第439話 メインではない
(解ぁってんよ、リベヌ)
レッドリザードとの戦闘を終えたイシュドとガルフの前に、一体のモンスターが迫っていた。
そのモンスターの名は、アルバードブル。
以前ガルフたちがミノタウロスと戦った際、激闘を終えた後に……漁夫の利を得ようとして近づいてきたCランクモンスター。
その際はブチ切れたフィリップが先程までの疲れはどこへやらと、一人で仕留めてしまった。
ただ……その時の個体とは違い、現在イシュドたちの方向に向かって来ているアルバードブルの実力は上。
(冒険者、だよな)
イシュドたちの方向に来たのは、他の襲撃者から逃げているため。
であれば、討伐する訳にはいかない。
「っ、ブルァアアアアアアアッ!!!!!」
「ん~~~~、手負いの獣としては、迫力が足りないな」
軽口を叩きながら口を大きく開くアルバードブルの顎下に潜り込み……右手を添え、そのまま上に押し飛ばした。
「っ、ッッッ!!!!!」
人間の様に、宙に飛ばされてからもなんとか体勢を整えられるモンスターというのは確かに存在するが、アルバードブルはそれが出来ないモンスター。
アルバードブルを負っていた人間は、上空に押し飛ばされたアルバードブルに対し、高速の矢を放ち、その心臓を貫き……仕留めた。
(あん? 一人…………つーか、冒険者じゃねぇな)
撃ち落とされたアルバードブルの死体の後ろには、一人の青年が立っていた。
何故イシュドは彼が冒険者ではないと判断したのかと言うと、まず……あまりにも軽装であるため。
職業によってはゴツゴツとした鎧などは一切着ず、皮鎧すら着ない冒険者も珍しくない。
しかし……イシュドたちの目の前に現れた青年は、あまり服らしい服は着ておらず、
上半身に関しては殆ど裸である。
(刺青…………ちょろっと話に聞いてたが、あいつが紅鱗の地で生きてる原住民の一人か)
一般人からすれば考えられない事ではあるが、昔から紅鱗の地から住み続けている者たちが存在する。
「よぅ、言葉は通じるか解らねぇけど、俺はあんたが仕留めるのを手伝っただけだ。だから、そのアルバードブルはあんたの物だ。いくらかよこせ、なんて言わねぇよ」
言葉が通じるか解らないため、イシュドは両手を前に出し、どうぞどうぞとジェスチャーで青年に自身の考えを伝える。
「………………」
青年はゆっくりと近づき、自身がアルバードブルの元まで来ても見たことのない人間が、文句らしき言葉を口にしてないことを確認し、初めてアルバードブルを掴み、担いだ。
「…………オ前、強イナ」
(っ!!!??? へぇ~~~~、こっちの言葉が通じるのか)
原住民の青年は片言ではあるが、原住民の中で通じる言語ではなく、イシュドたちに通じる言葉を口にした。
「そりゃどうも。あんたも強いだろ」
「アァ…………マタ、コノ地ニ来ルナラ、カムダ族ノ村、来イ。歓迎シテヤル」
「そりゃ嬉しいね。機会があれば、是非行かせてもらうぜ」
イシュドの言葉をなんとなく把握した青年は小さく笑みを零し、アルバードブルの死体を片手で抱え、奥へ奥へと消えていった。
「イシュド様」
「なんともねぇよ。ただ会話しただけだ」
「その様ですね……もしかしたらとは思っていましたが、本当に遭遇するとは」
「だな~~~。けど、思ってたより話が通じる奴だったな」
紅鱗の地に原住民が存在するというのは、リベヌもイシュドも知っていた。
ただ、今回は一応調査という名目で探索しており、ガルフたちの安全も考えて深い場所まで探索はしないようにしてたため、遭遇するとは思っていなかった。
「い、イシュド。今の人って、もしかしなくても……紅鱗の地で生活してる、原住民の人、だよね」
「もしかしなくても、あの見た目からしてその通りだろうな」
「あっさりとアルバードブルを射抜きましたわね……並みの弓術士ではありませんわね」
「あぁ~~~~…………いや」
「? なんですの、イシュド」
「俺の直感なんだけどよ、さっきの原住民の男、多分弓術士じゃないぜ」
「……あれだけ高火力の矢を放てるのに?」
あり得ない、と言いたいところだが、ミシェラはなんとか絶対にそんなわけがないと、否定の言葉を口にしなかった。
「マジで俺の勘ってだけなんだけどな……イブキ、どう思うよ」
「そうですね……………………私も、イシュドと同じ意見です」
「んじゃ、ほぼほぼ確定かもな」
「…………私には二人の言葉を明確に否定する材料がありませんけれど、素人があれだけ矢の扱いが出来ると?」
「素人ではねぇんだろうな。ただ、狩人として……原住民として生まれたなら、とりあえず触れる武器なんじゃねぇの」
イシュドは大雑把な分類では戦士ではあるが、基本的に戦士が扱わない武器に関しても面白そうという理由で触れてきた。
イブキに関しては、武士として……侍として、武芸百般という言葉が常識として組み込まれている。
そんな二人だからこそ、青年のメイン武器が弓ではないと感じ取った。
「それに、本当に弓をメインに扱う奴で、あれだけの火力を出せるなら、寧ろアルバードブルをここまで逃がしちまわなねぇだろ」
「っ、それは……そうかもしれませんわね」
「矢の強さは、弦の張りと関係あるのかもな」
「はは、かもしれねぇな」
弦の強さだけでは決まらないが、使用者の技術だけではなく、弓のつくりによって放てる矢の威力が変わる。
ただ、その分……並みではない腕力も必要になる。
「…………はっはっは!!!!! あんなものを見せられては、休んでいられないな!!!!!」
原住民の青年の肉体は、おおよそガルフと同レベル。
ただ……それは、外側だけ見た時の話。
ダスティンも弓が高火力の矢を放つ際に、何が必要かぐらいは理解している。
だからこそ、原住民の青年よりも自身の腕力が劣っていると感じ……闘争心が爆発。
先程イシュドが自分や他のメンバーに伝えた理屈は解る。
ただ、本気で燃え滾ってしまった炎は、容易に消せるものではなかった。




