36話 ガラクタ溜まり
店の中には、小柄な老婆の女性が一人。きっとこの方が、店の主だろう。杖をついて私達を出迎える朗らかな笑顔は、心が温まるようだった。
「おや、いらっしゃい」
「今日、この女性が店に来なかっただろうか?」
セリエ様とルルラシカ公爵が映った写真を見せ、率先して話を聞くクリフ様。ここで手柄を上げれば、処罰が撤回されるとでも思っているんでしょうね。
「どうかのぉ、店に来た客のことなんて、一々覚えていないからのぉ」
「少しでも何か思い出せないのか? 些細なことでいい」
「ふぅむ……いやぁ、やっぱり何も思い出せんのぉ」
クリフ様から写真を受け取り、まじまじと確認していたが、答えは同じ。
「くそ……時間の無駄だったか!」
「あ、おいクリフ!」
おばあさんから写真を奪い取ったクリフ様は、そのまま勢いよく雑貨店を出た。何て態度の悪い男なの、おばあさんが何も覚えてなくても、仕方ないことでしょうに。
アレンに目配せされたサイラス先輩が、クリフ様の後を追う。クリフ様に振り回されて可哀想なサイラス先輩。いつか沸点突破しそう。
「仲間が失礼しました」
仲間とは微塵も思っていないですが、よそから見れば私達は同じ土台に見えるので、形式的に言葉を使う。
「ふぉふぉ、あんたが気にする必要はないよ。優しいお嬢ちゃんだね」
……なんだろ、どこか不思議な雰囲気のする人。引き込まれそうな魅力を感じる。
それは、この店の中も同じ。物が溢れてごちゃごちゃしていて統一性もないし、薄暗くて不気味だけど、どこか心躍るような、不思議な感覚。
「……ここにある物は、おばあさんが集めたんですか?」
「そうだよ」
ふと視線に入った手鏡を手に取ると、鏡に映った自分と目が合った。
悲しい表情……嬉しい表情……怒っている表情……あれ? 私、今どんな表情してるんだっけ? 分からない……この鏡に映っているのは……誰?
「リネット!」
「っ!」
アレンに強く肩を掴まれ、意識が現実に戻された。
あれ? 私、今何を考えていたの? 手鏡を見ていたら、この体が自分の物じゃないような気がして……!
「これは魔道具ですね? それも、いわくつきの」
「魔道具!?」
「ふぉふぉ、よく分かったのぉ。ここにあるのは全て、私が趣味で集めたガラクタじゃよ。魔力が詰まっとるけどのぉ」
「ガラクタって……魔道具って高価な物じゃないんですか? それに、取り扱いが凄く難しくて、特別な称号を持つ人以外、販売を禁止されているって聞いたことがありますけど」
「いかにも、私は《魔女》だよ。ようこそ、おばばの《ガラクタ溜まり》へ」
魔女――魔道具を扱うために必要な称号で、魔法使いとは違い、自らで魔法を使うのではなく、魔力を持つ魔道具を使う。
「魔道具の性能はピンキリだよ、お嬢ちゃんが持っている映像石は扱いが簡単で使い勝手も良いから人気だけど、呪いがかかった魔道具は人気がなくてねぇ、ほぼガラクタみたいなもんだよ」
「呪い!? まさかこの手鏡も……」
「それはねぇ、映った人物の体を乗っ取ろうとする危険な手鏡でねぇ」
「もっと早く言って下さい!」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ」
笑い事じゃない! アレンに声をかけてもらわなきゃ、体を乗っ取られてたかもしれないんですよ!
「こんな危険な物を販売しているんですか?」
「安心おし、呪われたガラクタは売っていないよ。趣味で飾っているだけじゃ」
それは安心……出来るのでしょうか?
「もう一度聞きますが、セリエがここに来ませんでしたか?」
「生憎歳でのぉ、物覚えが悪くて客の顔を覚えておらんのじゃ」
何でもう一度……アレンは、おばあさんが嘘を吐いていると思ってるの?
おばあさんの顔を見るも、嘘を付いているようには見えないし、何より、嘘を付く意味も見当たらない。まさか、おばあさんが誘拐犯だって疑ってるの!?
「……では、あそこにある映像石を調べさせて下さい」
アレンが指した先には、綺麗な透明の箱に入ってある、無数の宝石があった。まるで、アレンから貰ったピアスの宝石みたい……もしかして、あれ全部映像石!? あんな貴重な物を机の上にポンッと無造作に乗せておくなんて!
「残念じゃが、その箱を開ける鍵を無くしてしまってのぉ。開けることが出来ないんじゃよ」
ここで言う鍵、とは、魔力の籠った特別な鍵だろう。よくよく意識を集中して見れば、映像石が入った箱からも微力ながら魔力を感じる。これでは、力で無理矢理こじ開けることは出来ないだろう。
「開けることが出来れば、映像を確認してもいいんですね?」
「ふぉふぉふぉ、開けることが出来ればな」
「そうですか、ではリネット、開けて下さい」
言質を取ってから、アレンは映像石の入った箱を、私に手渡した。
「お嬢ちゃんに箱が開けられるかのぉ? 開錠魔法は魔法式が大きく異なる専門性のある魔法じゃ。帝国騎士団の魔法使いは攻撃に特化している者が多いからのぉ」




