38話 ダンジョン
か弱いおばあさん相手に帝国騎士団が本気を出すなんて大人気ないと言われるかもしれないが、あの魔女相手に手加減はいらない。
初めて会った時から不思議な魅惑を持っていた魔女に、そう直感した。
◇
魔女の情報は、想像よりも早く手に入った。
まさか箱の鍵を開ける人物が現れるはずがないと油断していたからか、たまたまなのかは、私達には分からない。それとも罠なのかと疑うほど、隠す気も無かった。
(まさか、ダンジョンに挑むことになるとは思わなかった)
目の前にあるのは、《ムグスケ洞窟》と名の付いた、ダンジョンだ。
ダンジョン攻略と言えば、多くの魔物が蔓延り、難攻不落の複雑な迷路に危険な罠、奥に進めば秘宝が手に入る、危険だけど魅惑な迷宮のイメージがあるが、ラングシャル帝国のダンジョンは違う。秘宝なんて存在しないし、迷宮でも無ければ一つの罠も存在しない、魔物は出るが格段強いわけでもなく、数も多くない、学生の訓練に最適な場所。
実際、この場所には私も、トルターン学校在学中に足を踏み入れたことがある。
「掴んだ情報によると、数年前に魔女がこのダンジョンを買い取り、好きに使っていたようです。誰か人を隠すなら、一番ここが有力な場所だと思われます」
集まった情報を集約した内容を、サイラス先輩が伝える。
「ご苦労様です、では、先に進みましょう」
おばあさんがセリエ様の失踪に関わっているとほぼ断定しているけど、残りの可能性も全て捨て切るわけにはいかない。
あらゆる可能性を考えて、私達以外の他の隊員は、引き続き探索と情報収集、後は誘拐犯からの連絡待ちのために、ルルラシカ公爵邸での待機となった。
私、アレン、サイラス先輩、クリフ様の四人で、ムグスケ洞窟の中へ足を踏み入れる。一歩踏み入れただけで分かる、トルターン学校で訪れた時とは全く異なるダンジョンの匂い。魔力が至る所から溢れ出てて、肌が痛い!
「どうやら想像以上に手強い魔女のようですね。皆さん、油断せずに進んで下さい」
アレンもまた、おばあさんの危険性に気付いたのだろう。警戒するように呼び掛けたが、クリフ様には全く響いていなかった。
「あの老婆がなんだと言うんですか? 警戒する必要はありません、僕が軽く追い払ってみせます」
何を言うか、おばあさんに簡単に騙されて追い出されたくせに。
人の良い仮面を張り付け、物忘れが酷いフリをして、私達にセリエ様のことを悟らせないようにした。上手い手だと思う、どこからかおばあさんとセリエ様の話が出ても、忘れてた、で通せるのだから。
クリフ様は、そんなおばあさんの策略にまんまと乗せられたのよ。侮るなんて、おばあさんに失礼だわ。
「いいえ、魔女との戦いは全て、リネットにお任せします。クリフとサイラスには魔物の戦いをお任せするので、リネットを守って下さい」
「な、何故ですか!? どうしてリネットなんかに!? それに、何故僕がリネットを守らなければならないんですか!?」
「これは命令です、異論は許しません。リネットも、いいですね?」
「はい、分かりました」
私に任せる、とアレンが言うなら、私はその期待に応えるのみ。
「くっ」
アレンの命令だからそれ以上反論しなかったけど、クリフ様が不満に感じているのは、見て分かった。
馬鹿なクリフ様、魔女の領域に足を踏み入れることが、どれだけ危険なのかを理解していない。魔女は、魔道具の使い手だ。優れた魔女であればあるほど、複雑で難解な魔道具を使いこなす。それらを解除出来るのは、同じく優れた魔法使いのみ――魔法使いと魔女は、昔から永遠のライバルなのだ。
光の当たらない洞窟内は、本来は一寸先も見えないほどの暗闇なのだろうが、アレンが魔法で辺りを照らしてくれているから、不便はなかった。光の魔法は私も使えるけど、魔力が少ない私は持続性がない。こんなに長いダンジョンをずっと照らしてたら、途中で力尽きるだろう。
(やっぱりアレンは凄いな)
アレンの魔力量は私では足元にも及ばないほど突き抜けていて、手も足も出ない。
今、ダンジョン内を快適に進めているのはアレンの魔法のおかげなのだが、そのことにも気付かず、着々と不満を募らせているのが、目の前で不機嫌を隠さないクリフ様だ。
「これだから魔法使いは嫌なんだ! どうして騎士ばかりが前線に立たなければならないんだ!」
徐々に疲労が蓄積しているからか、明らかに苛々しているクリフ様。
いやいや、確かに魔物退治は一任してるけど、マルチダ先輩だってアレンだって、それ以外はしっかりとサポートしてるからね!?
「リネット! さっさと魔女とやらを退けて、セリエ嬢の居場所を突き止めろ! それくらいしか魔法使いは役に立たないんだからな!」
どうやらクリフ様は、魔物を倒す、など、目で見えて分かる功績しか評価出来ない小石のような頭をお持ちで、魔法使いの正当な評価が出来ないようだ。
わざわざアレンの目を気にして聞こえないよう暴言を吐きに来られるなんて、本っっっ当に小さい男ね。




