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【書籍化・コミカライズ決定】意地悪姉と呼ばれた令嬢、実はとても優れた魔法使いでした。  作者: 光子
第二章

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70話 贖罪の使者



 ラングシャル帝国、皇宮 《グドリアン宮》――

 その大広間では、華やかなパーティーが開かれていた。

 天井近くに浮かぶ魔晶灯が光り輝き、光の粒は広間全体を黄金色に染め上げる。

 まるで夜空のような輝きに人々の衣装までもが淡く照らされ、祝宴にふさわしい幻想を生み出していた。


「リネット様。『虹の魔法使い』の拝命、おめでとうございます!」

「魔法使いの歴史を変えるほどの偉大な魔法使いの祝福に立ち会えて、身に余る光栄ですわ」

「第0部隊での活躍も、楽しみにしております!」

「……ありがとうございます」


 次々に差し出される杯に、笑顔で応じる。

 本日は私が、帝国にとって誉な二つ名《虹の魔法使い》を授かったお祝いの日。

 音楽隊の弦が柔らかく響き、甘い香りの漂う豪華な料理の数々、並べられた杯には真紅の葡萄酒。

まさに皇宮にふさわしい麗しき祝宴が目の前に広がっていた。

 ……緊張し過ぎて吐きそう。

 なんとか笑顔を貼り付けているものの、心臓は常に落ち着かない。

 貴族令嬢として、いくつかのパーティーには顔を出したことがある。けれど私を疎む前の家族は、華やかな場所には決して連れて行ってくれなかった。今では帝国騎士団の仕事を理由に、招待を断ることも多い。

 だから、こんなにも盛大なパーティーに参加するのは、これが初めて。

 しかも今回は――その主役として。


「こんなに大げさに祝わなくてもいいのに……」


 普段は着ない華やかなドレスに身を包み、丁寧に施された化粧が私を彩る。

 注がれる期待と祝福の眼差しに、誇らしさと同時に、どうしても居心地の悪さを覚えてしまう。自分のための祝いの席だと頭では分かっていても、慣れない脚光はどうにもくすぐったかった。


「これなら、魔物退治に出ていた方が百倍マシ……!」


 思わず小さく零した呟きは、緊張をほぐすための独り言のつもりだった。

 けれど、すぐ隣からは柔らかな笑い声が。


「リネットらしいですね」

「アレン……」


 声の主は、私の婚約者アレン。

 普段とは違う礼装に身を包んだ彼は、悔しいけれど驚くほど似合っていた。


「緊張してるんです、これでも」

「あと少しなので、頑張ってください。それとも……二人で抜け出しますか?」

「……いいえ、そうですよね。せっかく私のために開いてくれたパーティーですし、最後まで向き合わないと失礼ですよね!」


 騒がしい場所は苦手だけど、そんなことは言っていられない。アレンの婚約者としても、ちゃんとしなきゃ。

 そう思い直して拳を胸の前で握ると、アレンは小さく苦笑した。


「まったく……相変わらず真面目ですね」


 宴はもう終盤。

 煌めくシャンデリアの光も少し落ち着き、音楽は緩やかな調べに変わっている。

挨拶へ訪れる人々の波もようやく途切れ、ほっと息を吐いたその時だった。


「おいおい、なんだよ。主役が逃げ出しそうな顔してるな」

「うふふ。リネットちゃん、ちゃんと正装している姿も可愛くて素敵ねぇ」


 茶化すような声に、思わず顔を上げる。

 軽口を叩く青年と、その隣で楽しげに笑う女性――見慣れた二人の姿がそこにあった。


「サイラス先輩、マルチダ先輩!」


 思わず声が弾む。

 帝国騎士団で共に働く仲間も、今日は団服を脱ぎ、招待客としてこの場に訪れていた。


「二人とも、来てくださったんですね」

「し、仕方なくな! 先輩として仕方なく、顔を見にきてやっただけだ!」

「リネットちゃんのためなら喜んで参加するわよぉ」

「ありがとうございます。……とても嬉しいです」


 帝国騎士団の仲間の中には、任務で警護として参加している者も多い。けれど二人は「客」として、この場に足を運んでくれた。

 緊張の糸がほどけて、自然と笑みがこぼれる。


「ま、おめでとうな! 第0部隊でも、せいぜい足を引っ張らないように頑張れよ!」

「リネットちゃんならきっと大丈夫よ。だってとっても可愛いんだもの」

「か、可愛いは関係ないと思いますが……」


 二人の冗談まじりの賛辞に、思わず頬が熱を帯びる。

笑いながら受け流そうとしたところで、サイラス先輩がためらいがちに、少し言いづらそうに言葉を紡いだ。


「あと……な。もう一人、聞きたくねぇと思うけど、クリフも『おめでとう』って言ってたぞ」


 一瞬、その名前に心臓が跳ねた。

 クリフ様――妹のウルと浮気して私を捨てた、元婚約者。


「……そうですか。賛辞は嬉しいですし、素直に受け取っておきますね。でも、まだ許してあげません。私、『意地悪姉』なので」

「……だよな」


 軽く言ったつもりなのに、思った以上に声が冷たく響いた。

 友人としてクリフ様を案じているサイラス先輩には申し訳ないし、彼が少しずつ変わろうとしているのも、わかっている。

 それでも――あの時の傷が、簡単に癒えるわけじゃない。


「いつか、本当に許せる日がくればいいな……とは、思っていますよ」

「ああ……悪いな、リネット」


 申し訳なさそうに微笑むサイラス先輩。

 そんな顔をさせてしまったことには心が痛んだけれど……それでも、クリフ様には見捨てずに傍にいてくれる友人がいる。

 だから私は、彼にはもう少しだけ「意地悪姉」のままでいても、きっと大丈夫だと思えた。


「はいはい。お祝いの席でそんな辛気臭い話しないの! リネットちゃんが許したくないなら、クリフ様のことなんて一生許さなければいいんだから!」

「そうですね。リネットが悲しい顔になるのは望んでいません」


 パンパンと手を叩きながら話すマルチダ先輩に、笑顔で同意するアレン。

 その声音には、いつものように私を気遣う優しさがあった。


「二人とも、私に優しすぎますね」

「そしてクリフに容赦ねぇ……」


 サイラス先輩のぼやきに、マルチダ先輩が「当然でしょ」と肩をすくめる。その仕草が可笑しくて、つい吹き出してしまった。

 張りつめていた心が、ふっと緩んでいく。


「第0部隊の団服も、きっとリネットちゃん似合うわよねぇ」

「もうすぐ正式な配属日ですね。……緊張していますか?」

「はい、すごく。そういえば私、帝国騎士団に入隊してから、一度も第0部隊の方々にお目にかかったことがないんですけど……」

「第0部隊の棟は俺達、一般の隊員の棟からも離れてるし、顔合わせる機会なんざ滅多にねぇよ。そもそもあそこは少数精鋭だし、任務や訓練も俺達次元が違うしな」


 たわいのない、いつも通りの会話。

 私達はそれからしばらく、あたたかな時間を過ごした。


「――リネット。しっかりと励んでいるようね」

「伯母様!」


 サイラス先輩とマルチダ先輩と別れたすぐ後。

 現れたのは、私を養女に迎え入れてくれたコトアリカ伯爵だった。鋭く整えられた眼差しは、相変わらず凛とした仮面をかぶっていて、隙がない。


「来てくださったんですか?」

「形式上とはいえ義理の母親になりましたから、礼儀として来ました」


 声音には一切の甘さがないまま、言葉は続く。


「現状に満足せず、第0部隊に入ることになったとしても、常に上を目指すように。コトアリカ伯爵家の名を汚すことは、決して許しませんよ」

「……はい、分かりました」


 その一言に、緩みかけていた心が一気に引き締まる。

 背筋を正さずにはいられなかった。


「……コトアリカ伯爵、ここがリネットの祝杯の場だということは、流石にご存じですよね? せっかくですから、リネットにお褒めの言葉の一つくらいかけたらいかがですか?」


 私達の会話をそれまで黙って聞いていたアレンが、少し呆れたように口を開く。

 彼の声には何かを促すような響きがあったが、私は、その意味に気付かずに小さく首を振った。


「いいんです、アレン。伯母様が来てくださっただけで、私は満足ですから」


 これは強がりではなく、本心。

 お母様を亡くしてからというもの、節目のお祝いを家族と共に迎えたことは、一度もなかった。誕生日は勿論。入学式も卒業式も、いつも家族は来てくれず一人きり。

 だからこそ、こうして伯母様が足を運んでくださっただけで、嬉しい。


「優しいですね、リネットは。それに比べて……」


 アレンは小さくため息をつくと、伯母様へと視線を向ける。

 その視線を受けた伯母様は、キッと彼を睨みつけると、しばしの沈黙ののち――再び私に視線を戻した。


「……リネット」

「は、はい」

「よく…………頑張ったわ」

「! あ、ありがとうございます!」


 まさか伯母様からお褒めの言葉をいただけるとは思っていなくて、心が弾む。

 伯母様の言葉は硬くてぎこちなかったけど、それでも、胸の奥に染み入るように温かかった。


「やれやれ、コトアリカ伯爵は本当に素直じゃありませんね」

「アレン殿下、余計なこと言わないでください」

「ふふ」


 二人のやり取りに、思わず笑みがこぼれる。

 そんな私を見た伯母様は、仮面のような表情に、ほんの一瞬、柔らかな揺らぎが走った気がした。それは誰にも気づかれないほど微細で、けれど私は、優しい笑顔を浮かべた伯母様を見逃さなかった。

 ……幸せだなぁ。

 あの日、メルランディア子爵家から追い出された私を、アレンが迎えに来てくれた。

 あの瞬間から、私の人生は大きく変わった。

 優しい婚約者、頼りになる同僚、そして厳しくも見守ってくれる伯母様。全てが、私にとって大切な人達。

 この穏やかな時間が、いつまでも続けばいい――そう、心から願った。

 けれど現実はいつだって、唐突に訪れる。



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