第437話 助け合えるように
「フィリップ、声が大きいですわ」
「だ、だってよ。ゴブリン相手に……だっはっは!!!!!!」
フィリップは、ミシェラが何を言いたいのか解っている。
解っているが……どうしても腹の底から笑い声が出てしまう。
「ふぃ、フィリップ……笑い過ぎだよ」
「いやいや、ごめんって。けど……ぷっ!!」
まだ笑いが収まらないフィリップ。
自分たち人間がゴブリンやオークを討伐する際、股間を潰して優位に戦況を進めるのはよくある事。
カラティール神聖国での戦闘では、アドレアスがゴブリンキングを相手に実行していた。
ただ……逆に人間側がゴブリンやオークに一物を狙われたという話は、彼らの耳にまだ届いたことがなかった。
「笑い過ぎだよ、フィリップ。ガルフ君、怪我や後遺症といったものは大丈夫なのかい?」
「う、うん。なんとか護身剛気で守ることは出来たので」
間一髪。
ガルフがキャップレッドゴブリンが双剣を有していることを忘れていなかったこともあり、咄嗟に狙われてはいけない部分を護身剛気でガードすることに成功した。
とはいえ、ガードには成功しても衝撃までは消せないため、アドレアスがその辺りを心配するのは寧ろ当然だった。
「まっ、確かにガルフの種が無事でなによりではあるか。無くなってれば、世の女が悲しむだろうからな」
「そ、それはないと思うんだけど」
「何言ってんだ。恋愛云々は抜きにして、ガルフの種を欲しいって思う奴はそれなりにいるはずだぜ」
貴族にとって、血統というのは非常に重要である。
しかし……家の特色によっては、強さというのも同程度の重要性を有する。
そういった家からすれば、ガルフの種は是非とも取り込みたい。
思考が柔軟な家であれば、ガルフの血から新たな強き血統が生まれるとも考える。
(……フィリップ様の言う通り、既にレグラ家の女性陣、女性騎士たちは狙っていますので、他の家の方々が狙っていても何らおかしくはないでしょう)
レグラ家の女性陣たちとしては、全員が自分の夫になってほしいとは願っていない。
可能ならレグラ家の騎士団に属してほしいといったことぐらいは考えているが……間違いなく、世の一般的な倫理観からは外れていた。
「そうなん、だ……って、僕の話はもう良いよ!!! みんなの話も聞かせてよ」
「俺らの話ね~~~」
フィリップが共に戦った面子に顔を向けると……全員、似た様な表情を……苦笑い、不満といった色を浮かべていた。
「ぶっちゃけ、最後にマジで頑張ったって感じだぜ」
全員最後まで頑張っていなかったのかと言えば、そういう訳ではない。
フィリップの言葉はやや大雑把が過ぎるものの……ミシェラやディムナも含め、フィリップの言葉に対して反論する者はいなかった。
「それまでは戦ってはいたけど、って感じだったよな~~~」
「フィリップの言う通り、戦ってはいた。ただそれだけだった」
紅鱗の地に生息するモンスターと戦えている時点で、ダスティンたちがまた学生であることを考えれば十分過ぎる。
ただ、彼らにとっては、それだけでは意味がなかった。
「悔しいですが、通じた主な攻撃はイブキとディムナ、そしてアドレアス様の攻撃だけでしたわ」
「マジそれな~~~。あいつマジで堅過ぎだっつーの」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、私たちの攻撃も通用しているとは言い難かったよ」
「…………アドレアスの言う通りだ」
ディムナとしても、非常に悔しさが残る戦いであった。
ミシェラの言う通り、ブレーダーグリズリーの体に傷を付けたのはイブキたち三人。
しかし、最後にイブキが放った居合い・三日月以外の攻撃は……着実にダメージを与えたとは言い難く、戦況を変える切っ掛けになるものでもなかった。
「本当に、最後にミシェラさんが決死の覚悟でブレーダーグリズリーの体勢を崩してくれなければ、私たちだけで討伐することは不可能でした」
「そうそう、本当にミシェラがあんなびっくり行動に出てくれなきゃ、ジャレスさんたちに頼るところだったぜ」
フィリップとしては相手の強さが強さであるため、ぶっちゃけある程度戦得た後であれば二人に頼っても良いと考えていた。
だが、それはフィリップ個人の考えであり、他五人の総意ではない。
「っ……」
「ガルフ。自分がいれば、とは考えるな」
「っ!!!」
真剣な表情を、眼をしながらディムナはガルフに向けて告げた。
何故、心の内を読まれたのかと焦るガルフだが……単純に、イシュドにも解るほど間あげが顔に出ていた。
「お前がブレーダーグリズリーとの戦いにいれば、もっと早い段階で討伐出来ていたかもしれない。だが、結果としてそれはお前に頼ることになる」
「ふふ。ガルフ君、ディムナは決して君の気持ちを責めている訳じゃないよ。ただ、ガルフ君に頼ってばかりいられないっていうのは、私も同じ気持ちだった」
仲間に、誰かに頼る事は決して悪いことではない。
ただ……頼り過ぎれば、それは甘えという寄りかかりに変わってしまう。
それはディムナたちにとって停滞であり、恥ずかしさを覚える行為であった。
「私も二人と同じ考えですわ。勿論、あなたと共に戦うのが嫌だと言っている訳ではありませんわ。そこは誤解なさらぬように」
「私たちがいつもガルフに助けられている通り、私たちもガルフを助けられるようになりたいのです」
「学園は違えど、俺ももっと頼られる先輩になりたいのでな」
関わる機会が多く、これからも共に何度も戦い、背中を任せる。
だからこそ、彼らはガルフと共に助け合える強さを得たい。
そのため、今回のブレーダーグリズリー戦は丁度良い機会でもあった。
「……それじゃあ、僕も皆を助けられるように、もっともっと強くなります」
なんでそうなる! とツッコむ者はおらず、彼らは尚更負けてられないなと、バチバチに向上心を滾らせるのだった。




