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第二十章 身を知る雨(2)

 

 

 頑として譲らぬ銃太郎に、瑠璃はたじろぎながらも尚この場で別れようと試みる。

 が。

「駄目だ。大谷殿が来られてからにして貰いたい」

 全く聞く耳を持たないらしい。

 それどころか、じりじり後退を始めた瑠璃に勘付いたらしく、銃太郎の手が瑠璃の手首をがしりと捕まえた。

「ほぎゃ!?」

「隙をついて逃げる算段だろうが、瑠璃を逃がせば私がどやされる」

 手首を握る銃太郎の手は大きく、当然ながら力も強い。

 どうやら本気で逃がすつもりはないらしく、一部の緩みもなかった。

「銃太郎殿。そなた、今日は妙にぴりぴりしててちょっと怖いぞ……」

「勝手な振舞いの過ぎる、瑠璃が悪い。挙句に山岡さんとこそこそと、何を企んでいる」

 びしびしと切れ味鋭い声音が容赦なく返される。

 相当にご機嫌斜めのようだ。

「……私には、話せないようなことなのか」

 握られたままの手首が、不意に強く締め付けられる。

 口数の多いわりに、こちらを見ようとはせず、銃太郎は一向に顔を背けたままだ。

「話せないわけじゃない、けど……」

 言いながら、瑠璃は何となく声の調子を窄ませる。

 賭け事のような話自体、馬鹿げたものだとも思うし、穏便に阻止するつもりでもいる。

 しかし、勝負を勝ち抜いた者に嫁ぐ、というのを、銃太郎には認識されたくなかったのも事実だった。

「そなたに話す前に手を打とうとした、それだけのことじゃ」

「………」

「………」

 城を囲む木々が、曇天の風にざわめく。

 気まずい。

 瑠璃の手は未だ掴まれたままで、その力は寸分も緩まない。

(早う来い、鳴海……)

 どうでも良いときには無駄に現れるくせに、窮地に限ってなかなか来ない腹心である。

「で、でもな? 時が来れば銃太郎殿にも話──」

「……例の試合、私が出るわけにはいかないのか」

「!? ……ぉん!?」

 知人の多くが既に把握していた例に漏れず、銃太郎のもとにも届いていたらしい。

 手立てが整うまで知られずに、というのはやはりというか無理があった。

 しかも、どういうわけか勝負に出る気があるような口振りである。

「お……、いや、んん? 銃太郎殿、どこまで知って──」

 色々と驚くことがありすぎ、瑠璃はぱくぱくと口を動かすが、問いは殆ど要領を得ない。

「話は概ね聞いている。……勝ち抜いた者に、瑠璃が降嫁する、ということも」

「………」

 家中の情報網の速さが、さながら燎原の火の如くである。

 じっと銃太郎を見上げるも、その顔は背けられたまま、表情を窺うことは出来ない。

 そこまで承知で、銃太郎本人からそんな発言があるとは思ってもみなかった。

「既に声の掛かった者もいるようだが……。本士であれば良いというのなら、私で役に立てないか」

 驚きが先に立ち、思わず唖然とした瑠璃だったが、そこで漸く我にかえる。

 銃太郎を出せるのならこれに勝るものは他にない。

 恐らくだが、助之丞をも下せるだろう。

 しかし。

「……実は今しがた、栄治に頼んだところじゃ」

「なっ……!?」

 やっとこちらを振り返った銃太郎は、一瞬だけ瑠璃の目を見返し、そしてまた目を伏せた。

「すまぬ。師範のそなたを推挙したのでは、丹波や羽木が承知せぬと思うた。それに──」

「そうか、いや、今の話は忘れてくれ」

「助之丞も出るというが、助之丞はほんに私を娶るつもりでおるようなのじゃ! だから、栄治に──」

「もういいから……!」

「っ銃太郎……!」

 思わず、手首を捕まえたままの銃太郎の腕を、今度は瑠璃が捕まえた。

 その時だった。

 ざくざくと砂利を踏む音が聴こえ、瑠璃はぎくりと声を呑む。

 と同時に、咄嗟に銃太郎の腕を払い除けた。

 手と手を取り合っている──ように見える──ところを目撃されたのでは、後々面倒臭いことになる。

「ぅおおお遅いぞ鳴海!?」

 瑠璃は狼狽を隠し切れぬまま、足音のしたほうへ振り返った。

「あ、すいません。鳴海様じゃないです」

 と、飄々と答えたのは、果たして鳴海ではなかった。

「!? でっ傳太殿……!?」

 鳴海の預かる五番組所属の、大目付であった。

 先の花見以降、一応は既知の間柄だが、一見何を考えているのか読めないところがある。

 今の様子を見て、鳴海に妙な告げ口をしないとも限らない。

 どう言い繕おうかと思案に暮れた矢先、銃太郎が前へ出た。


 

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