番外編56話 過去
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今日はクラス分けの試験当日。
クラス分けの試験は一年間の前期と後期に行われるが、本日は二度目になる後期の試験日。
試験は二日間に分けて行われ、一日目の筆記試験は各教室で行われる。
入学してすぐの前期の試験では一位を取ったけど、トルターン学校の生徒は優秀だし少しも油断は出来ない。
「今から筆記試験を始める! 準備はいいな?」
試験前、フクロリー先生は教室に入って来るなり、最後の追い込みで教科書とにらめっこしていた生徒達に向かって大きな声を出した。
「机の上の物は全て片付けろ。カンニングとか考えるなよ! 不正したら電流が流れて気絶する仕様になっているからな!」
何その仕様……今触れてるこの机? 椅子? そういう魔力がかかってるってことだよね。怖……っ!
私は知らなかったけど、これだけ厳重なのは過去に不正を行う生徒がいたかららしい。Cクラスの生徒は退学もかかってるから、どんな手を使っても良い成績が必要で不正に手を伸ばすとか何とか。
うん、不正を働く前にもっと勉強して正々堂々戦おっか。
フクロリー先生が教壇に立ち、風の魔法で一気に試験用紙を配る。
手に取ると、いよいよかと一気に実感が湧いた。
一位の座を死守すべく睡眠時間を削って必死に勉強した。誰にも負けたくない。
特に 私を見くびっているアレン殿下には、絶対に負けたくない!
「始め!」
フクロリー先生の合図で一斉に試験用紙が裏返る音がする。
私も音に従い試験用紙を裏返し、まず名前を書いた。
寝る間も惜しんで必死に勉強した甲斐あって、スラスラと解ける。いい感じ。いつもより頭が冴えてる気がする!
幸いなことに試験のヤマも当たり、最後まで順調にペンは進んだ。
――筆記試験終了後。
「ガリ勉令嬢さん、筆記試験はどうでしたか?」
「……アレン殿下」
また来たのか、冷たくあしらってるのに懲りないなぁ。
筆記試験も終わり、寮に戻ろうとしていた私の隣を自然と並ぶように歩く。
「放っておいて下さい」
「駄目だったんですか? 残念でしたね」
「駄目じゃありませんけど? 自信しかありません!」
これは本当。最初の試験よりは緊張しなかったし、時間に余裕もあって見直しまで出来た。
「それはそれは。試験が上手くいったようで何よりです」
「……アレン殿下は」
「アレンと呼んでもらっていいですよ? リネット」
「アレン殿下は! 私に何を期待してるんですか?」
一位を取ると言っておきながら、私の試験の出来を気にするアレン殿下。私に負けて欲しいの? 勝って欲しいの? 意味が分からない。
「さぁ?」
「はい?」
これだけちょっかいをかけておいて何もないと? アレン殿下、私以外には話しかけられてもろくに相手してないの知ってるんだけど。
「あはは!」
私のしかめっ面がよほど面白かったのか、年相応に声を上げて笑うアレン殿下。失礼じゃない?
「メルランディア子爵令嬢は本当に面白いですね。尚更、興味を引かれます」
全力で拒否したい。
「私が試験で勝ったら、二度とガリ勉令嬢って言わないで下さい」
「いいですよ。なんなら次の試験からずっと有効にしてあげます。もう一度でも俺に勝てたら、二度と言いません」
「一度でも勝ってから言ったらどうですか?」
「奇跡が二度起きればいいですね」
何それ。私がアレン殿下に勝てたのは奇跡で、二度と負ける気がないって言いたいの?
「言質取りましたからね。痛い目見ても知りませんよ」
「是非、見せて下さい」
どっから出るの、その自信! 絶対に一位の座は渡さないから!
――二日目の実技試験は、体育館で行われる。
トルターン学校の体育館は通常とは異なり、魔力がかかった素材で作られた特注で、魔法が外に漏れない建物。
試験開始の五分前に入口着いた私は、いつもより薄暗い体育館の中を進んだ。
「今回君達に披露してもらう魔法は、《光の灯火》だ」
実施試験は出題される魔法がランダムで選ばれ、魔法の威力、精度、魔力効率、安定性などを採点基準に精査される。
毎回魔法を発表される時は、どんな魔法が選ばれたの!? って、心臓が飛び出るんじゃないかってくらいドキドキで、私だけじゃなく生徒全員がフクロリー先生の発表に「得意魔法だ」と歓喜する人もいれば、「苦手なんだよ……!」と悲鳴を上げたり、それぞれの反応を示した。
「では今から試験を始める。リネット」
「はい」
いよいよ試験開始。一番最初にフクロリー先生に呼ばれた私は、前に出た。
《光の灯火》は名前の通り光で辺りを灯る基礎魔法で、たいまつの代わりなどに使われ、暗いダンジョンや森の中を進む時に便利な魔法。
私はこの魔法が、飛行魔法より得意だったりする。
「《光の灯火》」
呪文を唱えると、薄暗かった体育館に小さな光の塊が現れ、辺りを照らした。
温かくて優しい光。夜、眠れなくて泣いている子供を安心させるためにも使うこの魔法が、私は好き。
「綺麗な光ですわね」
「本当。まるで教科書のお手本みたいですわ。前回の試験で一位を取っただけのことはあります」
見学していた生徒達からは称賛の声が上がったけど、フクロリー先生は違った。
「安定しているが、光が小さ過ぎるな。もっと大きく出来ないのか?」
フクロリー先生の評価は正しい。
他の生徒がたいまつほどの大きさの《光の灯火》を出しているのに、私の《光の灯火》は蝋燭ほどの大きさしかない。
「すみません……私にはこの大きさが限界です」
「そうか。まぁその分リネットは魔法の正確さに優れているからな……いいだろう。下がっていいぞ」
「……分かりました」
魔法を消すと、辺りはまた薄暗く戻った。
そのままフクロリー先生に一礼して後ろに下がる。一番手だったから後は他の生徒達の試験の様子を見学するだけ。
魔力が少ない自覚はあった。
魔力が少なければ、その分魔法の威力は低く持続力も短くなる。体力と同じで鍛えれば増えるけど、私は魔力が一番育つ幼少期に不要だと言われて、家で魔法の練習を許されなかったし、そもそも素養がなかった。
だけど、私には自信があった。
魔力を増やすことは出来なかったけど、その分技術を磨いた。誰よりも努力していると自負していたから、負けない自信があったの。
アレン殿下の魔法を目の当たりにするまでは――――
「《光の灯火》」
薄暗かった体育館は、アレン殿下が魔法を唱えると無数に光の塊が現れ、全体に電気が走ったかのように隅々まで明るくなった。
「凄いですわ! 流石はアレン殿下!」
「天才と名高いだけあります! 前回メルランディア子爵令嬢に負けてしまったのは、やっぱり何かの間違いだったのではありません?」
アレン殿下の称賛と前回の試験の結果に対しての不服の声が聞こえたけど、何も反応出来なかった。間違いだと思われても仕方ない。だって足元にも及ばないってハッキリと突き付けられた。
あんな強烈な魔法、どう頑張ったって私には出せない。
これが本当の天才なのね。私の努力を全て吹き飛ばすような圧倒的な魔力。ずるいなぁ。いいなぁ。
私とは違う。アレン殿下は持って生まれた魔力の量が、圧倒的に多いんだ。
◇
試験の結果は後日、校舎の通路にて張り出された。
見なくても結果は分かっていたけど、やっぱり一位には私ではなくアレン殿下の名前があり、私の名前が二位に並んでいた。
「実技試験だけじゃなくて、筆記でも負けたのね」
張り出された点数には筆記実技それぞれの点数も表示されていて、どちらもアレン殿下には及ばなかった。
完全な敗北。
「俺の圧勝ですね、ガリ勉令嬢さん」
「……アレン殿下」
立ち尽くす私に、いつもの嘘くさい笑顔で声をかけてくるアレン殿下。
「ね? 俺には勝てなかったでしょう? 天才に立ち向かうのは時間の無駄だと理解しましたか?」
「……」
「二度と俺に張り合おうと思わなくなったでしょう? これに懲りたら二度と俺に勝つとか言わないで下さいね」
「…………るさい」
「はい?」
「五月蠅い! 勝ちます! 次は必ずアレン殿下に勝ってみせます!」
私の宣戦布告にアレン殿下のみならず、試験結果を見に来た他生徒達も口をあんぐり開けて驚いていたけど気にしない。
どうぞ、無謀にも天才に立ち向かう凡人だと笑えばいい。
どうして私が負けたままで納得しなきゃいけないの? 私には夢があるの! 夢の為にも絶対に諦めない! アレン殿下に勝つ! 勝ちます!
「……へぇ、楽しみにしていますね」
いつかその余裕な表情を崩してあげるから、楽しみにしてればいい。




