番外編55話 過去
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私達が住む世界は、全てが魔力という資源を中心とした魔法世界だ。
不思議な力を持つ魔力は土地の水や風など様々な物に宿り、生活の基盤として存在しているが、土地により魔力の量は異なり『あらゆるものの豊かさ』が変わり、豊富な魔力を巡っては争いが行われている。
私達魔法使いの魔力も土地から授かっているけど、鍛えることで土地から受け入れられる魔力の量は増える。
土地に発生した固有の魔力は、無作為に新しい魔法を存在させる。
その魔法は「異能」と呼ばれ、ある土地では湖の底に、ある土地では魔物の巣食う洞窟の奥底にと、様々な場所で形状の異なる魔力の塊として発見される魔法式の存在しない特殊な魔法。
異能は一つ一つが特殊で、魔法の効果も使える人数も扱える資格も異なる。
ラングシャル帝国で言えば、雨を降らす異能が一番有名だと思う。
長期間雨が降らずに干ばつしている地域に雨をもたすことが出来る素晴らしい魔法。
勿論、全てが万能というわけじゃない。
離れた場所からでは効果はなく直接土地に行って魔法を使う必要があり、魔法使いの魔力の大きさで雨の降る量は変わったりと色々と制限はあるけど、水不足で困っている人々にとっては恵みの雨を降らせる貴重な魔法。
この魔法のおかげで、一時期乾季が続き水不足に陥っていたラングシャル帝国は干ばつを回避することが出来た。
こんな貴重な魔法ばかりじゃなくて、他にも美味しいチーズの匂いがする魔法や小さな石を召喚する魔法とか一味変わった面白い魔法もある。
他にも、ある国では絶対不可侵な領域の魔法や瞬間移動の魔法など、異能の発見は国を豊かにする上でとても重要で必要不可欠なもの。
その重要な任務を受け持つのが帝国騎士団にある、新しい魔法を探索する部隊 。
帝国騎士団に入隊するだけでも難しいのに、夢の部隊に入るには優れた実績や成果が必要になるでしょう。それには死に物狂いの努力が必要になる。だけど私は、亡くなったお母様と約束したの。
いつか立派な魔法使いになってお母様が驚くような魔法を見せてあげるね、って。
だから私は、最後の最後まで夢を追いかけたい。
「昨日ぶりですね、ガリ勉令嬢さん」
「……だから、そのガリ勉令嬢って呼ぶの止めてもらえますか?」
「いいじゃないですか、事実なんですし」
アレン殿下に図書室で絡まれた次の日。
魔法の授業を受けるために張り切って一番に運動場に来ていた私は、最後に来たアレン殿下にまた声をかけられた。
事実だからって言っていいとは限らないでしょ!
クラスメイトだから会うのは仕方ないとして、お願いだから、わざわざ話しかけてこないで欲しい! アレン殿下とお近づきになりたい人は山ほどいるし、そっちに行けばいいのに。
今も、遠巻きにアレン殿下をチラチラ見る女の子達や、声をかけたそうに様子を窺っている男の子達が視界の端に見えた。
「もうすぐ授業が始まるので、話しかけないでください」
「メルランディア子爵令嬢は真面目ですね。少しくらい俺の相手をして下さいよ」
「お断りします。やっと本格的に魔法の授業が受けられるんですから、邪魔しないで下さい」
トルターン学校の授業には、貴族として必要なマナー、ダンス、家門の運営などの共通授業と、剣技と魔法のどちらかを選ぶ選択授業がある。
私は迷うまでもなく魔法一択だったけど、一年の魔法の授業は殆ど座学が中心。
それは、この世界の魔法の仕組みによる理由が大きく関係しているだめだ。
魔法には攻撃魔法、回復魔法、防御魔法など様々な種類があり、種類ごとに覚える魔法式が別の言語レベルで異なる。
魔法を展開する魔法式を覚えるには膨大な知識が必要で、大抵は一種類の魔法を極めていく。しかし低学年の間は、自分がどの魔法に適しているかを選択する期間であり、一通りの魔法式の基礎である基礎魔法を学んでいくためにどうしても座学の時間が多くなってしまう。
基礎魔法である光を灯す魔法や空を飛ぶ魔法などはどの魔法式にも通じていて、初めてのクラス分けのテストでは飛行魔法が実技試験に出た。
「まだ基礎魔法の授業なのに、そこまで真剣になる必要ありますか?」
「私には真剣で大切な時間です」
知識として得た魔法を実際に使うのも、大切な勉強! それが基礎魔法でも、同じ。
いちいち声をかけてくるアレン殿下にはうんざりしてるけど、授業が始まるまでの我慢! ……と、楽観的に考えていた数分前の自分を殴りたい。
「先生、本当にアレン殿下とペアを組まないといけませんか? 考え直せませんか?」
私が詰め寄っているのは、私達Aクラス担任のフクロリー先生。
「……リネット、何がそんなに不満なんだ? いいじゃないか、全生徒憧れの皇子様とペアになれたんだぞ」
「面倒なので他の人に譲ります」
「駄目だ。授業のペア分けは成績順で振り分けると規則で決まってるんだ。一位のリネットと二位のアレン殿下のペアは決定事項だ」
私がフクロリー先生に抗議しているのは、授業が開始して早々、フクロリー先生が発表したペア分けのことだ。知らなかったけど、魔法の実技授業は二人一組でペアを組み行動を共にするのが基本らしい。
「実力が近い者同士がペアを組まないと、釣り合わないだろ、諦めろ」
「う」
「リネットは俺とのペアが嫌なんですか?」
「名前で呼ばないで下さい」
「いいじゃないですか、せっかくクラスメイトになれたんですから。メルランディア子爵令嬢はつれないですね 」
「はいはい」
一応、アレン殿下に聞こえないよう小声でフクロリー先生とやり取りしていたのに、アレン殿下にはお見通しだったみたい。だけど、皇子様とペアになるのが嫌! って素直に認めるわけにもいかないし、適当に誤魔化そう。
「……アレン殿下とご一緒出来て心から光栄です」
「目が死んでますよ」
学校の定めた規則に文句を言うこと自体が良くないと思うけど、離れられるものなら離れたかったのが本音。
まさか、私とアレン殿下が一位と二位を取り続ける限り、ずっとなの!?
「俺とのペアを嫌がるなんて、メルランディア子爵令嬢くらいですよ」
「アレン殿下、次の試験で三位を取る予定はありませんか?」
「ありませんね、次は一位を取るつもりなので」
「!」
驚いた。が正直な感想。
何を言っても飄々としてたから、順位に固執してないと思ったのに。
「……簡単には譲りませんよ?」
「それは楽しみですね。さて、ではそろそろ真面目に授業を受けないとフクロリー先生に怒られそうなので、やりましょうか」
「え?」
気付けば、話してばかりで真面目に授業を受けていないのは私達だけで、睨み付けるフクロリー先生の視線が突き刺さっていた。視線が痛い!
「フクロリー先生は皇族の俺にも容赦なく怒る良い教師ですからね」
生徒を差別しない素敵な先生!
「普通に授業態度も成績に響くので、お互いに気をつけましょうね」
「次からはもう少し早く言って下さい」
今日の実技授業では、アレン殿下の言う通り、空飛魔法の訓練が行われた。
前回の試験で一位を取ったけど、まだまだ飛行は不安定だし改善する点は山程あった。
それでも、他の生徒よりも高く飛んでいる私は、前回、一位だっただけのことはあると思う。
――――たった一人、アレン殿下を除いては。
「メルランディア子爵令嬢に負けて、初めて真剣に魔法を勉強しました。上手くなったでしょう?」
「初めてって……」
初めて真剣に勉強しただけで、これだけ変わるの?
試験の時にはわざと手を抜いていたんじゃないかと思うくらい、飛ぶ高さも安定も持続力も、私では遠く及ばない完璧な飛行魔法。
アレン殿下が天才と呼ばれていることは知っていたけど、まさに現実を突き付けられた感覚。
きっとアレン殿下のような天才が、帝国騎士団に入るんだろうな。
「きゃあ!」
「大丈夫ですか?」
考え事に気をとられ過ぎて油断した。
突風に煽られて不安定になった私の腰を引き支えたアレン殿下は、明らかな作り笑いで微笑みかけた。
「折角退屈じゃなくなったので、簡単に心、折られないで下さいね。メルランディア子爵令嬢」
目の奥が笑っていない噓くさい笑顔。
「……折れたりなんかしません。私は絶対に、アレン殿下に勝ってみせます!」
宣戦布告。
確固たる強い意志を伝えたつもりなのに、何故かアレン殿下は、今度は本当に嬉しそうに微笑んだ。
何? どうせ勝てるわけがない、って馬鹿にしてるの?
夢は大きな障害が目の前にあればあるほど、追いかけがいがある。
簡単に折れる夢じゃない。何度敗れても立ち向かって行くから!




