ。来たのはウチだったからな」
ざわついた。
「無事ですか?」
「ちゃんとは見てねえ。だが元気そうな声は聞こえてきたな。親父たちにとっちゃ大事な大事な女王候補だからな。酷い扱いはしねえんじゃねえかな。今のところはな」
『元気そうな声』というのは言葉通りの意味じゃないだろうな。
気の強いマリカのことだ。
相手を怒らせるようなこと言ってなきゃいいけど。
「ところで、今のところ、というのはどういうことですか? 扱いが変わると?」
「女王になるのを嫌がり続けたら変わるな。あの親父たちのことだ。無理にでも女王にするだろうよ」
無理に?
すっと、身体の熱が抜け落ちる。
「ハハハ、怖えぇな。んじゃ、お前はどうする?」
「やることは変わりません。彼女を取り戻しにいくだけです」
「場所に当てはあるのか?」
「探します」
「俺には聞かないのか?」
「貴方は仲間を裏切るようなことはしませんよね? 時間の無駄です」
「――分かってるな。いいねえ。惚れ直したぜ」
「どうも。では、そろそろ行きますね」
「まあ、待てよ。1つ言わせろ。親父たちとは戦うな」
「親父たち? 何人居るんですか?」
「2人だ。親父は分からんがもう1人はバケモノだ。とにかく、ヤバいのに出会ったら手を出すな。全力で逃げろ」
「忠告ありがとうございます。タナトゥスさんが言うのだからよっぽどでしょうね」
「もちろんだ。悔しいが俺が何人居ても無理だな。本気でバケモノだ。それにガキの頃に見た光景が忘れられない」
「光景ですか。その『バケモノ』の人の話ですよね?」
「ああ、人の形をしたヤベえ奴を半殺しにしていた」
「人ではなかったんですか?」
「剣が胸に突き刺さったまま笑ってやがったからな、あの女。人の形だからタチ悪ぃ。もちろん、クソ強えぇ。それをあの人は動けなくなるまで切り刻んでた。俺はチビりそうになってたんだが、親父に無理矢理見させられてよ」
「そ、それは災難でしたね」
「俺のことはどうでもいい。あの人と戦うなって話だ」
「そうですか。では、貴方の前に『あの人』が居るとします。彼を倒せば仲間が助けることが出来るとします。貴方は逃げますか?」
「――なに?」
「逃げますか?」
「――逃げられるかよ」
タナトゥスさんは奥歯を噛みしめ、笑ってみせた。
歯肉が見える。
まるで猛獣のようだ。
「私も同じです。それに、近い内にバケモノのような人と戦う予定ですし、ちょうど良かったです――」
目を閉じる。
不安、欲、自信が入れ替わりぐるぐる回る。
内側だけに留めておけない。
身体の芯が震え、それが皮膚にまで伝わる。
「何であっても誰であっても立ち塞がるなら倒して彼女を助けるだけです」
その場がシン――となった。
部屋の外での物音だけが聞こえる。
「――あ、くそ。すげえな。最高の女かよ。着いていきたいところだが、これじゃ無理だな」
沈黙を破ったのは、タナトゥスさんだった。
縛られた手を見せてくる。
「着いてきていいんですか? ご自身のお父さんを少しは裏切ることになりますけど?」
「なるのか? 親父たちを助ける気はないし、まあなるか。どっちにしても細けえことはいいんだよ。そもそも親父たちが負ける姿が想像できない」
へえ。
そこまで強いのか。
でも、実際に私と戦ったタナトゥスさんにそう言われるのはなんだか悔しいな。
ふと、あの長身の男を思い出した。
彼は20代だろうから『親父たち』には含まれてないと思うけど。
「その2人の年齢はいくつくらいですか?」
「2人とも40は過ぎてたはずだ。なぜそんなことを聞く?」
「1人気になる強い人が居まして。身長が高くて捕らえ所がなくて『蜂』の味方かどうかも分からない人ですね。『出来損ない』と自称してました」
「そりゃ俺の兄貴だな」
「お兄さん?」
「つっても腹違いだけどよ。あれのことは俺にもよく分からん。理解できない」
「彼は私の邪魔をすると思いますか?」
「繰り返すがあれのことは俺には分からん。ただ、強さは親父たちにも認められているようだな」
「そうなんですか」
「ああ。ただ、今は腕が折れてるらしいぞ」
「え?」
あっ。
もしかしてルキヴィス先生と戦ったときか!
腕でパンチを受けてた気がする。
「貴重な情報ありがとうございます!」
「俺はあれのことを仲間とは思っていない。向こうもそうだろうな」
「複雑な家庭環境なんですね……」
遠くで「プッ」という吹き出す声が聞こえた。
カトー議員か。
「では、そろそろ行きますね」
「ちょっと待て」
タナトゥスさんはそう言うと、身体を向きを変えた。
「おい、あんたら。彼女に何人か付けてくれねえか? 強くて逃げ時を知ってる奴がいいな」
「何を言ってる、貴様!」
兵士が声を荒げた。
「――良い。話を聞こう。どうして我々に助言する?」
ビブルス長官だ。
「助言? そんなつもりはないな。惚れた女に死んで欲しくないだけだ」
「お前自身がどうなるか分からないのに?」
「知るかよ。惚れた女に生きていて貰いたいことがそんな不思議なことか?」
「なるほど。話は分かった」
「それで、どうなんだ? 人を付けるのか付けないのか?」
「それはここで話すことではない」
「――ああ、そうかよ」
タナトゥスさんはふて腐れたように胡座になる。
足首も縛られてるのに痛くないのかな?
「長官。私が帰ってきたら彼に話せるところだけ話しても良いですか? 他の『蜂』の拠点のこともありますし」
「そうだな。考えておこう」
「ありがとうございます」
「おっ、さすが出来た女だぜ。――今さらだが名前はなんだ?」
「アイリスです」
「アイリスか。良い名前だな。お互い神の名前繋がりって訳だ」
「ですね。では、私はそろそろ行ってきます」
私は、ビブルス長官やカトー議員にも挨拶して、部屋の外に出た。
彼の父親なら、魔術の光が強いかもしれない。
ルキヴィス先生とカクギスさんには一緒に行って貰った方がいいだろうな。
あと、マリカが居るなら『蜂』側は魔術無効が広く使っているだろうか?
彼女が酸素の魔術を使えば簡単に人を気絶させられるからな。
それから――。
歩きながらいろいろなことが浮かぶ。
「失礼します」
私は、ルキヴィス先生たちが待機している部屋を訪れた。
そして、彼らに計画を話し一緒に外に出るのだった。




