第428話 まだ残っている
「面白い学友方でしたね」
「だな」
二日目の夜、イシュドとリベヌは自室で酒を明日に残らない程度に呑んでいた。
「政治的な意味もあるんだろうが、よくまぁ本当に紅鱗の地に来たもんだ」
「……やはり、あの方はイシュド様との婚約を望んでるのでしょうか」
「じゃねぇの。あんま詳しくはねぇけどよ、交流の……使者? として出してきたのが女ってことはそういう事だろ」
あわよくばイシュドとフレアが関係を持ち、結果的にレグラ家と深い関係を持つ。
それがカルドブラ王国の狙いである事は透けて見えている。
「………………個人的には、イシュド様のお眼鏡に適う方ではないと思うのですが、どうでしょうか」
「魔力や魔力量に関しちゃぁ、良いもんを持ってる。けどまっ、お前の言う通りあんまりなぁ……やれるんならやりてぇけど、そうなったら絶対に責任を持てって言われるだろうしよ」
「間違いなく、迫られるでしょう」
顔はふわっとした優しいタイプの整い顔で、スタイルも抜群。
普通にイシュドのイシュドは反応するが、さすがに相手が王女と解っていれば本能がバーサーカーソウルしてしまうのを理性が抑えてくれる。
カルドブラ王国としても、イシュドと深い意味で関係を持てたのであればともかく、体だけの関係……悪く言えば、セ○レ関係だけに留まってしまえば王族の沽券に関わる。
「つか、本当に結婚には興味ねぇからな~~~」
だが、前世では彼女ナシ人間だったくせに、結婚するどころか彼女をつくる事すら興味が無いイシュド。
今回の件に関して、確かにイシュドはフレアに対して決して小さくない敬意を持った。
しかし、あくまで紅鱗の地に訪れるという行動、度胸に対して敬意を持っただけ。
これまで以上の強い興味を持つことはなく、ましてや恋心を持つこともない。
「今の言葉を聞けば、多くの者が呆れるかもしれませんね」
「……一般的な常識で考えると、そうなんだろうな。んで、リベヌ……何か、心配事でもあるんか」
「はい」
何を心配することがあるのか、とは返さない。
護衛としてリベヌとジャレスがいる。
気を遣って、フレアたちがわざわざ来る必要がないのに紅鱗の地を訪れ、少しでもイシュド達が狙われる可能性を減らそうと動いた。
だとしても、完全に安心しきる事は出来ない。
「私とジャレスがいて、更にはフレア様という他国の王女まで紅鱗の地に訪れた。これで万が一が起きても……そもそも、万が一が起こる可能性すら削れました」
「それでも、油断は出来ねぇ。そういう事だな」
「えぇ、その通りです」
紅鱗の地には本日イシュドが良い一撃を貰ってしまったケルベロス以上の強さを持つモンスターがごろごろ存在する。
加えて、冒険者たちや裏の人間たちがフレアのお陰でイシュドたちを狙わなかったとしても……まだ、敵になるかもしれない存在が残っている。
「紅鱗の地に住んでる原住民たちは、必ずしも私たちの味方とは限りません」
「だろうな。つか、俺やアドレアスの事も、ましてやあのお姫様の事も知らねぇだろうからな」
紅鱗の地を住処とする原住民。
~~族と呼ばれる村が複数存在しており、いつから紅鱗の地を拠点として暮らしているのか、正確な事は解っていない。
ただ、間違いなくその歴史はレグラ家よりも長い。
(うちの実家は元が貴族ってのもあって、なによりバーサーカーだから増えて増えて増えまくるモンスターをぶっ殺す必要があったから強くなってきたけど、紅鱗の地の原住民たちは…………そんな生活は送ってねぇだろうけど、紅鱗の地で暮らしてんだもんな~~~~)
レグラ家の人間たちは殆どが戦いに身を投じるが、ほぼ全員が自ら進んで訓練を積み重ねていき、実戦に臨んで強さを求めていく。
ただ、それに適した環境が整っている。
レグラ家の血を持つ人間以外にも強者は多く、見て盗むんだよ馬鹿野郎!!!! と、怒鳴り散らす追い抜かれることに怯える者もいない。
腹が減れば、たらふく食えて栄養には困らない。
競争が激しいのは確かだが、それを支える環境は確かにある。
だが……紅鱗の地の中は、そうはいかない。
「………………リベヌ。相手が同レベルだと仮定した場合、どっちの方が上だと思う」
「…………難しい、ですね」
レグラ家では、基本的に強い者と強い者が交じり合い、子を為す。
強さに違いはあれど、両親ともに強者である場合が殆ど。
そこは他の貴族と同じであり、世代を追うごとに……大きくはなく、個人差はあれど、肉体的な強さが増していた。
だが、紅鱗の地に済む原住民たちには、そういった貴族的な思考はあまりない。
ただ……紅鱗の地という、本来ならそこに住むことはあり得ない、狂気の沙汰とも思える場所に順応した人種。
「身体能力に関しては、人族以外の種族に劣らない能力を持つかと」
「リベヌもそう思うか……んで、俺と比べたらどうだ」
「…………」
レグラ家という家の性質上、こういった家の血を持つ人間に対して何かを物申すという行動に対し、特に緊張感を持つ必要はない。
ただ、リベヌはイシュドに対して一定以上の敬意を有しているからこそ、僅かな躊躇いを感じていた。
「……原住民の中でも、優れた者であればイシュド様を上回る者がいてもおかしくないかと」
「ふふっ……そうか。やっぱり、そうだよな……ふふ、ふっふっふ」
当然、イシュドはリベヌが口にした予想に対し、怒りが湧くことはなかった。
寧ろその可能性は大いにあると、同じ事を考えていた。
(いやぁ~~~~~、へへ……ダメなんだろうけど、もし……そういう奴がいるなら、是非とも……是非とも、戦りてぇなぁ)
今のところ、理由はない。
加えて、何かしらの理由があろうと、原住民に襲われるのは状況的によろしくない。
ただ、どれだけ似合わない理性的な面を有していたとしても……イシュドは狂戦士、レグラ家の一族。
彼に流れる血が、強者との闘争を求める。




