番外編63話 過去
「ア、アレン殿下……! ど、どうしてこちらに!?」
突然の登場に、セレアさんは目に見えて取り乱した。
だがアレン殿下は気にも留めず、まるで彼女など存在しないかのように私へと視線を向けた。
「ガリ勉令嬢さん。異能探しの制限時間は日没までですよ? こんな所で遊んでいるとは、ずいぶん余裕なんですね」
「遊びって……わざとおっしゃってますよね?」
相も変わらずひねくれた言い方だけど……アレン殿下の顔を見た瞬間、胸の奥がふっと緩んでしまった。
張り詰めていた糸が切れて、緊張していた体がほぐれていく。
「アレン殿下は、異能探しに興味なかったんじゃないですか?」
「今でも興味はありませんが、ただ待っているのも退屈だったので、暇つぶしに散歩していただけです。そうしたら、たまたま面白そうなことをしている貴女を発見しました」
全く面白くはないけど……もしかして、助けてくれたの?
「サボってないで行きますよ」
「あ、はい」
アレン殿下の呼びかけに答えるように駆け寄り、彼の顔を覗いてみたけど、意図は読み切れなかった。
そのままセレアさんを置いて、立ち去ろうとしたのだが……。
「ア、アレン殿下も結晶を探しに来られたんですか!? 実は私も、リネットさんと仲良く結晶を探していたんですわ!」
呼んでもいないのに私達についてきたセレアさんは、ぐいっと私を押し退けてアレン殿下の隣に収まった。
仲良くって……よく言えるわね。ほんの少し前まで、私に喧嘩を売ってきたくせに。
「ちょっと、セレアさん!」
「お黙りなさいな! ねぇアレン殿下! 是非、私とご一緒して下さいませ! 私の方が必ずお役に立ちますわ!」
「お断りします」
「え……」
一瞬の間もなく返された返答に、口を開けたまま固まるセリエ様。
あまりにポカンとしていて、思わず笑いそうになるのをこらえた。
「まさか聞こえていなかったとでも? 帝国騎士団への入隊に俺を利用しようとするとは、俺も随分舐められたものですね」
「あ……!」
低く冷たい声。
目の奥が笑っていない笑みを向けられたセレアさんの表情は、真っ青に染まった。
「あ、いえ、その……! あ、アレン殿下の口利きで私を帝国騎士団に入れて頂ければ、必ず! アレン殿下のお役に立ちますという意味で……」
「今の成績に満足し、胡坐をかいている貴女がですか?」
「そ、それは……」
騎士クラスは、圧倒的に男の数が多い。
力で劣る女が不利になるのは分かるけど、セレアさんはAクラスに入れたことで満足してしまい、そこで歩みを止めている――そんな噂を、同じ騎士クラスの子から耳にしたことがある。
「だ、だって仕方ないじゃありませんか!? どれだけ頑張ってもこれ以上強くなれませんし……! 天才のアレン殿下には、私の苦しみが分からないでしょうけど、私だって一生懸命頑張っているんです!」
涙声になりながら、必死に言葉を並べ立てるセレアさん。
その声色には苛立ちが混じっていて、責めるような口調に変わっていた。
「分かりませんね。自分の弱さを俺に押し付けないで下さい」
「ひ、酷いですわ! ……キッ!」
一切の容赦なく切り捨てるアレン殿下。
私はただ大人しく傍観していただけなのに、何故か、セレアさんは私を睨みつけた。
「メルランディア子爵令嬢に絡むのはやめておいた方がいいですよ、グラウス子爵令嬢。貴女では足元にも及びませんから」
「……はい? あ、アレン殿下? 何を言ってるんですか?」
反射的に、私の方が聞き返してしまう。
セレアさんの視線から庇うように間に入ってくれたのはいいけど……その言い方、絶対煽ってるよね?
このままだと、在学中ずっと目を付けられそう。
「どういう意味ですの!? 私よりもリネットさんの方が強いとでもいうのですか!?」
案の定、セレアさんは食ってかかってきたが、アレン殿下は微笑みを深めた。
「貴女と違って、彼女はしつこくて鬱陶しいくらい諦めない人です。今はどうあれ、いつか必ず貴女を追い抜きますよ」
「私が負けるですって!?」
「――っ!」
セレアさんの声が震え、顔がみるみるうちに紅潮していく。
そんな彼女を横目に、胸の奥がぎゅっと熱くなり、なんだか言葉にできない気持ちでいっぱいになった。
私を……認めてくれているの? あのアレン殿下が?
負けないって一人で空回りしてきたのに、こうして認めてもらえるのは、悔しいくらいに嬉しかった。
「さて。邪魔が入りましたが、今度こそ行きますよ」
「は、はい」
立ち尽くすセレアさんを置き去りに、私達は今度こそ立ち去ろうとした――――その時だった。
ふと目を上げると、移動するオアシスの外、砂丘の一角に何かがあるのに気づいた。
ざわりと、言いようのない妙な感覚が胸をかすめる。
「どうしたんですか?」
「あれ……」
私が指を伸ばすと、アレン殿下もすぐに視線を追い、異変に気付いた。
あそこだけ砂が大きく沈んで波打っている……まるで何かが地中を泳いでいるみたい……。
「魔物はいないはずですよね?」
「そのはずですが……」
警戒をしつつ視線を向けていると、砂の海を泳ぐ「何か」は、私達のすぐ近くにまで来た。
不意に砂の奥から漏れる淡い光。
目を凝らすと、砂の隙間から小さな結晶が顔を覗かせている。――紫に揺らめくその輝きは、まさしく新しい「異能の結晶」だった。
「異能の結晶!?」
アイノウ様が出した偽物の異能なんかじゃない。正真正銘、本物の異能が目の前に現れたことに、全身に鳥肌が立ち、息を吞んだ。
これが異能の結晶……! なんだか小さな家みたいな形をしているけど……まさか、本物をこの目で見る日が来るなんて!
そもそも私は、異能を見つけたいから第0部隊に入りたかったわけで……!
どうしよう……とにかく一度戻って、アイノウ様に報告しなくちゃ。
興奮と混乱で頭がうまく働かない。
でも状況を整理して、行動を決めようとしたその瞬間――視界の端を、誰かの影が勢いよく横切った。
「セレアさん、何してるんですか!?」
思わず声を上げる。
彼女は移動するオアシスを飛び降りると、一目散に結晶の場所に向かっていた。
「せっかく異能を発見したのよ!? 手に入れないでどうするのよ!」
「アイノウ様のお話を聞いていなかったんですか!? 異能を見つけても手を出すなと言われたでしょう!?」
「大丈夫ですわ! 異能の習得には試練がないものもあるって聞いたことあるし、これは試練がないかもしれないじゃない!」
「どこにそんな根拠が……!」
不確定な思い込みで突っ走るセレアさんは、制止の声を振り切ると、そのまま砂に埋まる異能を手に取った。
「やりましたわ!」
目を輝かせ、まるで宝石を手にしたかのように掲げている。
その無邪気さに、一気に血の気が引いた。
「異能を手に入れたとなれば、きっと帝国騎士団への入隊の足掛かりになるはずですわ!」
セレアさんの目には、確かな欲望が垣間見え、感情が爆発していた。
だが――その喜びは長くは続かなかった。
「きゃあっ!」
直後には、紫の結晶が眩い光を放ち、砂がまるで生き物のように、私達を飲み込むように舞う。
そのまま足元を引きずられ、抗うこともできず底なしの砂に引きずり込まれた。
手を伸ばしても、何も掴めない。視界が揺れ、耳鳴りがする。怖い——でも、逃げられない!
「試練……!」
隣から聞こえたアレン殿下の声が、最後に耳に届いた。
地上の砂漠には、まるで最初から何事もなかったかのように、静寂だけが残される。
――そして私達は、異能の試練へと挑むことになったのだ。




