第429話 強制させる
探索三日目。
二日目の朝と同じく、多少の疲れは残っているが……一日目、二日目と紅鱗の地での探索を経験し、どの程度まで集中力を尖らせておけば良いのかをある程度把握出来るようになっていた。
(フィリップ、アドレアス辺りは器用に把握すると思ってたが、他の奴らも……二人よりはまだ張ってるが、それでも常に全力って感じにはなってねぇな)
油断して良いわけではない。
ジャレスとリベヌがいるとはいえ、それでも絶対に守れる保証はなく……彼らの為にもならない。
ただ、集中力というのは地道に伸ばすことは出来るが、何かしらの切っ掛けを掴んだからといって、激的に伸びることはまずない。
そのため、長時間紅鱗の地などの場所で活動し続けるには、常時どれ程まで気を張り詰めていれば良いのかを理解しなければならない。
「「「「「「「「ッ!!!!」」」」」」」
「またレッドゴブリンか……あん? ありゃあ……ガルフ、どうやらお前のお目当てが来たみたいだぞ」
「みたいだね」
イシュドたちを襲撃したモンスターはレッドゴブリン。
数は七と、それなりに多いが……彼らにとって、特に焦るような相手ではない。
まだ多少の疲れは残っているとはいえ、一人で一体を相手できる。
ただ……七対の奥に、双剣を帯剣しながら、戦斧を担ぐ異様なレッドゴブリンがいた。
「ガルフ、こっちは任せとけい!」
「さっさと行ってきなさい、ガルフ」
「ありがとう、皆」
事前に決めていたとはいえ、フィリップはともかく……他のメンバーは一番奥に居るレッドゴブリンに興味があった。
同族を統率し、襲撃の合図を出したレッドゴブリンは大きなキャップを被っており、どこがガンマンの様な空気を醸し出していた。
(当然だけど……油断は、出来ない)
身体強化にここ最近会得出来た脚力強化を同時に発動し、一気に距離を詰める。
そして……切断する一瞬にのみ、ロングソードに闘気を纏った。
「ッ、……ッ!!!!」
(今、のは……解った上で、反応された?)
一撃目はヒットにならず、キャップを被るレッドゴブリンはギリギリのタイミングで回避を選択。
ステップバックしながら躱し、今度は一気に距離を詰めて魔力を纏った戦斧を振るう。
「っ!!!! 本当に、ゴブリンなのか!?」
「…………」
なんとか体勢を立て直し、振り下ろされる戦斧をガードすることに成功したが、それでも……ガルフの体は後方に押された。
(見た目は、他のレッドゴブリンとそこまで……いや、顔には……どこか、知性がある?)
もっと情報が欲しい。
しかし、キャップレッドゴブリンはそんなガルフの心の内を見透かしてか、今度は連撃を行い、ガルフに行動を強制させる。
(っ!!! それ、よりも、見た目じゃ……解らない、強さが……ある、のかな)
受ければ、体力を消耗させられる。
であれば……避ければ良い。
言うのは簡単だが、実行するのは決して楽ではない。
それでも、ガルフは本当に回避だけでキャップレッドゴブリンの連撃をなんとかやり過ごす。
勿論、楽な事ではない。
これまでにガルフの連撃を体験していなければ、ガードを強いられ……闘気を無駄に使わされ、最終的にガードをこじ開けられていた可能性が高い。
(今、ここッ!!!!!!)
「っ!?」
イシュドのように二振りの戦斧を振るうのではなく、その身では一つしか扱えない大斧をキャップレッドゴブリンは使用している。
見た目に似合わない強烈な一撃は確かに強力だが、大斧という武器の性質上……攻撃が読めやすい。
ガルフは連撃の流れ、タイミングを把握し、攻撃がキャンセル出来ないタイミングで闘気を纏った剣を振り上げ、押し勝つ。
「はぁあああああああああッ!!!!」
今度はこちらの番だと言わんばかりの雄叫びを上げ、ガルフはキャップレッドゴブリンに自身の連撃を叩き込み始めた。
「……やはり、あのレッドゴブリンは違いますわね」
六対七と、数の差はほんの少しだけあったものの、ミシェラたちは三十秒と経たずにレッドゴブリンたちを討伐。
残るは、キャップを付けたレッドゴブリンのみ。
「そうですね。こう…………明確な、理性を感じると言いますか」
「…………解らなくはありませんが、納得したくない事実ですわね」
イブキが言わんとすることはミシェラも解る。
身の丈に迫る戦斧を振るうキャップレッドゴブリンだが、雑に力任せで振るっているわけではない。
一度イシュドに動きを完全に読まれてからは、勢い任せの連撃で攻めるのではなく、上手くフェイントを駆使して攻めていた。
ギギャ、ギギャギャ、ギャギャギャ!!! と声を発することはなく、ただただ……淡々と自分の勝利の為に得物を振るい、勝機を手繰り寄せようとしていた。
その様は、モンスターと言うよりも、一人の戦士に近いと言える。
身体能力だけではなく、武器の扱いに戦闘技術まで普通のゴブリン、レッドゴブリンと違い……表情からは、どこか知性すら感じる。
だが、女性であるミシェラとしては、その事実をあまり認めたくはなかった。
「おいおい、実際に目の前で起こってるんだぜ、ミシェラ」
「それは解ってますわ、フィリップ。だから解らなくはないと言っているでしょう。しかし、あのモンスターはゴブリンですのよ」
「あぁ~~~……いや、そりゃまぁそうかもしれんけど」
女性にとっては、怨敵も怨敵。
まだ一度も陵辱された経験がない者であっても、あの生物は殲滅すべきだという思いが高まる存在。
ミシェラやイブキ、フレアやヘレナよりも圧倒的に上の戦闘力を持つリベヌでも、ゴブリンというモンスターに対してマイナス以上の感情を持つことは殆どない。
「…………この場所が、あぁいう個体を生んだのかもな」
「紅鱗の地が、ですの」
「あぁ。うちの実家周辺もまぁやべぇが、あそこに生息してるモンスターはあんまモンスター同士で殺り合わねぇ。だが、普通はそうじゃねぇだろ」
「紅鱗の地という環境が、レッドゴブリンに強制的に生きる為の成長を……もしくは進化を促した、ということでしょうか」
「……見た目が変わってねぇ、個体名が変わってねぇってことは進化ではねぇかもしれんが、間違いなく生き残るために成長したんだろうな」
生き残れなければ、そもそも子を増やすことも出来ない。
もしくはそれ以外の目的があるのか……そこまではさすがにイシュドでも解らない。
ただ、二人の考え通り、紅鱗の地という場所がキャップレッドゴブリンに成長を促していた。
だが……紅鱗の地という場所に踏み入れ、まだ三日目ではあるものの、成長しているのはガルフも同じだった。




