番外編60話 過去
◇
そして迎えた、校外学習当日――――
「気をつけていってきてね」
「ありがとう。行ってきます」
同室のスミンに見送られ、私は一足先に部屋を出た。
スミンも私と同じトルターン学校の魔法使いだけれど、クラスが違えば校外学習の内容も異なる。
Bクラスの彼女も異能について学ぶらしいが、私達Aクラスのように第0部隊の活動を実際に見学することはなく、教師からの座学を受けるだけだという。
本当は、スミンと一緒に行けたらよかったけれど……こればかりは仕方ない。
「第0部隊の見学とか、Aクラスはいいなぁ」と羨ましそうに言っていた彼女に、私はしっかりとお土産話を持ち帰ると約束した。
「うん、晴れて良かった」
絶好の校外学習日和!
昨日はセレアさんに呼び止められて少し帰りが遅くなったけれど、夜はぐっすり眠れたし、体調もばっちり。
集合場所――トルターン学校の中庭にある噴水の前に着くと、もう既に多くの生徒が集まっていた。集合時間十分前に着いたのに……皆、早いなぁ。
それだけ、今日の校外学習が特別ということだろう。
「おはよう、リネット」
「おはようございます、フクロリー先生」
出欠を取っていたフクロリー先生は、私の姿に気づくと、手元の名簿を取り出し、私の名前の横に大きな丸をつけた。
今日は騎士クラスとの合同校外学習なだけあり、いつもより人の数が多い。
騎士クラスとはあまり交流がないから、見慣れない顔もちらほら混じっていて、フクロリー先生の顔を見たら少しホッとした。
「魔法で簡単に出欠席取れないんですか?」
「何でもかんでも魔法に頼ればいいってもんじゃないだろ」
確かに。フクロリー先生の言う通り。
「よし、と。後はアレンだけか」
「アレン殿下、まだ来ていないんですか?」
いつも時間ギリギリに到着するアレン殿下。
相変わらず来るのが遅いな。
「アレン殿下は根本的にやる気がないからなぁ」
……そう言えば、魔法に興味がないって言ってましたね。やる気がないから、遅刻しても構わないと思ってるのか。
「でもリネットのおかげで学校生活が楽しそうだし、良かったよ」
「え?」
フクロリー先生の言葉に驚いて、顔を上げる。
私のおかげで? 退屈しのぎだとは言われたけど……。
思い返してみても、彼とは楽しげな会話を交わしたこともなく、親しく過ごした覚えもない。
「フクロリー先生の見当違いでは?」
「見当違いって……まぁ、リネットにはまだ分からないだろうなぁ」
何それ……。
遠回しに馬鹿にされたみたいで、なんだか嫌な感じ。
そんなふうにアレン殿下の話をしていると、噂の本人が、遅刻ギリギリだというのに優雅な足取りで現れた。
「きゃあ、アレン殿下よ!」
「アレン殿下、相変わらず格好良い……! 眺めているだけで眼福だわ! ああ、私が魔法使いなら、いつでもアレン殿下を教室で眺められるのに!」
……五月蝿いな。
アレン殿下の登場に、一斉に湧き上がる女子の黄色い歓声。ただし、声の主は騎士クラスのみで、魔法使いクラスの女の子達は、反応がなく「シーン」としていた。
「懐かしい光景だな。一年の頃は日常茶飯事だったが」
「そうですね」
私とフクロリー先生は、これから起こり得ることも、きっと一年の頃と全く同じになるんだろうなぁと予想した。
「静かに! 全員揃ったな。これから目的地について説明するぞ!」
フクロリー先生はざわめきを断ち切るように、手を勢いよく打ち鳴らして声を張り上げた。
「今回訪れるのは、《リスリアラナ砂漠》だ」
「リスリアラナ砂漠……!」
ラングシャル帝国の民で、この場所の名前を知らない者はいない。
リスリアラナ砂漠は、有名な異能――恵みの雨を降らす【空の祝福】が見つかった場所だ。
空の祝福が発見された話は幾つかの書籍にもなっているけど、恵みの雨を降らす異能が発見されたのが、乾いた砂漠の土地だなんて……と、読みながら思ったのを覚えている。
「今回の校外学習は、ここで実際に異能が発見された状況を『模擬』しながら、異能についての重要性と危険性について、第0部隊の隊員から直接指導をしてもらう」
「先生! リスリアラナ砂漠に危険はないんですか?」
「絶対にないとは言い切れないが……。今のリスリアラナ砂漠は、魔物も出ず、観光地にもなっているくらい平和な場所だ。危険は少ない」
フクロリー先生の言葉に、胸を撫で下ろす生徒達。
気持ちは分かる。
異能は個々によって、その形も効果も扱える人数も習得方法も異なるが、その多くは危険が伴う。異能の探索は「一筋縄ではいかない」とても困難なものだというのが、一般的だ。
「詳しい説明は直接、第0部隊の隊員から行われる。心して真面目に取り組むように!」
主にアレン殿下に群がり、浮かれている女子生徒に向けて忠告したのだろうが――残念ながら、彼女達にフクロリー先生の言葉は届かなかったようだ。
「アレン殿下! 郊外学習では私と一緒に行動しませんか?」
「あ! ズルいわ! 抜け駆け禁止よ!」
「アレン殿下! 今度のお休みの予定はありませか? よろしければ私と――」
校外学習そっちのけで、アレン殿下に話しかける女子生徒の群れ。
騎士クラスは女の子が少ないのに、そのほとんどがアレン殿下の周りに集まっている気がする……。
その中には、昨日私に喧嘩を売ってきたセレアさんの姿もあった。
「アレン殿下。私、騎士クラスの女子の中では、いつも二位の成績を誇っていますの。アレン殿下のお傍に置いて頂ければ、きっとお役に立ってみせますわ! ですので、私と親密な関係に――」
他の男子生徒達は、羨望と嫉妬が入り混じったような目を浮かべているけど、安心して。きっともうすぐ終わるから。
「耳障りなので、話しかけるのを止めて下さい」
ピシッと、音を立てて一斉に凍り付く空気。
「え? あ、あの……」
「聞こえませんでしたか? 『話しかけるな』とお伝えしたんです」
――出た。アレン殿下の絶対零度の微笑み返し。
一年生の頃。魔法使いクラスでも、アレン殿下のファンクラブなるものが存在していた。
今と同じようにキャーキャー黄色い声で騒がれていたんだけど……アレン殿下は絶対零度の微笑み返しで、容赦なく根絶やしにした。
笑顔なだけに、余計に怖いんだよね。
衝撃で固まっている女の子達を素通りし、こちらに来たアレン殿下は、さっきまでとは違う笑みを浮かべた。
「おはようございます、ガリ勉令嬢さん」
「……もう少しくらい女の子に優しく出来ないんですか?」
あまりにも冷たすぎて、かける言葉がない。
「節度を持って接していただけるなら、少しくらいは我慢してお相手しますよ。ですが、授業の邪魔になるほど騒がれるのは迷惑でしかありません」
騎士クラスの人達は普段あまり関わらないせいか、アレン殿下の性格をよく知らないんだろう。
その点、魔法使いクラスの女の子達は、一年生の頃に何度も冷たくあしらわれてきた経験があるからこそ、彼の性質を深く理解し、慎重に様子を窺い ながら声をかけているのだ。
……たまに失敗して、空気が凍り付いてるけど。
「メルランディア子爵令嬢のお相手なら、喜んでするんですけどね」
「絶対にお断りします」
いつもと同じ軽口。
受け流して、それで終わるはずだったのに――――
「……っ! 何なのよっ! 地味なガリ勉令嬢のくせに……!」
「……はぁ」
先ほどから痛いほど突き刺さる視線に、思わずため息がこぼれる。
視線の主は、言うまでもなくセレアさんで……責めるような強い眼差しに、げんなりする。
あーもう! 今日は第0部隊の活動をこの目で見学できる大切な機会だし、訳の分からないいざこざは避けたいのに……!




