52話 暴露
私がウルから聞く本音は、ある程度予想していたものだった。
だけどクリフ様含む他の人達には衝撃が強い最低最悪な発言で、ウルの本音に一歩どころか三歩は引いていて、クリフ様に至ってはその場で卒倒してしまいそうだった。
「……ウルが帝国騎士団の魔法使いになりたいなんて初めて聞いたわ。今まで一度も魔法の勉強をしてこなかったのに」
『別に魔法使いになりたいわけじゃないわ、お姉様に勿体無い肩書だから貰ってあげようと思っただけ。大体、女なのにわざわざ汗水流して働く魔法使いや騎士になりたがる神経が分からないわ。私みたいに魅力的な女は、良い男に守ってもらうだけでいいんだから』
「……そう、もういいわ」
『お姉様が私より幸せになるなんて許せない。だから奪ってあげるの。お姉様の帝国騎士団の魔法使いも、アレン殿下の婚約者の座も、全部私の物よ』
わざわざ話を切ってあげたのに、まだ口を開くなんて愚かなこと。
まだ自分の口から本音が出ていることに気付いていないウルは、聞いてもいないのに次から次へと、不正を働いたことやら私を意地悪姉に仕立て上げて自分を良く見せていたことなど、余すことなく喋った。
「――終わりましたか?」
全てを話し終えたのを見計らったように、アレンはゆっくりと事務室に足を踏み入れた。アレンには前もって魔道具を使う話をしておいたから、ある程度自白が終わるのを外で待っていたのだろう。
アレンの姿を見たウルは、これ見よがしにその場に座り込み、まるで今まで虐められていたか弱い少女のように涙を浮かべて、声を出した。
それが嘘をつけない、本音になるとも知らずに。
『やっと来た! アレン殿下、お姉様は何も悪くないけど、早く私を助けて、お姉様を断罪して下さい! 妹の私が断言しますけど、お姉様はアレン殿下が本当に好きになったみたいなんです!』
「ちょっと、ウル!?」
「へぇ、それは興味深いお話ですね。続きをどうぞ」
今までウルの話を余裕で聞き流せていたのに、急に予想外のことを口にされて戸惑ってる! 何で皆の前でわざわざそんな話をするの!?
『クリフ様の時も傷付いてたけど、家同士の婚約者って感じでお姉様が本当にクリフ様を好きだとは感じなかったんですよね。でも、アレン殿下を見るお姉様の目は間違いなく恋をしている目です!』
「止めて! ウル!」
『だから、お姉様からアレン殿下を奪ったら、もっと傷付くと思うんですよね』
「っ!」
ウルの最後の言葉より、周りの私を見る目の方が痛い! どうして職場の仲間の前で、こんなに大々的に恋心を暴露されないといけないの!? 婚約者だけど! 恥ずかしいし、まだ直接アレンに伝えたことなかったのに! もうアレンの顔を直視出来ない!
「貴女の話は終始くだらないものばかりでしたが、最後の最後に有益な話が聞けるものですね」
当のアレンは機嫌が良さそう。
そんなアレンを、ウルはどう勘違いしたのか、自分の想いに応えてくれたと思ったのだろう。立ち上がると両手を広げて、アレンの方に駆け寄った。
「アレン殿下、大好きです!」
「――――捕らえろ」
だが、アレンの体に到着する前に、命令にいち早く応えたサイラス先輩とクリフ様が、ウルの体を拘束し地面に押さえつけた。
『なっ、何するのよ! 汚い手で触らないで! 私はアレン殿下の婚約者なのよ!』
「貴女の婚約者になった覚えはありません、俺の婚約者は、リネットただ一人です」
「どうしてそんなこと言うの!? お姉様よりも私の方が――『お姉様の方が、アレン殿下の婚約者に相応しくても関係ない! 私がアレン殿下の婚約者になりたいの!』って……あれ? 私、何言って……!」
ここでようやく、自分の意と反したことを言ってしまうことに気付き言葉を閉ざしたが、時すでに遅し。
「帝国騎士団を欺き、俺の婚約者に浮気の濡れ衣を着せようとした罪は重いですよ。今度こそ、メルランディア子爵家に逃げ道はありません」
「え……あ……『はい、私はメルランディア子爵家のお姉様の仕事を自分がしていたと偽り、帝国騎士団の事務員として採用されました。そして、お姉様とクリフ様の関係がまだ続いていると嘘を吐きました』……ち、ちが『事実です』」
嘘を吐けば吐くほどボロが出るんだから黙っていればいいのに。嘘を吐くのが日課になっているウルには、嘘を吐かない方が難しいんだろう。
「メルランディア子爵令嬢を牢へ、処罰は追って報告します」
「牢!? 私が!? 嘘でしょう!? 嫌っ! 助けて……! 『クリフ様! 私の元婚約者なんだから、助けなさいよ! サイラス様! 私を助けてくれたら結婚してあげてもいいから!』」
ウルの訴えが押さえつけている二人に届くはずもなく。ウルはそのまま、引きずられるように連行された。
『お姉様! 私を助けなさいよ! お姉様の価値は私の役に立つことでしょ!? 私は可愛いの! 皆から愛されるべき存在なの! お姉様よりも幸せになるの! 帝国騎士団の魔法使いの肩書きもアレン殿下も私のものになるべきなの! 返して! 返しなさいよー!』
連行されている最中も何やら叫んでいたけど、それらは全て嘘で紡がれた言葉で、ウルの汚い本音が駄々洩れになっていた。
これから先ウルは、嘘をつけない、嘘をつかない生活をしていかないといけない。それがいつまで続くか分からないけど、今までずっと嘘を身に纏って生活していたウルにとっては、地獄の始まりだろう。
「お疲れ様でした、リネット」
「……お疲れ様でした」
「後でゆっくり、先程のメルランディア子爵令嬢の発言について二人っきりで話をしましょうね」
「は、はい」
いつか恋心を伝えようとは思っていた。ウルに後押しされてしまった形になったのは悔しいけど、ここまで来たら、私も覚悟を決めて伝えなきゃ。アレンが好きって。
きっとアレンは、私の気持ちに応えてくれる。それはそれは情熱的に――




