30話 意地悪な妹
「ちょっと、何言ってるのよ」
大ホールの天井裏にいたマルチダ先輩は、宙に浮かんでホールまで下りて来ると、そのままウルを睨み付けた。
「ドレスに飲み物がかかったのは自分でこぼしただけでしょ。私もその現場を見てたし、何より隣にリネットちゃんがいたんだから、リネットちゃんに犯行は不可能よ」
「えぇ……嘘!?」
そう言えばドレスに飲み物をこぼして騒ぎを起こしてたけど、あれを私の所為にするつもりだったのね。
「じゃあ、ぶつかったやつです! 玄関ホールで任務をしていたお姉様は、私を見るなり体をぶつけてきて――」
「リネットは玄関ホールでの任務はしてねぇ」
招待客の中にいるサイラス先輩が、一歩前に出る。
「な……! だってサイラス様が私にお姉様の居場所を教えてくれたんですよ!?」
「嘘に決まってんだろ。誰がお前みたいな嘘つき女にホントのこと話すかよ」
サイラス先輩に任せて隠れてて良かった。いや、て言いますか、そもそも計画自体ずさん過ぎでしょ。
帝国騎士団の任務の内容を知ることが出来なかったとはいえ、私は帝国騎士団の補佐として誰かと一緒に行動することは決まってたし、何の確認もせずにこんな無謀な計画を立てるとか馬鹿なの? ああ、そう言えば馬鹿でしたね。
「酷い……! 嘘を吐くなんて最低!」
どの口が言うか。
「で、でも! 私を階段から突き落としたのは間違いないから! お姉様はいきなり袖を引っ張ったと思ったら、体を押して――」
「どうして突き落とした人間がわざわざ助けたりするのよ? 意味がないじゃない」
「それは! お姉様がこんな凄い魔法を使えるんだぞ! って、皆に自慢したくて!」
「阿呆か。そんな自慢しなくても帝国騎士団に入隊出来た時点で証明されてんだよ。しかもリネットは歴代の二位の好成績で入隊してきてんだぞ? 任務で魔物退治に出てるし、魔法を使ってるのは大勢が見てんだよ」
マルチダ先輩とサイラス先輩が揃ってウルを論破してくれるから、私の出る幕がありませんね。
言い負かされているウルは、悔しさから唇を噛み締めて体を震わせていた。
「何で……上手くいかないのよ! 家では簡単に上手くいったのに!」
私にしか聞こえない声で囁くウル。
家で上手くいったのは、お父様とお義母様が初めからウルの味方で、私を信じる気がこれっぽちも無かったからです。こんな雑な計画、家以外で上手くいくわけないでしょ。
唯一の味方であるお父様もお義母様もいないし、こんなことになるならウルも二人と一緒に帰っていれば良かったのにね。
「ならなんで! お姉様は家で私が階段から足を踏み外した時は助けてくれなかったのよ!?」
「足を踏み外したって、たった三段じゃない。そんなの魔法を使う時間も無いでしょ」
それでちょっと足を捻った程度なのに大袈裟なの。
「大体、私が魔法を使うのを嫌がっていたのはウルでしょう? 『ちょっと魔法が使えるからって見せびらかして私を馬鹿にしないで!』って言ってたじゃない」
だから私は私室以外では魔法の勉強をしなかったし、使うこともなかった。
「何よそれ……私の所為だって言うの? 酷い、お姉様……!」
「酷いのはどっち? 全部私の所為にして、私を陥れようとしてたよね?」
「え、あ、違う」
「違わないでしょ、ここにいる皆様が証明よ」
本人はまだ気付いていないようだけど、勘当された原因になった突き落としも、ウル自身が『足を踏み外した』と失言したから、私が無罪だと証明された。
「何度も言うけど、私はウルを虐めたことは一度もない。ウルが勝手に私を意地悪姉に仕立てて、言われるがままそれを信じた両親に家を勘当されただけ。私は、人として何も恥ずべきことはしていない!」
胸を張って宣言すると、集まった招待客からは大きな拍手が巻き起こった。
「何かおかしいとは思っていましたけど、やっぱり妹の方が嘘を吐いていましたのね」
「それもそうですわ、リネット様は帝国騎士団の魔法使いで、アレン殿下の婚約者に選ばれるようなお方よ。虐めなんて低俗な真似されるわけありませんわ」
招待客から次々と出る、私の身の潔白を示す言葉。
ね? ウルが私に勝てるワケないでしょ? こんなに上手くいくとは思わなかったけど、余計なことをしたウルの失態です。
「なんて最低な妹なのかしら、妹の方が、嘘つきな意地悪妹じゃありませんか」
「わ、私……が……意地悪妹!?」
いつも私に押し付けていた肩書が自分にのしかかってきたことに今日一番のショックを受けたウルは、衝撃から頭を抱え、髪をかきむしった。
私のことなんて放っておいて、ただ大人しく私が幸せになっていくのを遠くから眺めていれば、ここまで恥をかくこともなかったのにね。
「や……やだ、違う! 違います、アレン殿下! アレン殿下なら私を信じてくれますよね?」
最後の悪足搔きなのか、アレンにすり寄るウル。
これには私もマルチダ先輩もサイラス先輩もコット殿下も、深くため息を吐いた。まさか最後にアレンを頼るなんて……




