第103話 2対1
前回までのライブ配信。
元反乱軍の軍師であるセーラが囚われていた留置所を移転する。アイリスは男装したまま監視として彼女に付き添うことになる。
セーラは記憶を失っており、その間のことも含めて2人は話をする。養成所で共に過ごした頃とセーラの性格や態度が異なっているのでアイリスは少しショックを受ける。
話はセーラの次の猛獣刑のことになる。アイリスは猛獣刑を切り抜けるために、縮熱の魔術で地面を溶かしてしまおうと提案するのだった。
「地面を溶かす? ごめんなさい。何を言っているのか……」
私は、セーラさんに地面を熱で溶かすことについて説明した。
土は1000℃前後で溶けるということをコメントで教えて貰ったのでそれも説明する。
ただ、セーラさんは『温度』という言葉の意味を知らなかった。
なので水が凍る温度から沸騰する温度までの10倍で土は溶けると説明しておく。
土が溶けるのを聞いたことがないと言われたので、物質には固体、液体、気体、プラズマの4つの状態があると伝えておいた。
≫5つ目もあるけどな≫
≫どれだよw 特殊な条件ならもっとあるぞ≫
セーラさんは私の説明を聞いてから何かに気付くと放心したように固まった。
「――アイリスさんって何者?」
「気持ち的には普通の人? 解放奴隷? なんですけど」
「ふ、普通の人はないんじゃないかな?」
「あくまで気持ち的にはってことで。もしも私が特殊だと思われているのなら、周りの助けが大きいですね」
「謙虚なんだ。助けてくれる人ってクルストゥス様やルキヴィス様?」
「そうですね。他にもたくさんいますよ。敵対してる人と嫌ってる人もいますけど」
「貴女でもそんな人いるんだ? 聞いていい?」
「いいですよ。皇妃と第二皇子です」
「それって……。エレオティティア皇妃とミカエル皇子?」
「はい」
「び、びっくりするくらい大物だね。何があったの?」
私はローマに来てからのことを話した。
セーラさんは眉をひそめたり驚いたり、反応しながら聞いてくれる。
「貴女が戦場に出たのは皇妃が原因だったってことか」
「そうです」
「お互い苦労するね」
「私はたぶんセーラさんほどじゃないですよ」
「そうかな? 比べられるようなものでもないからやっぱりお互い大変だったねってことでよろしくお願いします」
私たちは笑い合った。
「特別な意図はないんだけど、ローマに対して『思うところ』はなかった?」
思うところ、か。
ローマへの不満ってことだろうな。
「最初は逃げたいと思いました。でも、今は思うところはありません。さっき言った2人はともかく、他の人たちにはお世話になりっぱなしですし」
一応、ミカエルには多少お世話になってると言えるか。
「そっか」
笑顔だけど一瞬だけ寂しそうな感じを受けた。
「――セーラさんはどうなんですか?」
迷ったけど踏み込む。
まだ反乱の意志があるのか、ローマから逃げ出してシャザードさんに合流したいのか。
聞いておきたい。
真っ直ぐに彼女の目を見つめる。
「どうかな」
軽く言われてしまったので、私は更に彼女の瞳の奥を覗き込む。
「――誤魔化さない方が良さそうだね」
「ありがとうございます」
「うん。本心を言うとね。何も分からないから何も決められない状況かな。それにこのまま生き残れるかも分からないしね。もう死んでもいいかなとは思ってるけど、直前になったら死にたくないって思うんだろうなとか考えてるよ」
彼女の『死んでもいい』という言葉にショックを受けた。
私も無関係じゃない。
彼女を捕らえたのは私だからだ。
「死にたくないって気持ちはあるんですよね?」
「どうかな。そんなに強い意志はないかも。ただ、本当のところはよく分かってないかな」
自分の命はどうでもいいって感じなんだろうか。
「『直前になったら死にたくない』の意味を聞いてもいいですか?」
「――私が都市監督官のところに居たことは知ってる?」
「知ってます」
反乱軍が拠点にしていた都市の都市監督官だ。
都市監督官はローマから派遣された市長みたいな感じだったはず。
そこにセーラさんは奴隷として居た。
「知ったのはいつ?」
「反乱軍との戦いの途中で知りました」
「私ね、目的のためなら自分を犠牲にすることくらいは簡単って思ってたんだよ」
「――はい」
「実際は全然そんなことなかったんだけどね。直前になって初めて無理なことは絶対に無理なんだって気付いた」
「死ぬ直前も同じことを考えるってことですか?」
「うん」
彼女は笑った。
でも、細かく震えている『影』が見えた。
最初は炎の揺らぎかと思っていたけど、彼女自身が震えていたのが分かる。
「生きていくのって難しいですよね」
私はセーラさんのところまで歩いていき、手を重ねた。
「――そうだね」
私たちはしばらく黙っていた。
手の震えが止まり、セーラさんは肺の空気をゆっくりと外に出した。
顔を上げると目が合う。
「あ、れ?」
「何かありましたか?」
「どこかで――会った?」
会った?
養成所――じゃないよね。
「いつの話ですか?」
「何言ってるんだろ私。ごめんなさい、忘れて」
「――分かりました」
「ありがと」
「いえいえ。では、気分を変えるためにも、地面を溶かす練習をしましょうか」
「本当に?」
「はい」
「教えていいの?」
「誰にも『教えるな』と言われてないので今なら大丈夫です。それに貴重なチャンスですからね。このチャンスを逃がす訳にはいきません」
「そういうことなら、うん。頼らせて貰っていいかな?」
「もちろんです」
「――もう1ついい?」
「はい。なんでしょう?」
「お願いなんだけどね。友達口調で話して貰えると嬉しいな。なにか落ち着かなくて」
「落ち着かないですか?」
「うん」
「養成所の居たときは友達口調だったからかも知れないですね」
「あ、そうだったんだ。うん。なんか納得。で、どうかな?」
上目遣いで見てくる。
「もちろん、いいですよ。慣れるまでは丁寧語も混ざるかも知れませんが気にしないでください」
それから、私たちは『縮熱の魔術』を使って地面を溶かす練習をはじめた。
何時間かやり方を変えながら練習し、地面が赤白く発光するまで出来るようになる。
「地面が……」
光る地面を呆然と見つめるセーラさん。
一応、地面の辺りは真空にして熱を遮断している。
それでも少し熱く感じられるのは赤外線かな?
「セーラ。もっと集めて!」
友達口調にはすぐ慣れた。
「ダメ、漏れちゃう」
漏れる?
熱が抑えきれないってことだろうか。
振動の拡散を抑えきれてない?
「ど、どんな方法で熱を抑え込んでるの?」
「え、えーと。あぁ、もう」
セーラは視線をいろんなところに動かす。
「――もう言っちゃっていいよね」
独り言のように彼女は言ってから私を見た。
「私たちの魔術の使い方話しちゃうとね、最初に土の粒全体の小さな膜を魔術で強化してから、その膜を少しだけ残すの。残す膜は熱を逃がしたい方向に集める感じで。――この説明で分かるかな?」
小さな膜?
「話してくれてありがとう。その小さな膜って具体的にはどこにあるの?」
手のひらを左目に見せて視聴者に助けを求める。
私だけの知識じゃ太刀打ちできる気がしない。
「膜のある場所は粒と粒の触れている場所って言えばいいのかな?」
粒というのは土の分子のことだろうか?
でも、土というものがどういう物質なのか考えたこともなかったことに気付く。
≫土はいろんな物質が混じってるからな≫
≫土壌コロイド粒子とか普通の粒子とか≫
≫要はその粒子が触れてるところなんじゃ?≫
コメントによると、物質が接触するとか衝突すると感じるのはほとんどの場合『電子』同士が反発しているだけらしい。
触れたりぶつかったりというのは、実際には起きていないそうだ。
電子が動く速度は秒速1000km。
東京から福岡まで1秒で行ける。
この速度で原子核の周りを回っている。
その電子が隣にある粒子の電子と反発している。
原子がぶつかってると思ってたのに、実は高速で動く電子同士が反発していただけとは。
反発か。
磁石のN極とN極が反発しているのを思い出す。
物質が触れたと思っても、実際は僅かに隙間があるんだろう。
自分の中の世界観が変わる気がした。
なお、物質を本当に触れさせるためには、光速に近い速度で正面衝突させる必要があるとのことだった。
いや無理じゃないかな、それ。
――今は細かな理屈はいいか。
セーラの言ってる『膜』のことを考えないと。
私も電子そのものが見えたことはないけど、電子の『反発』は見える。
気体の場合はその反発はチカチカだけど、固体の場合は膜と言えなくもない。
「セーラ。そのまま魔術を維持して」
私は、思考を『土』だけに集中した。
分子レベルの解像度で土を見て、同時にセーラの魔術で光ってる部分にも意識を向ける。
――魔術を見て驚いた。
セーラの魔術って必要な場所にだけ魔術を使っていたのか。
範囲全体に使ってると思い込んでいた。
ふと、彼女が広い範囲に魔術を使えるのはこれが理由かなとも思った。
「膜の具体的なイメージが分かるとありがたいんだけど、教えて貰える?」
「うん。弓の的って分かるかな?」
「大丈夫、分かるよ」
「それなら最後に集めるときだけ、弓の的をイメージしてみて」
「弓の的をイメージ? 分かった。やってみる」
なるほど、的に向けてぶつけるのか。
ただ、私も粒子同士をぶつけて物を冷やせないか練習したとき、温度がほとんど変わらなかったんだよなあ。
あれ、粒子同士?
セーラの使っている魔術を見る。
――あれ。
もしかしてこれが原因かな。
セーラの魔術は粒子の振動をたくさん的にぶつけているだけで、粒子を狙ってぶつけてない。
私のやり方と全く違う。
私は、跳ね返りを利用して、粒子1個と粒子1個をぶつけるやり方だ。
1個と1個なら温度の高い方が低い方をたくさん弾くんじゃないだろうか。
これじゃ熱は集まっていかない。
やりたいのは逆のことだ。
低い温度の粒子で高い温度の粒子を弾きたい。
そうなると手段は限られてくる。
すぐに思いつくのは、低い温度の2つの粒子を高い温度の1つの粒子にぶつけることだ。
さすがに2対1なら勝てるだろう。
――いけるかもしれない。
それに、別のアイデアもある。
魔術の重ね掛けだ。
魔術無効はイメージを邪魔する。
それならイメージを邪魔しないなら重ね掛けできるんじゃ?
私はその思いつきにわくわくしていた。
イメージを固める。
2つの粒子を1つの粒子にぶつけるイメージだ。
その想像を現実世界の反映する!
――あれ?
変わらない?
がっかりした途端、赤白くなっていた地面の光の量が変わる。
肌に当たる光の圧力が増した。
顔の肌がヒリヒリしてきた。
危険を感じた私は、すぐに魔術を止める。
「な、なに、今の」
「ごめん。今のは私。ちょっと実験してみた」
「そうだったんだ。びっくりしたよ」
「おかげで温度を上げる方法が分かったけどね」
「――え!?」
「やり方話すからちょっとやってみて」
セーラに複数の粒子を1つの粒子に当てるというイメージを伝えた。
ただ、彼女には粒子そのもののイメージが掴めないみたいだ。
そこに時間を掛けていられないので、粒子とは別のアプローチで説明することにした。
理解して貰うなら彼女が知らない例えよりも、やっぱり『膜』だろう。
私は彼女に、反発の衝撃が繰り返されて膜に見えていると説明する。
ただ、私の説明が下手なのかうまく伝わらない。
≫何かいい説明ないのか?≫
≫そもそも俺が全く分かってない≫
視聴者からは粒子が見えないので分からなくて当たり前だ。
≫そもそも電子は見えないからな≫
≫不確定性原理ってやつか≫
≫そうだが電子には大きさがないという話だし≫
電子が見えない。
知識としては知らなかったけど、経験上は確かにそうだ。
電子だけじゃなく気体中の分子すら反発する瞬間しか見えない。
何かにたどり着きそうな気がした。
そもそも私たちが見ている世界って電子の反発で作られてるんじゃ?
光の粒子は光子だっけ?
光子も電子に反発しているだけなんだろうか。
……ちゃんと勉強しておけばよかった。
それよりも今はセーラのことだ。
どうやって説明するか。
見えない電子の反発。
――見えない?
ふと閃く。
光のない場所で何かを繰り返し衝突させてみせれば、『膜』の正体が衝突だと実感して貰えるんじゃないだろうか?
いや、でも見えなきゃ意味ないか。
火打ち石みたいなものがあれば……。
視聴者に相談したい。
セーラに聞く振りして視聴者に聞いてみるか。
私は、左手のひらを左目に見せた。
「セーラ。火打ち石って分かる?」
「分かるよ。火打ち石がどうかしたの?」
「何か火打ち石の代わりに使えるものってこの辺りにないかな?」
そう言って部屋の中を見る。
ランタン、机、イス。
使えるものはなさそうだった。
「その剣と鎧はどう?」
「剣と……鎧?」
私は、自分の腰にぶら下がっている鞘と胴体の鎧を見た。
「ローマの剣や鎧って鋼で出来てるよね? 鋼同士をぶつければ火花が出ると思うんだけど、どうかな?」
セーラが言った。
≫確かにそれならいけるかもな≫
≫灯台もと暗しとはこのことか≫
≫鋼ならぶつけて削れば火花散るな≫
≫柔らかい金属だと削れないから火花は出ない≫
≫俺ら役に立ててないなw≫
そ、そうなんだ。
削るってことは剣先で思いっきり鎧を擦ればいけるかも。
「やってみる。セーラって暗闇でも状況分かるんだよね?」
「分かるよ。大丈夫」
私はイスと一緒にランタンを部屋の外に出した。
部屋を暗闇にするためだ。
イスはランタンの灯りを隠すため。
外には他に灯りもあるけど、下手に目立つのは避けたい。
それから鎧を脱ぎ、机の足の部分に固定した。
「私はどうすればいいかな?」
「セーラはまず、目だけで暗闇を暗闇としてだけ見て」
「それだと何も見えない気が――あ、そういうこと」
さすがに察しが良い。
暗闇で火花を見て欲しいという私の意図に気付いてくれた。
私はまず部屋の外に真空の魔術を使った。
多少音が漏れるかも知れないけどやるしかない。
鎧の周りを真空にしないのは、火花を散らすには一応酸素があった方がいいと考えたからだ。
私は両手で剣を持ち振るった。
遠心力を使う感じだ。
ガンッとジャッが混じったような音がする。
でも、火花は散らなかった。
少し焦る。
偉そうに「見て」とか言っておいて、上手く出来ないなんて恥ずかしすぎる。
「ふー」
私は胸の重さを意識して、肩をぶら下げる筋肉を停止させ剣を握り直す。
鎧に背中を向け剣の先にだけ意識を向けて遠心力で振るった。
ガンッ。
あ、あれ?
火花が散らない。
そういえば、剣で戦ってるときに火花とか見たことない。
思ってたより条件が厳しいのか?
火花を出す別の方法は?
すぐに思いついた。
電子を剣先に集めれば鎧に近づいたときに電流が流れる。
実際は衝突してないんだけど、今はイメージを掴むことの方が大切だ。
私は、放電しないギリギリで剣先に電子を集める。
そのまま、ガンガンと鎧を叩き始めた。
最初は電流が流れなかった剣先も少しずつ調整してバチッ、バチッと鳴り始める。
同時に、一瞬だけ光が暗闇を点滅させる。
このガンガンという音が邪魔だな。
私は鎧の周りだけ真空に近い状態にして、鎧を叩きまくった。
音もなく火花だけが散る不思議な光景だ。
「剣がどこにあるかだけ注目してみて」
その言葉で伝わるかどうか心配だったけど、セーラが頷くのが分かった。
私は調子に乗って火花を散らせまくる。
電子も簡単に集められるようになっていた。
理解が進んだからだろうか?
電子は鋼の上で自由にブラウン運動のように動いている。
気体のブラウン運動と似ていた。
気体と似てるということは、突風の魔術とほぼ同じことが出来るということだ。
今まで時間が掛かっていた電子の移動が一瞬で終わる。
電子を集めすぎないように気をつけながら火花を散らす。
散らす。
散らす。
こんなことが出来るようになるなんて。
ルキヴィス先生の『課題』と組み合わせれば、かなり強力だ。
確信めいた自信が沸き上がる。
そこで、ふと本来の目的を思いだし手を止めた。
「ど、どうだった? 膜っぽく見えた?」
取り繕うようにセーラに声を掛ける。
――でも、返事がない。
「セーラ?」
「あ、ごめんなさい。なんか不思議な光景で見とれてしまっていて。でも安心して。何度もぶつかってる様子が膜みたいになるというのは分かった、と思う」
「分かったんだ。それならよかった」
「うん、やってみるよ。2つ以上の跳ね返りをイメージして一箇所にぶつければいいんだよね?」
「それでお願い。うまくいかなかったらまた考えるから」
「うん。心強い」
何か彼女がはにかんだように思えた。
真っ暗闇で表情は見えないんだけど。
「――ふぅ」
暗闇だけど集中している雰囲気が伝わってきた。
地面に魔術が広がる。
すぐに私たちから離れた場所が赤くなりはじめた。
熱を閉じこめるために私は真空の魔術を使う。
地面が光を帯び、中心部が白くなりはじめた。
漏れる光で彼女の横顔が照らされる。
真剣な表情に息をのむ。
横顔が綺麗だなと思った。
ここからだ。
私が粒子を『見る』と影響してしまいそうだから、応援するだけにしておく。
緊張感に息ができなかった。
見ていなくても熱の際で攻防が繰り返されているのを感じる。
苦戦しているみたいだ。
非日常感と直接やってくる赤外線の熱さもあって戦場を思い出した。
セーラと戦ったあの戦場だ。
そういえば彼女って軍師なんだよな。
粒子がどうのこうの言うよりも、戦術の例の方がイメージしやすいかも知れない。
例えを弱い自軍2人と強い相手1人に置き換えてみよう。
「セーラ。歩兵が自軍160で相手80ならどう戦う?」
「急になに? もちろん確実に2対1になる状況を……あ」
彼女は口元だけで笑み、目を細めて私を見てきた。
私は思わせぶりに頷いた。
彼女が私を見てきた意味はよく分かってない。
彼女の力が抜け、光っている地面ではなくもっと全体に意識を向けた。
そして、両手を光の方に突き出す。
動きが止まり、彼女の前髪だけが揺れる。
ジリジリ、ジワジワと光の圧力が増していく。
眩しい。
肌がヒリヒリする。
成功した?
いや、液体化してるかどうか分からないか。
液体になってるかどうか沈める物が欲しいな。
剣はさすがに不味いか。
出来れば熱に強く、液体化した土に沈むような重い物がいいんだけど。
私は近くに手頃な石がないか確認する。
部屋の中にはない。
いやでも石だと沈む前に液体になる可能性もあるか。
少し考え、部屋を出てランタンとイスを持ってきた。
点いていた火は息で消す。
ランタンなら鉄で出来ていて溶けにくいし重いだろうという考えだ。
中の油も酸素がなければ点火しないだろう。
「魔術で今の状態を維持して」
言ってイスで顔を隠しながら光を放っている土に近づいていく。
そして、真空になっているギリギリまで近づいて投げ入れるポイントを覗き込みながら静かに投げ入れた。
距離にして1メートルくらいだ。
真空だと空間把握が使えないのでちゃんと目で見る必要がある。
投げ入れたあとはすぐに下がった。
落下する音がするかと思ったけど、真空だから聞こえる訳がない。
更に下がってイスを置き、ランタンを見る。
ただ、倒れてるランタンのように見えた。
土が液体になってない?
これでも温度が足りてないのか。
気力をなくしそうにになったけど、気持ちを切り替える。
次の手を考えないと。
「見て! 沈んでる!」
セーラが私の顔を見た。
私はランタンを目を凝らして見てみた。
「眩しくして見えない……」
固体だとまだ全体の形を把握することも出来ないし。
≫さすがに光ってると何も見えないな≫
≫闇に生きる俺にはこの光は眩しすぎる……≫
≫お前……≫
「せっかくなのに。困ったな。ちょっと待ってね」
彼女はそう言うと、魔術の範囲を広げた。
光は消え、熱が引く。
暗闇になった。
「動かないでね」
すぐにぼんやりと地面が光り出す。
光ってるのは2箇所。
ちょうどランタンの両脇だ。
「近くで見てみて。大丈夫なはずだよ」
明るくなったところで、セーラがランタンに視線を送った。
私は頷いて近づいていく。
……埋まってる?
ランタンが固まった地面と一体化するように土に潜り込んでいた。
私は恐る恐るランタンに触れ、熱くないことを確認すると引き上げようと力を込める。
あれ? 持ち上げられない?
私は思わずセーラを見た。
「ふふ。ちゃんと出来てるでしょう?」
「うん! うん! 驚いた」
「貴女のお陰。この前は『たぶん、ありがとう』だったけど、今回はちゃんと言えるね」
彼女が私に近づいてくる。
私もなんとなく彼女に向き合った。
「ありがとう!」
地面からの灯りに照らされた彼女の顔が微笑んでいた。
それから私はセーラと喜びを分かち合う。
視聴者にもお世話になったからあとでお礼を言っておかないと。
≫ローマはそろそろ朝だぞ≫
≫今日、トーナメントなの忘れてるな≫
――完全に忘れてた!
「たぶんだけど、そろそろ朝みたい」
「もう? アイリスって今日トーナメントなんだよね? 眠らなくて大丈夫?」
「前にも似たようなことがあったから大丈夫」
巨人と戦う前とか眠れなかったな。
「心配だなあ」
「私が戦うのは一番最初だし、今、テンションも高いから」
渡しはセーラに微笑んで見せた。
それに釣られてか彼女も笑った。
私は不思議な高揚感に包まれるのだった。




