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28話 ウルの騒動その三

 


「ウル一人なの? メルランディア子爵と夫人は?」


「お父様とお母様はグイルグ子爵に付き添って一足先に帰っちゃったの。私はお姉様とお話したかったら我儘を言ってここに残ったんだよ。お姉様、グイルグ子爵に酷いことしたんだって? お父様もお母様もすっごいお怒りだったよぉ」


「そう」


(知・る・か!)


 お父様もお義母様もグイルグ子爵家と仲が良いから、行動を共にしたのね。


「お姉様、可哀想……お父様とお母様のことを、もうそう呼べないなんて……」


 私が二人をメルランディア子爵と夫人と呼んだことを言ってるの? そりゃあ赤の他人になったんだからそう呼ぶでしょう。心の中は聞こえないから分かりやすく好きに呼んでるけど。

 本当はウルだって私を姉と呼ぶ資格はもうないし、こうして軽々しく声をかけられる関係じゃないんだけどね。


 言葉では可哀想と口にしながら、内心悲しんでいないのは丸分かりで、ウルは隠し切れない笑みを浮かべていた。


「気にしないで、あんな家、勘当してくれて感謝しているくらいだから」


「お姉様、嘘を付いてまで強がらなくていいんだよ? 家族に捨てられた、なんて……悲しくないはずがないもの。お姉様が少しでもお父様達に愛されていれば捨てられずにすんだのに、本当に可哀想」


「……それで、ウルは私に何の用なの? 私をずっと捜してたみたいだけど」


 何を言っても無駄な気がして、会話を進めた。

 ウルと会話していると話が通じなくて本当にしんどいのよね。


「お姉様、私……お姉様が大好きだから、お姉様と仲良しの姉妹に戻りたいの。私を虐めたことは許してあげるから、ね? こっちに戻って来てもいいよ」


 心優しくて慈悲深い、虐められても健気に姉を慕う妹。気持ち悪い、嘘ばっかりの偽りの仮面に苛々する。


「ウル、ここには今、私と貴女しかいないから本音で話してもいいのよ?」


「……それもそうね、じゃあハッキリ言うね? さっさとお姉様に不釣り合いなその場所から下りて、お姉様に相応しい場所に戻りなさいよ」


 階段の踊り場には私達しかいないとはいえ、視線は感じる。だからか、ウルの表情は儚くて柔らかい笑顔のまま、口調だけが変わった。


「勘当された私がどこに戻るっていうの?」


「修道院に決まってるでしょ。お姉様はね、そこで惨めに一生を終えるのが相応しい生き方なの! 折角お父様とお母様が準備してくれた場所なのに無駄にするなんて何様のつもり? お姉様のクセに!」


 酷い言われよう……最初から戻る気はないけど、メルランディア子爵家にすら戻す気がないわけね。


「断るわ」


「はぁ? もう我儘ばっかり言わないでよお姉様」


「私はウルにとって意地悪な姉なんでしょう? 我儘を言うのが正しい姿だと思うけど」


「五月蝿い! お姉様の分際で私に逆らっていいと思ってるの!? またお父様とお母様に言い付けてやるから!」


「どうぞ、お好きに」


「強がっちゃって」


「強がってなんかいないわ。勝手に言いつければいい。それでメルランディア子爵と夫人が私に何か出来るとは思えないけど」


 メルランディア子爵家にいた時は、お父様やお義母様に逆らったら食事抜きにされる、とか、それこそ家を追い出される、と思えば恐怖だったけど、最早勘当されて赤の他人になった私に通じるワケがない。


「私もウルを真似て、アレンに言いつけちゃおうかな」


「っ!」


 ほら、同じこと言われて困るのはどっち? それすら分からないなんて、馬鹿なウル。


「何なの!? 可愛い妹を虐めるとかお姉様最低よ! 人でなし! 性悪女!」


 怖い顔。可愛い妹の仮面が外れかかってるわよ。


「私を意地悪姉にしたのはウルでしょ? 言葉には最後まで責任を持ちなさい」


「何よ……何よ何よ! 勉強ばっかりしてる根暗女のくせに! 勉強しか取り柄がないくせに! 可愛い私の方がお父様やお母様に愛されてるんだから! クリフ様だって私を選んだのよ!」


「……そうね、お父様とお義母様は私を愛してくれなかった。クリフ様も私を捨てた」


 今までの努力も頑張りも全てが無駄で、誰も私を信じてくれなくて愛してくれなくて深く傷付いた。これから先の人生は修道院で息を殺して生きようと思っていた。でも――


「アレンはこんな私を好きだって言ってくれたの」


 噂話に惑わされずにちゃんと私を見てくれる人達がいるから、今の私にはお父様もお義母様も、クリフ様からの愛だって要らない。


「私、今とても幸せなの」


 メルランディア子爵家を離れた今の方が、比べものにならないくらい幸せ。アレンの婚約者になれて、幸せ。


「――ぷっ、あはは! おかしなお姉様」


「何がおかしいの?」


「おかしいよ、幸せになれるって勘違いして可哀想なお姉様。お姉様を意地悪姉にしたのは私だよ? 私がいる限り、お姉様が幸せになれるワケないじゃない」


 そう言うと、ウルは私の近くまで一気に近寄り、服の袖を掴んだ。


「怪我をするのは嫌だけど、お姉様に身の程を教えてあげるために一瞬だけ怪我をしてあげる。帝国騎士団の中には回復魔法を使える人もいるだろうし、すぐに治してくれるもんね」


 間近で見たウルの表情は今まで見たことがないくらい意地悪な笑みをしていて、袖を引っ張ったと思ったら急にその手を放し、階段の踊り場から身を投げ出した。



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