29話 残念な展開
私が家から追い出された原因は、私がウルを階段から突き落としたことにされたからだ。
ウルはそれを成功例として、同じことをしようと思いついたんだろう。
「きゃあーーーー!」
大ホールから湧き上がる悲鳴。
傍から見れば、私がウルを突き落としたように見えるかもしれない。そのまま怪我をすればいい、なんて頭を過ったけど、何とか理性が働いて我慢した。
(これで上手くいくと思っているなんて……本当に馬鹿ね)
手を伸ばして魔法を発動すると、ウルの体は風に包まれてゆっくりと下降した。
「え? え?」
怪我を覚悟していたウルは拍子抜けした間抜けな表情を浮かべていて、滑稽で面白かった。
「おー素晴らしい! 流石は帝国騎士団の魔法使いですな!」
「無詠唱で咄嗟に魔法を発動出来るなんて凄いことですよ! お恥ずかしながら、私は学生時代魔法の授業を選択しましたが、人を浮かすほどの魔法も使えませんからね!」
魔法でウルを助けたことで湧き上がる歓声。
「大丈夫? ウル。怪我はない?」
一歩一歩階段を下りながら、私はウルの体を気遣う言葉をかけた。
どう? ウルを真似て心にもない妹を心配している姉を演じてるの。ウルみたいに泣いたりまでは出来ないけど、中々でしょう?
「うん、怪我はないみたいね。階段からあのまま落ちていたら大怪我をするところだったから、ウルが無事で良かった」
大勢の人の前でわざと演技を続けていると、周りからは『意地悪姉には見えないな』と言った声が聞こえてきた。
でしょう? だって今の私は、妹を助けてあげた優しい姉だものね。本当はこのまま抱き締めてあげたりでもすれば完璧なんだろうけど、流石にそこまでは無理、っていうか嫌。
「何か誤解があったみたいだけど、私、ウルを虐めたこと無いものね」
「――っ」
私がウルと同じように演じていることに気付いのか、ウルは私の手を払い、震えた自分の体を抱き締めた。
「止めてお姉様……! お姉様は……嘘をついています!」
「嘘って? 私が何の嘘を吐いてるの?」
「全てです! お姉様はずっと私を虐めてきたじゃないですか!」
「私はウルを虐めたこと無いわ。可愛い妹にそんな酷いことするはずないじゃない」
「嘘よ!」
同じことをやり返しているつもりなんだけど、ウルは明らかに苛立っていた。どう? これで少しは私の気持ちが分かった? 自分を好きでもない相手から思ってもない言葉を投げかけられるのって、ムカつくでしょう。
「お姉様はいつだって私を虐めたもの……! お姉様と仲直りしたいってお願いだって、いっつも無視して――」
「どうして? そんなことないわ、仲直りしましょう」
「えっ」
「私はウルを虐めたつもりはないけど、もし誤解があったなら謝るわ。だから、これでお終い。ね? 仲直りしてくれるんでしょう?」
「っ……!」
私が差し出した手を取るか取らないかで、ウルは葛藤しているように見えた。
勿論、私にウルと仲直りする気はない。だから私は、あえてウルを刺激する言葉を口にした。
「私はメルランディア子爵家を勘当されたから、これからは赤の他人として、お互いの立場を弁えた付き合いをしましょうね?」
――ただの子爵令嬢のウルと私では、比べるまでもない大きな差がある。これからはその立場の違いを理解して、私に敬意を持って接しろ――
挑発するようにハッキリと線引きを示したら、案の定、ウルは乗ってきた。
「む、無理! お姉様と仲直りなんて出来ない!」
差し出した手を取らない選択をしたウルは、心優しくて慈悲深い、虐められても健気に姉を慕う姉想いの妹の仮面を捨てたようだ。
「どうして? 許してくれないの? あれだけ私と仲直りしたいって言ってたのに」
「どうしてって……お姉様は身に覚えが無いの!?」
「全くないかな」
「嘘! 今日のパーティーだって私のドレスに飲み物をかけたり体にぶつかったり……挙げ句、さっきは私を階段から突き落としたじゃない!」
目からポロポロと涙を落とし、ありったけの悲しみを表現するウル。
「被害者の私が証人よ! お姉様は嘘をついてるの! 私と仲直りしたいって言いながら、酷いことをするの……! 今までお姉様に虐められてもずっと耐えてきたけど、もう無理なの! 早く罪を認めて私に謝って、お姉様には身に余る立場から潔く身を引いて下さい!」
表情も大きな声も、まるで劇の主役みたい。
言うなればウルは悲劇のヒロインで、私は悪役令嬢みたいなところかな?
ウルはここで――
『大丈夫ですかウル嬢? 意地悪姉に虐められてお可哀想に!』
『酷い姉だわ、あんなのが帝国騎士団にいたら、帝国騎士団の品位を落としかねないから辞めさせるべきよ!』
『リネット……貴女には失望しました。僕の婚約者は貴女ではなく、妹のウルこそ相応しい』
――って展開を望んでいるのでしょうが、残念。ウルの思い通りにはならない。
誤字脱字報告ありがとうございます。感謝します。
いいね、ブックマーク、評価、読んで下さる皆様、ありがとうございます。嬉しいです。




