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53話 《一章完》離さないで下さい


 ◇


 その後、帝国騎士団を欺き、罪人を出したメルランディア子爵家は、シルマニア宮での一件も響き、順調に衰退の道を辿っている。

 それ以外にも、メルランディア子爵家に残っているのは今はお父様だけだったりと、変化があった。

 メルランディア子爵家でどんなやり取りがあったのか詳しくは知らないけど、ウルはあれからお父様に絶縁され、お義母様はお父様に離婚され、母子共々家から追い出された。

 お父様達の離婚は、どうも、お義母様の不貞が原因らしい。それで私に家の仕事を押し付けていたのか、と思えば、妙に納得出来た。ウルは母親の不貞を知っていて、嘘を吐けなくなったことが原因で言葉に出し、自ら一家離散を招いてしまったようだ。

 あれだけ私を除け者にして幸せな家族を演じていたのに、呆気ないものね。


 今頃になってお父様もお義母様も私に擦り寄ってきたけど、付き纏うな、と、帝国騎士団総出で一掃したから、きっと二度と来ないだろう。


 ウルは今頃、何をしているんだろう。

 嘘をついて自分を飾ることが出来なくなったウルは、どこに行っても厄介者扱いされるだろうけど、それを可哀想だとは思わない。精々苦しんで、反省して下さい。


「リネット……マルチダ……本当にすまなかった。特にリネットは……婚約破棄の件も含めて……」


 クリフ様は自分の非を詫び、深く深く頭を下げた。

 人を見る目がないことや視野が狭いことも反省されたようで、今は魔法使いや女性に対する認識も改めたようだ。……まだまだ至らぬ点は多くてよく怒られているけど、素直に受け止めているから、これから先、クリフ様が変わるのを期待しようと思う。

 ただ、それと私が許す許さないは別だ。


「私は簡単に許してあげませんよ? 意地悪、ですからね」


「う……はい、覚悟している」


 散々意地悪姉と罵られたのだから、暫くは、クリフ様に意地悪を続けようと思う。


 ◇


「アレン、本当に私が魔法使いの副隊長になっていいんですか?」


 ――――ラロッカ宮の夫婦の寝室となるはずの部屋のベッドの上で、後ろから私を抱き締めるアレンに向かって尋ねた。


「折角の二人の時間に仕事の話は止めませんか?」


 何やら不服そうなアレン。

 確かに、最近は忙しくて二人の時間を取れなかったら、言っている意味は分かるんだけど、私には二人の時間を中断してでも、重大なことだった。


「だって、私なんかが副隊長だなんて!」


「相変わらず自分のことは過小評価なんですね」


「だって、私、魔力の量が人より少ないし、アレンの足元にも及ばないじゃない」


「使える魔法の数は俺より上でしょう?」


「それは、そうですけど……」


「帝国騎士団は完全な実力主義です、実力のない者は上に立てません。何より、リネットの実力は帝国騎士団の騎士と魔法使い両方が認めています。異論がある者は誰一人いませんでしたよ」


 本当に? にわかには信じれられないけど、アレンが言うなら本当なんだろう。彼はこんなすぐバレるような嘘を吐く人じゃない。


「分かりました! 選ばれたからには、精一杯頑張ります!」


「流石はリネット、俺が好きになっただけあります」


「…………前から聞こうと思っていたんですけど、どうして、私を好きになったんですか?」


 学生時代から一途に私を想ってくれていたと聞くけど、私は特別、アレンに何かした覚えはない。それどころか、勝手にライバル認定して競い合っていた。見事に負けまくっていましたけど。


「俺はね、天才なんです」


「喧嘩売ってます?」


 天才だから、凡人の私ではアレンに勝てないとでも言いたいの?


「違いますよ。俺はね、大した努力もせず、何でも()()()()()()()()()んです」


「羨ましい限りですが」


「そうですか? 俺は退屈でしたよ、リネットが現れるまでは――――」


 ◆


 いつも退屈を感じていた。

 何でも簡単に出来てしまうから、努力をしたこともなければ、達成感を味わったこともない。周りからは天才と称されて誰も俺と競おうともしなかったし、一歩引いた別格の存在として扱われいた。


(つまらない、退屈だ)


 誰か、俺に張り合えるような、いっそ俺を打ち破るような強い相手が現れないか、なんて考えていた。

 だからトルターン学校の一番最初の試験でリネットに負けた日は、人生で初めて敗北を味わった瞬間だった。今まで誰にも負けたことがなかったのに、初めて負けた相手は、どこにでもいるような令嬢。


 衝撃的で、初めて味わった敗北は、待ち望んでいたはずなのに、初めて、悔しいと思った。


「そこから生まれて初めて真面目に勉強して魔法の特訓をして、二度目の試験では、リネットに圧勝しました」


 一切手加減なしで、完膚無きまでに叩きのめした。

 これで心折れるだろうな、もう二度と俺と戦おうとしないだろうな、と思っていたら、リネットは何度も何度も諦めずに、油断したら負けてしまいそうな強い気迫で、俺に挑戦してきた。


『また二位!? 次は絶対に負けないので、覚悟していて下さい!』


 それが面白くて、俺も負けじと魔法を勉強するようになった。

 天才の俺はあっという間に皆に認められる魔法使いになり、俺に負けずに必死に食らいついていたリネットもまた、立派な魔法使いに進化を遂げていた。


 リネットを特別に想うのに、そう時間はかからなかったと思う。

 婚約者がいると聞いた時は、真っ先に『どうやったら奪える』のかと頭を過ぎったけど、リネットの幸せを考えたら出来なかった。

 リネットは色々な感情を教えてくれた。心から感謝しているし、幸せを願ってる。


 ◇


「リネットは俺の特別なんです」


「……知りませんでした」


 当時の私は、何も考えていなかったと思う。

 自分の勉強のことで頭がいっぱいだったし、ウル達から離れられた解放感で、自由に過ごせる楽しさを満喫してた。アレンのことも、勝手にライバルだと思っていただけなのに、まさかそんな風に思ってくれていたなんて!


「貴女が婚約破棄されたと聞いて、誰にも奪われないように真っ先に駆け付けました。リネットを自ら手放したクリフには、ある意味感謝しています。俺は絶対に手放さないので、覚悟していて下さい」


「アレン……」


 あの日、修道院に送られるはずだった私を迎えに来てくれたアレンには、心から感謝してる。

 私の全てを大切にしてくれて、信じてくれて、好きになってくれた人。アレンの婚約者になれたことだけは、私も、ウルに感謝してもいい。


「はい、絶対に離さないで下さいね」


 だって今の私は、とても幸せだから――――





 《完》





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