第430話 丁度良い
やはり、自分たちが戦いたかった。
一名を除いて、多くの者たちがガルフとキャップレッドゴブリンとの戦いを眺めていた。
しかし……ここは紅鱗の地。
レッドゴブリンたちの死体から零れる血の匂いに反応し、新たなモンスターが戦場に姿を現す。
「「「「「「「「っ!!!」」」」」」」
現れたモンスターは……まず、体が大きい。
高さで言えば、先日イシュドが戦ったケルベロスよりも上。
「イシュド様、あれはブレイダーグリズリーです」
「あれが、ねぇ……」
十五歳……十六歳にしては、多くのモンスターと激闘を繰り広げてきたイシュド。
しかし、目の前に現れた巨大な熊に関しては、名前だけは聞いたことはあるが、まだ戦ったことがなかった。
(ふふ……確かに、そこら辺の熊モンスターと比べれば、剣の如くスパッと斬り裂けそうな爪を持ってんじゃねぇか)
本当に、この地は自分を楽しませてくれる。
そう思いながら二振りの戦斧を取り出そうとした。
だが、イシュドが完全に前に出るよりも先に、ミシェラたちが前に出た。
「……おい、ちゃんと解ってんのか?」
ブレイダーグリズリーはBランクのモンスター。
先日イシュドが戦ったケルベロスと同ランクのモンスターである。
「解ってますわ。ですので、私たちで戦うのですわ」
前に出たのはミシェラ、イブキ、アドレアス、ディムナ、ダスティンの五人。
フィリップは……当然だろと言わんばかりに、イシュドの傍にいた。
(マジもんの馬鹿だな)
本当の意味で強くなる為には、強敵と戦うのが一番。
それは……フィリップも解らなくはない。
解らなくはないのだが、ブレイダーグリズリーはこれまで自分たちが戦ってきたBランクモンスター達とは違う。
フィリップも伊達にミノタウロスやブランネスウルフといったBランクモンスターと戦っていないからこそ、その差が解る。
「…………………チッ!!! 解ぁったよ。んじゃ、頑張れよフィリップ」
「うえっ!!!!????」
参加しない。
そう決めていたにもかかわらず、友人から……リーダーから無慈悲な宣告が下されたフィリップ。
当然、役割はゴブリンキングとブランネスウルフの群れと戦った時と同じ……ではなく、嫌がらせ担当。
「戦りますわよ、フィリップ!!」
「~~~~~~っ!!! あぁもう、解ったよ、クソが!」
挑戦が大好き過ぎる同級生たちに不満を零しながらも、そういった同級生たちや友人たちとなんだかんだで共に戦ってしまうのがフィリップという男。
不満を零し、溜息を吐きながらも短剣を抜き、雷を纏わせ……ミシェラたちと共にブレイダーグリズリーへ挑んだ。
「よろしかったのですか、イシュド様」
「…………よろしいかよろしくないかで言えば、あんまよろしくねぇな」
後方から二つの戦いを見守るイシュドたち。
リベヌはミシェラたちの実力を過小評価している訳ではない。
ただ、過去にブレイダーグリズリーと戦った経験があり、先日イシュドが戦ったケルベロスの強さも正確に把握している。
それらの経験、情報から……ミシェラたちが複数人でとはいえ、挑むにはまだ早いというのが正直な評価である。
それに関しては、護衛者であるジャレスも同じだった。
「ん~~~~~~……とりあえず、あれですよね。ガッツリ備えておいた方が良い感じってですよね」
「そうだな。ガッツリ備えといてくれ」
「了解です。しかし、本当にイシュド様が戦わなくても良かったんですか?」
「よろしくねぇって言っただろ」
先程の言葉には、ミシェラたちがブレイダーグリズリーに挑むことに関してと、自分がブレイダーグリズリーに挑まないことに関して……二つの意味で宜しくないと言っていた。
「けどなぁ…………良い機会っちゃ、良い機会だと思えてな」
「? ここなら、いくらでもそういった機会を体験出来そうな気がしますけど」
「身体能力や、接近戦に限れば、あぁいうのはあんまりいねぇんじゃねぇかと思ってな…………それに、うん…………やっぱり、丁度良いな」
ミシェラ、イブキ、アドレアス、ディムナ、ダスティン、フィリップ……計六人で挑み、ブレイダーグリズリーと良い勝負をしている……といった、とりあえずホッと一安心できる戦況ではなかった。
完全に力負けはしていないものの、それでも彼らの攻撃はほぼほぼ効いていなかった。
「良い勝負とは言えない戦況っすけど、丁度良いんですか?」
「あぁ。丁度良い……これまであいつらもBランクモンスターとは戦ってきたが、全く攻撃が通じねぇってことはなかった筈だ。ただ、あのブレイダーグリズリーは防御力も並じゃねぇ」
攻撃力、切断力が売りのブレイダーグリズリーではあるが、イシュドが語る通りその毛皮の防御力も並ではない。
現状……全員が渾身の一撃を叩き込めてはいないものの、それでもパッと見傷痕らしい傷痕は見当たらない。
まずはどうダメージを与えるか、そこがミシェラたちの課題として立ちふさがる。
「あっちで戦ってるガルフ君がいれば、もう少し上手く戦れるとは思いますけど……あっ、もしかして丁度良いっていうのは、そういう意味ですか?」
「あぁ、そういうこった。貴族の令息や令嬢、王族であるあいつらが平民であるガルフの力を信じてんのは、良い事だ……けどな、それに頼り切るのは、話は別だ」
同級生の中でも、ガルフの力……潜在能力は頭一つ抜けている。
それを象徴するのが、闘気である。
激闘が大好物である狂戦士なイシュドですら会得してない特別な力。
それに加えて、ガルフは現時点でその闘気を応用した力、護身剛気まで扱えるようになっていた。
攻撃、防御……共に要となる力。
頼るな、という方が無理があると言われても仕方ない。
だが、彼らが本当の意味で強さを求めるのであれば、頼ってばかりいられない。
寧ろ頼らずとも強敵を打ち破り、友を安心させなければならない。
「それにまぁ、あいつらもクソ弱ぇ訳じゃねぇ。全く勝機がねぇってわけじゃねぇ……あいつらが一回り強くなんなら、まぁ……良いだろ」
今後強くなったミシェラたちと戦えるとなればと思いつつも……顔には薄っすらと自分が戦っていれば良かったと、ほんの少し後悔の色が浮かんでいた。




