37話 魔女
魔法の習得には、複雑な魔法の構造である魔法式を覚えなければならない。
一つの魔法ごとに覚える魔法式は違うけど、攻撃魔法、回復魔法、補助魔法など、大きく仕組みが違う魔法については一から全く新しい魔法式を理解しなければならず、大概の魔法使いは、一つの魔法を極める傾向がある。
帝国騎士団は魔物の退治や護衛などの有事に対応しているから、どうしても攻撃の魔法が重視されるのだが、その帝国騎士団の特性を理解してる。帝国騎士団の魔法使いだからこそ、開錠魔法が使えないと。
食えないおばあさんですね、最初の印象にまんまと騙されてしまいました。
「ご心配なく、開錠魔法は私が学生時代、一番最初に習得した得意魔法ですので」
無詠唱で魔法を放つと、カチャッと、持っていた箱が開いた。
実家にいた頃、ウルに嫌がらせ目的で閉じ込められたりしてたから真っ先に覚えたんだけど、習得しておいて良かった。意外なところで役に立つものですね。
「何と……こんなお嬢ちゃんが開錠魔法を使いこなせるとは。少しでも失敗したら精神を病む危ない品物じゃったんじゃが」
いちいち危ない魔道具しか置いてないな! ここは!
「映像を確認してもいいですね?」
「仕方ないねぇ、好きにおしよ」
魔力を込めると、すぐに見たかった映像が流れた。
店内にいるセリエ様の姿と、どう見ても親しそうに話しているおばあさんの姿。場所が遠くて音声までは拾えないが、二人は暫く会話をした後、一緒に外へと向かった。
「時刻からして、セリエ様がいなくなってからすぐの映像ですよね。どうして隠していたんですか?」
「隠していたなんて人聞きが悪いのぉ。物覚えが悪くて覚えていなかっただけじゃよ」
最初に見た時と同じ朗らかな笑顔が、今は胡散臭く見えてしまう不思議。もう信用出来ない、おばあさんは、何かを隠してる!
「二人で一緒に出掛けているようですが、どこに向かったんですか?」
「さてさて、どこじゃったかのぉ」
アレンの問いも、のらりくらりと躱す。これ以上おばあさんを問い詰めても、答えは聞き出せないだろう。でも、これでハッキリした。おばあさんは、セリエ様の失踪に関わっている!
雑貨店ガラクタ溜まりを出た私達は、急ぎ足で路地裏を出て、町へ向かった。
「魔女について情報を集めましょう、きっと、何か出て来るはずです」
「はい。あの……でも、セリエ様の感じからして、無理矢理な感じでは無かった……ですよね?」
誘拐というには、二人の距離が近過ぎた。会ったのはあれが初めてじゃなくて、もっと前からの顔見知りだったような感じ。
「そうですね、もしかしたら、本人の意思で家を出たのかもしれませんね」
「それは……」
ルルラシカ公爵様が聞いたら、卒倒しそう。
「――お前いい加減にしろよ! 俺はワードナ侯爵家の長男だぞ!」
もうすぐ町の中心部に着くところで、そう言えばすっかり存在を忘れていた人達のことを、激しい口論の声で、嫌でも思い出した。
「五月蠅い! あんな意地悪姉に唆されて正義の心を忘れるなど、ワードナ侯爵家の名が泣くぞ!」
「尻軽女に騙されて本性を見抜けてねぇお前に言われたくねーんだよ! あんな女に騙されてリネットを捨てるとか、お前はよっぽど女を見る目がねぇな!」
止めて! 町中で私の名前を出さないで! 巻き込まないで!
ガラクタ溜まりを飛び出したクリフ様は、町で新たな情報を掴もうと勝手に聞き込みでも始めたのだろう。それをサイラス先輩が注意し、口論に発展した、という流れでしょうか? ……二人共、沸点低すぎない?
「貴方達は一体、何をしているんですか?」
「ア、アレン殿下! いつの間にここに!?」
「アレン殿下! 聞いて下さい! こいつ、全っ然言うこと聞かなくて戻ろうとしないんです!」
「違います! 俺は何とかセリエ嬢の手がかりを掴もうと!」
帝国騎士団が町中でくだらない言い争いしてるとか、これ以上帝国騎士団の恥を晒さないで欲しい。
「セリエの手がかりなら、もうリネットが掴みました」
「なっ!」
はい、お二人がくだらない喧嘩をされている間に、見事掴みました。悔しいでしょう? クリフ様は私に負けるのが心底嫌なようですしね。
「本部にいるマルチダに報告して、任務に当たっている全ての騎士と魔法使いに伝達して下さい」
マルチダ先輩は風の魔法を得意としていて、風に乗せて言葉を届ける情報伝達に長けている。
こう言った多くの人数が別々の場所で行動する時は、マルチダ先輩の魔法は重宝され、情報伝達係として特殊な任務にも抜擢されるほど、素晴らしい魔法使いだ。決して、クリフ様に馬鹿にされる筋合いはない。
「魔女の情報が集まり次第、行動を開始します」
魔女……得体の知れない、おばあさん。
このまま魔女と対峙することになるかもしれない、と考えたら、何故か心が高揚した自分は、やっぱりおかしいんだろう。
(魔女と戦うのは、生まれて初めて)
魔道具を使う魔女と魔法を使う魔法使いは、同じ魔力を使うが、似て非なるものだ。




