42話 夢を持ったセリエ様
「……帝国騎士団魔法使い隊長、ラングシャル帝国第三皇子アレン=フォン=バレットです。お会い出来て光栄です、混沌の魔女」
胸に手を当て、敬意を持って挨拶をするアレンに続き、私もサイラス先輩も膝をついて頭を下げた。
いやいやいや! だって混沌の魔女は魔道具とか実力で有名でもあるけど、それ以前に、帝国騎士団の創立メンバーの一人だもの! そりゃあ帝国騎士団の内情に詳しいです。
「止めておくれよ、今の私は、ただのガラクタ溜まりの店主じゃ」
おばあさんはそう言うと、再度杖で地面を叩いた。クリフ様の体がツルから解放され、自由になる。
もう少しそのまま情けない姿でいたら良かったのに。
「女も活躍出来るのは数百年も前に証明したはずじゃが、女を見下し、それどころかこんな年寄りにいいようにやられるようじゃ、まだまだじゃのう」
最初から最後まで、クリフ様はおばあさんにしてやられてばかりですもんね。
「こんなはずでは……! 普通に戦えば、俺が勝つはずなのに!」
「お前さんは剣の腕はあるようだが、人を見る目がないのぅ。それに騙されやすく単純じゃ。魔女が蔓延る時代に産まれていたら、真っ先に餌食になっていただろうねぇ」
混沌の魔女ほどの実力者は例外として、多くの魔女は直接対決に弱い。なので、魔女は狡猾に相手に近付き、甘い言葉と容姿で惑わし罠に嵌める。
魔女の餌食の言葉に肝が冷えたのか、クリフ様は何も反論しなかった。
「それで? 混沌の魔女がセリエを隠したのは、彼女を守るためですか?」
「ふぉふぉ、何、女の幸せが結婚だけだと勘違いしている父親に、ちょっとお灸を据えてやろうと思ってのぉ」
「私が先生に言って匿ってもらったの。私、魔女になりたいの」
その専門性の高さと魔道具に頼る使い勝手の悪さから、魔女の数は年々減っている。特に、魔道具を自分で作ったり、ダンジョンを創作するほどの魔女は、もうこの世に存在しないとまで言われていた。
「私、本当は結婚なんて一生したくない。先生に負けない、先生自慢の立派な魔女になりたいの!」
アレンから聞いていたセリエ様の人物像は、消極的で内向的だったけど、こうして目の前にいるセリエ様は、その人物像からはかけ離れていて、これが、セリエ様の本来の姿なんだろう。
私にセリエ様の話をしたアレンも、当然、これまでの彼女の違いに気付いていてる。
「本気なんですね? セリエ」
「何度も言ってるでしょ? 私は本気!」
「……セリエ様、ルルラシカ公爵様に直接、本当の気持ちを話に行きましょう」
愛情表現がどうあれ、ルルラシカ公爵様の娘を想う気持ちは、本物だと思う。
「そんなこと出来ないよ!」
「どうしてですか?」
「だってお父様は、結婚したくないって言った私のお願いを聞いてくれなかったんだよ!? なのに魔女になりたいって伝えたら……反対されるに決まってる!」
「セリエ様は、ルルラシカ公爵様が嫌いじゃありませんよね?」
「……嫌いじゃ……ない。お父様のことは、好きだよ」
「なら、きちんと話をしましょう。きっと、ルルラシカ公爵様なら分かってくれます」
セリエ様が本気で望んでいると理解すれば、ルルラシカ公爵様ならきっと叶えてくれるはず。というか、あれだけ娘を溺愛しているんだから、可愛い娘の夢を応援してあげるべきです!
「セリエ、ルルラシカ公爵が納得するまで何度でも話して下さい。俺もそうやって、山ほどくる縁談話を断り、リネット以外なら一生独身でいると宣言していました」
…………それは初耳ですね。だから最初に陛下も皇妃様に婚約の挨拶に行った時もコット殿下も、私との婚約を手放しで喜んでくれたの? そう言えば皇妃様が『このままだったらアレンは一生独身だと思っていたから嬉しいわ!』とか言っていましたけど、そういう意味だったんですね!?
「ふぉふぉ、皇子さんもこんなに頑張っておるんじゃから、セリエも頑張って父親を説得しないといけないのぉ」
「……うん、分かった」
セリエ様はまだ少し悩んでいたけど、おばあさんにも背を押され、小さく頷いた。
◇
「お嬢ちゃんの名前は何というんだい?」
「え……あ、リネット=コトアリカと申します! 混沌の魔女!」
話し合いが一段落着き、セリエ様を連れてルルラシカ公爵邸に戻る前、おばあさんに笑顔で名前を聞かれたから、心臓が大きく高鳴った。
あの混沌の魔女に名前を聞かれるなんて! 私達にとったら、教科書に載っている偉人だもの! 興奮しない方がおかしい!
「ふぉふぉ、リネットか。覚えておくよ」
「あ、ありがとうございます! 光栄です!」
「リネットは私のダンジョンを攻略したんじゃ、そんなに恐縮する必要はないよ」
「攻略だなんて、そんな……」
恐れ多過ぎて目眩がする! そもそも私一人の力じゃないし、限界寸前だった。後少しでもダンジョンが続いていれば、私の負けだっただろう。
「私の自慢の魔道具達を突破したんじゃ、謙遜する必要はないよ。少しでも対応を間違えれば呪われるような物ばっかりだったしのぉ」
……怖。どんな呪いだったのかは、聞かないでおこう。




