第419話 慣れの恐ろしさ
「おいおい、解体ぐらいはやるぜ?」
「今回の、依頼は……私たちが参加したい、と強く言いましたわ。であれば、こういった事も、積極的に……やらなえば、ならない……というものですわ」
秒殺、とまではいかなかったものの、三人とも二十秒以内にフレイムウルフとの戦闘を終えた。
フレイムウルフの素材は魔石以外もそれなりに使える、売れるためしっかりと解体を行う。
イシュドは紅鱗の地に足を踏み入れてから警戒以外の仕事は行っていないため、解体ぐらいはやろうとしたが……ミシェラに持論を展開され、断られてしまった。
イブキやダスティンも同じ感想であるため、イシュドは苦笑いを零しながらも、ジャレスやリベヌと共に警戒を行うことにした。
「あんま偉そうな事を言うのはよろしくないって解ってますけど、見た目より芯のある方ですね」
「まぁ、最低限の芯がなかったらそもそも一緒に行動してねぇってのはあるけど……確かに、そこら辺も成長してそうだな」
最低限の芯がなければ、イシュドにタイマン勝負でボロ負けした時点で、ボッキリと折れてしまっている。
しかし、イシュドから見ても本日のミシェラは普段以上の芯……と、責任感を持っている様に見えた。
「とはいえ……このまま続けば、どうなるでしょうか」
「…………昼にキッチリ休めば、夕方ごろまで持つんじゃねぇの」
ミシェラだけではなく、ガルフたち全員がこれまで探索して来た場所とはいろんな意味で比べ物にならない地であることを理解している。
そのため、面子の中では斥候の仕事も出来るイブキ以外の者たちも、いつモンスターから襲撃を受けても上手く対応出来るように張りつめていた。
そして、戦闘が始まれば上手く素早く、時間を掛けず効率的に殺すという理想を体現する。
まだ調査依頼が始まったばかりではあるが、最高のスタートダッシュを切っていると言える。
しかし……それがずっと続くとは限らない。
(ぶっちゃけ、リベヌが心配するのも解る。良い事なのは間違いねぇけど、普段の依頼時以上に集中力を使ってるのは間違いねぇ……フィリップ……後はアドレアスか? そこら辺は上手いこと調整できそうだが)
体力と同じく、集中力は無限ではない。
体力……魔力と同じく、ぷつりと切れれば、大きな隙を晒すことになる。
(……言うか? けど、今言ったら混乱しそうな気が済んだよな~~~)
イシュドのイメージでは、アドレアスとフィリップ、ディムナの三人は上手く調整できる。
しかし、他四人はそれまで時間が掛かる印象があった。
(………………いや、俺が目を光らせておけばいいだけの話か)
集中力が切れ、目の前のモンスターを相手に隙を晒してしまったとしても、自分が間に入れば済む話。
イシュドは注意点を告げず、そのまま調査を続けることにした。
「……普段の俺ばりに食って飲むな」
昼食時、適当な場所を発見し、イシュドとリベヌがメインで料理を作る。
相変わらず街の外で食べる飯とは思えないクオリティの料理が簡易テーブルに置かれているが……ガルフたちはひたすらに貪る。
ディムナやアドレアスも……ギリギリ侯爵家の令息、王子としての品を保っているが、普段と比べて明らかに食べるスピードが速い。
「お前ら、バカみたいに食っても良いが、ちゃんと噛めよ。んで、喉を詰まらせるなよ」
イシュドが思わずおかんの様な言葉を口にするぐらいには、ガルフたちは見事な食いっぷりを披露していた。
「イシュド様が仰っていた通り、これなら夕方まで持ちそうですね」
「……食い過ぎて動けねぇってことにならなきゃ良いんだけどな」
集中力が切れて危機に陥るか、満腹感が強過ぎてパフォーマンスが落ちてしまうか。
どちらの方が良いのかは……さすがにイシュドも解らない。
「あぁ~~~、食った食った」
「だな。フィリップも珍しく昼飯なのにがっつり食ったんじゃねぇの」
「それな~~~。やっぱ、気を張り続けてっとそんなに体を動かしてねぇのに腹減るな」
仕事はこなさなければならないと、フィリップも手を抜くことなく警戒を行っていた。
当然、モンスターの対処もガルフたちに任せっぱなしにはしていない。
ただ、戦闘に関してはほぼ最短で終わらせており、本人の言葉通りあまり体は動かしていなかった。
基本的に活きの良いモンスターしかおらず、標的を……餌を発見すれば襲い掛かる。
つまり、わざわざフィリップたちから向かわずとも勝手に自分たちの方へ近寄ってきてくれる。
その流れを利用し、フィリップはカウンターを主な戦法とし、七人の中で一番早く戦闘を終わらせていた。
(疲れてんのは本当だろうけど……やっぱ、あぁいうことをやらせれば、フィリップが一番上手ぇな)
とはいえ、今のところはという言葉が付く。
これまで遭遇してきたモンスターの中に大型タイプはいない。
要領の良さに関しては頭一つか二つ抜けているフィリップだが、攻撃力に関してはガルフたちに劣る。
相手の強さが変われば、これまでのように戦い、討伐出来るとは限らない。
「戦う時もそうだけど、この地の雰囲気だけでも少し削られる気がするね」
「……慣れるまでに、時間は掛かるだろうな」
紅鱗の地が持つ雰囲気、空気が探索者の精神を削る。
それは決して大袈裟なことではなく、探索者たちがまず苦労するのは、紅鱗の地が持つ独特な空気下の中での行動。
それに慣れるまでは、本当の意味でベストパフォーマンスを出せない。
ただ、慣れれば慣れたで別の問題が発生する。
「慣れてしまうと、どうしても気の緩みに繋がってしまいます。どうか、そこだけはお忘れなく」
「…………あぁ、肝に銘じておこう」
不快、とはならない。
社交界での腹の探り合い経験を培ってきたディムナは、リベヌが自身の実体験から自分たちにアドバイスを送ったと悟る。
慣れた時が、一番怖い。
ディムナも過去に覚えがあり、今一度褌を締め直す。。
そんなディムナの気合とは裏腹に、ガルフが挑戦権を得ていたバーサーカーソウルを使うレッドゴブリン、その他の強敵と出会うことはなく……一応、誰かの集中力がプツンと切れてしまうことなく、初日の調査は終了した。




