第30話 王
「さて、行こうか」
タツヤはシルフィに声を掛けると、そのまま階段へ向かい躊躇無く下りはじめた。シルフィもそれに続く。
「嘘だろ?」
「キレイ…」
階段を下りた先の風景を見てタツヤとシルフィが呟く。
その理由は視界に広がるピンクの花を咲かせる木──桜にあるだろう。
タツヤが呟いた言葉の意味は異世界の地下で桜が見られるとは思っていなかったため、シルフィのものは通常地上では見ることの叶わない──極東の地には桜が存在する──桜の美しさに思わずだろう。
「これは極東の地に存在するという……」
「桜」
「それだ」
「俺の故郷の花だな。見た感じはソメイヨシノっぽいけど色がピンクなんだな」
「ああ、貴方は極東の出なのか」
「まあ、あながち間違ってないな。この世界じゃねえけど」
「?」
タツヤ達は桜の下で話しながら歩いていく。
敵もまったくと言って良いほどに存在しない。ただの観光用の階層の様に思えるがそんなわけ無い。
そして、それが二人に襲いかかる。
「あ!?」
シルフィが何かを踏み、足元が発光する。
「はーい、君はどんどん進んどいてねぇ」
「え?」
そして、立ちすくんでいたシルフィをタツヤが押し退け、彼が発光した場所の上に乗った瞬間、一際強く発光し、その場からタツヤの姿は消えた。
転移魔法。おそらくこれを使用した罠だったのだろう。
さらにタツヤならこの程度の罠は掛かっても関係なく破壊しただろう。しかし、彼は「ダンジョンで転移はテンプレなり!」という下らない理由で自ら罠に掛かった。
ただのバカである。
そんなバカが消えたのを見たシルフィは少しの間その場で呆然としていたが、気持ちを切り替えるとタツヤに言われたように先を目指すのだった。
「それにしても彼は何者なのでしょう?あの『この世界』とは……?」
◇◇◇◇◇
━シルフィ━
それにしてもキレイな花ですね。部屋に飾っておきたいくらいです。
っと、そんなことを考えていたら階段に着いたようですね。剣を抜いておきましょう。これから先は何が起こるかわかりませんから。
階段を下りた先は先程までの景色とは一変してジメジメとした遺跡のようですね。さっきのサクラが恋しいです。
『グギギ』
グールですか。はっきり言って敵ではありませんね。そう言えば彼が言っていた赫〇のあるグールとはなんなのでしょう。謎だらけです。……さっきから彼のことばかり考えている気がします。
『グギギ!』
そんな事を言っている間にグールが突進してきました。
こんな相手に彼女から授かった物を使った剣を使いたくはないですが、仕方ありません。魔力は温存しなければいけないですから。
「フっ!」
『グギ!?』
「シッ」
『ぐぎゃ…あ』
?おかしいですね。普通のグールよりも強い気が……。しかし、まだ大丈夫です。どんどん進みましょう。
そう言えば彼はどうして進めと言ったのでしょう?何処かで合流できるという確信があったのでしょうか?それにしては随分と楽しげな表情でした。
ああ、また彼の事を考えています。なんなのでしょうか?本当に。彼に恋でもしたのでしょうか?皆が言っていたのはこういう事なのでしょうか?でも、男性とあまり会うことは無い筈ですが。ああ!もやもやします。私は恋などしていません。確かに他の方と違い彼は私の事をいやらしい目でみたりはしませんし、あの綺麗な金眼や美しい漆黒の髪を持っていてとても整った顔をしており、カッコいいとは思いますが。それに私を恐がりませんし。
「?ボス部屋?」
そんな事を考えていたらボス部屋に着いたようです。どうやら相当な時間考えながら歩いていたようですね。それに…………後ろを見るかぎり何回も戦闘があったようですし。
これは彼を待ったほうが良いのでしょうか?
ああ!また彼ですか。今日会ったばかりなのに何故こんなに彼のことを考えてしまうのでしょう?第一、私は男性が苦手だったはずです。
──ゴゴゴゴゴ
あ、扉を押してしまいました。これはもう入るしかないようですね。
◇◇◇◇◇
部屋の中には玉座があり、そこには一人の男が座っていた。その男は人とは思えないほどの魔力を感じさせ、本能的にシルフィを恐怖させる。
その男は邪神。
嘗て、この神殿に封印され、丁度昨日。その封印が解けたのであった。邪神のエネルギー源は人の邪な心や、恐怖や死。このダンジョン擬きも彼の影響で生成されたものだった。
「ほう、人間か。ここに居るということはガーディアンを倒してきたということか」
邪神はシルフィを見ると、口を開いた。そこから出た声は美しくも底冷えするようなモノ。
「それに中々の上物のようだ。そうだな、目覚めの記念にするか」
シルフィの体を舐め回すように見ながら口にする邪神。シルフィはその様子に恐怖する。今までもその男の好みその物のようなスタイルの体を舐め回すように見られることはあったが、今回だけは今までと同じとは考えられなかったのだ。
「お、お前は……」
シルフィは恐怖を押さえ付けて、声を出す。
その問いへの答えは……
「俺か?俺様は神の王だ!」
「カハッ」
そんな言葉と、一瞬で距離を詰めてからのヤクザキックだった。
「『顕現せよ!雷光の白龍よ』」
「む?」
シルフィは蹴り飛ばされながら、口の中で契約獣を呼び出す呪文を詠唱する。そして、邪神は自らの背後に現れた気配──リントヴルム──に一瞬だけ目線を向けると、すぐにシルフィへと戻した。
「『やって』」
「グアアア!!!」
シルフィからの願いにリントヴルムは咆哮で答えると、雷撃を纏わせた尻尾を邪神に叩き付けた。
ドガァン!
「ふむ、そこそこの一撃だろうな。我が相手でなければ」
しかし、攻撃が直撃した筈の邪神は一切傷を負った様子は無かった。
「御返しだ」
ドガァアア!
「グォア!!?」
「レイ!」
そして、邪神のそんな一言と共に放たれた幾つもの魔法によってリントヴルム─レイ─は重傷を負い、部屋の隅まで吹き飛ばされる。シルフィも先程の蹴りですでに満身創痍だ。
「ふむ、見れば見るほど美味そうだ。まずは楽しませてもらうとしよう」
「くっ」
邪神はその様な調子でシルフィの方へ向かう。シルフィは傷さえ浅ければ「くっ、殺せ」の名言でも言いそうな感じだ。
「フハハハ」
そして、邪神は笑い声と共にシルフィの鎧へ手を掛け、それを引きちぎり、その下のインナーにも手を掛け、引きちぎる。
「キャア!」
そのせいでシルフィは若干あられもない姿になる。
そして、邪神の魔の手が遂に彼女を蹂躙しようかというとき、歌声が聞こえた。
「とー〇ー、あー〇りふーたつ〇日超えて」
カツンカツン
「は〇は夢か〇か」
カツンカツン
「さあ〇、今宵〇聞〇〇給う〇は」
カツン──チャキ
「修〇〇散るも〇がーたーりー」
「おい、三下。テメェ、会長さんになにしてんだ?つーか、何者だ」
そして、二人の前に現れたのは漆黒の服に漆黒の革鎧、その上に漆黒のコートを着て、抜き身の刀を右手に持ち肩に担いだ、黒髪に金と黒のオッドアイの男──タツヤだ。
「あ?人間風情が何様のつもりだ?」
邪神が割りとキレた声で言葉を返す。シルフィはその声を聞き、さらに恐怖を覚える。しかし、タツヤはその声を聞いても楽しげな表情を、している。
「何様って言われてもな。お前が何なのか教えて貰わねぇと敬う気持ちも出てこねぇぞ」
タツヤは飄々とした感じでお楽しみを邪魔されてキレている邪神に言葉を返す。その様子に邪神は舌打ちをすると、ムカつく位に偉そうな表情で話し始めた。
「しょうがない。教えてやろうではないか!俺は邪神ゴルルファス!神々の王だ!貴様のような薄汚い人間風情ではお目に掛かれない高貴な者だ!平伏すがいい!」
「……神々の王?」
ゴルルファスの言葉を聞いたタツヤは顔から表情が抜け落ちたかの様に無表情になった。しかし、その目は完全にキレた時の目だ。
「そうだ!」
ゴルルファスはそんなタツヤの様子を見て、さらに得意気に胸を張る。おそらく、自分に恐怖しているのだと思ってのことだろう。しかし、その考えは全く正反対のものである。
「神々の王、神々の王ね。ハハハハハハハハハハハハ!」
「何だ!貴様!」
タツヤがその様子を見て、何度か『神々の王』という言葉を反芻してから不意に笑い始めた。否、この場合は嗤い始めたというべきか。その笑い声を聞いてゴルルファスが怒声を上げるがタツヤは笑い続けた。
そして、ひとしきり嗤ったあと、タツヤはほぼ無表情でゴルルファスを見据えた。
「調子に乗るなよ、自称神皇」
「な、なに!?人間風情が!」
「それしか言えねぇのか、邪神ゴルルファス!」
タツヤが怒りのあまりか、三色のオーラを迸らせる。強すぎる威圧からかタツヤを中心として蜘蛛の巣状に地面に罅が入った。
「貴様如き、中級神が神皇を名乗るなど、赦されることではない!」
「何だと!この人間風情があぁああ!」
タツヤの言葉にゴルルファスは激昂し、その手に自らの神器『邪剣イビルソーン』を顕現させ、タツヤに突貫する。
「ぐぅ!」
「話は最後まで聞けよ、雑魚」
しかし、タツヤに一睨みされ、途中で膝を屈し、その場に跪くこととなった。ゴルルファスは全身から冷や汗をかいている。
タツヤはゴルルファスの前に行くと、自然な動作でゴルルファスの顔面を蹴り上げた。そして、そのまま飛んでいくゴルルファスを無視し、コートを脱ぐとシルフィに被せ、先程までとはまったく似ても似つかない優しい声で、
「すぐ、終わらせるから待ってろ」
とだけ言葉を掛けると、ゴルルファスの方へ再び向かって行った。その途中に、反対側の壁際にいるリントヴルムに回復魔導を掛けることも忘れない。
「なあ、ゴルルファス?」
「ガハァッ」
タツヤが寝転がっているゴルルファスに話し掛けながら、ゴルルファスの腹に足を落とす。
そして、問い掛ける。
「お前、自分の何が間違っていたか分かるか?」
「ゲフォっ!?」
再び足を落とす。
「分かってなさそうだから教えてやるよ」
ドゴォン
次は蹴り飛ばす。そのスピードは秒速150kmくらいでているのでは無いだろうか。
「ぐ、グギギ、ガアア」
「ちゃんと、聞けよゴミ。
良いか?いくぞ?
まず、一つ目。会長さんに手を出したこと。
二つ目、中級の雑魚邪神の分際で神皇を騙ったこと。
三つ目、俺を人間だと思ったこと。
お?理解できてきたっぽいな。勇者より頭良いみたいで俺、嬉しいよ。そう、お前の予想通りだ。
四つ目、神皇である俺に喧嘩売ったこと。
五つ目、彼我の実力差を察しなかったことだ」
「う"、う"ぞだ」
タツヤの言葉を聞いて呻く、ゴルルファス。
しかし、タツヤはそんな邪神をゴミを見るよりも冷たい目で見る。
「何が嘘なんだ?俺が神皇だということか?それとも自分が勝てないと分かったという事がか?悪いが全部事実だ」
「そろそろ、断罪の御時間と行くぜ?」
『称号及びジョブ【断罪者】を取得しました。ジョブ【断罪者】が【断罪神】となり、ジョブ【[超越神{全能神×魔導神×絶対神}]】に統合され【[超越神{全能神×魔導神×絶対神×断罪神}]】に成りました。
種族が神族[断罪神]と成りました。神族[超越神{全能神×魔導神×絶対神}]と融合し[超越神{全能神×魔導神×絶対神×断罪神}]へ変化しました。以下略』
「……またかよおおおおおおおおおおお!!!!!!」
タツヤが決め台詞的なことを言った瞬間にお久しぶりの天の声が聴こえた。思わず、叫ぶタツヤ。そして現在纏っている金黒緋の三色のオーラに銀のオーラが加わった。それらは今もタツヤの心情を現してか、激しくスパークしている。
「まあ、いい」
タツヤは一度落ち着くと、ゴルルファスを見て口を開く。
そして、そのイケボから紡がれる言葉は……
「有罪。
罪は、会長さん……シルフィに手を出した事と、皆が敬い愛した先代を貶すような神皇を騙ったということだ」
そして、タツヤの言葉と共に、ゴルルファスの周辺に銀の魔導陣がいくつも展開され、中から血管のように緋色の線が走る鎖が出現し、ゴルルファスを拘束し、宙へ浮かせる。
この鎖の名は【断罪の鎖】。断罪神となったタツヤだけのオリジナルスキルであり、その者の罪によって鎖の頑丈さが変わるという使い所が難しいものだ。
「じゃあな、エセ神皇。あの世でハデス達にしばかれてこい」
タツヤはその言葉と共に【皇華】を振り、ゴルルファスの首を落とし、地面に落ちるまでに細切れにした。
「《死焔》」
そして、鎖に残ったままの体を燃やすとシルフィの方へと歩いていった。
「たぶん、化け物呼ばわりされんだろうな」
そう、呟きながら。




