40話 魔女の工房
魔女が最も得意とするのは、自分のテリトリーに相手を呼び寄せ、多種多様な魔道具を使用して罠に嵌めることだ。私達はセリエ様を取り戻すために、不利と分かっていても、魔女のテリトリーに足を踏み入れなくてはならない。
幾ら魔女の存在が希少で今まで関わる機会がなかったとしても、そろそろ理解してもらわないと困る。
「だ、だが! 正々堂々と戦えば、魔女など一瞬で倒せる!」
またこの人は、意味不明なことを……
「『面と向かって戦え、卑怯者!』とでも叫んでみます? わざわざ魔女が自分の不利になる戦い方を選ぶとは思いませんが」
すぐに対戦になる学校の授業や訓練とは違うんですよ。そこにたどり着くまでの過程も、戦いです。
「魔道具を解除出来るのは、仕掛けた魔女と、それを上回る魔法使いのみ。リネットは多くの魔法を使える優れた魔法使いです、彼女ほど魔女に対抗するに適した人材はいません。だからこそ、無駄にリネットの魔力を消費させたくないんです」
魔女の対応に力を注がせるため、私を魔物退治に参加させない。
これ、ダンジョンに入る前にもアレンが説明していたはずなのに、クリフ様は全く聞いてなかったんですね。
「分かったら、文句を言わずに黙ってリネットを守って下さい」
「は……い」
力無く頷くクリフ様。
適材適所、騎士も魔法使いも魔女も、それぞれ力を発する場所が違うからこそ、協力するものなんですよ。その小石の頭でも理解出来るといいですね。
◇
それからも魔女の妨害は続き、様々な罠が襲ってきたが、何とか、全ての罠をかいくぐり、ムグスケ洞窟の最奥部に辿り着くことが出来た。学生時代にここに来た時は、ただの何もない広い空間が広がっていただけで普通の洞窟の最奥部だった。だけど今、目の前には、想像しなかった空間が広がっていた。
「何、これ……」
一言で表すなら、工場? 工房? 鉱石場?
トンカチやハンマーもあれば、火が籠る窯、魔力の籠った宝石、見たこともない機械なんかも並んでいて、言葉を失うくらい、圧巻だった。
「……っ」
「大丈夫ですか? リネット」
「大丈夫……です」
肩を支え、心配そうに私を覗くアレン。
強がってみせたけど、本当はもう限界。魔力がすっからかん。もう歩くのもしんどい……けど、弱音は吐けない。
「リネット、俺の背中に乗るか?」
「駄目ですよ、サイラス先輩も連戦で疲れてるんですから、そんな無茶させられません」
これも魔女の影響なのか、魔物の数も普段と違い、桁違いに多かった。途中からアレンも戦闘に参加したけど、最初から戦っていたサイラス先輩とクリフ様の負担は大きい。
「……っ……」
何か言いたげで、でも言葉を押し殺すクリフ様。
今口に出したら全て本音になってしまうから、怖いんだろう。静かで快適、ずっとこのままでいいくらい。
「――――おやまぁ、まさかここまで到着出来るとは」
「おばあさん……!」
「恐れ入ったねぇ、どうやら私が想像していた以上に、お嬢ちゃんは素晴らしい魔法使いだったようだねぇ」
罠を全て突破されたにも関わらず、余裕そうな魔女のおばあさん。
何? まだ何か隠し玉があるの? それなら私の負けよ。これ以上は、戦えないもの。
「……セリエ様はどこですか? 無事、なんですか?」
「ふぉふぉ、さて、どうじゃろう。簡単にあの子は渡さんよ」
「素直に渡した方が身のためだと思いますよ。俺は、まだ戦えますので」
確かに、満身創痍の私達は戦えないけど、この為に、最後の決戦のために、アレンの魔力は温存しておいた。直接対決において、魔女と魔法使いなら魔法使いが優位だし、相手はあのアレンだ。幾ら腕利きの魔女といえ、アレンに勝てるとは思えない。それくらい、私はアレンを信頼してる。
「手加減はしませんよ?」
「ふぉふぉ、帝国騎士団魔法使いの隊長が相手とは、光栄じゃのう」
互いが臨戦態勢になったのを、息を飲んで見守った――――
「――止めて! 待ってアレン!」
だが、戦いが始まる前に、一人の少女がおばあさんを庇うように前に立ちふさがった。
アレンの名を呼び、顔見知りだと思える少女は、間違いなく、私達が探し求めていた相手だろう。
「セリエ」
「先生は悪くないの! 私が先生に頼んで匿ってもらってたの! だから、先生を傷付けないで!」
この方がセリエ様……! おばあさんが無理矢理セリエ様を連れ去った可能性は低いと踏んでいたけど……
「セリエ、逃げなと言っただろう」
「嫌! 先生を置いて逃げるなんて出来ない! 私は、先生と一緒にいたいの! 先生にまだまだ教えてもらってないことが山ほどあるんだから! 全部教えてもらって、先生が自慢出来る立派な魔女になるんだから!」
泣き叫びながらおばあさんに抱き着くセリエ様の姿は、彼女自身が望んで行方をくらましたことを全身で現わしていた。
「――全て説明して下さい」
臨戦態勢を解いたアレンは、宥めるようにセリエ様の頭を撫でる魔女に向かい、そう告げた。
「ふぉふぉ、仕方ないねぇ」
諦めた魔女は、それでも、笑顔を崩さなかった。




