番外編59話 過去
教室に戻ると、すぐに授業再開の鐘の音が響いたので、慌てて席に戻った。
実は勉強に夢中になり過ぎて授業に遅れたことが数回あり、都度フクロリー先生に怒られているから、これ以上遅刻するわけにはいかない。
私が席に着くのと同時にフクロリー先生が教室に入ってきたので、セーフと胸を撫で下ろした。
「――明日は遂に校外学習の日だが、皆、準備出来ているだろうな?」
終礼の時間、私達に向かって念押しするように確認するフクロリー先生。
校外学習は学校を離れて外で行う授業のことだけど、トルターン学校の校外学習は、普通の学校とは一味違う。
「帝国が誇る精鋭部隊、帝国騎士団第0部隊の活動を勉強する貴重な日だ。気を引き締めて挑むように!」
フクロリー先生の言葉に、周囲が一気にどよめく。
……帝国騎士団第0部隊の校外学習……そうだ、もう明日なんだ。
「あの 第0部隊の活動を勉強出来るとか、楽しみだなぁ!」
「ドキドキしますわね!」
「私もよ。でも少し怖いわ。危険な目にあったらどうしよう……」
それぞれの反応を見せるクラスメイト達。中には、怯えて震えている生徒の姿もあった。
「今回の校外学習は、第0部隊の活動を通して異能の重要性と危険性を理解するためのもので、実際に危険な場所に行くわけじゃない。本当に危険が伴う授業は四年生から嫌というほど行うから安心しろ」
安心の定義って何だっけ?
私がトルターン学校を選んだのは、授業や教師の質が良くて設備や環境が整っていた事と、通常の授業に力を入れているだけでなく、生徒を魔物と戦わせる実践訓練など、他の学校にはない危険な……特別な授業があったからだ。
その中でも帝国騎士団第0部隊の校外学習は、まさに特別な授業。
嬉しい……帝国騎士団第0部隊の活動を、この目で見られるなんて……! 最近、気分が落ち込み気味だったけど、自然と胸が弾む。
「ここで目をかけてもらえば、俺が帝国騎士団第0部隊に入るのも夢じゃないよな!」
「阿保か。トルターン学校で主席の卒業生でも、帝国騎士団第0部隊に入れるのはほんの一握りなのに、お前みたいな学年十位が入れるか!」
フクロリー先生がお調子者の生徒の夢物語を一刀両断すると、教室からは一斉に笑いが起きた。
夢物語を語る気持ちは、分からなくもない。
私には一生叶わぬ夢だから、憧れ続けた帝国騎士団第0部隊に少しでも触れられるだけで嬉しいと思わなきゃ。
終礼も終わり、明日に備えていつもより早い時間に帰路に着く。
何か特別なことがない限り図書室で勉強を終えてから寮に帰るから、日が出ている時間にこの道を通るのは珍しい。
今日こそは勉強も一休みして、ゆっくり休まないと!
自然と駆け足になり、進んでいた。
「お待ちなさい!」
が、急に目の前に現れた人物の登場で、足を止めざるを得なかった。
「魔法使いクラス学年二位のリネット=メルランディアさん。貴女にお話があります」
……わざわざ細かく私の説明ありがとう。
学校の帰り道。女子生徒に行く先を通せんぼされているこの状況……もう、折角早く帰ろうと思ったのに!
「貴女、今日もアレン殿下にしつこくつきまとっておりましたね」
はい? いつどこで誰が、アレン殿下につきまとったと?
「……《セレア》さん、またですか? 何度も言っていますが、つきまとわれているのは私の方で、ちょっかいをかけているのがアレン殿下なんです」
「アレン殿下が貴女みたいな勉強しか取り柄がないガリ勉令嬢に進んで関わるわけないでしょう! 学年二位で成績がいいからって調子に乗らないで下さいませ!」
「別に調子に乗ってなんか……未だにアレン殿下には勝てていませんし」
何なら、悔しさと情けなさで胸が一杯だけど?
「当たり前でしょう! アレン殿下に勝てると思っていること自体がおこがましいですわ!」
調子に乗っていないと説明したかっただけなのに、もっと怒らせてしまった……。
彼女は私と同じ子爵令嬢で、セレア=グラウス。女性にしては珍しく騎士クラスに在籍している。
普段、騎士クラスとは校舎も寮も違うし、登下校時も時間が合わないのか、顔を合わせる機会は殆どないのに、早く帰ろうとしたことが裏目に出た。
どうも、私とアレン殿下の仲を勘違いされているらしい。
「アレン殿下に取り入ろうとしているんでしょう?」
「そんなつもりは欠片もありませんが」
「言い訳なさらないで下さいませ! 貴女が第三皇子であるアレン殿下に目を付け、色々と便宜を図ってもらおうとしているのは一目瞭然なんです! 変に言い訳しても見苦しいですわよ!」
その目と耳は節穴なの? セレアさんとあんまり関わる機会はないけど、私とアレン殿下のやり取りは見たことあるよね? 不本意だけど、ガリ勉令嬢のあだ名が広がっているのと同様に私達のいざこざは有名だよね?
「アレン殿下に何か言いたいことがあるなら、本人に直接言ったらどうですか?」
「貴女の所為で相手にして下さらないから、貴女に文句を言っているんです!」
どうして私の所為になるの……!? もう意味が分からない!
正直心の底から面倒臭いし、早く立ち去りたい気持ちが大きいけど、セレアさんは逃がす気がないみたい。
真正面で出し抜くには、詠唱の時間も関係して、騎士相手に魔法使いは分が悪い。
現に―――セレアさんは私が逃げられないよう、すぐに木剣 を抜けるようにしている。
学校の校則で、生徒同士のいざこざを禁止してくれれば良かったのに。
トルターン学校は実践経験の一つとして、軽い腕試し程度の戦闘を許可している。喧嘩を許可するとか凄いよね。
「幾ら魔法使いの中で 学年二位の好成績を誇っておられても騎士に勝てないとか、魔法使いは弱いから可哀想ですわね」
「……言いたいことがあるならはっきり言って下さい。私に用があるんですよね? 」
反論出来ない。今の私では、セレアさんに勝てない。
「明日は校外学習でしょう? 校外学習は魔法クラスと騎士クラスの合同で実施する日で、私がアレン殿下と会える大切な日だから、邪魔したら許さないと忠告に来たんです」
恍惚とした表情で語るセレアさん。
想像以上にくだらない……!
「アレン殿下に気に入られるのは私です。リネットさんは引っ込んでいて下さいませ」
鋭い敵意剝き出しの視線。
最後に捨て台詞を吐くと、セレアさんはその場を去った。
「……何なの、あの人」
普段は関 わりがないけど、会えば必ずと言っていいほど、アレン殿下が原因の喧嘩を吹っかけられる。
「アレン殿下と仲良いわけじゃないのにね」
セレアさんが気に入らないのは、彼女の目に、私とアレン殿下が仲良さげに映っているからだろう。
セレアさんに絡まれたくないなら、アレン殿下の相手をしなきゃいい。
私から進んで話しかけたことはないけど、ずっと無視を続けていれば、彼も話しかけてこなくなるかもしれない。
「……でも、だからといって言うとおりに動いてあげるのはなんか癪よね 」
セレアさんに従う気はない。
別にアレン殿下と仲良くしたいわけじゃないけど、セレアさんに従ってアレン殿下の相手をしないのは、違う。
アレン殿下のちょっかいも鬱陶しいし嫌だけど……。
アレン殿下の心の内に少し触れて、彼にも何か葛藤があるなら……短い学生時代の退屈しのぎ相手くらいには、なってあげてもいいと、思ったから――




