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第二十章 身を知る雨(4)

 


「そういえば、助左衛門殿のところの次男坊が出るらしいですね。アレでいいんじゃないですか」

「アレ!? 傳太殿!? アレって言わんで貰えるか?! 助之丞は私の大事な──」

「ほら、青山でいいじゃないですか。大事に思ってるんでしょ」

 それでいて鳴海も妥協の範疇、要路衆も納得、とくれば、非の打ち所もない。

 傳太はそう続け、すっかり解決を見たような素振りである。

「だっ、だけどな!? 助之丞は大事な友ではあるが、それ以上ではないというか──」

「贅沢なものですね。誰か他に思う相手でもあるんですか」

「えっ!!?」

「他に添いたい相手があるにしろ、それは一時の感情です。どんな相手であれ、夫婦になってから時をかけて心通わしていくもの。青山のような既知の相手なら、その覚悟もしやすいはずです」

「……そ、それはその通り、じゃな」

 さらりと正論をぶつける傳太に返す言葉に詰まり、思わず納得してしまう。

「ほらね。青山家の次男坊なら、別家を立てるにも障壁は少ないでしょう。これで万事解決──」

「全く解決しとらん!! 瑠璃様が城をお出になるなぞ、この私が許さん……!」

「鳴海様の話はめんどくさいので、ちょっと黙ってて頂けますか」

「めんどくさい!!? 貴様、傳太……! おま、私は上役であってだな!?」

「だって鳴海様は相手が誰でも納得しないでしょうよ」

「そんなことはない! 若君しか考えられんと言っている!!」

 助之丞に対する印象は良いものの、やはり最終的には五郎一択であるらしい。

 憤慨する鳴海を横目に、傳太は露骨にげんなりしたふうに吐息した。

「まあ、若君に関しては射撃なんて土台無理ですから。鳴海様は降嫁を阻止したい、瑠璃様も此度の勝者と娶されるのは気に入らない。そういうことですね?」

「当然だ! こんな馬鹿げた話があってたまるか!」

「そうじゃな、こんな話が罷り通るようでは困る」

 瑠璃も鳴海も、この時ばかりは同調して、共に大きく首を縦に振る。

「だったら、瑠璃様御自身が試合に臨まれては如何ですか」

 目から鱗だった。

 不思議に思いつかなかったものを、傳太はあっさりと言ってのけたのである。

「それじゃ!!!」

「馬鹿な! るるる瑠璃様が出るくらいなら私が──!」

「無理でしょ。鳴海様は剣術にこそ秀でておられますが、鉄砲は豆だって話じゃないですか」

「は、初耳じゃの……そうじゃったのか」

「!!? まッ豆じゃないもん!? 数打てば当たるもん!?」

「それがつまりは豆ですね」

「豆じゃな……」

 みるみる顔を赤くして、鳴海の言動が不審になる。

 確かに鳴海が銃を構えたところはこれまでに見たことが無い。

 尤も、剣術指南が専らなので、当然と言えば当然だが。

 しかし反応を見るにちょっぴり図星なのだろう。

 今は全く関係のないことだが、銃太郎を妙に敵視する理由が覗けたような気がした。


   ***


「よう、遅かったな。姫様は見つかったか」

 家に帰ると、直人が雨宿り宜しく、しれっと茶を飲んでいた。

 妹のたにが饗していたが、銃太郎が居間に顔を出す直前まで和やかに談笑する声が漏れ聴こえていた。

「兄さんお帰りなさい。どうだったの?」

「………」

 たには臨月の大きな腹をさすりながら、にこにこと楽しげな余韻を引き摺ったままに尋ねる。

 それが何となく癪に障った。

「瑠璃なら私が城へ連れ戻した」

「その割に、機嫌が悪そうだな? 喧嘩でもしたか」

「やかましい」

「やれやれ図星か」

 直人は悪びれる様子もなく、寧ろ苦笑して大仰に溜息を吐く。

 対して、たにはくすくすと笑みを堪えているようだった。

「兄さん、ずぅっと絵に描いたような堅物だったのに。姫さまをお弟子にしてから急に面白くなっちゃって」

「なにが面白いものか。やはり入門など許すべきではなかった」

 沈みきった気分を持て余しながら、銃太郎は雨を含んで重くなった小袖を軽く絞り、囲炉裏端へ胡座をかく。

 幸いに弱い雨で、火にあたっているうちに乾くだろうと思った。

「いやね。本当に素直じゃないんだから」

 呆れたように言い、たには鉄瓶から白湯を注ぐと、銃太郎の前に湯呑みを差し出した。

 たにの指摘は勿論面白くもなんともないが、確かに自分自身が変化しつつあるのは疑いようもない。

 静かな奥州から江戸へ出たときに感じた高揚感とは、また違った感情の動きだ。

 瑠璃のその一挙一動に驚き、呆れ、側にいると常に心がざわめいて落ち着かない。

 こんなことは嘗て無かった。


 

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