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25話 ウルの騒動その二

 


「お、噂してたらあっちから来たぞ」


「え?」


 サイラス先輩の視線の先を見ても、誰もいない。


「『お姉様ぁー』ってお前を呼んでる声が聞こえる」


 何も聞こえないんだけど……耳、良過ぎじゃない? 流石は帝国騎士団の騎士!


「どーするんだ? 会うのか?」


「いいえ、隠れるので、適当に誤魔化してくれませんか?」


「了解」


 サイラス先輩に頼み事をした私は、近くの窓から外に出て、身を隠した。

 ここは二階、落ちたら痛いだろうけど、さっきの大ホールの天井裏の高さに比べたらマシだし、いざとなれば魔法で空を飛べるので、心配はない。


「お姉様ぁー! どこですか? さっきここら辺で見かけたって聞きましたよぉ! いい加減、可愛い妹の前に姿を現して下さーい!」


 凄、ホントに来た。


「……あ!」


 ――あ。そう言えば、サイラス先輩に妹の注意事項を話すのを忘れてた。


 嫌なことに、姿を現したウルと『あ』のタイミングが被ってしまったことが心底嫌。


「あのぉ、ワードナ侯爵令息のサイラス様ですよね。初め……まして。私、メルランディア子爵家の次女で、ウルと申しますぅ。私……ずっとサイラス様にお会いしたかったので、会えて嬉しいです」


「…………は?」


 ウルは権力や力やお金を持っている男の人が大好きだから、サイラス先輩は狙われますよー! と、心の中で伝えられなかった注意事項をとなえる。ワードナ侯爵令息に、帝国騎士団の騎士。爵位はクリフ様よりも上のご令息だし、ウルが色目を使わないわけがない。


 案の定、サイラス先輩はウルの甘えた態度に首を傾げた。


「もし良かったら、今度、私とお食事でもいかがですかぁ?」


「…………メルランディア子爵令嬢には、婚約者がいると聞いているが?」


「クリフ様のことなら……サイラス様が望むなら、いつでも、婚約を解消してもいいんですよ?」


 誰も一言も望んでないんだよ。


 いつものサイラス先輩なら、『誰がお前みたいな女と出掛けるか!』くらい言いそうだけど、私が誤魔化して欲しいとお願いしたからか、必死に耐えているようだった。


「っ、それは、またいつか、機会があればな!」


「わぁ……嬉しいです、楽しみにしてますね!」


 全力の、『お前と行く機会は一生無い!』に聞こえましたが、ウルには伝わらなかったようだ。


「ところで、こんな所に一人で何の用だ?」


 早く用件を済ませてウルから離れようとしてますね、サイラス先輩。


 大ホールから少し離れたここは、一部招待客の控室や休憩室がある通路になっており、人通りは少ない。サイラス先輩の家はここに控室を用意してもらっているんだろう。


「あ……私、お姉様を探してるんです。私……お姉様に嫌われてて、ずっと、虐められているんです。今のお姉様は帝国騎士団に入隊して凄いって皆から褒められてるけど、それも、アレン殿下の力を借りて不正で入ったものだって聞いて……私、そんなの駄目だから、帝国騎士団を辞めるように、お姉様を説得しようと思って……」


 悲しい顔をして言葉を紡ぐウル。

 適当に嘘つかないでくれます? 私は、自分の実力で帝国騎士団に入隊しましたけど!?


「お姉様は意地悪だし、駄目なことをする最低な姉だけど……私は、そんなお姉様でも、嫌いになれなくて……仲直りしたいんです」


 まるで本当に姉想いの健気で優しい妹みたい。これだけを聞くと、完全に私が悪者ね。


「……リネットなら、ここにはいないぞ」


「そうなんですか? えー、じゃあお姉様、今はどこにいるんだろう」


「次は玄関ホールに向かうとか聞いたな」


「あ、そうなんですね! 教えて下さってありがとうございます、サイラス様!」


 私の居場所を教えたことを、自分の味方になってくれた! と勘違いしたのか、ウルはご機嫌でサイラス先輩の腕に触れると、自分の体を密着させ、甘い声で囁いた。


「サイラス様……私も、サイラス様と同じ気持ちです」


 何の気持ち? 怖い怖い怖い怖い!


「サイラス様さえ良ければ、今夜、このまま――」


 サイラス先輩も、妹の予想を超えた意味不明な発言に言葉を失っていた。


「っ、誰が……」


「何ですか? サイラス様」


「誰がお前みたいな尻軽女と過ごすか! 気軽に俺に触るな!」


「し、尻軽女!? 私が!?」


 ああ、サイラス先輩、沸点を突破しちゃいましたね。いや、サイラス先輩にしたら、よく我慢した方か。


「お前みたいな軽薄な女がワードナ侯爵長男である俺と同じ気持ちとか、ふざけんな! 吐き気がする!」


「吐き気!?」


「しかも、リネットに虐められてた、とか、帝国騎士団に不正で入隊した、とか、ふざけんなよ! 帝国騎士団はそんな軽い気持ちで入れるもんじゃねーんだよ! この色ボケ女が!」


「色ボケ女!?」


 沸点超えまくってますね。


「さっさと俺の前から消えろ! 二度とその面見せんな!」


「ひ、酷いです! 女に恥をかかせるなんて男として最低です! サイラス様の馬鹿! 意気地なし!」


 ……ワードナ侯爵令息に向かって何言ってんだ、あの子は……


 捨て台詞を残してウルが立ち去ったのを確認してから、私は静かに、窓から中に戻った。



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