番外編54話 過去
光子です。
お読みいただきありがとうございます。
本作の番外編は、書籍化にあたり大きく加筆修正した本編を前提としております。
そのため、なろう版本編とは設定や展開に齟齬が生じておりますが、番外編はすべて書籍版の流れを順守して執筆しています。
どうぞその点をご理解いただき、お楽しみいただければ嬉しいです。
『意地悪姉のレッテルを貼られて家を追い出された令嬢は、実はとても優れた魔法使いでした』番外編を読んで下さり、ありがとうございます。
番外編は、リネットとアレンの出会いを書いています。
また、新しく二章を連載再開しようと思いますので、そちらも引き続き楽しんで頂ければ嬉しいです!
よろしくお願いします。
これは、私とアレンがただの友人……いえ、ただの子爵令嬢と第三皇子だった時の話。
――――私達が最初に出会ったのは、学校に入学した当初の十歳の頃。
対して、あの頃のアレンは、顔つきは幼くて、でも、絵本の皇子様に相応しい綺麗な顔をしていたのをよく覚えている。でもそれ以上に私と同い年なのに天才と名高く数々の評判を帝国に響かせているアレンのことを、同じクラスメイトなのに遠い存在だと感じていた。
だから卒業するまで、ただの子爵令嬢の私と皇子様のアレンが関わることないんだろうな、と遠巻きに思うだけで、彼に対して何か特別な感情は持ち合わせてなかった。
しかし、そんな私の考えに反して、アレンとの縁は予想だにしない形で結ばれていく。
◇
ラングシャル帝国では、貴族は国を背負う者として男も女も関係なく学び働く義務があり、十歳から十五歳の五年間、家を離れて寮に入り、学校に通う義務がある。
その中でも私が通っていたトルターン学校は、ラングシャル帝国で一番の難関校だった。
私は幼い頃から魔法が大好きだった。きっかけは、亡くなった母の影響。
お母様は、病弱でベッドの上からあまり動けなかったけど、私のためによく魔法を使って見せてくれた。
お母様の魔法はいつも優しくて綺麗で、私も母のように魔法が使えるようになりたいと、いつかお母様が驚くような魔法を見せてあげたいと、幼心に思っていた。
母は亡くなってしまったけど、魔法が好きな気持ちや魔法使いになりたい気持ちは変わらず、お母様が驚くような魔法を見せてあげたい気持ちも、変わらなかった。
私が帝国騎士団に入りたいと思ったのは、新しい魔法を探索する夢のような部隊があるから。
いつか帝国騎士団に入隊して、その部隊に入るのが、私の夢。
その為に寝る間も惜しんで必死に勉強を重ね、トルターン学校の合格通知が届いた時には、夢じゃないかって何度も頬をつねった
――――トルターン学校に入学してから半年。
合格したからといって、油断することは決してできない。
いつものように授業終わり、学校の図書室で魔法の勉強をしていた私は、かけていた眼鏡を外し、腕を伸ばした。
「んー! もうこんな時間か……」
外を見たら、辺りはもう真っ暗。
顔を上げて最初に感じたのは、空腹感。
そういえば、お昼からご飯を食べるのを忘れてた。道理でお腹が空くはずだよね。集中して時間が経つのを忘れてしまうのは、私の悪いクセだと思う。
「あともう少しだけ、勉強しようかな」
空腹だけど、それよりも勉強したい気持ちが強い!
憧れの帝国騎士団に入隊出来るのは、本当に限られた優秀な人達だけ。帝国騎士団に入隊するためには、もっともっと、頑張らなきゃ。
「……勉強しても……意味ないかもしれないけど……」
急に現実に戻り、急速に心が空っぽになる感覚に襲われて、走るペンが止まる。
私には、産まれた時から婚約者がいる。
結婚後は婚家に入り、婚約者のクリフ様を支えると決まっているから、どれだけ努力しても――――私は帝国騎士団には入れない。
「……やっぱり、今日はもう帰ろう」
開いていた本やノートを閉じ、帰り支度をする。
いつか夢を諦めなければならない時が来る。だとしても、卒業するまでは……夢を追いかけたい。
「――勉強はもうお終いですか? ガリ勉令嬢さん」
ふと、背後から聞こえる、ここ半年で聞き慣れてしまった声。
青い瞳に綺麗な金髪を揺らせた、絵本に出て来るような皇子様の風貌をした彼は、いつの間にか私の背後にいて、わざとらしい笑顔を浮かべていた。
また来たの? が、率直な感想。どうしてこうもまぁ、私にちょっかいをかけてくるのか。
「……変なあだ名で呼ばないで下さいませんか? アレン殿下」
声の主は、同じクラスメイトのアレン殿下。
皇子様の風貌をした、と表現したけど、彼はまさしく皇子様。彼、アレン殿下は、紛れもないラングシャル帝国第三皇子様。
「だって毎日毎日、凝りもせずに勉強ばかりして、飽きないんですか?」
「飽きません。私は勉強をするのが趣味なので」
「やっぱり、ガリ勉令嬢ですね」
アレン殿下がこうして声をかけてくるのは、初めてじゃない。
本来、彼は雲の上の存在で、馴れ馴れしく話し掛けて良い相手じゃないのに、何故か、向こうから私に接触してくる。
どうしてわざわざ皇子様が、しがない子爵令嬢に声をかけてくるの? 幾ら校則で在学中は身分関係なし、とされてても、皇族は別格なんだけど!
「……あの、私がアレン殿下に勝てたのは、ただのまぐれですよ。偶然、私が勉強していた範囲が試験に出て、練習していた魔法が試験に出ただけです」
アレン殿下が私にちょっかいをかけてくるようになったのは、入学直後に行われた、クラス分けの試験からだ。
トルターン学校は完全な実力主義で、クラスも試験の結果で選別される。
一学年に三クラスしかなく、成績上位からAクラスに、下位の者はCクラスに分けられる。
AクラスとCクラスに所属しているのとでは、授業の手厚さも卒業後の待遇も雲泥の差があり、生徒達は優秀なAクラスに在籍することを目標に学校生活を送るのだが、成績が振るわない者には問答無用で退学を言い渡される過酷な環境になっている。
私はこの試験でアレン殿下に勝って一位の称号を手に入れたんだけど、自分で言った通り、勝てたのは奇跡に近かった。筆記試験はたったの一点差だったし、実技試験では、ほんのわずかの技術点で私に軍配が上がった。
「嫌だなぁ。俺がメルランディア子爵令嬢に負けたから、根に持って声をかけていると思っているんですか?」
「違うんですか?」
「違いますよ」
じゃあ、何故?
不思議に思ってアレン殿下を見上げていたら、アレン殿下は、笑顔で答えた。
「興味があるんです。俺に初めて敗北を味合わせた、貴女に」
アレン殿下が……私に興味?
不思議に思い見上げた私に笑みを深めたアレン殿下は、椅子に座る私の耳元に顔を近付けると、小さく囁いた。
「俺を退屈させないで下さいね、メルランディア子爵令嬢。俺を夢中にさせてみて下さい」
「……丁重にお断りします。退屈しのぎのお相手でしたら、他をお探し下さい」
アレン殿下の妙な圧力を躱しながら、私は早々に荷物を持ち、図書室を去った。
入学早々、皇子様に目を付けられることになるとは……! 私はただ、勉強に集中したいだけなのに!
皇子様の退屈しのぎに付き合わされるのは嫌。
アレン殿下のことは置いておいて、私は、私の夢のために頑張る!
……と、思っていたのに、成績で物事を決めるこの学校は、一位と二位は何かと一緒にされることが多くて、皮肉にも頑張り続ける限りアレン殿下と関わって行くことになると気付いたのは、次の日の授業からだった。




